24 / 56
第二章
桃色の天使
しおりを挟む静かだった。
沈黙の白。凍えた空気。白髪の天使の歩く廊下。
動く者の少ない学校は冷え切っていた。ただ、ジッと待ち続ける者たちばかりが凍えた校舎に不平を言う。
教育改革に勤しむ教員たちの姿はない。学業や部活動に勤しむ生徒たちの姿もない。
静観する天使の瞳はない。忙しく駆け回る天使の瞳もない。
白い影の報いの場。学校は雪に埋もれた野原のように静かだった。
臼田勝郎に挨拶を返す生徒はいない。ウルフカットのカツラを笑う者もいない。
冷え切った教室を暖めようと満面の笑みを浮かべる勝郎。警戒と軽蔑の瞳で勝郎を見返す生徒たち。
生徒たちは勝郎を見定めていた。薄毛が気にならない程に大柄な教師。かつての恐怖の対象。その変容はちょうど教員の一斉異動が始まった頃である。生徒たちは、道化を装う勝郎を疑っていた。新任教員側についたのではなかろうか、と。
感受性の豊かな思春期の生徒たち。些細な変化に敏感な青年期の子供たち。津波が如く学校を変容させた教育改革が彼らに与えたストレスは計り知れない。
学校を守る為に、自分たちの信じる小さな世界を守る為に、生徒たちは徒党を組んだ。世界を脅かす教員には決して従うまいと、奴等をこの世界から追い出そうと、生徒たちは抵抗した。
彼らが考えついた答えではない。誰かが導いた結果でもない。
それらは一種の流れであった。生徒たちは自らの意思で流れに逆らっているかのように動きながら、その実、決して流れには逆らうまいと同じ方向に進んでいたのである。
短絡。浅慮。盲信。
学校には流されるなという流れには逆らうな。疑うことを疑うな。
廊下を歩く白髪の天使。端に避ける生徒たち。
報いの対象である。
ショートボブの天使。田中愛は教導した。
善行には幸福を、悪行には厄災を。
天に向けられた人差し指。冬の街で赤い服の後輩に報いの術を教授するショートボブの天使。トラックのクラクションが寒空に鳴り響く。
赤信号を渡ろうとする田中愛に、藤野桜は慌てて飛び付いた。突風に乱れる短い黒髪。目を丸くする先輩の天使と目を吊り上げる後輩の天使。藤野桜の警告に田中愛はシュンと肩を落とした。
私立Y高校。広い校舎を流れる静寂。ショートボブの天使の新たな職場、否、教導の場。
ほんのりと雪の積もった校庭に二つの存在が足を踏み入れる。暖かな静けさに包まれた新学期の校舎。昨年の秋に田中愛が偶然訪れた私立高校。
初めての環境に何処か不安げな赤い服の天使。藤野桜は先輩の温かな手にそっと触れた。桃色に染まる頬。
後輩の小さな手をギュッと握り返した田中愛はキョロキョロと、明るいオレンジの校舎を見渡した。規律ある私立高校に漂う落ち着いた空気。それほど忙しくはない職場。取り敢えず、ミルキーをくれた女生徒でも探そうかなと、田中愛は赤い服の後輩の手を引いた。
玄関前のベンチに座る一つの存在。くわえタバコに黒いジャケット。長い足を組んで新聞紙を広げる天使。顔を上げた岸本美咲は目を細めた。また来たのかという表情。仕事を手伝いに来たのだとショートボブの天使は胸を張る。
田中愛の短い黒髪に隠れるようにして肩を縮こめる小さな天使。藤野桜はジッと、岸本美咲の口元から浮かび上がる白い煙を見つめた。
新聞紙をゆっくりと閉じて立ち上がる白い煙の天使。二つの存在の前にしゃがみ込んだ岸本美咲は、赤い服を着た幼い天使の頭を撫でた。何処か寂しそうな笑顔。タバコは体に悪いと注意するショートボブの天使。
背筋を伸ばして立ち上がった岸本美咲は、田中愛の艶やかな黒髪を撫でると、あまり暴れないでおくれよと二つの存在に注意した。フッと空中に霧散する白い煙。忙しい時期なのだそうだ。
コクリと頷く藤野桜。暴れたことなどないと眉を顰める田中愛。
静かに微笑んだ岸本美咲はベンチに座って新聞紙を広げた。やれやれと腕を組むショートボブの天使。職務怠慢を注意した田中愛は、天使の白い煙に背を向けると校舎に足を踏み入れた。サッと頭を下げた藤野桜もその後に続く。
湿度の保たれた暖かな空間。綺麗に磨かれた青い廊下。肩を丸めて広い校舎を見渡す赤い服の天使。
緊張した面持ちの幼い天使に微笑んだ田中愛は、その柔らかな黒い髪をヨシヨシと撫でた。先ずは私の仕事を見ていなさい、と。
ダッと廊下を駆け出す田中愛。善行には幸福を、悪行には厄災を、私立高校の生徒たちに報いを……。急に廊下を走り出した先輩の天使に、藤野桜は注意の視線を送った。
授業の終わりのチャイムが暖かな空気を揺らす。ふと、田中愛の頭によぎる白い影。何か大事なことを忘れてしまっているかのような感覚。田中愛は廊下を走りながら窓の外を見た。曇り空。雪の影。あっと手を叩くショートボブの天使。校舎裏の白い猫の存在を忘れていたのである。
衝撃。悲鳴。美術室から出てきた男子生徒とぶつかって転がるショートボブの天使。突然の衝撃によろけた男子生徒は、後ろにいた女生徒の胸元にしがみついた。サッと頬を赤く染める女生徒。平手打ちに倒れる男子生徒の満更でもない表情。
藤野桜はコロコロと廊下を転がる先輩の天使に慌てて駆け寄った。目をクルクルと回す田中愛。世話のかかる先輩の天使を抱きかかえる後輩の天使。田中愛は、藤野桜の桃色の頬を見上げた。何処かで見たような色。藤野桜の輝く瞳に誰かの笑顔を思い出すショートボブの天使。
注意。浮かんでは消える白い煙。いつの間にかそこに居た岸本美咲は、暴れるなと伝えただろうと、田中愛を見下ろした。
田中愛の代わりに頭を下げる藤野桜。しょんぼり肩を落として立ち上がるショートボブの天使。今の失敗は忘れ物を思い出したからだと、田中愛は明後日の方向に言い訳を始める。
警告。漂う煙の香。そこにはもう近付くなと警告する白い煙の天使。
首を傾げた田中愛は腰に手を当てた。F高校は自分の職場であるのだ、と。
勧告。ならば来年の春まではここにいなさいと岸本美咲は白い息を吐いた。
困惑したように細い眉を捻る田中愛。早く帰れとうるさかった前回とは真逆の対応である。
ニャー、という幻聴。否、誰かの着信音。
取り敢えずコクリと頷いてみせた田中愛は廊下を駆け出した。ひもじい思いをしているであろう白猫に早く餌をあげねばと焦るショートボブの天使。慌てて先輩の背中を追いかける後輩の天使。
白いフィルターをグッと噛み締めた岸本美咲は鋭い警告の視線を飛ばした。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる