ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第二章 魔ノ胎動編

戦場の獣たち

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 獣の咆哮が響き、雷鳴のような衝撃音が広場を満たす。

 ゼルクが低く唸り、毛並みに血を飛び散らせながら賊の一人に噛み付いた。牙が鎧を貫き、男の悲鳴が空にこだまする。すかさず横から別の敵が斧を振るうが、ゼルクは素早く飛び退き、四つ足の構えから跳躍する。

「遅ぇんだよ……ッ!」

 空中から喉元めがけて突撃し、敵を地面に叩きつける。骨が砕ける音とともに、男は動かなくなった。

 一方、雷を纏う虎──ライガが唸り声を上げると、周囲に帯電した空気が弾けた。

「まとめて、引き裂いてやる!」

 敵兵三人が囲むようにして迫るも、ライガは地面を踏み砕く勢いで突進。一本の爪が稲妻の軌跡を描き、斜めに斬り払う。

「──雷牙裂爪らいがれっそうッ!」

 雷と共に閃光が走り、三人は防ぐ間もなく吹き飛ばされた。雷撃を受けた体がしびれ、立ち上がることさえままならない。

 その雷鳴に重なるように、さらに重く太い咆哮が轟く。

「ウオオオオオオオオ!!」

 グラドが雄叫びとともに、両腕を振り下ろした。振るっただけで地面が割れ、向かってきた大剣を持つ敵兵が衝撃波で弾き飛ばされる。

「俺に正面から来るたぁ、いい度胸だなぁッ!」

 熊の巨体で突進し、敵兵を近くの大岩に叩きつける。体重と腕力による一撃はまさに圧殺。敵は一発で戦闘不能に陥った。

 一方、レイは冷静に敵の動きを見つめていた。
 三人の兵士が連携して包囲しようと動くのを、彼は一歩も動かず観察していた。

「……無駄だよ」

 小さくつぶやいた瞬間、レイの掌に光が宿る。
 彼はそっと指を弾き、宙に魔力の軌跡を描いた。

光弾散華ルミナス・バースト

 空気中の粒子が瞬時に収束し、レイの指先から光弾が弾け飛ぶ。
 一発一発が鋭く、敵の懐を正確に撃ち抜いていく。盾で防ごうとした男も、分裂した光弾が背後から侵入し、悲鳴とともに膝をつく。

「もうひとつ」

 レイが手を振ると、残る二人も光に包まれ、爆ぜる閃光で地に伏した。
 そしてティアは、ルゥナとその両親を背に、細身の賊と対峙していた。

「へっへ、ガキをこっちに渡しな。そうすれば痛い目見なくて済むからよぉ、姉ちゃん」

 細身の賊が低く笑いながら刃を振るってくるが、ティアは一歩も引かない。

「下がって。あなたたちは、絶対に傷つけさせない」

 背後のルゥナとその両親に短く告げると、ティアは静かに構えを取る。その目は、炎のように強く揺るがなかった。

 刃が閃いた。賊が勢い任せに斬りかかってくる。しかしその瞬間、ティアは一歩踏み込む。
 剣と短剣が交錯し、激しい火花が弾けた。

「甘く見るなよ、こちとら修羅場くぐってんだ……!」

 男は刃に力を込め、力で押し込もうとする。
 だが、ティアはすばやく体を捻って腕をすり抜けると、足払いから背後に回り込む。

「私も、守るために戦ってきた!」

 砂漠の魔獣との戦い。ヴァルゴイアとの死闘。
 女であることを理由に後ろに退くつもりはなかった。
 血が滲むような鍛錬を重ね、男たちに並び立つために牙を研いできた。
 もう、自分の力不足で嘆きたくない。

──戦える自分でいたい。護れる自分でありたい。の隣に立てる自分になりたい。

 足払いで男の体勢を崩すと、ティアは一気に背後へと回り込む。
 鋭く振るわれた短剣が、男の太ももを斬り裂いた。

「ぐッ──ああッ!」

 悲鳴とともに崩れ落ちる賊。ティアはその背に飛びつくようにして、短剣の柄を後頭部に叩き込んだ。

「──はっ!」

 鈍い音が響く。男は呻き声も上げられず、そのまま崩れ落ちた。
 静寂が戻った草原。ティアは息を整えながら、ルゥナの方へと振り返った。

「ルゥナ、大丈夫?」

 ティアが肩で息をしながら振り返ると、ルゥナは涙を浮かべながらも頷いた。

「うん。ティア、ありがとう!」

 ティアは少しだけ、安堵の表情を浮かべる。

 周囲を見渡せば、戦場の空気は徐々に静まりつつあった。敵の数は大きく減り、生き残った賊たちもすでに戦意を喪失しかけている。
 対する獣人たちは、未だ立ち続けていた。傷はあれど、目には闘志の光が宿っている。

パンッ!パンパンッ!

 乾いた銃声が、森の方角から響き渡った。

「──っ!?」

 ティアの目の前に、何かが閃いた。避けきれない。そう思った瞬間。

「ティア、危ないっ!」

 ルゥナが叫ぶ。次の瞬間、ルゥナの小さな体がティアの横っ腹にぶつかってくる。驚いてバランスを崩し、共に地面へと倒れ込んだティアのすぐ上を、銀の弾丸が掠めて飛んでいった。

 ズドン!

 後方の大岩に当たった弾丸が、破片を撒き散らす。

「ルゥナ……!?」

 ティアが思わず少女を抱きしめたまま見上げると、森の影から悠然と歩み出る男がいた。両手には黄金の輝きを放つ二丁の拳銃。目つきは鋭く、口元には皮肉な笑みが浮かんでいる。

「ったく……まだ片づいてねぇのかよ」

 男は口を開くと、あくび混じりの声でそう言い放った。ティアを狙って撃ったとは思えぬほど、無頓着な態度だ。

「おいっ、ノワール!何やってた!遅ぇぞ!」

 バルザが苛立ちを隠さず怒鳴る。その様子からして、どうやらノワールは“二番手”の立場らしい。
 ノワールは肩をすくめ、腰を軽く回しながら答えた。

「すんませーん、ボス。ちょっと小便行ってました~」
「てめぇ、何が小便だ!頬に赤い手形ついてんぞ!」

 別の賊が即座にツッコミを入れる。
 見ると、ノワールの右頬には真っ赤な手のひらの跡がくっきりと残っていた。

「……あ、マジ?残ってる?いや~、ちょっと森の入り口でいい感じの姉ちゃん見かけてさ。声かけたら、いきなりビンタ。こっちは礼儀正しく挨拶しただけなんだけどな~?」

 とぼけた顔でそう言うノワールの右頬には、確かに女に殴られたような手形が生々しく浮かんでいる。
 その赤い頬の跡が、彼の“丁寧な挨拶”の中身を物語っていた。

「オメーまたかよ……つか、ナンパしてたってバレバレだろうが!」

 バルザは苛立ちを露わにし、こめかみを押さえる。

「でもさ、来たからにはちゃんとやるってば。こっちはこっちで、いい獲物もいるしね?」

 ノワールは気だるげな仕草で肩をすくめると、ちらりと戦場を見渡した。
 そしてすぐにティアに視線を定める。その瞳を鋭く輝かせた。

「おほーっ!これはまた……いい女!姉ちゃん、俺と一杯どうよ?」

 その瞬間、遠くからカイの鋭い声が響いた。

「ティア!!」

 ノワール。その男は、やはり他の賊とは何かが違う。
 軽薄な言動の裏に潜むのは、場を見極める冷徹さと、飄々とした余裕。まるで常に“遊び”の中にいるような、奇妙な気味悪さがあった。

 カイがティアのもとへ駆けようとした。まさにその刹那。

「お前の相手は、俺なんだろ?」

 低く響いた声とともに、横から巨大な斧が唸りを上げて振り下ろされる。
 カイは咄嗟に反応し、槍の柄を立てて斧を受け止めた。金属と金属が打ち合う音が空気を震わせる。
 弾かれた火花の向こうで、バルザがニヤリと笑った。

「よそ見してんじゃねぇよ」

 バルザはカイの進路を遮るように立ち塞がり、その巨体に見合う凄まじい威圧感を放っていた。
 周囲の空気が、まるで異種格闘の舞台へと切り替わるように変わっていく。


「ノワール!てめぇも女のケツばっか追ってねぇで、たまには仕事しやがれ!」

 バルザの怒声が飛ぶ。

「へいへい。ボスに言われちゃあ、仕方ねぇな」

 ノワールはあっさりと応じ、気怠げな仕草で二丁の銃を構えた。
 その銃口が、再びティアに向けられる。

 ティアは地面に倒れ込んだ際、小石を二つ拾い上げ、手のひらに忍ばせていた。
 それを体の影に隠しつつ、投げつける準備を進める。

「ルゥナ。私が敵に石を投げたら、ご両親と一緒に、すぐに隠れて」

 森に逃がすのが最善だが、ルゥナの両親には魔道具の首輪がつけられている。
 おそらく契約者はバルザ。彼が生きている限り、首輪の拘束からは逃れられない。

 ならばせめて、発動しない程度の範囲の安全な場所へ。
 ティアの意図を察したルゥナが、小さく頷く。

「わかった」

 その一言を受け、ティアも頷き返す。小石を握る指に、力がこもる。

「何か企んでるって顔だなぁ」

 ノワールが目を細め、冷笑を浮かべた。

「動いたら撃つよ、お姉さん」

 先ほどまでの軽薄さは完全に消えていた。
 銃口は寸分のブレもなく、ティアを捉え、そしてノワールの眼光は、射抜くように鋭い。
 戦いの空気が、一気に張りつめた。
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