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第二章
報いの天使
しおりを挟む〈県立F高校で火災=生徒、教員を合わせ九十人以上が負傷──生徒の悪戯が原因か〉
24日午後1時半ごろ、Y市A区A町にある「県立F高校」の東校舎の一階で爆発を伴う火災が発生し、三人が死亡した。負傷者は九十人を超えるとみられ、K県警によると、病院に搬送された人の中にも死者がいる可能性があり、連絡の取れない生徒も多数いると──。
[県立F高校の実態とその闇]
放火の背景にあった教育改革とは ─K新聞─
先月24日、県立F高校東校舎裏で男子生徒の一人がガソリンに火をつけ、27人が死亡、94人が重軽傷を負うという痛ましい事件が起こった。火をつけたとされる男子生徒は遺体として発見されており、事件の全容は未だ明らかになっていない状況にある。
いったい何故、火はつけられたのか?
男子生徒を狂気の犯行に至らしめたものとは──。
生徒と教員が対立? 火をつけるように指示?「県立F高等学校放火殺人事件」
生徒、教員合わせて32名の命が奪われる事となった放火殺人事件からはや一ヶ月。遺族たちの悲痛な叫びが収まることはない。自らも火災に巻き込まれて死亡したとされる少年M。いったい何故、少年の手によってこのような陰惨な事件が引き起こされる事となったのか。未だ全容が闇に沈むこの事件において、様々な憶測が──。
──また、主犯格とされる少年Hの行方は未だ掴まれておらず、K県警特別捜査本部はその行方を追うと共に──。
臨時休校・廃校のプロセスについて
(令和X年1月30日Y市教育委員会会議)
1.趣旨
未来を担う子供たちの健全な育成に向けて、県立F高等学校の臨時休校及び経営廃止の過程を設けるもの
(1)廃校措置の過程について
保護者や地域住民等、協議の中で決定していくもの
「休校」については、当面の措置とする
(2)その後の取り扱いについて
校舎用途の有無に──
白い壁。白いカーテン。白いベット。
消毒液と薬品の匂い。丸椅子に腰掛ける大柄の少年。
太田翔吾はベットの上で目を瞑る吉沢由里を見つめた。ロングのダークブロンドはない。代わりに白い包帯とネットが頭を覆っている。鼻と口から伸びるチューブの痛々しさに翔吾は低い声を漏らした。
ドアの開く気配。振り返った翔吾は頭に包帯を巻いた男子生徒の暗い表情を見る。ゆっくりと立ち上がった翔吾は、眠ったように目を瞑る由里の柔らかな表情を暫く見つめてから、静かな病院の廊下に出た。
「大樹、傷は大丈夫か?」
「あ、ああ、傷はもう随分と良くなってきているよ」
「そうか、良かった」
暗い表情。悲痛に歪んだ唇。
二人は廊下の青いベンチに腰掛けた。
無言。極端に口数の減った翔吾。消えない後悔の念に翔吾はずっと俯いていた。
「あのさ……」
音を呑み込む病院の壁。ほんの僅かに通路を震わせた声はすぐに鉛のような空気に圧迫され動きを止める。
「僕、自首しようと思う」
静寂。目を見開いた翔吾は隣で俯く痩せた少年を凝視した。
「何だって?」
「自首するよ、僕」
「何でだよ? 意味わかんねーって!」
「ガソリン、あ、あれ、学校の火事、多分僕のせいなんだ」
「……は?」
「僕が持ち込んだガソリンなんだよ。だからあんな爆発が起きて、皆んな死んで、ごめん、僕もう、どうやったって償えない」
嗚咽を始める少年。病院に呑まれない悲痛の音。翔吾は言葉を失ったまま動きを止めた。
「……ちょ、ちょっと待てよ! 何で、お前が……ガソリン? 何でだよ、どういうことだよ!」
「……ひっ……ひっ……ぼ、僕、も、学校に火を、つけようと、してたんだ……」
「な……」
「あ、あ、あの、雪合戦、した時、あったろ……? あの時、本当は、体調なんて、悪くなかったんだ……。ほ、ほんと、は、ひっ、火を、つけようと思って、ガソリンを、持って来てたんだ……」
大樹は泣いた。償えない罪の重さに泣き崩れた。報いが欲しいと、大樹は震え乱れ潰れる胸の内で願う。罪に対する報いを。愚かな自分を罰してくれる何かを。
グッと息を飲み込んだ翔吾は両手に力を込めて大樹の顔を見つめた。
「ま、待てよ、落ち着けって。それ、火事が起こるよりずっと前の話じゃねーか。お前がやったわけじゃねーよ、お前のせいじゃねーんだ、お前は踏みとどまったんだよ!」
「ひっ……そ、それは、君がいた、からだ。じゃなかったら、僕が、火をつけてた……」
「何でもいい! お前はやってないんだ! それが事実だろ!」
「で、でも、ガ、ガソリンは、僕のせい、だ……」
「それだって分かんねーさ! なぁ、お前は持ってきたガソリンをどーしたんだよ!」
焦りと、言いようの無い怒りに興奮した翔吾の声が病院の廊下に響き渡る。だが、気にする者は誰もいない。依然、病院は静寂に包まれている。
「わ、分からないんだ……」
「分からない?」
「せ、正門前に置いたまま、ぼ、僕、それを忘れちゃって……気が付いた時には、無くなって、たんだ」
「な、ならお前のせいじゃねー! 大丈夫だ!」
ほっと息を吐く翔吾。大樹は顔を歪めて微笑むと、また、嗚咽をした。
「ご、ごめん、僕の話ばかりで……。吉沢さん、よ、様子は、どう?」
「由里は……」
このまま意識が戻らないかもしれない。
翔吾はいつか耳にした言葉をそのまま口に出しそうになり、慌てて目を瞑った。胃がねじ切れそうな痛み。必死に吐き気を我慢した翔吾はギュッと手を握り締める。
「吉沢さんも、ぼ、僕のせいだ。ごめん、ごめんよ、ごめんしか言えなくってごめん」
「ち、違う! 俺のせいだ! お、お、俺が……」
日野龍弥への断罪に心を躍らせていた自分。奪うことばかりに執念を燃やし、奪われることを想像すらしなかった自分。
断罪されるべきは自分だと翔吾は怒りの涙を流した。過去は取り戻せないと翔吾は後悔の嗚咽に震えた。
救いの罰を求める二つの存在の声が病院に木霊する。
山本恵美は校庭に出た。
澄み切った青空から差す陽が臨時休校中の静かな窓に反射する。少し早い春風。恵美は足元に視線を向けたままトボトボと足を前に動かした。焼け焦げた校舎が怖かった。それと同じくらい人の視線も怖かった。
綺麗に整頓された花壇。臨時休校中においても保健室の奥田恭子は花壇の手入れを続けていた。春には青い花を植えるのだという。そんな、何時迄も元気そうに見えた恭子が突然倒れたのは昨日のことだった。恵美は、また元気な笑顔を見せてくれると信じている恭子の為に花壇の手入れを続けようと、重い足を運んでいたのだ。
花壇の隅に転がるスコップ。それを取ろうと膝を曲げた恵美の額に汗が流れる。何とかスコップを手に取った恵美の瞳に映るピンク色のノートとクレパス。
おや、と丸い首を傾げる恵美。スコップを花壇の隅に置いた恵美はノートを手に取った。ピンク色の表紙で笑うイタズラが好きそうな女の子。学生時代に恵美が使っていたものとそっくりである。
誰のだろうと恵美は辺りを見渡した。その可愛らしい絵柄は高校には似つかわしくない。名前はなく、中は新品同様に真っ白である。
よっこらしょ、と花壇の側に腰を下ろした恵美はクレパスを開いてみた。此方は使い古されたようにボロボロであり、親指の先ほどに短くなった中身が数本残っているのみである。
恵美は黄色いクレパスを一本手に取った。ほんのり黒と青の混じった黄色。僅かに頬を緩めた恵美はノートを開くとおもむろに花の絵を描き綴っていく。
孤独だった。指輪の相手はもういない。独りぼっちの彼女は学生時代を思い出していた。寂しかった毎日。人気者で美しい姉と比べられる恐怖に怯えた日々。絵を描くことのみが当時の恵美の唯一の救いであった。
夢中で絵を描く恵美の後ろに佇む白い影。
白髪の天使は恵美を見下ろした。新実和子の報いの対象。罪を背負った存在に向けられる冷たい視線。長年に亘る報いは終わりに近づいている。
天使の気配。ゆっくりと振り返った新見和子は駐輪場から此方を見つめる天使を睨んだ。
ロングのダークブロンド。白い肌に光る赤い唇。
吉沢由里の細い髪が春風に揺れる。
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