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第13話 答えを出すのは難しい――ツバキ
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急激に暑いところから涼しいところに入るのは体に悪いと聞いた。
わたしの体はやはり太陽の熱にやられていて、ショッピングモールの入口に入る時にはキューっとなった。
しおしおになったわたしを、柳くんはとりあえずベンチに座らせて、あわててどこかに走って行った。わたしはコンクリートの壁にもたれて死にかけていた。まるでゾンビだ。
……ああ、カエデがいたらなぁ。
あの子は気が利くので、きっと冷たいタオルと麦茶を用意してくれるに違いない。エアコンの温度は22度。地球は滅ぶかもしれない。姉を熱中症から守るために地球を犠牲にするとは笑える話だ。
はは……と口元に笑いがこみ上げてきた時、柳くんが帰ってきた。
「経口補水液」
クーリッシュと同じパックに入ったゼリー状の物体を渡される。ゼリーは冷たくて、のどごし滑らかだった。
「何か面白いことがあったの?」
「ああ、思い出し笑い」
「そっか。ツバキ、壊れたのかと思ったよ」
そんなわけないじゃん、と思いつつ、壊れてるよ、と思う。
地球を滅ぼす例の弟と、わたしはデキている。まだキスだけだけど、もうそう言ってもいいだろう。
手首に嵌めていたヘアゴムを取って、無造作に束ねる。この長い髪がそれこそが地球温暖化の原因だ。二酸化炭素の温室効果をもたらしている。
「ツバキ……?」
「ん?」
は、とうなじの存在に気がついて手でまとめた髪を解く。髪が一瞬にしてバラッと落ちる。
「髪、結んでおいた方が良くないか? 経口補水液、もう一つ買ってこようか?」
「いーの、いーの。少し良くなったし、座ってれば楽になるよ」
エレベーターホールのトイレ近くのベンチは、人通りも少ない。柳くんはわたしの隣に心配そうに腰を下ろす。甘えてもいいかな、と思う。
「……どうした?」
「うん、こういうの久しぶりだなぁと思って」
柳くんの肩にもたれかかる。頭がフワッとする。
「そんなに経ってない気がしたけど、久しぶりだよな」
「だってあんたが非を認めないから」
「ツバキだって聞く耳持たなかったじゃないか」
「どんだけ泣いたと思ってるのよ」
どんだけよ。心配したカエデがキスしてくるくらいよ。あの時まであの子が男だってこと、わたしを好きだってこと、意識してなかった。
「そんなに泣いた?」
「好きだったもん」
「過去形かよ」
「また好きだと思ったからいいじゃない」
「泣かせてごめん……ほんと、反省してる。ちゃんと話し合えばよかったんだよな、もっとお互い冷静に」
そうね。確かにそうだ。なんであんなに感情的になったんだろう? 好きだったからこそ、なんだろうけど。
「あんたは泣いた?」
「……泣いた」
「バカなの?」
「そんな言い方ないだろう? ツバキが好きだからだよ」
「嘘。簡単にヤレる女がいなくなったからでしょ」
「……。お前、そういうとこ、かわいくないよ。直した方がいい。見た目美少女なのに口、悪過ぎ」
そんなわたしが好きなくせに、と口の端で笑うと、柳くんはちょっと困った顔をして、好きだよ、と言った。わたしはちょっと気が良くなって彼にもっとくっつきたくて、彼の腿の辺りに手を伸ばして置いた。こんなに涼しい店内でも人の温もりは伝わってきて、熱にまいっていたわたしの気持ちを和らげる。
柳くんて、こんなにいいものだったんだ。
ちょっと離れている間にすっかりその居心地の良さを忘れてしまっていた。
すーっと脇から手が伸びて、彼にもたれていたわたしの肩に手が回される。欲しくなる。もっと甘やかして欲しくなる。
チョコレートみたいに、トロリと甘やかして欲しい。
「送るよ」
「いいよ?」
「なんで? これからだってこういうこと、増えるだろう? もう、周りに隠したりするのも止めよう」
「恥ずかしいじゃん」
「どうして? オレはツバキが彼女だって自慢したい」
もう、どうしてすぐそうなっちゃうんだろう……。付き合い始めた頃は、わたしたちが付き合うことで周りに気をつかわせるのがイヤだなぁと思って、周囲に積極的に言うのは止めていた。うちの家族には……恥ずかしくてとても言えなかった。することをするようになったら、ますます言えなくて、それでカエデなんてわたしの片思いだと……。
カエデ? 今、家にいるんじゃないの?
「やっぱり家の手前まででいいよ」
「ツバキのとこって、親、共働きでこの時間はいないんだろう? 恥ずかしがることないじゃん」
「ほら、ご近所の目が」
「こんな世の中、ご近所さんが見張ってたりしないと思うけどなぁ。まぁ、そんなに言うなら無理にとは言わないし。手前まで送るよ」
「ありがとう」
弱冷房の電車の中で、何とか話はついた。
何でカエデに会わせるのがそんなにイヤなのかは謎だった。あの子は確かに傷つくだろう。大体、小さい時から基本、お姉ちゃん子なんだ。親離れできない子供と一緒。
わたしは……?
子離れできない親なのかな?
答えを出すのが難しいのは数学だけとは限らない。生活の中にだって、上手く答えの出ないものもある。
わたしの体はやはり太陽の熱にやられていて、ショッピングモールの入口に入る時にはキューっとなった。
しおしおになったわたしを、柳くんはとりあえずベンチに座らせて、あわててどこかに走って行った。わたしはコンクリートの壁にもたれて死にかけていた。まるでゾンビだ。
……ああ、カエデがいたらなぁ。
あの子は気が利くので、きっと冷たいタオルと麦茶を用意してくれるに違いない。エアコンの温度は22度。地球は滅ぶかもしれない。姉を熱中症から守るために地球を犠牲にするとは笑える話だ。
はは……と口元に笑いがこみ上げてきた時、柳くんが帰ってきた。
「経口補水液」
クーリッシュと同じパックに入ったゼリー状の物体を渡される。ゼリーは冷たくて、のどごし滑らかだった。
「何か面白いことがあったの?」
「ああ、思い出し笑い」
「そっか。ツバキ、壊れたのかと思ったよ」
そんなわけないじゃん、と思いつつ、壊れてるよ、と思う。
地球を滅ぼす例の弟と、わたしはデキている。まだキスだけだけど、もうそう言ってもいいだろう。
手首に嵌めていたヘアゴムを取って、無造作に束ねる。この長い髪がそれこそが地球温暖化の原因だ。二酸化炭素の温室効果をもたらしている。
「ツバキ……?」
「ん?」
は、とうなじの存在に気がついて手でまとめた髪を解く。髪が一瞬にしてバラッと落ちる。
「髪、結んでおいた方が良くないか? 経口補水液、もう一つ買ってこようか?」
「いーの、いーの。少し良くなったし、座ってれば楽になるよ」
エレベーターホールのトイレ近くのベンチは、人通りも少ない。柳くんはわたしの隣に心配そうに腰を下ろす。甘えてもいいかな、と思う。
「……どうした?」
「うん、こういうの久しぶりだなぁと思って」
柳くんの肩にもたれかかる。頭がフワッとする。
「そんなに経ってない気がしたけど、久しぶりだよな」
「だってあんたが非を認めないから」
「ツバキだって聞く耳持たなかったじゃないか」
「どんだけ泣いたと思ってるのよ」
どんだけよ。心配したカエデがキスしてくるくらいよ。あの時まであの子が男だってこと、わたしを好きだってこと、意識してなかった。
「そんなに泣いた?」
「好きだったもん」
「過去形かよ」
「また好きだと思ったからいいじゃない」
「泣かせてごめん……ほんと、反省してる。ちゃんと話し合えばよかったんだよな、もっとお互い冷静に」
そうね。確かにそうだ。なんであんなに感情的になったんだろう? 好きだったからこそ、なんだろうけど。
「あんたは泣いた?」
「……泣いた」
「バカなの?」
「そんな言い方ないだろう? ツバキが好きだからだよ」
「嘘。簡単にヤレる女がいなくなったからでしょ」
「……。お前、そういうとこ、かわいくないよ。直した方がいい。見た目美少女なのに口、悪過ぎ」
そんなわたしが好きなくせに、と口の端で笑うと、柳くんはちょっと困った顔をして、好きだよ、と言った。わたしはちょっと気が良くなって彼にもっとくっつきたくて、彼の腿の辺りに手を伸ばして置いた。こんなに涼しい店内でも人の温もりは伝わってきて、熱にまいっていたわたしの気持ちを和らげる。
柳くんて、こんなにいいものだったんだ。
ちょっと離れている間にすっかりその居心地の良さを忘れてしまっていた。
すーっと脇から手が伸びて、彼にもたれていたわたしの肩に手が回される。欲しくなる。もっと甘やかして欲しくなる。
チョコレートみたいに、トロリと甘やかして欲しい。
「送るよ」
「いいよ?」
「なんで? これからだってこういうこと、増えるだろう? もう、周りに隠したりするのも止めよう」
「恥ずかしいじゃん」
「どうして? オレはツバキが彼女だって自慢したい」
もう、どうしてすぐそうなっちゃうんだろう……。付き合い始めた頃は、わたしたちが付き合うことで周りに気をつかわせるのがイヤだなぁと思って、周囲に積極的に言うのは止めていた。うちの家族には……恥ずかしくてとても言えなかった。することをするようになったら、ますます言えなくて、それでカエデなんてわたしの片思いだと……。
カエデ? 今、家にいるんじゃないの?
「やっぱり家の手前まででいいよ」
「ツバキのとこって、親、共働きでこの時間はいないんだろう? 恥ずかしがることないじゃん」
「ほら、ご近所の目が」
「こんな世の中、ご近所さんが見張ってたりしないと思うけどなぁ。まぁ、そんなに言うなら無理にとは言わないし。手前まで送るよ」
「ありがとう」
弱冷房の電車の中で、何とか話はついた。
何でカエデに会わせるのがそんなにイヤなのかは謎だった。あの子は確かに傷つくだろう。大体、小さい時から基本、お姉ちゃん子なんだ。親離れできない子供と一緒。
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