月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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神の深慮と巫女の浅慮

真夜中のブランコとネネ

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下界に住む者達から月隠れの大森林とは呼ばれ恐れられているものの、実際は広大な森林に光は柔らかく降り注ぎ、穏やかな気候に恵まれていた。夜の森は日中とは違った意味合いで賑やかなのだが、満月の夜だけは別で、風と葉擦れの音、水の流れる音だけが辺りを支配する。


そんな夜に、この森の管理者である魔女、桜子は常とは違い眠れずにベッドで寝返りばかり打っていた。


(だめ、全然眠れない…。昼間畑仕事してるから身体は疲れているはずなのに……。水でも飲もうかな…。)


小さい溜息を零して物音をさせぬよう起き上がる。部屋履きとしている所謂便所サンダルに足をつっかけて、キッチンへ向かうべく扉を開ける。


家の一番奥まった場所にある自室から続く廊下は、あちらこちらに明かり採り窓を設けているためか、夜だと言うのに月明かりが差し込んでいて、わざわざ明かりをつける必要もない。石の敷き詰められた廊下を他の人間を起こさないよう足音を殺して歩いていると、ふと、斜め前の扉が薄く開いていることに気が付いた。


(あれ?あそこは…ゾンガとネネの部屋…。)


そっと中を伺うとベッドのふくらみが一つしかない。こちらに顔を向けてあどけない表情で眠ってる顔はゾンガのもので。どうやら幼いネネはベッドから抜け出しているようだった。


「トイレ…かな?」


いつもはゾンガか桜子を起こして一緒に行くのに珍しい…と思いつつ、さして気に留めることなくキッチンの方へそのまま歩いてゆく。キッチンの側にある別のスペースに衝立をしてジイジのベッドが置いてあるのだが、いつもは歩く気配で起きてしまう彼は今夜はぐっすりと眠り込んでいるのか、耳を済ませても聞こえるのは寝息のみだった。


キッチンにおいてある汲み置きの水をカップで掬い、一気に飲み干す。喉が渇いているという自覚はそこまでなかったのだが、もう1杯飲みたいと思うほどには喉が渇いていたらしい。

さて、もう一杯飲もうかなと思いつつ視線をふと玄関へと向ければ、やはりそこも薄く扉が開いている。やはりトイレに行っているのだな、と思いながら何気なしに玄関へと足を向ける。


上下水がしっかりしている場所ではないので、トイレは家から少し離れた場所に小屋を建てている。


何時頃ネネが出て行ったのかは定かではないが、起きたついでに自分も用を済ませようと玄関から外へと出て行った。


頬を撫でる夜特有の湿気を含む風は、ローズマリーの香りを運んでくる。軽く深呼吸をしてふとハーブ畑を眺めれば、視界の端、その奥に設えてあるブランコに人影が見えた。


(あらま、ネネったら。)


眠れないのかブランコにのっているのだろうと思った桜子は、小さく溜息を吐き出してからそちらに視線を向けると、両の目を見開いた。


ブランコには確かにネネが乗ってはいたのだが、その隣に見知らぬ人影が佇んでいたのだ。


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