20 / 31
三章 ランの誇り
第二十話
しおりを挟む十七日の夜中にコリネロスは塔に帰ってきた。
降りしきる雨の中コリンズさんが塔に迷い込んだあの日から、空模様はずっと荒れている。雨こそやんだものの、どんよりとした雲がずうっと立ち込めているのだ。
リィディは結局一日かけてコリンズさんを彼の住んでいる所に帰して来た――もちろん彼の記憶は消したらしいのだけれど…。
リィディが帰ってきても私は、あの出来事について突っ込んで聞く事はできなかった。やっぱりあの事はリィディの深い場所にあるもので、私だってそうやすやすと踏み入ってはいけないと思ったから。
コリネロスはいつもよりは無口だけど、相変わらずいつもと変わらぬ態度で私に接する。時折見せる寂しげな表情が本心を語っていたけれど、それは結局最後の答えはただ一人で出せと言う事なのだ。
シェナの街の出来事以来私は本当に悩んでいる。人間とは全く異なった力を持つこの体を流れる血の色は、赤ではなくどす黒いのではないのか。街の人達の恐怖に怯える眼を思い出す度に、そんな忌まわしい妄想が頭を覆った。そんな暗い妄想を思い描いてもまだ、期日を明日に控えても私は答えを決められなかったのだ。
私にはあの街の人の眼に耐えられる決意も、同僚の家族の様な魔女達を失う決意も、いまだ持つ事はできない。それにリィディの言ったあの言葉がどうしても気になる。
「――私がそれでも魔女を続けるのは、私が魔女を続けたい理由が、あるから」私の暗く物憂げな頭の中に、彼女の言った言葉が謎かけのように延々と響いていた。
*
そして運命の八月十九日。今日出す答えで全てが決まる、満月の日。
その日、一番初めに森の異変に気付いたのはコリネロスだった。
「狼煙が見えるよ。あれはルック達の家だね。何か異変が起こったらしい…リィディ、ひとっ飛び見ておいで」
私の決断の日だという事で朝から相当気を揉んでいるコリネロスだったが、驚いた様子だった。
塔の屋上から遥か南の方角に狼煙が上がったのだという。私も屋上に上がってルックさんの家のある方角を眺めると、どんよりと垂れ込めた灰色の雲と森の間に黄色の煙が立ち上っているのを見た。
「森に異変があった時は、大地の部族――ルックが狼煙で私達に知らせるきまりがあるのさ」
背後からコリネロスの声がした。階段を上ってきたようだ。
「異変…一体何なのかしら…」
私は細く雲の中にかき消えていく狼煙を見ながら、胸騒ぎを覚えた。
*
私達が部屋に戻りやきもきしている事小一時間、ようやくリィディが戻ってきた。入り口のドアを開けるリィディを二人で迎える。
「一体何があったの?リィディ」
彼女は私を見て頷くと口を開いた。
「ルックさんの家に、アバンテとセラノがいたの」
「アバンテとセラノが…なんで…」
「いるといっても今は疲れきって熟睡しているのよ。なんでも…
昨日の夜中アンナさんが外に出ようとした時、街道を森の方へ行く二人の子供を見たらしいの。夜にベイロンドの――人間にとっては迷いの森とも言える森に、しかも子供二人が入るなんて危ないって、アンナさんが呼び止めたらしいのよ。
名前を聞くとそれがセラノとアバンテだったらしいんだけど、彼等は急がなければならない用事があると言って、頑としてルックさんの家で一泊していこうとはしなかったらしいの。どうにも聞く耳がないのでアンナさんがルックさんを呼びに行こうと、家に入ってルックさんを連れて外に出た時はもう二人はいなかった。
危険だと感じたルックさんはアンナさんを家に残して彼等を探しに行ったらしいの。でも彼等、そう簡単には見つからなくて。森に迷って、疲れ果てて倒れてしまった彼等をルックさんが見つけた時は朝方だったのよ。
ルックさんはほら、森の守り役だから森で迷う事はないでしょう。彼等を連れて家に運んだらしいの。彼等疲れきっていて眼を覚まさなかったんだけど、うわごとでセラノが(ラン…)って言ったらしいのよ。これは何かあったのではないかと思ったルックさんは、私達に知らせる為に狼煙をたいたそうなのよ」
長い説明をリィディが終えてくれた。
セラノとアバンテが何故森へやってきたのだろう…私に何か用があったんだろうか…。
「…二人、まだ目覚めていないのよ。私、まずあなたを呼ぼうと思ってこっちに飛んで戻ってきたの。私が話を聞くよりも、きっとあなた自身が聞いた方がいいと思うから」
「……」
もうきっと会う事なんてないと、楽しく遊ぶ事はもう二度とないと、そう思っていたセラノとアバンテ。どうしよう…私は彼等に会える勇気があるんだろうか。
胸をぎゅうぎゅうとした圧迫が締め付けた。怖い…。
「コリネロス、遠見の目薬はあるかしら?彼等の様子を見てみたいの…」
私は思い出したようにコリネロスを振り返るとそう言った。まずは、二人の様子を見てみたかった。
「…もうないよ。使っちまった」
「だってこの間はまだまだあったじゃない?」
「ないったらないんだよ!どうしようもない。様子が気になるなら見に行くしかないんだよ」
コリネロスは私を睨みつけて言った。
「……」
「どうするの、ラン」
私は考えに考えた。そして、思いついた事があった。
「あ、どこに行くのよラン!」
私はさっと部屋を出ると自分の部屋に向かった。ドアを開けて壁に立てかけられたほうきを手に取る。 それを持って、部屋に戻る。
「ラン…あなた…」
リィディは驚いた様子で私を見た。私の持っている物を見て私の考えている事がわかったのだろう。
「…リィディ、決めたわ。私彼等に会いに行ってみる。屋上に来て」
私はそう行って今度は屋上に上がっていった。曇りがちだった空はやや晴れてきたようで、黒々とした雲の切れ目からわずかに日の光が差し込んでいた。
「ラン、私が後に乗せていこうか?」
「ううん、リィディ。私自分で行く。二人で一本のほうきに乗れば、それだけ時間がかかるもの。私彼等に少しでも早く会いたいから…ほうきの飛翔の魔法のコツはほうきを自分の体の一部だと思う事、そして自分が空に浮かぶイメージを強くもつ事。そうだったよね」
私はほうきにまたがり、「飛べ、飛べ!」と強く念じた。以前練習した時、全くできなかった飛翔の魔法。何故かその時の私は飛べないなんて思わなかった。 私の脚が床からふわりと離れると、ほうきは宙に浮く。
「ラン…」コリネロスは眼を見開き、私を驚いた顔で見た。
「リィディ、行こう!」
リィディも少し驚いて、そしてほうきに乗る。
「コリネロス、行って来るわ」
私達は徒歩で行くのとは比較にもならないくらいのスピードで一路ルックさんの家を目指した。飛翔の魔法が突然できた事も、眼下に広がる森の雄大な景色も気にはならなかった。頭の中にあったのはセラノとアバンテに一刻も早く会う、ただそれだけだ。
彼等が何で私に会いに来たのか、それは全くわからない。不安もある。だけど、私が悩み続けた事の答えを出す鍵、きっかけがきっとあるだろう。そう考えた。
0
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる