ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第四章 澄幻国編

乞う者

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「お前たちは何者だ?奴等の仲間……というわけではなさそうだが」

 龍真は刀を鞘に納め、静かにカイたちへと視線を向けた。

「俺たちは昨日、澄幻国に入国しました。とある商隊に世話になっていて……カイと言います。こちらは」

 カイは姿勢を正し、礼を尽くすように自己紹介しながら、隣のレイへと手のひらを向ける。

「レイです」

 レイも同様に軽く頭を下げ、きちんと名乗った。

「そうか。挨拶が遅れてすまんな。私は、稲垣 龍真いながき たつまと申す。将軍・島津 葵仁しまづ あおと様に仕えている」
「稲垣殿、貴方は……あの魔族と、あの女性と知り合いなのですか!?」

 カイが一歩踏み出し、前のめりに問いただす。

「知り合いなどではない」

 龍真はきっぱりと否定した。

「……ただ、浅からぬ縁がある。そうだな──因縁の相手、と言うべきか」

 そう答えると、自身の渋い顔を一度撫で、吐息のように言葉を落とした。

「彼等は一体、何者なのですか?男は魔族のようですが……あの女性は」

 レイが静かに問いを重ねる。

「お前たち……魔族を知っているのか」
「はい。他国で彼とは別の魔族に遭遇し、その者を通じて魔族についての情報を集めています」

 カイが迷いなく答える。龍真は二人の目を覗き込み、虚言を探るようにじっと見据えた。やがて、その目に迷いがないと判断すると、低く「……そうか」と呟いた。

「ならば、貴殿らの問いに答える前に……まずは私の問いに答えてもらおう」

 その言葉と同時に、龍真を中心に張り詰めた気配が広がる。わずかに重たくなる空気に、カイとレイは自然と背筋を伸ばし、息を呑んだ。

「翠琴殿とは、どこで出会った。供も連れず、老婆の姿をとっていた……つまり、彼女から近付いたのだろう。だが──異国の者に翠琴殿が興味を示すなど、常識的には有り得ん。何故、一緒にいた」

 真剣な視線に射抜かれながら、カイとレイは言葉を飾ることなく、翠琴との経緯を話し始めた。

「……なるほど。翠琴殿は滝に流された際に別れた女子おなごに似ていた。それに、彼女自身が、貴殿等の探している女子おなごたちのことを知っていた、と……」

 龍真は話を聞き終えると、顎を摩りながら唸るように呟いた。

「私も、貴殿らの事情を詳しく聞きたい。この近くに団子屋がある。そこで話そう」

 龍真はそう言い、背を向けて歩き出す。その背中を見やり、カイとレイは目を合わせてから黙ってついていった。

 山奥という辺鄙な場所にも関わらず、ちょうど良く休憩所として小さな茶屋が建っていた。間が良かったのか、他に客の姿はない。三人は外に置かれた縁台へ腰を下ろした。

「茶と団子をくれ。お前たちも何か頼むか」
「では、お茶を」
「同じく」

 カイとレイは控えめにお茶だけを頼む。その横で龍真は団子を三串もまとめて頬張り、ようやく一息ついた。

「翠琴殿は、この国一の巫女だ。……恐らく、貴殿等の探し人を知っていたのも、その巫女の力によるものだろう。翠琴殿は澄幻国内であれば、水を通して特定の人物を探し当てられる。人は水無しでは生きられぬからな」

 団子を飲み下し、湯を口に含んでから龍真は続けた。

「そして、翠琴殿を連れ去った魔族だが……奴は翠琴殿の叔父にあたる存在だ」

 あまりに衝撃的な言葉に、カイとレイは思わず顔を見合わせた。

「ま、まさか……!ということは……あの女性は、人と魔族の間に生まれた……」
「そういうことか……」

 声を震わせるカイに、龍真は重々しく頷いた。

「ああ。翠琴殿の父親は魔族だ。澄幻国では奴らを鬼と呼んでいる。鬼は今も複数存在している。澄幻の人間の髪は黒か茶が多い。鬼の証である紅い瞳さえ隠せば、一般人には見分けはつかん」

 カイとレイは互いに短く視線を交わし、唇を引き結んだ。確かに、澄幻国は魔族にとって身を隠すには最適の土地だ。

「それで──貴殿等が探している鬼は、どんな奴だ?まさか、その鬼も翠琴殿に似た女子を狙っているのではないか」

 鋭い問いに、カイとレイは息を詰めた。出会って間もない龍真に全てを話すことは出来ない。だが、偽ることもできなかった。

「……まあ、そんなところです」

 慎重に答えるカイの声は硬かった。しかし、それは嘘ではない。ドワーフ国でティアを連れ去ろうとした魔族の存在を思えば、事実に違いなかった。

「龍真殿!お願いがあります!」

 カイとレイは同時に立ち上がり、龍真の前に並び出た。

「俺たちに──魔族と戦う術を教えてください!」
「貴方は、高位魔族にすら引けを取らなかった。その力を……どうか俺たちに!」

 必死の声に、茶屋の空気が張り詰める。
 二人はこれまでの戦いを思い返していた。ヴァルゴイアとの死闘、ダンジョン攻略者との激突。確かに強くなった。だが、ドワーフ国で現れた魔族と召喚魔獣には何も出来ず、ボルグラム王がいなければ、大切なものを守れなかっただろう。

 ──悔しい。
 ──あの時の無力を二度と繰り返したくない。

 その思いを胸に、二人は龍真へ頭を下げた。

 龍真は団子を噛み切り、じっと二人を見据えた。
 やがて、ゆっくりと口を開く。

「……良いだろう。ただし、覚悟しておけ。私の扱きは、生半可な鍛錬ではないぞ」
「「よろしくお願いします!」」

 二人は勢いよく頭を下げた。龍真は短く頷き、団子の串を卓に置いた。

「ならば──まずは証を立ててもらおう」
「証……?」

 レイが眉を寄せる。

「この国にあるコロシアムを知っているか?武器、魔法、呪術、殺し──何でもありだ。そこに集う猛者の中で頂点を取ってみせろ」
「頂点……!」

 レイは思わず言葉を反芻した。だが、龍真は容赦なく告げる。

「ああ。お前たちはいずれ必ず戦うことになる。その時、頂点に立てぬ者に生き残る術などない」

 鋭い視線に、カイとレイは思わず背筋を伸ばす。
 やがて、カイが決然と頷いた。

「分かりました。やってみせます」

 レイは迷うように俯いたが、龍真は何も言わず立ち上がった。

「では行くぞ。町まで私から一歩も逸れるな。それが──面倒を見てやる最低条件だ」

 そう言うや否や、龍真は旅笠を深くかぶり、地を蹴った。
 風を裂く音が響き、姿が霞むほどの速度。

「速っ……!?」
「ちょ、待ってくれ!」

 カイとレイは慌てて追う。だが距離は縮まるどころか徐々に開いていく。
 必死に地を蹴り、呼吸を荒げ、汗を飛ばしながらも──二人は決して見失わなかった。

 やがて町に到着すると、二人は両手を膝について肩で息をした。

「はぁ……はぁ……っ……っ」
「ぜぇ……っ……さすがに……キツい……」

 龍真は振り返り、僅かに口角を上げる。

「ふむ。よくついてきたな。距離を開けられても見失わなかったのは大したものだ」

 額には汗一つ浮かんでいない。その余裕に、カイとレイは苦笑するしかなかった。

「見込みはある。約束だ──お前たちが鬼と渡り合えるほどの力をつけるまで、面倒を見てやろう」
「……ありがとうございます……っ」

 二人は荒い息を吐きながらも、全力で頭を下げた。


───────

 主郡のとある城内──

「殿!どちらへ向かわれるのですか」
「下町に降りる」
「なりません!貴方は澄幻国の将軍となられたのですから、もっと自覚をお持ちください!」

 澄幻国の将軍・葵仁は藍染めの着物を纏い、町人に成りすますつもりでいた。
 だが、煌びやかな城内では却ってその装いが浮き、側近の一人・猿渡 道尚さるわたり みちひさに見咎められるや、ギクリと肩を揺らした。

「おまんはほんに、面白味のない男やなぁ。下町を見て回るのも将軍の勤めよ。百聞は一見にしかず──そう言うやろうが」
「……確かに、自らの目で見て判断することも大事です。ですが殿、巫女様からは外出を控えるよう御告げが出ていたではありませんか」

 道尚は眉根を寄せながらも、諫める声を緩めなかった。
 その言葉に葵仁は鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。

「はんっ!あがな娘が巫女だと?国民の中で“巫女”と言えば、あいつしかおらんやろうが。国民に認められん巫女は、巫女とは言わん!」
「殿!言葉が過ぎます!」

 道尚は思わず声を荒げたが、すぐに言葉を継ぐ。

「……瑠璃殿の力は確かです。翠琴殿に次ぐ才を持ち、近年は予言の命中率も上がっている。それに彼女は高魔力を誇るエルフ族……その資質は決して侮れません」

 葵仁の足が止まる。
 途端に、その場の空気が張り詰めた。圧のような気配が一気に広がり、道尚はごくりと喉を鳴らす。

「道尚。巫女は……ただの術者じゃなか」

 低い声で、葵仁が告げる。

「力だけでは駄目なんよ。種族も関係ない。国を導くのは──“人の心”を掴む者や」

 道尚は言葉を失った。葵仁の言葉が続く。

「人気も、支持も、信頼も……その全てで翠琴を凌ぐ者などおらん。将軍と巫女、この二柱が揃ってこそ、この澄幻国は安定するんじゃ」

 その眼差しは、ただの将軍のそれではなかった。
 国の未来を背負う者としての、確固たる覚悟が宿っていた。

「それに、ただ考えなしに下町へ行くわけじゃない。俺はこれから龍泉郡へ行く。龍泉郡の城主が近々、城を改築すると言っとったやろうが」
「はい。確か、建て替えは二、三日後から始めるという報告が上がっております」

 道尚は報告書の束をちらりと見やり、ふと頭の片隅から当該の文書を思い出した。

「なんと、あの達磨爺。面白い催しを企画したと貴族達に言いふらしているそうだ。あの達磨爺は龍供祭を興行にして金儲けするような、人間の屑よ。そいつの考えた催し物を、一目見てやろうという魂胆だ」

 龍供祭。三年前まで龍泉郡で執り行われていたその生贄の儀式は、国民の記憶にいまだ鮮烈に刻まれている。
 幾百年もの間、人々は「水龍を討てば水源が枯れる」と信じ込み、誰一人として逆らうことができなかった。
 そのため、毎年のように龍泉郡の民が龍へと捧げられてきたのだ。

 その因習に終止符を打ったのは、他ならぬ翠琴である。
 彼女が水龍を討ち果たしたことで、恐れられてきた水源の枯渇は起こらず、迷信でしかなかったことが明らかとなった。

 とはいえ、儀式を主導していた龍泉郡の城主を糾弾することは容易ではなかった。
 あまりに古い伝承と慣習に縛られていたため、中央の政権でさえ軽々しく介入できず、結果として城主の責任を問うことも出来ぬまま今日に至っている。

「確かに……龍泉郡の城主はあまり良い噂がありませんが、一人で下町に下りるのは危険です」

 道尚がそう言うと、葵仁は一瞬だけ表情を曇らせた。

「服部半蔵、望月千代女」
「「はっ!ここに」」

 道尚が名を呼ぶと、天井の梁からいつの間にか忍びの者たちが降りてきた。片膝をつき、頭を垂れるその姿はまさに忍の礼儀である。

「お前たち、殿に付き、陰より護衛せよ」
「要らん要らん。鬱陶しか。襲われた所で俺が下町の連中なんかに負けるわけなかろーが」

 葵仁は肩をすくめ、面倒くさそうに言う。だが、道尚は決して引かなかった。

「いいえ。駄目です。斑影の一人、半蔵を付けているとはいえ、本来ならさらに二名はお付けしたいところです」

 道尚は静かに、だが強く言った。

「そんな只の者じゃない連中を大勢引き連れて行けば、分かる者には一目で町人ではないと見破られるだろう」

 葵仁は顔を歪め、嫌そうにそう返す。

「ですから、半蔵と千代女に頼んでいるんです。二人なら気配を完全に消せますし、敵に姿を見られず護衛することも可能です。それが嫌だというなら、はじめ殿に頼みますが?」
「うげっ……それは勘弁。分かったよ」

 葵仁は渋々と了承したが、念を押すように続けた。

「ただし、事前に一つ言っておく。もし、俺の身が郡主である菅原菊堂、あるいは菅原家の連中に何かされそうになっても、一切手を出すなよ」

 その言葉に、半蔵は頭を下げたまま静かに言い返す。

「それは、場合によります。状況が極めて不利であると判断した場合には、こちらも動かせていただきます」
「言うじゃないか、半蔵……」

 葵仁は鋭い目を半蔵に向ける。だが半蔵の姿勢は微動だにせず、忠実で揺るがぬ意志を示していた。

「行くぞ」

 葵仁が短く告げると、半蔵と千代女は軽く頷き、風のように姿を消した。
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