『廃劇場の怪人』

KTT

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「ファントムのレッスン」

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 翌日、演劇部にて主演女優クリスティーヌの役を一生懸命やる和香であったが、さすがに一日程度の練習でモノになるレベルの役ではなかった。おまけに……。
「ちょっと、なんでそこでそういう演技するかなあ!? いくら代わりだからといって、適当な演技しないでくれる!?」
変わって欲しいと自ら言った先輩が、いちいち横から演技に口出ししてくるので、度々練習は止まってしまい中々練習は進まず、部員達はその先輩の嫌味にオドオドするばかりだった。その日はその日はなんとか通しのセリフを覚えるだけで終わってしまった。
「もう……最悪……」
 まるで嫌みや口出しをしたいだけなのではないかと思う程の先輩の嫌みで一杯だった今日の練習を振り返りつつ、和香は廃劇場へと足を運んだ。でもあの人なら、きっと嫌みを言わず、ちゃんとした指導をしてくれるかもしれない……という思いを抱きながら。
 廃劇場の門は変わらず半開きになっていて、ドアも開いていた。中へ入って、ステージに上がったが、ファントムはいなかった。
「あ、あの……ファントムさん、いますか?」
 恐る恐る声をかけると、ステージの横から革靴の音を立てて、シルクハットにマントに燕尾服のファントムが現われた。顔に被っているのは、昨日のライオンのマスクではなく、ペリカンのマスクだったが。
「ふぁ、ファントムさんですか……? なんで、今日は昨日と違ってペリカンのマスクなんか……」
「日によって仮面を変えるくらい別に良いだろう? 今日は来てくれてありがとう、早速レッスンを始めようか? 台本、持ってきているかい?」
「はい、どうぞ……あの、最初のエリックとクリスティーヌの所が、ちょっと難しいんですけど……」
「じゃあそこをやろうか、楽屋でエリックとクリスティーヌの会話をするぞ」
 「んっん……」と咳払いをし、すぅと息を吸い込んでファントムは言葉を発した。
「クリスティーヌ、お前は私を愛さなければならない!」
 まるで舞台俳優のごとく、威力のある演技をするファントム。マスクに声がこもっていながらも変わらないその演技力に、相変わらず気圧されながらも、和香も必死で演技をする。
 
「どうしてそんなことを言うの? 私は貴方の為だけに歌っているのに!」
「うーん、それじゃあダメだね」
 ファントムは演技を中止して、和香にマスクのクチバシを向ける。
「前も言ったと思うけど、『演技している』感が出過ぎだよ。もっと自然に感情を込められるようにならないとね。この場面は泣いているように声を震わせることが多いから、この時のクリスティーヌの気持ちを理解して、もっと役にのめり込めるようにしないと」
「は、はい……」
 優しくも厳しい言葉をかけられた和香は、そのままレッスンを続行する。セリフを言う度にダメ出しをされるが、それは嫌味な口調ではなく、厳しくも丁寧で優しい言葉であった。
「もっと心を震わせるように……悲しさをもっと全面に押し出して、感情を出せるようにして……」
 優しくも太いバリトンボイスでそう指導されると、自然と心が落ち着き、レッスンにも身が入る和香。少なくとも、嫌味しか言わなかった先輩と、その先輩に何も言えなかった部員達に比べれば、雲泥の差であった。演劇部で練習するより遙かに有意義な練習時間を過ごせた。ほんのりとだが、演技が上手くなったような感覚もしていた。
「おっと……」
 レッスンを受けている途中、ファントムが懐から懐中時計を取り出し時間を見る。時間は、七時を指していた。いつの間にかそんなに時間が経っていたのかと思う程、レッスンにのめり込んでいたのかと、和香は驚いた。
「今日はこれくらいにしよう、あんまりレッスンを長くやっても能率が下がっていけない。今日はもう帰りたまえ」
「あ、はい……今日はどうも、ありがとうございました。あの……また来ても良いですか?」
「ああ、もちろんだ。私は指定した時間以降ならいつでもここにいるから、いつでも来なさい」
 優しい声でそう言われ、また来ても良いんだという気持ちになりながら、その日は帰路についた。家に帰ってきた時、ちょっと遅いのではないのかと和香の親に言われたが、演劇部の自主練をしていたと言っておいた。あながちウソは言っていないので問題はなかった。
 翌日、演劇部の練習があった。主演が急に交代することになったのだから、しょうがないことではある。元主演女優の先輩は、メガホンを持ちながらまるで監督気取りのように和香の演技に口を出す気満々だった。それを見ていることしかできない部長達。
「さーて、今日はどれくらい酷い演技をしてくれるのかしら」
 トントンとメガホンを叩きながら、和香が出てくるのを楽しみにしている先輩。そして、和香が演技を始めた。
「どうしてそんなことを言うの? 私は貴方の為だけに歌っているのに!」
 その言葉を聞いて、部員全体がビリッと何かを感じた。少なくとも、昨日よりも大分上手くなっていた。
「え、ウソ……」
 これには先輩もメガホンを落としそうになっていた。その後、新しい所を練習し始めるが、そこもまだこなれていないとはいえ、前より確実に上手くなっていて、部員達もゴクリとつばを飲む。女先輩も、ギギギと歯ぎしりをしながらメガホンを握りしめていた。
 そして練習が一通り終わると、和香は部員達に囲まれた。
「凄いじゃないか! 昨日とは大違いだな、練習すればもっと上手くなるかもしれないね」
「一体どうやったの? 優秀な指導者がいるの?」
「自主練頑張ったの?」
「う、うん……自主練習したの」
 大勢の部員達に囲まれて、照れくさそうに顔を赤らめる和香。それを見て、今度の文化祭は大丈夫そうだなと思う部長と、嫌味を言えずに密かに悔しがる女先輩。
 練習が終わった後、和香はまた廃劇場へと向かった。劇場では、シルクハットに燕尾服にマントを着ていたが、今度はカラスのマスクを被っていたファントムが出迎えてくれた。
「こんにちは、今日もレッスンを受けに来たのかい?」
「はい、今日もレッスンを受けに来ました。それと……レッスンをありがとうございます。おかげで文化祭も上手くいきそうです……」
「そうかそうか、それは良かった。でも、これで満足してはいけないよ。もっとレッスンを受けて、演技を洗練させれば、きっともっと良くなるかもしれない」
「は、はい……よろしくお願いいたします」
 その日もファントムのレッスンを受けて、演技がほんのり上手くなったような気がする和香は、家に帰って行った。
「和香、いくら演劇部の主演に選ばれたからって、自主練で遅くなるのもほどほどにね」
「うん、ごめんなさい。できるだけ早く帰るようにする」
 母にそう言われ、部屋に戻ろうとする和香。すると……?
「なんだと!? それができないとはどういうことだ!?」
 突然、廃劇場で会ったファントムと似たような声が聞こえてきた。びっくりして声がした方向を見てみると、そこにあったのはテレビだった。父が見ていたようで、バラエティ番組で過去の俳優さんを紹介する番組だった。そこに映っていたのは、白髪でイケメンといった具合の人だった。
「お父さん、その人は……」
「この人かい? 白井(しろい)隼人(はやと)っていう俳優さんでね。父さんが若い頃、よくテレビに出ていたんだ。顔だけじゃなくて演技力も高かったんだ」
「へえ……そうなんだ……」
 ファントムの正体って、ひょっとしてこの人……? そう思ったが、こんな人があんな所にいるハズはないよね……と思いながら、その日は終わった。
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