ベイロンドの魔女

路地裏の喫茶店

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三章 ランの誇り

第二十三話

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「…なるほど。事情は飲み込めた」

 私達は塔に戻り報告したが、コリネロスはさほど驚きはしないようだった。というよりもこの事をどこか予想していたとも言えそうなほど落ち着き払っていたのだ。
 ふしくれだった木の杖を突きながら、私達を後手に考え込むようにしながら二、三歩歩くと振り向いて言った。

「森にはいつもより強く迷いの魔法をかけておこう。人間達が何人来ようと決して塔には辿り着けやしないだろう…それよりも気になるのが街の方だね。荒ぶる精霊はランによって封印されたはずなのに、何か気持ちが悪いよ。
水晶の予言さえも濁ってしまってそれが何かはわからないのだけど…リィディ、ラン、お前達シェナに行くと言ったね。街で何かないか探ってきな」

「うん、そのつもりよ。コリネロス」

「あたしゃ塔を守らねばならない」

「わかっているわ。コリネロスの迷いの魔法なら大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

「ふん、魔女狩りだなんてぬかしている奴等にあたしが捕まえられるもんかね」
 コリネロスはやれやれといった顔つきで首を振ってそう言った。そして再びルックさんの家に向かって行こうとする私達に、


「ラン、これを持ってお行き」

 彼女はポケットに手を突っ込むと、しわがれた手で私に何かを手渡した。瓶状の、ガラスの感触。

「…これ…」

 それはバラのオイルだった。私が始めての仕事――魔女としての試練に旅立つ際に、コリネロスがその日の為にバラを幾束も使って、高度な魔法をかけて精製した香り高いオイル。一人前の魔女の証。

 私はあのシェナから逃げ戻ってきた時、自分には魔女でいられる自信がなくなってこのオイルを手放し、コリネロスに返したはずだった。

 オイルは私の手の中の瓶の中で、薄紅い色で揺れている。


「駄目だよ…コリネロス…私、魔女を続けるって…完全に決められたわけじゃないから…」
 私はおろおろして彼女を見た。

「それはあたしがあんたにあげたもんさ」
 コリネロスはそう言い、

「魔女を完全にやめますって、そう決めたなら、あんたの手からもう一度あたしに直接返しな。そしたらそれはいつの日か新しい魔女が生まれ、旅立つ日に授けよう。

 しかしそうじゃない…まだあんたの中に揺れる何かがあるのなら、持っておくがいい。そのバラのオイルの香り高さは魔女の誇り。あんたが答えを出す手がかりになるだろうよ……最後に大変な事が起こったね、ラン!どっちにせよ後悔のないようにするんだ」


「…わかった。ありがとう」

 考えるよりも先に、私はコリネロスに抱きついていた。
白檀びゃくだんと薬草、そしてバラのオイルの匂い。いつものコリネロスの匂い。彼女は私をギュッと抱きしめる。一瞬の、だけれども強い抱擁。


 私は瓶をポケットに入れると部屋を出て行こうとした。

「さあ、行きましょうラン」

 リィディは私の腰の後ろの辺りをポンと叩くと、部屋を出て行った。私も後に続き、ほうきに乗ってルックさんの家を目指す。

 あっというまに小さくなる魔女の…コリネロスの塔。

 

 私、いつもコリネロスやリィディにハッパかけてもらったり、勇気付けられたりしている。ずっと私にガミガミ言うコリネロスは厳しいなって思う事もあったけど、今思うとやがて試練をこなさなくてはならない私の事を心配してくれていたんだろうなと思う。

 ポケットからオイルの瓶を取り出して眺める。垂れ込めた灰色の雲の隙間からわずかにさす太陽の光を、瓶の中にプリズムのように吸い込み、反射するバラのオイル。手の平が薄赤色に照らされた。

「………」

(悔いのないようにする――)

 暑い風が頬を撫でていく。

 私はしばしオイルの瓶を胸にギュウっと当てていた。

 



 

 私達はルックさんの家に着きセラノとアバンテを乗せていった。ルックさんとアンナさんは塔の方へ、コリネロスを守る為に行ってくれるのだと言う。

「コリネロスさんは私達が来るまでもないというかもしれないけど、これも私達の役目だから――そうでなくても私達はコリネロスさんにはお世話になったからね」

「コリネロスならそう言うかもしれませんが、お願いします」
 私とリィディの意見は一緒だった。

 セラノはリィディと一緒にほうきに乗り、アバンテは私と一緒にほうきに乗った。

「しっかりつかまっていてね」
「うん、わかった」

「うわあ…こんな事を言っている場合ではないけどあたし達、空を飛んでいるのね!高くて――速い…」

 二人分の重量を乗せたほうきは幾分速度が落ちたけど、徒歩よりかはずっと早い。このままシェナに向かえば夕方には着くだろうと思われた。しかし――。

 



 

 ほうきで飛び始めて二時間、十九日の午後三時過ぎになろうかという時だった。

 私達が考えていた悪いケースは、その通りになってしまったようだった。そしてその悪いケースというのに、私達は予想よりもずっと早く出会ってしまったのだ。

 

 果てしなく続く街道の先に、何十人もの行列を発見したのはアバンテが最初だった。

「見て――!あの行列!」

 アバンテは私の後ろから手を伸ばしてそれを指差すと、皆が一様にそれに注目した。ほうきが進むのを一旦止めて、空中に停滞する。

「シェナの有志隊だ――」
 セラノは顔を青ざめさせて絶句した。

「…嘆願は通じなかったのね…」

「ラン、どうする?無視してシェナに急ぐ?それとも――」

 私達が例え彼等を無視してシェナに急ぎ、身の潔白と町長さんの思い違いを解決できたとしても、その事を彼等に伝えに戻ってくるだけの時間の間に、間違いなく塔のある森に辿り着いてしまうだろう。

「コリネロスの迷いの森の魔法――彼等がそれを一日二日で解けるとは思えないけど…心配よね…説得してわかってもらえるかしら…」

 私達がどうすべきか考えている最中にもゆっくりではあったが行列は近づいてきて、そしてもう少しすれば私達の事にも彼等は気付いてしまうだろうと思われた。

 彼等は魔女が、災いをもたらす魔法を使うのだという町長さん考えに同意して集まったのだという。有志隊の人達に私達魔女が直接説得して、通じるだろうか。

 それだけではなく、あるいは説得などという行為すら許されずに捕まえられてしまう可能性もあるかもしれない。無視してシェナを目指すのが一番いい方法なのだろうか…。

私が困惑している瞬間、しかしセラノとアバンテは私達とは全く違う考えをしていたのだった。

「あたしが降りてあの人達を説得するよ」

 アバンテは突然そうつぶやいたのだった。私達は驚いて彼女を一斉に見た。
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