『廃劇場の怪人』

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「怪人の最期」

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 和香は、しばらくの間街や学校の人気者になっていた。街を歩けば名女優として誰もが声をかけてきた。だが、和香はそれよりも考えていることがあった。ファントムの正体についてだ。
(ファントムさんは、白井隼人さんなのかな?)
 そんなことを思いながら廃劇場に向かう和香自身。門もドアも相変わらず半開きで、その中に体を滑らせて入っていく。もう劇場内部の移動にも慣れた和香は、楽屋をノックする。中から「どうぞ」という声が聞こえてきた為、中に入ると相変わらずシルクハットにマントに燕尾服に、ライオンのマスクを被ったファントムがいた。
「やあ和香ちゃん。この間の文化祭、素晴らしかったよ。教えたことをしっかり生かして、とても良い演技が出来ていたね」
「い、いえ……教えてくれた先生が良かったからですよ」
「フフフ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「あの……それと、聞きたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「あの……ファントムさんの正体は……俳優の白井隼人さんなんですか?」
 それを和香が聞いた瞬間、ファントムが仮面越しでもビックリしたような感じがした。
「……どうして、そんなことを?」
「あの……テレビからあなたの声が聞こえたのと、あなたみたいな人が学校の文化祭に来てくれたって見た人がいたもので……あの、違うなら別に良いんですけど……」
 和香のその返答に対して「フゥ……」とため息をついたように息を吐くファントム。
「……残念だなぁ、本当はもう少し、格好つけていたかったのに」
 シルクハットを脱ぎ、被っていたライオンのマスクを頭から外すと、その下から出てきたのは、母が言っていた白髪で無精髭を生やした整った顔立ちの男だった。
「やっぱり、あなたは……」
「そうだ……君の予想通り、ファントムの正体はこの私、白井隼人さ……」
 正体を現わした白井は、手にシルクハットとライオンのマスクを持ちながら、残念そうな顔をしていた。それを見て、和香もまた椅子に座って元ファントムこと白井隼人に向かい合う。
 
「聞いた話では、あなたは名優だと言われていましたが……どうして、こんな所にいるのですか?」
「初対面の時に言った通りさ、私はここに住んでいるからだ。今の私は、名優ではなくただのホームレスなんだ……」
「ええっ!?」
 テレビでも紹介される程の名優が、なんでこんな廃墟に住むホームレスになっているのか、考えられない程の落ちぶれぶりに驚く和香。白井は、ぽつぽつと語り始めた。
「数年前、私は芸能界を引退して……劇団を立ち上げようとしたんだ。私の演技力に惚れた人々が集まって、スポンサーもついてこれから……という時に事件は起こったんだ。私はスポンサーに騙されて多額の借金を背負い、劇団はおろか愛している女性も奪われて……家も金も借金返済の為無くし、名声さえも……失った」
「……」
 一息でそう語った白井に、言葉が出なかった和香。
「そして、流浪の雨風をしのげるこの劇場にたどり着き、日雇いの仕事などで食いつなぐ毎日だったんだ。そしてある日……君がこの劇場に来た」
「その私に、どうしてあなたはわざわざファントムになって演技を教えてくれたのですか?」
「……まだ役者でいたかった。それに、劇団の団長でもありたかった……ただ、格好つけたかったんだ。だから、劇場にあった衣装とマスクを身に纏って、君に演技を教えたんだ」
「……そうなんですか」
「……残念だったろ、格好いいファントムの正体が、ただのホームレスの役者くずれだなんて」
「……いえ、私にとっては大切な演技の先生ですし……それで、この間の文化祭も大成功できましたし……」
「でも、幻滅しただろ? ……今日はもう帰ってくれ、一人になりたい。なんなら、もう来ないでも良い」
 背を向けた白井に対し、その言葉を受けた和香はひとまず家に帰ることにした。だが、その心の内は白井に対し、どうにかできないかと考える優しさの心があった。
(白井さん……演技を教えてもらったお礼もかねて、私がなんとかできないかな……)
 格好つけたかったとはいえ、あそこまで熱心に演技を教えてくれた白井隼人に対して、なんとか報いたいと思う和香。家に帰り、パソコン等で彼のことを調べるが、彼の経歴や名優ぶり、そして落ちぶれぶりを語る動画くらいであった。やっぱり、どうにもならないのだろうかと考えていると、とあるサイトに行き着いた。そのサイトは……。
「こ、これは……!」

 数日後、和香はまた廃劇場へと来た。楽屋へと入り、コンコンとノックをする。
「……和香ちゃんかい? どうぞ」
 楽屋に入ると、Tシャツにジーパンの白井がいた。
「……もう、教わるコトなど無いだろう? どうして来たんだい?」
「あの……実は、私じゃなくて、違う人があなたに会いたいって……」
「……誰なんだい?」
 和香の後で楽屋に入ってきたのは、長い髪の女性だった。それを見て驚いたような表情を見せる白井……と女性。互いに黙っていたが……女性が言葉をひり出した。
「隼人さん……ですよね?」
 震えながら発せられたその言葉に対し、白井はしばらく黙っていたが……。
「……違う、人違いだ」
 顔を背けるようにして、女性にそう言った。だが、女性は急に涙を流し始め、泣きながら語り出す。
「人……違い? あ、はは……バカにしないで、私を愛してくれたあなたを間違えるハズはないでしょう。隼人さん」
「……お前なのか、彩花(あやか)……お前なのか?」
「ええ、あの日……あの悪夢みたいな日から何年経ったのかしら。またこうして会えるなんて、夢みたい……」
「……私もだ」
 互いに涙を流しながら、抱き合う恋人同士。そして、隼人は和香に視線を向けて、疑問を語るように話し始めた。
「それにしても、なんで……彩花がここに……」
「白井さん、あなたのことを調べていたら、あなたのことを探しているというサイトを見つけたんです。わらにもすがる思いで、その人に連絡を取って、ここに連れてきたら……」
「ありがとう和香ちゃん……たとえあの頃失った何もかもが無くても……彼女と、愛した彩花とまた再会できただけでもう……そういえば、劇団やみんなはどうしたんだ? やっぱり……」
「ええ、私を手に入れたら金にならない劇団は解散させられてしまったわ……」
「……そうか、それは残念だ」
そして二人は和香に向き直ると、頭を下げた。
「ありがとう……和香ちゃん。どんなにお礼を言って良いかわからないよ……」
「いえ、演技指導のお礼をしただけです。私はただ連絡をしただけです」
「このお礼は、絶対させていただきます。……さ、行きましょう? 荷物を纏めて……」
 そうして、隼人のわずかな手荷物を手に取り、外に駐車されてあった彩花の車に乗って、どこかへ去って行った。
「良かった……これで、隼人さんも……」
 和香は、オペラ座の怪人の顛末を思い出していた。怪人は最後、クリスティーヌからの精一杯の愛を受け取って満足して闇の中へと消えて死んだ……だが、怪人となっていた隼人は、愛した人に再会でき、暗闇の中から光当たる場所へと帰って行った……。
 これからの彼らを思うと、自然と笑みがこぼれるのであった。


 廃劇場で白井と別れてから、二年が過ぎた。和香は進路を決める時期になり、将来を決めるのに忙しく、演劇部も引退して行きたい大学へ勉強をし、塾やら勉強会などで予定がいっぱいになっていた。
(はぁ、将来か……役者にでもなれたら良いのに。そうしたら、きっと勉強とかしなくてもよさそうなのに)
 そんなことを思いながら、夏期講習を終えて帰る途中であった。暑い中、わざわざ学校まで行って勉強をするのは中々に辛い日々であった。そんな中、廃劇場の前を通った。ドアも門も相変わらず半開きで、もはや演技を教えてくれた白井はいなかったが、それでもファントムとして演技を教えてくれたあの日々を思い出して、懐かしい気持ちになった。
(なんだかんだ……あの日々は楽しかったな。白井さんに演技を教えてもらってから、演劇部でもいつの間にか主演女優になれたし。あの人は今、何をしているのかな……)
 そんなことを思いながら、廃劇場から去って行く和香。そして、家に帰ると郵便受けに手紙が入っていた。黒い綺麗な封筒で、差出人は書いていなかった。
「誰からだろう……?」
 家に入り、封筒を開くとそこには演劇の招待状と手紙が入っていた。手紙には綺麗な文字でこう書かれていた。

 お元気ですか? 和香ちゃん。あなたに彼女と再会させてもらってから、私は私を騙したスポンサーを多くの人々と訴え勝訴に持ち込みました。その慰謝料を元手にし、かつて一緒に劇団を立ち上げてくれた人々を呼び戻し、新しい劇団を立ち上げました。新しいちゃんとしたスポンサーもつき、劇団は軌道に乗って次々に新しい劇をヒットさせました。
 そして、是非とも君に見てもらいたい劇があるので、こうして招待状を送りました。是非とも来てください。
 廃劇場のファントムこと、白井隼人より

 まさかあの白井さんより劇のお誘いを受けた。まさか、あの白井さんからお誘いが来るなんて……と、今からドキドキし始めた和香。予定表を見てみると、その日は何の予定も無い日だった。早速両親に親に外出の許可を取り、たまには休憩も良いだろうと言われたので早速公演の日に劇場へと向かっていった。
 劇場は満員で、当日券もすぐに売り切れてしまったらしく、余裕を持って入れるのは前売り券を手に入れた人物だけ……つまり、和香達数十名であった。
 和香の席はなんと、一番前の中央という劇を見るには絶好の位置。そこでパンフレットを見ながら、劇が始まるのはまだかと待つ。パンフレットには、『廃劇場の怪人』というタイトルが書かれていた。
(廃劇場の怪人……? これって、ひょっとして……?)
 劇が始まる。その劇の内容はなんと……わがままな主演女優の代わりに主演をやらされた女性が、シルクハットにマントに燕尾服を着た動物の仮面を被った怪人が、その女性に演技を教えて女性が主演女優をかっさらい、そのお礼として怪人を助けるという話。以前白井が和香に対して、ファントムとして演技指導をした時の内容とそっくりであった。その劇を見て、和香はあの時の日々を思い出す程に。
(白井さん、私との日々を……)
 劇で描かれる、自分とのあの日々。それに感動を覚える和香。そして劇が終わった時には、誰よりもスタンディングオベーションしていた。
 そして、満足感と高揚感を得て帰ろうとした時、劇場の係員に呼び止められた。
「和香さんですか? 白井さんと彩花さんから、楽屋にきてほしいと言われました。来てくれますか?」
「あっ、はい! 行きます!」
 折角のお呼ばれに対し、行かない訳がないだろうと言わんばかりに楽屋へと向かう和香。楽屋には、シルクハットにマントに燕尾服の白井と、ドレスを身に纏った彩花がいた。
「やあ和香ちゃん、久しぶりだね。劇は楽しんでくれたかい?」
「はい、楽しめました!」
「いや、脚本家でもある彩花に君とのことを話したら、これって劇にできるんじゃない? と言われて劇にしてみたんだ。凄く良い具合になってくれたよ! ありがとう」
「いえ、そんな……私との昔のアレコレを劇にしてくれたなんて……嬉しいです」
「私からも……脚本家として良いアイデアをくれてありがとう。それより、隼人が和香ちゃんに話があるみたい」
「話……? なんですか?」
「いや……君と出会えたおかげで、こうして再び劇団を作ることもできたし、彩花と再会することもできた。それで、さらなるお礼として……君も私の劇団に入らないかい?」
「えっ!? 白井さんの劇団に……!?」
 いきなりのスカウトに、戸惑う和香。白井は続ける。
「前々から思っていたんだが……君には演技の才能があるかもしれない。私が指導をして、短期間であれほどの演技力になるのは素晴らしい。磨けば光るかもしれない」
「そんな……私なんかが……それに、大学受験もありますし……」
「かまわない、大学に通いながらでも良い。君の才能に賭けたいんだ」
「お願い、私からもお願いするわ」
 まさかの彩花さんからもお願いされたことに、彼らの本気度がうかがえた和香は、必ず受験を成功させて劇団に入ることを約束した。親もなんとか納得させ、劇団へと入る用意をした。
(自分を買ってくれたお二人の為にも……絶対に頑張らなきゃ……)
 そんな決意を抱きながら、家へと帰る和香であった。
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