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第二章 魔ノ胎動編
奪われた親子
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ティアたちは、商隊から三頭の馬を借りることにした。
一頭目に乗るのはカイ。もう一頭にはレイ。
そして最後の一頭に、ティアとルゥナが二人乗りで跨がることになった。
「ルゥナ、俺と──」
カイが声をかけようとしたとき、ルゥナは無言でティアの服をぎゅっと握りしめ、そっと背後に身を寄せた。小さな指先がわずかに震えている。
ティアはその仕草を見逃さなかった。ルゥナの警戒心はまだ解けていない。
「私と一緒に乗るのがいいみたい」
ティアが言うと、カイは気まずさを隠して微笑み、頷いた。
「了解。じゃあ、ティア、頼んだよ」
残るゼルク、ライガ、グラドの三人は、馬に目もくれず、すでに地を蹴って駆け出していた。
「俺たちは獣化した方が早い」
ゼルクが言い、彼らの体はしなやかな獣の姿へと変わっていく。
しなやかな四肢を持つ巨大な狼、淡く雷光を帯びた虎、そして筋骨隆々の大熊。いずれも、人の手では制御できない野性の力を宿していた。
「馬に負けんなよ」
ライガが獣の口で吠え、笑いながら地を駆ける。
カイが苦笑いを浮かべて馬腹を蹴った。
「追いつけるもんならな!」
三騎と三頭獣は、夜の闇を裂いて進む。
夜が明け、昼前。
ティアたちは、ルゥナの仲間が囚われているという町の近くまでたどり着いた。
町の外には、団長の言葉通り、数人の男たちが周囲を警戒するように立っていた。森の中をうろつく者。路上に座りながら通行人を目で追う者。不自然な挙動のその一人ひとりに、明確な意図が見て取れる。
ティアたちは木陰に身を潜め、その様子をじっと窺った。
「あれは……奴隷商に雇われた連中だな」
ゼルクが唸るように呟いた。
情報が必要だと判断したティアは、町へ向かおうとしていた商人を呼び止め、少しばかりの銀貨で話を聞き出す。
町の様子や構造など。そして、話に聞けば、この町には地下室を備えた豪奢な屋敷を構える奴隷商がいるという。彼の名を明かす者はいなかったが、権力者と繋がりがあるらしく、町でも一目置かれている存在らしい。
過去にも何度か、「訳ありの荷」が運び込まれるのが目撃されているという。
「間違いない、ルゥナの仲間たちはそこにいるはずよ」
ティアが断言すると、面々は無言で頷いた。
「町の中も警戒態勢だろうし、入るなら門が閉まる直前がいいかもな。どこかの商隊に同行させてもらおう」
「でも、少人数の商隊じゃ怪しまれるかもしれない」
「中規模以上の隊を見つけて、話をつけるのが現実的だろうな」
「屋敷までの距離や、警備の様子も事前に分かっていれば動きやすい。俺が先に町へ入って偵察してくる」
レイの提案に、全員が頷いた。
彼には先行して町へ潜入し、屋敷の位置や警備の配置を探ってもらう。他の者たちは、門が閉まる直前に商隊に紛れて町に入る。その方針で決まった。
身にまとったフード付きのケープは、異形の姿を隠すのにうってつけだ。獣人たちの耳や尻尾も覆い隠し、人間と見分けがつかない程度にはなっている。
日が落ちるまでには、まだ時間があった。
レイとカイは町に潜入した後のルートや、合流地点の確認をしていた。ゼルク、ライガ、グラドの三人は、ルゥナの両親や仲間たちをどう助け出すかについて、真剣な顔で話し合っている。
ティアはルゥナに水を飲ませていた。少女の体はまだ小さく、緊張のせいかどこかこわばっている。
そのときだった。
「……パパ、ママの匂いがする」
ぽつりと呟いたルゥナが、次の瞬間、弾かれたように走り出した。
「ルゥナッ!?」
ティアの呼びかけも届かず、雪豹の少女は並外れた脚力で地を蹴り、風のように駆けていく。
「ちっ、待て!」
ゼルクが咄嗟に獣化し、狼の姿になって追いすがる。林の中で前へと回り込み、行く手を阻もうとしたが──
「っ……!」
ルゥナはそのまま跳んだ。
しなやかで鋭い跳躍。雪豹の跳躍力は動物界でも屈指だ。
ゼルクの頭上を軽々と飛び越え、森の斜面を一気に駆け下りていく。
やがて、彼女の目に映ったのは──
「パパァッ!ママァッ!!」
絶叫にも似た叫びが、広場に響き渡った。
そこには数人の男たちに囲まれ、鎖で繋がれた二人の獣人がいた。
ルゥナと同じ雪豹族。彼女の両親だった。
男たちは怒鳴りながら、二人の獣人を拷問じみた方法で問い詰めていた。
「話せ!ガキをどこにやった!」
「早く探せ!そう遠くへは行ってねえはずだ」
「くそ、あのガキさえ見つかれば……あいつは成獣の五倍で売れるんだぞ」
「いいから吐け!さっさとガキの所まで案内しろ!」
男たちは容赦なく暴力を振るった。
鞭が振り下ろされ、拳が打ちつけられ、足が蹴り上げる。
父親の獣人が呻き、地に膝をつく。
「やめてっ!お願い、旦那が死んじゃうわ!」
母親の獣人が覆いかぶさるようにして夫を庇う。
だが、男たちは止まらない。女の髪を鷲掴みにし、乱暴に引き剥がす。
「うるせぇ!子供の居場所を吐け!」
「きゃあっ!」
母親の悲鳴が響いた。
そのとき、ティアたちも現場に追いついた。
ティアの目が首元の装置に気づく。
「あれは……魔力抑制の首輪!」
銀色の金属には、精緻な魔法陣が刻まれていた。
首輪には、魔法陣が彫り込まれており、見る者に不穏な印象を与える。
それは通常の奴隷用首輪ではなかった。
一般的な奴隷用首輪は、命令に背くと電撃が流れる仕組みになっている。だが、獣人にはそれが効きにくい。彼らは魔力に対する耐性が高く、普通の魔法的拘束では抑えきれないのだ。
だからこそ、特別な加工が施されている。
この首輪は、契約者、つまり持ち主の元から一定以上離れようとすれば、金属が自動的に締まり、首を絞め上げる構造になっていた。電撃ではなく、物理的な“締めつけ”によって制御する。まるで呼吸すら許さぬように設計された、獣人専用の拘束具。
「止まれ、ルゥナ!」
ゼルクが叫ぶが、遅い。
「パパァァ!ママァァァ!!」
ルゥナの声が広場に響いたその瞬間。
男たちが一斉に振り返る。
「あそこだ!いたぞ!ガキだ!」
怒号が飛び交い、数人の男たちがルゥナに向かって動き出す。
ティアたちは即座に武器を抜いた。
「ルゥナを守れ!」
次の瞬間、町外れの一帯は、一瞬で戦場へと変わった──。
一頭目に乗るのはカイ。もう一頭にはレイ。
そして最後の一頭に、ティアとルゥナが二人乗りで跨がることになった。
「ルゥナ、俺と──」
カイが声をかけようとしたとき、ルゥナは無言でティアの服をぎゅっと握りしめ、そっと背後に身を寄せた。小さな指先がわずかに震えている。
ティアはその仕草を見逃さなかった。ルゥナの警戒心はまだ解けていない。
「私と一緒に乗るのがいいみたい」
ティアが言うと、カイは気まずさを隠して微笑み、頷いた。
「了解。じゃあ、ティア、頼んだよ」
残るゼルク、ライガ、グラドの三人は、馬に目もくれず、すでに地を蹴って駆け出していた。
「俺たちは獣化した方が早い」
ゼルクが言い、彼らの体はしなやかな獣の姿へと変わっていく。
しなやかな四肢を持つ巨大な狼、淡く雷光を帯びた虎、そして筋骨隆々の大熊。いずれも、人の手では制御できない野性の力を宿していた。
「馬に負けんなよ」
ライガが獣の口で吠え、笑いながら地を駆ける。
カイが苦笑いを浮かべて馬腹を蹴った。
「追いつけるもんならな!」
三騎と三頭獣は、夜の闇を裂いて進む。
夜が明け、昼前。
ティアたちは、ルゥナの仲間が囚われているという町の近くまでたどり着いた。
町の外には、団長の言葉通り、数人の男たちが周囲を警戒するように立っていた。森の中をうろつく者。路上に座りながら通行人を目で追う者。不自然な挙動のその一人ひとりに、明確な意図が見て取れる。
ティアたちは木陰に身を潜め、その様子をじっと窺った。
「あれは……奴隷商に雇われた連中だな」
ゼルクが唸るように呟いた。
情報が必要だと判断したティアは、町へ向かおうとしていた商人を呼び止め、少しばかりの銀貨で話を聞き出す。
町の様子や構造など。そして、話に聞けば、この町には地下室を備えた豪奢な屋敷を構える奴隷商がいるという。彼の名を明かす者はいなかったが、権力者と繋がりがあるらしく、町でも一目置かれている存在らしい。
過去にも何度か、「訳ありの荷」が運び込まれるのが目撃されているという。
「間違いない、ルゥナの仲間たちはそこにいるはずよ」
ティアが断言すると、面々は無言で頷いた。
「町の中も警戒態勢だろうし、入るなら門が閉まる直前がいいかもな。どこかの商隊に同行させてもらおう」
「でも、少人数の商隊じゃ怪しまれるかもしれない」
「中規模以上の隊を見つけて、話をつけるのが現実的だろうな」
「屋敷までの距離や、警備の様子も事前に分かっていれば動きやすい。俺が先に町へ入って偵察してくる」
レイの提案に、全員が頷いた。
彼には先行して町へ潜入し、屋敷の位置や警備の配置を探ってもらう。他の者たちは、門が閉まる直前に商隊に紛れて町に入る。その方針で決まった。
身にまとったフード付きのケープは、異形の姿を隠すのにうってつけだ。獣人たちの耳や尻尾も覆い隠し、人間と見分けがつかない程度にはなっている。
日が落ちるまでには、まだ時間があった。
レイとカイは町に潜入した後のルートや、合流地点の確認をしていた。ゼルク、ライガ、グラドの三人は、ルゥナの両親や仲間たちをどう助け出すかについて、真剣な顔で話し合っている。
ティアはルゥナに水を飲ませていた。少女の体はまだ小さく、緊張のせいかどこかこわばっている。
そのときだった。
「……パパ、ママの匂いがする」
ぽつりと呟いたルゥナが、次の瞬間、弾かれたように走り出した。
「ルゥナッ!?」
ティアの呼びかけも届かず、雪豹の少女は並外れた脚力で地を蹴り、風のように駆けていく。
「ちっ、待て!」
ゼルクが咄嗟に獣化し、狼の姿になって追いすがる。林の中で前へと回り込み、行く手を阻もうとしたが──
「っ……!」
ルゥナはそのまま跳んだ。
しなやかで鋭い跳躍。雪豹の跳躍力は動物界でも屈指だ。
ゼルクの頭上を軽々と飛び越え、森の斜面を一気に駆け下りていく。
やがて、彼女の目に映ったのは──
「パパァッ!ママァッ!!」
絶叫にも似た叫びが、広場に響き渡った。
そこには数人の男たちに囲まれ、鎖で繋がれた二人の獣人がいた。
ルゥナと同じ雪豹族。彼女の両親だった。
男たちは怒鳴りながら、二人の獣人を拷問じみた方法で問い詰めていた。
「話せ!ガキをどこにやった!」
「早く探せ!そう遠くへは行ってねえはずだ」
「くそ、あのガキさえ見つかれば……あいつは成獣の五倍で売れるんだぞ」
「いいから吐け!さっさとガキの所まで案内しろ!」
男たちは容赦なく暴力を振るった。
鞭が振り下ろされ、拳が打ちつけられ、足が蹴り上げる。
父親の獣人が呻き、地に膝をつく。
「やめてっ!お願い、旦那が死んじゃうわ!」
母親の獣人が覆いかぶさるようにして夫を庇う。
だが、男たちは止まらない。女の髪を鷲掴みにし、乱暴に引き剥がす。
「うるせぇ!子供の居場所を吐け!」
「きゃあっ!」
母親の悲鳴が響いた。
そのとき、ティアたちも現場に追いついた。
ティアの目が首元の装置に気づく。
「あれは……魔力抑制の首輪!」
銀色の金属には、精緻な魔法陣が刻まれていた。
首輪には、魔法陣が彫り込まれており、見る者に不穏な印象を与える。
それは通常の奴隷用首輪ではなかった。
一般的な奴隷用首輪は、命令に背くと電撃が流れる仕組みになっている。だが、獣人にはそれが効きにくい。彼らは魔力に対する耐性が高く、普通の魔法的拘束では抑えきれないのだ。
だからこそ、特別な加工が施されている。
この首輪は、契約者、つまり持ち主の元から一定以上離れようとすれば、金属が自動的に締まり、首を絞め上げる構造になっていた。電撃ではなく、物理的な“締めつけ”によって制御する。まるで呼吸すら許さぬように設計された、獣人専用の拘束具。
「止まれ、ルゥナ!」
ゼルクが叫ぶが、遅い。
「パパァァ!ママァァァ!!」
ルゥナの声が広場に響いたその瞬間。
男たちが一斉に振り返る。
「あそこだ!いたぞ!ガキだ!」
怒号が飛び交い、数人の男たちがルゥナに向かって動き出す。
ティアたちは即座に武器を抜いた。
「ルゥナを守れ!」
次の瞬間、町外れの一帯は、一瞬で戦場へと変わった──。
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