ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

文字の大きさ
4 / 66
第一章 邂逅編

子爵令嬢

しおりを挟む
 レティシアとジークハルトは、十七歳になった。
 二人は王都の外れにそびえる、王立魔法学園高等部に通っている。

 ここは、魔力と地位、その両方を備えた者だけに通学が許される、貴族階級の象徴とも言える名門校だ。
 家の威信を保つため、莫大な献金で子弟を裏口入学させることも珍しくない。
 それほどに、この学園に席を持つということは、“特別”の証だった。

 そんな学園に、十六歳の秋。二学期から、ある転入生が現れた。
 彼女の名は、マリエル・ノクターン。
 平民出身だったはずの彼女が、ある日突然“子爵令嬢”として紹介され、教室の扉を開いたのだ。
 その瞬間、王都の令嬢たちに走った衝撃は、小さな波紋では済まなかった。

 彼女の母は、かつてノクターン子爵の愛人だった女性。
 しかし正妻は、高位貴族の名家の出身であり、子爵である夫ですら抗えないほどの力を持っていた。
 母娘は圧力によって屋敷を追われ、王都から遠く離れた辺境の村で、ひっそりと息を潜めるように暮らしていた。

 けれど、子爵は密かに彼女のもとを訪れていた。
 たとえ堂々と愛することができなくとも、彼にとってその女性は、決して慰み者などではなかったのだ。

 やがて正妻が病没し、家の縛りが消えると、子爵は迷うことなく愛人を呼び戻した。
 今度は“正妻”として、正式に。
 そして、その間に生まれていた実子マリエルをも、“正統な子爵令嬢”として迎え入れたのだった。

 マリエルは、可憐で快活だった。
 小柄な身体にあふれる笑顔は、無邪気で人懐こく、誰に対しても分け隔てなく接した。
 しかしその天性の人懐っこさは、学園内に微妙な空気をもたらす。

 とりわけ、ジークハルト王子と自然に親しくなっていく姿は、学内の誰の目にも明らかだった。

「……彼女は、王子と釣り合う身分ではありませんわ」

 かつて誰よりも王子に近く、その傍に立つことが当然と囁かれていたレティシア・アーデン。
 彼女の瞳に、かすかな翳りが宿る。
 マリエルが転入して以来、ジークハルトの笑顔は、まるで彼女だけに向けられているかのように見えた。
 校内でふたりが談笑するたび、胸の奥が軋むような痛みを生む。

 ──彼の視線が、私を通り過ぎていく。

 レティシアは、知っていた。
 ジークハルトの心が、未だ自分にないことも。
 過去に交わされた“婚約”が、単なる政略の産物であったことも。

 それでも、彼の隣に立つために、気品も知性も、礼節も、すべてを磨き上げてきた。
 そうして積み重ねてきた年月が、あの少女の笑顔ひとつで崩れていくなど、耐えられるはずがなかった。

「……わたくしの努力を、あんな子に壊されてたまるものですか」

 その声には、冷たい憎しみではなく、凍てつくような悲しみが滲んでいた。
 それから、レティシアの態度は徐々に変わっていく。
 授業中に飛ぶ刺すような言葉、舞踏会でのパートナー争い。
 マリエルのドレスが“手違い”ですり替えられていたことも、一度や二度ではなかった。

 けれどマリエルは、どんな嫌がらせにも動じなかった。
 彼女はただ、穏やかな瞳で静かに告げた。

「私は、王子様のそばにいることを望んでるだけ。でも……それが誰かを傷つけるのなら、ごめんなさい」

 レティシアはその言葉に、怒りよりもむしろ、強く揺さぶられる何かを感じた。

 ──なぜ、そんな目で謝るの。

 あなたが謝る必要なんて、どこにもないのに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

夫より強い妻は邪魔だそうです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
「ソフィア、お前とは離縁する。書類はこちらで作っておいたから、サインだけしてくれ」 夫のアランはそう言って私に離婚届を突き付けた。名門剣術道場の師範代であるアランは女性蔑視的な傾向があり、女の私が自分より強いのが相当に気に入らなかったようだ。 この日を待ち望んでいた私は喜んで離婚届にサインし、美しき従者シエルと旅に出る。道中で遭遇する悪党どもを成敗しながら、シエルの故郷である魔法王国トアイトンに到達し、そこでのんびりとした日々を送る私。 そんな時、アランの父から手紙が届いた。手紙の内容は、アランからの一方的な離縁に対する謝罪と、もうひとつ。私がいなくなった後にアランと再婚した女性によって、道場が大変なことになっているから戻って来てくれないかという予想だにしないものだった……

処理中です...