17 / 23
第17話 わたしは彼の特別――アオイ
しおりを挟む
家に帰ってからよく考え直してみた。どうして今日に限ってカエデが家に上げてくれなかったのか?
とりあえず、落ち着け。
深呼吸をする。
可能性としてはやっぱり「お姉さん」。
おととい、お姉さんが帰宅した時、カエデに帰るよう言われたもの。
お姉さんが、女の子を家に上げたらいけないって言ったのかもしれない。ひょっとしたらお姉さんは意外と潔癖で、男女のそういうことを許容できないのかもしれない。
それは有り得る。
お姉さんみたいにキレイな人なら、男なんて煙たく見えそうだもの。その辺にごろごろ転がっている川原の石ころのようなものだろう。
でも本当はお姉さんの足元に、特別キレイな石が転がっている。それがカエデだ。灯台もと暗し、というやつだ。もっとも、気づいたところで姉弟じゃ何にもならないんだけど。
とにかくカエデはわたしのものだ。
美しいカエデはわたしの物でしかない。
こんなにドキドキしながらここに来たのは初めての時以来だ。
今日は間違えずにドアフォンを1回だけ、ピンポーンと鳴らす。
上手く鳴らせて自分を褒める。偉い、やればできるんじゃん。ここからが大切なところだ。間違わないようにしなくてはならない。
「またお前かよ……通じてないの?」
「待って、カエデ、待って」
ガチャッとモニターの切れる音がして扉の向こうにカエデが歩いてくる気配がする。
「何?」
「話が……」
「こっちはないけど」
「ひどい、わたしには、ある」
涙は簡単に、溢れては滝のように流れ落ちた。
「……わかったよ。部屋で話そう。静かにな」
やっぱりお姉さんがいるのかもしれなかった。カエデのお姉さんてそんなにうるさそうな人だったっけ?
ああ、違う。3年の先輩に告白してふられたんだって誰かが話していた。お姉さん、かわいそう。それで他人の幸運を快く許せることがなくなったのかもしれない。
何にせよ、お姉さんは不機嫌なんだ。物事は静かに進めた方がいい。
「で、話って何?」
カエデの切れ長の目でキッと見つめられると、一瞬息を飲んでしまう。美しいものに惹かれるのは間違ったことではない。
「あのね、どうしてここに来ちゃいけないのか教えてほしいの」
「別に何も。邪魔だから」
……そんな言い方はない。いくら本当のことを言うのが恥ずかしくてもそんなのはいけない。でもそれは口に出さない。だって、カエデにも男のプライドがあるもの。
「ここじゃないところで会えばいいんじゃないの?」
「会いたいなんて言ってないだろう?」
「だって会ってたじゃない」
「お前が勝手に来るんだろう? 毎日、毎日。他にやることないのかよ」
「ない……。カエデが好きなだけ。私の全部、それだもん」
「は? 有り得ないだろう? お前のこと雑に抱くような男がお前の全部なの? お前のこと、やさしくしてやろうなんて思ったことないよ。自分がイケればそれで良かったんだけど。お前だってそうだろう? ちょっと気持ちいい思いすれば良かったんだろう?」
「違う!!!」
カエデの部屋のローテーブルを、思わず大きな音で叩いてしまってその音に自分も驚いた。なんでこんなことしちゃったんだろう?
ヒステリックになりたくない。
でもカエデに本当の気持ち、ちゃんとわかってほしい。
「違うよ! わたしは幼稚園の頃からずっとカエデだけが好きだったって言ってるじゃない! 好きな男に抱かれたいのは当たり前じゃない! それが毎日だったら夢みたいだって、ずっと、思ってたのにそんな言い方ひどい……」
ずずっと鼻をすする。勝手知ったる部屋でティッシュをもらって、鼻をかんでついでに涙を拭いた。
「わかった。理由はもういいの。アオイが好きだって言って。まだ一度も言ってくれてないでしょう? お願い、それだけで許せるから」
……。
静寂が部屋を包んだ。
どっちも少しも動かなかったし、動く気配もなかった。焦れったかった。
「わたしは、カエデがちょっとくらい意地悪しても許せるの。だってそれ以上にうれしいこと、いーっぱいもらったし。わたしだけがカエデの特別だってちゃんとわかってるから」
「……違う」
「え?」
「お前は特別じゃないよ」
「え?」
「好きな人がいるんだ。ずっとだよ」
え? そんな話、聞いてない。
何でそんな話になるんだ? 誰も求めてない答えを持ってこないでよ!
「お前のことはちっとも好きじゃなかったし、好きにもなれなかった、悪いと思うけど」
「そんなの、ひどいじゃない……」
「毎日人のことつけて歩くのもどうかと思うけど」
「だってわたしはカエデの特別だから、カエデの後ろを歩いたっていいでしょう?」
「お前、本気で言ってんの? あれはもうストーキングでしょう? 毎日、毎日つけられて限界だったからお前の部屋に誘われて行ったんだよ。わかってるの? それで、お前が僕を誘ったんだよ。ゆったりした丈の短いワンピース着て、下に何も付けてなかっただろう?」
頭の中がぐらぐらしてきた。マグマっていうのはこういうものなのかもしれない。マグマは熱くたぎって、心の中に溢れてくる。身を焦がしながら溢れてくる。
カエデの机のペン立てに手を伸ばした――!
とりあえず、落ち着け。
深呼吸をする。
可能性としてはやっぱり「お姉さん」。
おととい、お姉さんが帰宅した時、カエデに帰るよう言われたもの。
お姉さんが、女の子を家に上げたらいけないって言ったのかもしれない。ひょっとしたらお姉さんは意外と潔癖で、男女のそういうことを許容できないのかもしれない。
それは有り得る。
お姉さんみたいにキレイな人なら、男なんて煙たく見えそうだもの。その辺にごろごろ転がっている川原の石ころのようなものだろう。
でも本当はお姉さんの足元に、特別キレイな石が転がっている。それがカエデだ。灯台もと暗し、というやつだ。もっとも、気づいたところで姉弟じゃ何にもならないんだけど。
とにかくカエデはわたしのものだ。
美しいカエデはわたしの物でしかない。
こんなにドキドキしながらここに来たのは初めての時以来だ。
今日は間違えずにドアフォンを1回だけ、ピンポーンと鳴らす。
上手く鳴らせて自分を褒める。偉い、やればできるんじゃん。ここからが大切なところだ。間違わないようにしなくてはならない。
「またお前かよ……通じてないの?」
「待って、カエデ、待って」
ガチャッとモニターの切れる音がして扉の向こうにカエデが歩いてくる気配がする。
「何?」
「話が……」
「こっちはないけど」
「ひどい、わたしには、ある」
涙は簡単に、溢れては滝のように流れ落ちた。
「……わかったよ。部屋で話そう。静かにな」
やっぱりお姉さんがいるのかもしれなかった。カエデのお姉さんてそんなにうるさそうな人だったっけ?
ああ、違う。3年の先輩に告白してふられたんだって誰かが話していた。お姉さん、かわいそう。それで他人の幸運を快く許せることがなくなったのかもしれない。
何にせよ、お姉さんは不機嫌なんだ。物事は静かに進めた方がいい。
「で、話って何?」
カエデの切れ長の目でキッと見つめられると、一瞬息を飲んでしまう。美しいものに惹かれるのは間違ったことではない。
「あのね、どうしてここに来ちゃいけないのか教えてほしいの」
「別に何も。邪魔だから」
……そんな言い方はない。いくら本当のことを言うのが恥ずかしくてもそんなのはいけない。でもそれは口に出さない。だって、カエデにも男のプライドがあるもの。
「ここじゃないところで会えばいいんじゃないの?」
「会いたいなんて言ってないだろう?」
「だって会ってたじゃない」
「お前が勝手に来るんだろう? 毎日、毎日。他にやることないのかよ」
「ない……。カエデが好きなだけ。私の全部、それだもん」
「は? 有り得ないだろう? お前のこと雑に抱くような男がお前の全部なの? お前のこと、やさしくしてやろうなんて思ったことないよ。自分がイケればそれで良かったんだけど。お前だってそうだろう? ちょっと気持ちいい思いすれば良かったんだろう?」
「違う!!!」
カエデの部屋のローテーブルを、思わず大きな音で叩いてしまってその音に自分も驚いた。なんでこんなことしちゃったんだろう?
ヒステリックになりたくない。
でもカエデに本当の気持ち、ちゃんとわかってほしい。
「違うよ! わたしは幼稚園の頃からずっとカエデだけが好きだったって言ってるじゃない! 好きな男に抱かれたいのは当たり前じゃない! それが毎日だったら夢みたいだって、ずっと、思ってたのにそんな言い方ひどい……」
ずずっと鼻をすする。勝手知ったる部屋でティッシュをもらって、鼻をかんでついでに涙を拭いた。
「わかった。理由はもういいの。アオイが好きだって言って。まだ一度も言ってくれてないでしょう? お願い、それだけで許せるから」
……。
静寂が部屋を包んだ。
どっちも少しも動かなかったし、動く気配もなかった。焦れったかった。
「わたしは、カエデがちょっとくらい意地悪しても許せるの。だってそれ以上にうれしいこと、いーっぱいもらったし。わたしだけがカエデの特別だってちゃんとわかってるから」
「……違う」
「え?」
「お前は特別じゃないよ」
「え?」
「好きな人がいるんだ。ずっとだよ」
え? そんな話、聞いてない。
何でそんな話になるんだ? 誰も求めてない答えを持ってこないでよ!
「お前のことはちっとも好きじゃなかったし、好きにもなれなかった、悪いと思うけど」
「そんなの、ひどいじゃない……」
「毎日人のことつけて歩くのもどうかと思うけど」
「だってわたしはカエデの特別だから、カエデの後ろを歩いたっていいでしょう?」
「お前、本気で言ってんの? あれはもうストーキングでしょう? 毎日、毎日つけられて限界だったからお前の部屋に誘われて行ったんだよ。わかってるの? それで、お前が僕を誘ったんだよ。ゆったりした丈の短いワンピース着て、下に何も付けてなかっただろう?」
頭の中がぐらぐらしてきた。マグマっていうのはこういうものなのかもしれない。マグマは熱くたぎって、心の中に溢れてくる。身を焦がしながら溢れてくる。
カエデの机のペン立てに手を伸ばした――!
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
∞
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。
入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。
しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。
抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。
※タイトルは「むげん」と読みます。
※完結しました!(2020.7.29)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる