小川のモミジ

忍野木しか

文字の大きさ
1 / 1

小川のモミジ

しおりを挟む

 広い庭の向こうから小川のせせらぎが聞こえる。森から流れ出た透き通る山水は、川底の砂利を転がした。
 小川を挟んだ向かいに、モミジの木が生えていた。崩れた川縁から根っこがはみ出てており、幹を斜めに倒す小さな木は、すぐにでも枯れてしまいそうだった。
 藤本大介は坊主頭に汗を流して、小さな手で庭の雑草を抜いていた。
 大介の祖父、平八は、花壇のトマトに水をあげている。
「じいちゃん、モミジが枯れちゃう」
 大介は、一向に無くならない雑草にうんざりして立ち上がった。平八は振り返る。
「大丈夫やろう。あのモミジはそんなにヤワや無いさ」
「えー、でも根っこ飛び出てるよ? 倒れそうだよ?」
 大介は軍手を脱いで、小川の近くへと行ったり来たりする。土だらけの小さな足は、焦ったそうにクネクネと動いていた。
 平八は孫の意図を理解して微笑んだ。
「モミジは強いから大丈夫やさ。それより、疲れたなぁ? 大ちゃん、そろそろ休憩にしようや」
「えー、僕まだ働けるのに……」
 大介はそう言いながらサッと靴を脱ぐと、土に汚れた体のまま家の中に飛び込んでいった。
 
 夏の暮れの台風は小川を氾濫させた。庭に積まれた土嚢を越えて、軒下にまで泥水が流れてくる。二階からその様子を眺めていた大介は、小川の向こうのモミジを想った。
 台風が去ると、庭の泥かきをする。モミジは少し幅の広がった小川の向こうに倒れていた。大介は何だか悲しくなって涙を流した。
 明くる日、祖父の平八が二階の大介の部屋の扉を叩いた。
「大ちゃん、モミジは強いぞ」
 小川の向こうで倒れていたモミジの木は、庭の花壇の横に植えられていた。幹に泥が付いていたが、台風後の晴天がモミジを暖かく見守っている。
「大きくなるの?」
 大介は祖父を見上げた。
「ああ、大ちゃんとどっちが先に大きくなるか、勝負やな」
 そう優しく微笑んだ平八は、その年の暮れに亡くなった。

 大介は何をするでも無く、部屋の隅を眺めていた。
 今年、二十五を迎える大介は五年前から一歩も外に出ていない。
 夕暮れの西日が部屋を紅く染める。同時に、枝分かれする木影が部屋の壁に幾つもの黒い線を作った。いつの間にかモミジは、家の屋根に届くほどに成長していたのだ。
 大介は無性に腹が立って、カーテンを閉めた。だが白いカーテンを背にモミジの木影が映った。
 おい大介、俺はこんなに大きくなったぞ!
 大介は馬鹿にされているような気分になり、部屋を飛び出すと、ノコギリでモミジを切り倒した。

 その年の台風は例年になく強かった。
 数年ぶりに家の敷地の外に出た大介は、切り倒したモミジの木を想っていた。今頃、家と共に泥水の底かもしれない。死んだ祖父の顔が浮かび、可哀想なことをしてしまったと涙が出てくる。
 台風が収まると、すぐに家に向かった。家の中は水浸しだ。大介は庭に向かう。モミジのきり株は泥だらけだった。大介は泣きながらスコップで泥を掻き分ける。
 ふと、きり株の側面に泥にまみれた短い枝が見えた。大介はバケツに水を汲んで泥を流す。モミジの新芽は快晴の陽光に葉を広げた。
 大ちゃん、モミジは強いぞ。
 大介は、今度はモミジに負けないくらい大きくなろうと、スコップを握る手に力を込めた。
 





しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

柚木ゆず
2021.04.17 柚木ゆず

本日は、こちらの作品を拝読しました。

大ちゃん、モミジは強いぞ。
そのお言葉が、いつまでも、胸に残っております。

そして。
大介さんの、スコップを握る手。
こちらも、とても印象的でした。

2021.04.17 忍野木しか

ご感想、本当にありがとうございます。
植物の強さと、それを感じて生まれ変わろうとする人の話が書きたくなり、今回の短編を書かせてもらいました。
モミジの力強さを感じた大介は、これから大きく成長していくことでしょう。

解除

あなたにおすすめの小説

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

本音と建前のお話

下菊みこと
恋愛
感じることはあれどもあえてなにも言わなかったお話。 そしてその後のタチの悪い仕返しのお話。 天使様がチートなご都合主義のSS。 婚約破棄しない、けれどざまぁは過剰に、そしてただただ同じことをしただけのお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。