ベイロンドの魔女

路地裏の喫茶店

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三章 ランの誇り

第二十七話

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 今はもう夜の九時頃になるだろうか。アジトを出た私達は丘から町長の館を見下ろしていた。この斜面は少し急ではあるけど降りられない事はない。メインストリート側から町長館の背側、つまり西側に回ろうとすると、必ず町長館の正面を通らなければならないようになっている。

 だから館の使用人に気付かれないように、あえて私達はこちらから降りなければいけないのだった。

「ラン、降りる時足元に気をつけるのよ」
 リィディが私に注意した。

「うん、わかってる」

 月明かりを頼りに斜面を降って行くのは確かに少し怖い。だけど今そんな事は言っていられない。私は意を決して斜面を降り出した。

 館は段々近づいてくるのだけど、その館を見ていて奇妙な事に気付いた。館に灯っている明かりの数の少ない事。まるで生活感がないような感じがした。

 そして明かりの灯っている僅かな部屋。薄いカーテンが閉められている事もあるのだけど、中の様子は全くうかがえない。しかしその中で明かりがやけにゆらゆら、ゆらゆらと大きく揺れるのだ。ランプの明かりがあんなに揺れるものだろうか…まるで明かり自体が生き物のようだ。


「着いた」

 全員が斜面を降りきると、館の背側の塀に隠れた。セラノは早速用心しながら塀から頭を覗かせ、庭から館までに至るルートを確認した。やがて頭を下ろしてこっちを振り向くと密かな声で(大丈夫、誰もいない)と言った。

(町長館の裏口から、大広間に繋がる廊下に入れる。まず地下室に行って皆を助けてから、三階の町長室に行こう)

 私達は黙って頷く。まず身軽なキリルが塀を素早く登り、向こうから外側に縄を落とした。私達は縄をつたって館の中庭に忍び込むと、セラノの言った通り誰もいないのを見計らって正面に見える裏口を目指した。


 裏口のドアには鍵がかかっていたのだが、

「鍵は僕が開けられる」と、ユンがピックを取り出して簡単に扉を開けてしまった。

 裏口から館に入ると廊下は真っ暗で、大広間に続いている突き当りを右に曲がった廊下の先から、わずかに灯りがもれていた。

(地下室へ続く階段のある所は大広間の北側だと思う。僕達が恐ろしくて、廊下から隠れて仲間達が連れて行かれた方向は北だったからね)ユンが言った。

(ただ…)

(大広間は一階の全ての廊下に繋がっている事もあって、使用人の往来も激しい。悪くすれば誰かが広間にいるという可能性もある。見つからないように行ければいいのだけど…)


(…まずい。廊下からは死角になっているけど、広間の大階段で使用人が二人話しこんでいる)

 音を立てないように先に行って様子を見てきたセラノが言った。

(どうしよう…)

(それじゃあこれを使いましょう)

 リィディはそう言って鞄から小さな袋を取り出した。

(これはネムリソウを粉にしたもので、これを空気中にばらまけば吸い込んだ人はしばらく眠ってしまうから)

(そうね、ネムリソウで眠ってもらうのが一番いいわ)私も賛成した。

(皆吸い込んでしまわないように気を付けて)

 私とリィディは廊下の先に行き、こっそりと死角から顔を覗かせる。広間には二階に続くカーブした広い木製の階段があり、セラノの言った通り使用人の中年の二人が何やら話し込んでいた。


「――最近町長やっぱりおかしいよなぁ」

 私はネムリソウの袋の紐をほどく手を止めた。

「ああ…なんだか最近さっぱり変わってしまった。あれだけ時間をかけて切り開いた炭坑を封鎖するなんて言い出すし、これはまだ町民には発表していないんだけどな、町長がこの間そう言ってたのを俺は聞いちまったんだ」

「なに、それは本当かトニオ?」

「本当だとも。それにこの間館に押し入った子供達。まだ地下室に閉じ込めてあるんだろう?」

「魔女の肩を持ったって奴等だろ」

「ああ」

「しかしいくらなんでも館に閉じ込めるなんてなあ…俺は最近あの人が怖いよ」

「ああ、本当に人が変わってしまったようで…最近になって突然使用人達には新しい規則を幾つも作って、まるで館の雰囲気も変わってしまった。三階からは時たま変な音が聞こえてくるしな。それに見たか?あの新しく採用された使用人の奴等?」

「ああ、見たとも。町長が採用してきたっていうあいつらだろ?何ともいけすかねえ――ここだけの話だぞ。ろくに挨拶もしないし何だか表情のうつろな、不気味な奴ばっかりだ。近頃の若いモンはいけねぇなあ。全くよ。何で町長はあんな奴等を採用したんだろうな」

「わからねぇ、――ああ、ちょっと前までは俺達は町長館で働く事を誇りに、楽しく仕事していたのになぁ――もう嫌になってやめちまう奴も随分出ているもんな。あーあー俺もやめようかななんて考えるよ」

「俺もどうしようかな…」


 私はリィディと顔を見合わせた。リィディもやっぱりっていう顔をしていた。

 袋を開けて粉をまくと、使用人の二人が

「…なんか俺すごく眠くなっちまったな…」

「…お前もか?俺もなんだかすごく…」


 やがてその場に崩れ落ちるようにして眠った二人を確認して、私達は後ろで待っているセラノ達を呼んだ。粉を吸い込まないようにしながら北側の廊下に進んで行く。北側の廊下もやはり薄暗かったのだけど、一番奥まった所に下へ続く階段を発見した。

 細心の注意を払って階段を降りていくと、踊り場に一人の使用人がいるのを発見した。

(見張りかな…?)

(多分)

 その使用人は壁から少し離れた所に立ち、静かにしている。視線を動かすわけでもなくじっと目の前を見ながら無表情に口を引き結んでいる姿は、薄暗い階段の灯りの下と言う事もあってか、やけに現実離れして見えた。

 私は再びリィディからネムリソウの袋を受け取ると、それを踊り場に放り投げた。しばらくすると使用人のどさっと倒れる音が聞こえて、私達は眠りついた使用人を踏まないように広くない階段を降りていった。階段を降りきるとそこに木製のドアがあり、見ると大きめの倉庫のようだった。

(この鍵で開くわね)

 いつのまにかリィディが使用人の懐から取り出していた倉庫の鍵をドアに入れると、がちゃりという音がしてドアが開いた――。
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