月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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神の深慮と巫女の浅慮

プロローグ

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太古の昔、まだ宇宙が一粒の葡萄の種よりも小さかった頃。

その種のおかれた箱庭の隣に、もう一つの種が芽吹こうとしていた。

小さな芽を伸ばし、箱庭に深く根を張り巡らせたそれは、いつしか周りの箱庭ごと内包して成長を続けた。


長い年月をかけて種は大きく育ち、幾つもの種を内包しながら成長を続け、そこに2つの果実を実らせた。


一つは美しく瑞々しい果実、そしてもう一つは、日当たりが悪かった為に歪な果実へとなっていた。日当たりの良い場所にある美しい果実はより大きくなってゆき、枝がその重さに耐えられそうになくなってしまいそうだったが、歪な果実がその下で美しい果実を支える形で成っていたために美しい果実は着実に熟していった。


熟しきった果実達が地に落ちたとき、美しい果実からは、男神アディールが。

歪な果実からは女神ウィウィヌンが生まれ落ちた。

二人が降り立ったのは、大きな大樹の元。それは高くそびえ立ち天に座す月をも隠すほどの大きさであった。


力強く美しいアディールと正反対なウィウィヌンは、浅黒い肌と病的に白い肌の斑模様で、その髪も枯れた麦のような色で、同じ神として生まれたアディールは、相手の歪な姿に驚いた。


『ああ、なんという姿なのだ!』


元はといえば、アディールを支えるために日を浴びることが満足にできなかったのが原因だったというのに、それに気づきもせずにアディールはウィウィヌンの醜さを罵った。


『それをおまえが言うのか。』


アディールの無知さに激怒したウィウィヌンは、彼に襲いかかり、その戦いは7日7晩続いた。


二人の戦いの際に折れた大樹の枝を、アディールはウィウィヌンの胸に突き刺しその体を地中深くに埋めてしまった。


しかし神の魂がその程度で滅することはかなわず、大樹の周りに飛び散ったウィウィヌンの血が湖に変わっても、地中奥深く閉じこめられたウィウィヌンの呪詛は鳴りやまなかった。


その呪詛で己が何をしでかしたのかを理解したアディールは、彼女の体を埋めた場所に大樹を植え替え、再びその身を美しく作り変えるよう大樹に願ったが、全ては遅くウィウィヌンはアディールを拒絶し再び復活することはなかった。


相手を想い、支え続けた高潔な魂の女神であったウィウィヌンは、アディールを見限ってしまったのだ。


長い年月の中、この神話は歪められいつしか、ウィウィヌンはアディールの美しさに嫉妬した醜い邪神で、アディールはそれを討ち滅ぼした善神と形を変えた。



それによりこの世界の規律は歪み、人々の心も同じように歪んでゆく。

ウィウィヌンの体を寄り代にした大樹は、その断面に大規模な森林を作り、水に溢れ生命に満ちた世界を作り上げた。しかし、その高さゆえほかの何者も受け入れず下界とは異なった進化を遂げた世界。

下界に住む者たちは邪神の眠る場所として畏怖を込めてこう呼んだ。



月が恐れ隠れるほど恐ろしい邪神の眠る場所「月隠れの大森林」…と。




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