ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

文字の大きさ
18 / 66
第二章 魔ノ胎動編

戦場の獣たち

しおりを挟む
 獣の咆哮が響き、雷鳴のような衝撃音が広場を満たす。

 ゼルクが低く唸り、毛並みに血を飛び散らせながら賊の一人に噛み付いた。牙が鎧を貫き、男の悲鳴が空にこだまする。すかさず横から別の敵が斧を振るうが、ゼルクは素早く飛び退き、四つ足の構えから跳躍する。

「遅ぇんだよ……ッ!」

 空中から喉元めがけて突撃し、敵を地面に叩きつける。骨が砕ける音とともに、男は動かなくなった。

 一方、雷を纏う虎──ライガが唸り声を上げると、周囲に帯電した空気が弾けた。

「まとめて、引き裂いてやる!」

 敵兵三人が囲むようにして迫るも、ライガは地面を踏み砕く勢いで突進。一本の爪が稲妻の軌跡を描き、斜めに斬り払う。

「──雷牙裂爪らいがれっそうッ!」

 雷と共に閃光が走り、三人は防ぐ間もなく吹き飛ばされた。雷撃を受けた体がしびれ、立ち上がることさえままならない。

 その雷鳴に重なるように、さらに重く太い咆哮が轟く。

「ウオオオオオオオオ!!」

 グラドが雄叫びとともに、両腕を振り下ろした。振るっただけで地面が割れ、向かってきた大剣を持つ敵兵が衝撃波で弾き飛ばされる。

「俺に正面から来るたぁ、いい度胸だなぁッ!」

 熊の巨体で突進し、敵兵を近くの大岩に叩きつける。体重と腕力による一撃はまさに圧殺。敵は一発で戦闘不能に陥った。

 一方、レイは冷静に敵の動きを見つめていた。
 三人の兵士が連携して包囲しようと動くのを、彼は一歩も動かず観察していた。

「……無駄だよ」

 小さくつぶやいた瞬間、レイの掌に光が宿る。
 彼はそっと指を弾き、宙に魔力の軌跡を描いた。

光弾散華ルミナス・バースト

 空気中の粒子が瞬時に収束し、レイの指先から光弾が弾け飛ぶ。
 一発一発が鋭く、敵の懐を正確に撃ち抜いていく。盾で防ごうとした男も、分裂した光弾が背後から侵入し、悲鳴とともに膝をつく。

「もうひとつ」

 レイが手を振ると、残る二人も光に包まれ、爆ぜる閃光で地に伏した。
 そしてティアは、ルゥナとその両親を背に、細身の賊と対峙していた。

「へっへ、ガキをこっちに渡しな。そうすれば痛い目見なくて済むからよぉ、姉ちゃん」

 細身の賊が低く笑いながら刃を振るってくるが、ティアは一歩も引かない。

「下がって。あなたたちは、絶対に傷つけさせない」

 背後のルゥナとその両親に短く告げると、ティアは静かに構えを取る。その目は、炎のように強く揺るがなかった。

 刃が閃いた。賊が勢い任せに斬りかかってくる。しかしその瞬間、ティアは一歩踏み込む。
 剣と短剣が交錯し、激しい火花が弾けた。

「甘く見るなよ、こちとら修羅場くぐってんだ……!」

 男は刃に力を込め、力で押し込もうとする。
 だが、ティアはすばやく体を捻って腕をすり抜けると、足払いから背後に回り込む。

「私も、守るために戦ってきた!」

 砂漠の魔獣との戦い。ヴァルゴイアとの死闘。
 女であることを理由に後ろに退くつもりはなかった。
 血が滲むような鍛錬を重ね、男たちに並び立つために牙を研いできた。
 もう、自分の力不足で嘆きたくない。

──戦える自分でいたい。護れる自分でありたい。の隣に立てる自分になりたい。

 足払いで男の体勢を崩すと、ティアは一気に背後へと回り込む。
 鋭く振るわれた短剣が、男の太ももを斬り裂いた。

「ぐッ──ああッ!」

 悲鳴とともに崩れ落ちる賊。ティアはその背に飛びつくようにして、短剣の柄を後頭部に叩き込んだ。

「──はっ!」

 鈍い音が響く。男は呻き声も上げられず、そのまま崩れ落ちた。
 静寂が戻った草原。ティアは息を整えながら、ルゥナの方へと振り返った。

「ルゥナ、大丈夫?」

 ティアが肩で息をしながら振り返ると、ルゥナは涙を浮かべながらも頷いた。

「うん。ティア、ありがとう!」

 ティアは少しだけ、安堵の表情を浮かべる。

 周囲を見渡せば、戦場の空気は徐々に静まりつつあった。敵の数は大きく減り、生き残った賊たちもすでに戦意を喪失しかけている。
 対する獣人たちは、未だ立ち続けていた。傷はあれど、目には闘志の光が宿っている。

パンッ!パンパンッ!

 乾いた銃声が、森の方角から響き渡った。

「──っ!?」

 ティアの目の前に、何かが閃いた。避けきれない。そう思った瞬間。

「ティア、危ないっ!」

 ルゥナが叫ぶ。次の瞬間、ルゥナの小さな体がティアの横っ腹にぶつかってくる。驚いてバランスを崩し、共に地面へと倒れ込んだティアのすぐ上を、銀の弾丸が掠めて飛んでいった。

 ズドン!

 後方の大岩に当たった弾丸が、破片を撒き散らす。

「ルゥナ……!?」

 ティアが思わず少女を抱きしめたまま見上げると、森の影から悠然と歩み出る男がいた。両手には黄金の輝きを放つ二丁の拳銃。目つきは鋭く、口元には皮肉な笑みが浮かんでいる。

「ったく……まだ片づいてねぇのかよ」

 男は口を開くと、あくび混じりの声でそう言い放った。ティアを狙って撃ったとは思えぬほど、無頓着な態度だ。

「おいっ、ノワール!何やってた!遅ぇぞ!」

 バルザが苛立ちを隠さず怒鳴る。その様子からして、どうやらノワールは“二番手”の立場らしい。
 ノワールは肩をすくめ、腰を軽く回しながら答えた。

「すんませーん、ボス。ちょっと小便行ってました~」
「てめぇ、何が小便だ!頬に赤い手形ついてんぞ!」

 別の賊が即座にツッコミを入れる。
 見ると、ノワールの右頬には真っ赤な手のひらの跡がくっきりと残っていた。

「……あ、マジ?残ってる?いや~、ちょっと森の入り口でいい感じの姉ちゃん見かけてさ。声かけたら、いきなりビンタ。こっちは礼儀正しく挨拶しただけなんだけどな~?」

 とぼけた顔でそう言うノワールの右頬には、確かに女に殴られたような手形が生々しく浮かんでいる。
 その赤い頬の跡が、彼の“丁寧な挨拶”の中身を物語っていた。

「オメーまたかよ……つか、ナンパしてたってバレバレだろうが!」

 バルザは苛立ちを露わにし、こめかみを押さえる。

「でもさ、来たからにはちゃんとやるってば。こっちはこっちで、いい獲物もいるしね?」

 ノワールは気だるげな仕草で肩をすくめると、ちらりと戦場を見渡した。
 そしてすぐにティアに視線を定める。その瞳を鋭く輝かせた。

「おほーっ!これはまた……いい女!姉ちゃん、俺と一杯どうよ?」

 その瞬間、遠くからカイの鋭い声が響いた。

「ティア!!」

 ノワール。その男は、やはり他の賊とは何かが違う。
 軽薄な言動の裏に潜むのは、場を見極める冷徹さと、飄々とした余裕。まるで常に“遊び”の中にいるような、奇妙な気味悪さがあった。

 カイがティアのもとへ駆けようとした。まさにその刹那。

「お前の相手は、俺なんだろ?」

 低く響いた声とともに、横から巨大な斧が唸りを上げて振り下ろされる。
 カイは咄嗟に反応し、槍の柄を立てて斧を受け止めた。金属と金属が打ち合う音が空気を震わせる。
 弾かれた火花の向こうで、バルザがニヤリと笑った。

「よそ見してんじゃねぇよ」

 バルザはカイの進路を遮るように立ち塞がり、その巨体に見合う凄まじい威圧感を放っていた。
 周囲の空気が、まるで異種格闘の舞台へと切り替わるように変わっていく。


「ノワール!てめぇも女のケツばっか追ってねぇで、たまには仕事しやがれ!」

 バルザの怒声が飛ぶ。

「へいへい。ボスに言われちゃあ、仕方ねぇな」

 ノワールはあっさりと応じ、気怠げな仕草で二丁の銃を構えた。
 その銃口が、再びティアに向けられる。

 ティアは地面に倒れ込んだ際、小石を二つ拾い上げ、手のひらに忍ばせていた。
 それを体の影に隠しつつ、投げつける準備を進める。

「ルゥナ。私が敵に石を投げたら、ご両親と一緒に、すぐに隠れて」

 森に逃がすのが最善だが、ルゥナの両親には魔道具の首輪がつけられている。
 おそらく契約者はバルザ。彼が生きている限り、首輪の拘束からは逃れられない。

 ならばせめて、発動しない程度の範囲の安全な場所へ。
 ティアの意図を察したルゥナが、小さく頷く。

「わかった」

 その一言を受け、ティアも頷き返す。小石を握る指に、力がこもる。

「何か企んでるって顔だなぁ」

 ノワールが目を細め、冷笑を浮かべた。

「動いたら撃つよ、お姉さん」

 先ほどまでの軽薄さは完全に消えていた。
 銃口は寸分のブレもなく、ティアを捉え、そしてノワールの眼光は、射抜くように鋭い。
 戦いの空気が、一気に張りつめた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...