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【第五部:聖なる村】第六章
目覚め
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一行はハルの住居の二軒隣にある宿に部屋を取り、交代でハルの看病を続けた。意識のないまま朝を、そして昼を過ぎ、翌日の朝になってからハルはゆっくりとその目を開けた。そばにいたのはエルシャとナイシェだった。呻き声とともにうっすらと瞼を上げたハルに気づき、ナイシェは飛びつくようにその手を握った。
「ハル! よかった、目が覚めたのね!」
ハルは焦点の定まらないうつろな目でしばらくの間放心していたようだった。ナイシェに続き、エルシャもハルの具合を伺うように覗き込む。しばらく待っていると、やがてハルの目が二人の顔を認識したように左右に動き始めた。そして、乾いた口を開いた。
「……君……たち、は……」
そういったようだったが、最初のほうはまったく音にならず、最後のかすれ声だけかろうじて聞き取ることができた。さらに何かいおうと息を吸い込んだが、すべてため息になって力なく吐き出された。
「わかるか? 二日前におまえがこの家で倒れているのを見つけて、医者に処置してもらったんだ。意識が戻って本当によかった」
ハルは上体を起こそうとして顔をしかめ、また横になった。
「無理するな、死にかけていたんだぞ。目に見える傷は治したが、その様子じゃずいぶんひどい目にあったんだろう」
「死にかけ……?」
ハルの喉からかすれた声が出た。
「……まだ……生きているのか……」
独り言のように漏れた言葉が宙に浮いた。ナイシェは握っていたハルの右手の上に、自分のもう一方の手を重ねた。
「……何が、あったの……」
その声はわずかに震えていた。ハルは応えるように目を開けたが、その瞼は重く、開いたのは口だけだった。
「かけらは……埋めるな……殺される……」
胸が大きく一回上下し、それから規則正しい呼吸に変わった。深い眠りに入ったようだった。
昼前には、医師を含めた全員がハーレルのもとに集まった。意識も戻り、あとは極度の消耗に対する療養のみでよいとの医師の判断だった。
「まだ若いからね、食事さえできるようになれば回復は早いだろうよ。あとは、水分さえしっかり摂れれば点滴もいらないからね、まあ明日にまた来ることにするが、順調に行けば私の仕事もそれで終わりかね……」
厄介ごとはごめんだといわんばかりにそういうと、医師は新しい点滴の瓶だけぶら下げて帰っていった。
「順調に、回復しているんですね……」
安堵のため息とともにフェランが誰にともなく呟く。焼け跡となった家の裏庭に横たわる、動かないハーレル。その光景を予見したフェランが、あるいはもっともハルの容態を案じているのかもしれなかった。穏やかに眠るハルを、今度はルイが恐る恐る覗き込む。
「彼が、ハーレルなんだね……。神の民だというだけで、こんなに痛めつけられるのか……」
「今回だけじゃないのよ。以前は、ハルの母親がサラマ・アンギュースだと知った途端、町の人間がこの家に火をつけた。前にも話したよね? あたしが知っているだけでも、ハルにとってはこれで二回目よ」
ディオネの声には怒りが滲む。
「母親のときひどい目にあったというのに、彼はそのかけらを埋めて、サラマ・アンギュースになる道を選んだというのかい?」
ルイの疑問に、エルシャが答えた。
「ハーレルは、神の民のかけらを憎んでいた……。母親を苦しめ、自分を苦しめるこのかけらを、心底守りたいとは思っていなかったはずだ。だからこそ彼は、最初俺たちの旅に同行することを拒んで去ったんだ。それから今までの間に、何か変化があったのかはわからないが……。彼はかけらを渡すことを命を賭けてまで拒んだのか、それともかけらはもう手放したのか……」
ルイにはいきさつを理解できないようだった。
「つまり、彼はかけらを自分に埋めたわけじゃないのかい? 隠し持っているなら、そいつらに渡してしまえばこんな目にはあわなかったのでは?」
エルシャはうなずいた。
「かけらがどこにあるのかは、ハルしか知らない。体に埋めたのかどうかも、誰も知らないんだ。ただ彼はさっき、かけらを埋めたら殺される、といっていた。俺たちは神の民を探す旅をしているが、そのせいで誰かが傷つくというのは……もうたくさんだ……」
エルシャの脳裏には二人の人間の姿があったが、そのことをルイは知る由もなかった。
衰弱が激しく起き上がるのも難しい状態のハーレルは、しばらく彼の自宅でそのまま様子を見ることとなった。隙間風のひどかった焼け跡も、ナイシェの尽力でとりあえずの扉や壁のついた部屋となり、暖を取るための毛布やランプも完備された。二軒隣の宿との往復で、交代で看病を初めてから二日が経った。
ハルは、水分やちょっとしたスープを飲むとき以外は、ほぼ眠っていた。彼の身にいったい何が起きたのか、誰もが知りたがったが、今のハルから無理やり聞き出そうとする者はいなかった。
かけらは埋めるな、殺される。
その言葉は、彼が神の民だからこそ襲われたのだということを物語っている。どうやら、紋章盗難事件の絡みではないらしい。では、彼はかけらを持っていたから殺されかかったのか、それともむしろそれを手放したから助かったのか?
あと二、三日もすればハルは話せるほどに回復するだろう。皆、それを待つつもりだった。
「ハル! よかった、目が覚めたのね!」
ハルは焦点の定まらないうつろな目でしばらくの間放心していたようだった。ナイシェに続き、エルシャもハルの具合を伺うように覗き込む。しばらく待っていると、やがてハルの目が二人の顔を認識したように左右に動き始めた。そして、乾いた口を開いた。
「……君……たち、は……」
そういったようだったが、最初のほうはまったく音にならず、最後のかすれ声だけかろうじて聞き取ることができた。さらに何かいおうと息を吸い込んだが、すべてため息になって力なく吐き出された。
「わかるか? 二日前におまえがこの家で倒れているのを見つけて、医者に処置してもらったんだ。意識が戻って本当によかった」
ハルは上体を起こそうとして顔をしかめ、また横になった。
「無理するな、死にかけていたんだぞ。目に見える傷は治したが、その様子じゃずいぶんひどい目にあったんだろう」
「死にかけ……?」
ハルの喉からかすれた声が出た。
「……まだ……生きているのか……」
独り言のように漏れた言葉が宙に浮いた。ナイシェは握っていたハルの右手の上に、自分のもう一方の手を重ねた。
「……何が、あったの……」
その声はわずかに震えていた。ハルは応えるように目を開けたが、その瞼は重く、開いたのは口だけだった。
「かけらは……埋めるな……殺される……」
胸が大きく一回上下し、それから規則正しい呼吸に変わった。深い眠りに入ったようだった。
昼前には、医師を含めた全員がハーレルのもとに集まった。意識も戻り、あとは極度の消耗に対する療養のみでよいとの医師の判断だった。
「まだ若いからね、食事さえできるようになれば回復は早いだろうよ。あとは、水分さえしっかり摂れれば点滴もいらないからね、まあ明日にまた来ることにするが、順調に行けば私の仕事もそれで終わりかね……」
厄介ごとはごめんだといわんばかりにそういうと、医師は新しい点滴の瓶だけぶら下げて帰っていった。
「順調に、回復しているんですね……」
安堵のため息とともにフェランが誰にともなく呟く。焼け跡となった家の裏庭に横たわる、動かないハーレル。その光景を予見したフェランが、あるいはもっともハルの容態を案じているのかもしれなかった。穏やかに眠るハルを、今度はルイが恐る恐る覗き込む。
「彼が、ハーレルなんだね……。神の民だというだけで、こんなに痛めつけられるのか……」
「今回だけじゃないのよ。以前は、ハルの母親がサラマ・アンギュースだと知った途端、町の人間がこの家に火をつけた。前にも話したよね? あたしが知っているだけでも、ハルにとってはこれで二回目よ」
ディオネの声には怒りが滲む。
「母親のときひどい目にあったというのに、彼はそのかけらを埋めて、サラマ・アンギュースになる道を選んだというのかい?」
ルイの疑問に、エルシャが答えた。
「ハーレルは、神の民のかけらを憎んでいた……。母親を苦しめ、自分を苦しめるこのかけらを、心底守りたいとは思っていなかったはずだ。だからこそ彼は、最初俺たちの旅に同行することを拒んで去ったんだ。それから今までの間に、何か変化があったのかはわからないが……。彼はかけらを渡すことを命を賭けてまで拒んだのか、それともかけらはもう手放したのか……」
ルイにはいきさつを理解できないようだった。
「つまり、彼はかけらを自分に埋めたわけじゃないのかい? 隠し持っているなら、そいつらに渡してしまえばこんな目にはあわなかったのでは?」
エルシャはうなずいた。
「かけらがどこにあるのかは、ハルしか知らない。体に埋めたのかどうかも、誰も知らないんだ。ただ彼はさっき、かけらを埋めたら殺される、といっていた。俺たちは神の民を探す旅をしているが、そのせいで誰かが傷つくというのは……もうたくさんだ……」
エルシャの脳裏には二人の人間の姿があったが、そのことをルイは知る由もなかった。
衰弱が激しく起き上がるのも難しい状態のハーレルは、しばらく彼の自宅でそのまま様子を見ることとなった。隙間風のひどかった焼け跡も、ナイシェの尽力でとりあえずの扉や壁のついた部屋となり、暖を取るための毛布やランプも完備された。二軒隣の宿との往復で、交代で看病を初めてから二日が経った。
ハルは、水分やちょっとしたスープを飲むとき以外は、ほぼ眠っていた。彼の身にいったい何が起きたのか、誰もが知りたがったが、今のハルから無理やり聞き出そうとする者はいなかった。
かけらは埋めるな、殺される。
その言葉は、彼が神の民だからこそ襲われたのだということを物語っている。どうやら、紋章盗難事件の絡みではないらしい。では、彼はかけらを持っていたから殺されかかったのか、それともむしろそれを手放したから助かったのか?
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