ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第二章 魔ノ胎動編

vsノワール

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 地面に手をついたティアの視線の先で、銃口が冷たく光っていた。

 森の中から現れたノワール。その軽薄な態度の裏に潜む“異質さ”を、ティアの直感はすぐに察していた。あの目。ふざけたように笑いながら、どこか冷たい。

「悪いことは言わねぇ。そこの獣人共を、こっちに引き渡してくれねぇか?」

 ノワールが片手で銃を向けながら、軽く首を傾けて言う。

「お断りするわ」

 ティアは即座に拒絶した。
 ルゥナを庇うように一歩前へ出て、両腕を広げてノワールの前に立つ。

「美人を傷つけたくはないんだけどなぁ」

 ノワールは片手の銃を構えたまま、もう片方の手に持った銃で後頭部をガシガシとかいた。

「なあ……あんた、その獣人たちはもう奴隷商の“所有物”なんだぜ?その所有物を、あんたは奪おうとしてる。これは立派な違反じゃないのか?」

 男の言葉は、理屈としては正しい。
 少なくとも、この世界の法と秩序の上では。

 奴隷制度が黙認されているこの世界において、既に“所有”された存在を奪う行為は、形式上「犯罪」とみなされる。
 かつての常識で考えれば異常でも、ティアたちの行動は、法ではなく感情に従ったもの。
 それはこの世界では、ただの独善だ。けれど。

「それでも……助けを求めて来た子供を、見捨てるなんてできない!」

 ティアは強く言い放つ。拳を握りしめて、ノワールを真正面から見据えた。

「もう、知り合ってしまったのよ。名前を知って、心に触れて……それなのに、不幸になるのを黙って見てろなんて、そんなの無理!」
「……はあ。正義感がずいぶんとお強いことで」

 ノワールが呆れたように笑みを深め、肩をすくめる。

「ま、そういう奴から死ぬのが世の常ってやつだ。ご愁傷さま」

 ノワールが銃口をわずかに傾けた瞬間
 空気が震えた。
 次の瞬間、ノワールの足元が爆ぜた。砂塵と閃光が一気に弾け飛び、視界が真白に染まる。

「……っ、ちっ、誰だ!」

 ノワールが跳び退くと同時に、上空から声が降ってきた。

「ティア、遅れて悪い。加勢する!」

 低く引き締まった声とともに、一人の青年が空を裂いて降り立つ。黒衣に包まれたその身に、杖も詠唱もない。ただ一つ、指先に青白い魔力の残滓をまとわせていた。

「レイ……!」

 ティアの目に安堵が浮かぶ。

「加勢か。いいねぇ、面白くなってきた」

 ノワールの口元がさらに歪む。

「二対一ってのはフェアじゃねぇが……ま、遊び相手にはちょうどいいか」

 その瞬間、再び銃が閃き、同時にレイの足元が魔力で軋む。
 銃声と同時に、閃光が走った。

 レイの足元に放たれた弾丸は、魔力を帯びた炸裂弾。触れた瞬間、地面が爆ぜ、鋭い衝撃波が吹き上がる。

「っ……速い!」

 レイが瞬時に後方へ跳ねて避けると、同時にノワールが飛び込んでいた。地を蹴ったその速度は、視線で追うのが精一杯だ。

 銃を握ったまま肘で殴りかかる。
 その変則的な体術に、レイが魔力を纏った掌で受け流す。

「魔法と格闘、両立か!」

 レイが後退しながら指を鳴らすと、空間に歪みが走り、ノワールの背後に魔力の矢が数本出現する。

「甘いね」

 ノワールは銃口だけをくるりと背後に向けると、振り向きもせずに魔力弾を正確に撃ち落とした。
 その手際はまるで、戦場の只中で何百回と繰り返してきたかのような“慣れ”だった。
 だが、それだけでは終わらない。

「それはどうかしら」

 魔力弾に気を取られている一瞬の隙を突いて、ティアが放った石礫が飛ぶ。
 手に隠し持っていた小石を、弾丸のような勢いで飛ばした。
 ノワールは、それさえも見切ったかのように、体をくるりと捻ってかわした。
 その動きはまるで、大道芸のように軽やかだった。

「なかなかやるわね」

 ティアが一瞬の隙を縫って接近する。両手に短剣を構え、流れるような体捌きで斬りかかる。
 ノワールは軽やかに跳躍し、片方の銃を振るう。

「おっと、美人は近づくと危ないな」

 ティアの短剣とノワールの銃身がぶつかり、火花を散らす。まるで銃自体が近接武器のように扱われていた。
 次の瞬間、ティアの手元が光った。

「っ、これは……!」
「重ね掛けよ!」

 瞬時に詠唱したティアの魔法が短剣に重なり、魔力が刃を包む。放たれる一閃。
 しかしノワールは銃をクロスさせてそれを受け止める。魔力で強化された銃身が、ぎりぎりのところで砕けずに耐えた。

「……二人とも、なかなかやるじゃないか。けど──」

 ノワールが片足を踏み込んだ瞬間、地面が沈むほどの圧力が走る。

「本気で殺しにゃ来てないんだろ?こっちは違うぜ」

 両腕を広げたノワールの銃口が同時に光を帯びる。魔法と連動した射撃。金色の弾丸が複数、弧を描きながらティアとレイを同時に狙っていた。

「あれは……やべぇ!逆層結界リヴァース・レイヤー!」

 レイが地面に手を突き、咄嗟に叫ぶ。
 次の瞬間、地面からせり上がるように青白い魔法陣が複数展開される。ティアとレイを囲むように立ち上がる光の壁。
 空間の層構造を「裏返す」ことで、あらゆる干渉を逆転・分散・逸らす高位の防御結界が形成された。

 金色の弾丸が結界にぶつかり、静かに停止する──かに見えた。
 停止した弾の尻部に小さな魔法陣が展開される。
 弾が、逆回転を始めた。

「……まずい!」

 レイが即座にティアに覆い被さる。
 同時に、結界が砕け、爆発が起きた。

 轟音。爆風。
 二人の身体は地面を擦りながら吹き飛ばされる。

「い、たた……っ」

 ティアが呻き声を漏らす。全身に擦り傷。耳鳴りで周囲の音が遠のいている。
 目を開けると、レイが自分を庇ったまま、動かなくなっていた。

「レイ!」

 ティアを庇って、レイの背中には焼け焦げたような傷痕が走っている。
 ティアは彼の身体を支え、震える声で叫ぶ。

「ティア、怪我はないか」
「怪我はないかって……私よりレイのほうが……!」

 息を荒げるティアに、レイがかすかに笑いながら答えた。

「……良かった。お前に怪我させたら、カイに怒られるからな」

 ティアにもたれたまま、冗談めかして笑うレイ。痛みに耐えながらも、その言葉には優しさがにじむ。

「冗談言ってる場合じゃないでしょ……」

 冗談を言う気力があることに、ティアは僅かに安堵しつつも、怒ったような声で続けた。

「バカ……なんで無茶するのよ……!」

 震える声。思わずこぼれる本音。
 レイは痛みに顔をしかめながらも、かすかに笑った。

「考えるよりも先に身体が動いてたんだよ」

 ティアは言葉を詰まらせた。胸が締めつけられる。
 そんな二人を眺めながら、ノワールはゆっくりと銃を回し、少し距離を取って笑う。

「はっ……まったく、見てらんねぇ茶番だな」

 ノワールの声には、嘲笑が滲んでいた。

「女を守るために自分がやられてちゃあ世話ないぜ。ヒーロー気取りもたいがいにしろよなぁ。お前が勝手に突っ込んで、勝手に倒れて、結局何が変わった?せいぜい、目の前の女の足手まといになったくらいだろうが」

 ティアの眉がわずかに動いた。

「男が倒れ、女が泣いて……それが“絆”とか言うのか?お笑いだな。そんなもん、戦場じゃただのノイズだ」

 ティアの肩が震えた。俯いたまま、かすれた声が漏れる。

「……黙りなさい」
「おや?怒ったか?それとも悔しいのか?お前のせいで、こいつが傷ついたって」

 ノワールは軽く銃口を傾けて、挑発するように笑った。

「なぁ、どうせならそんな雑魚放っといて、俺に乗り換えなよ。身体も腕も、比べもんにならねぇぜ?」

 ティアの背筋がピンと伸びた。

「……黙れって言ってるのが、聞こえなかったのッ!?」

 鋭く、怒声が響いた。ティアが顔を上げる。
 その瞳には、怒りと、何よりも──激情が燃えていた。

 空気が揺れる。風が唸り、地面に刻まれた光紋が淡く輝く。
 ティアの周囲に、見たことのない魔法陣が幾重にも展開された。
 両手に握る短剣の刃が、焔のような魔力に包まれて揺らめいている。

「ティア……?」

 レイが呻くように名前を呼ぶ。しかしティアは振り返らない。
 その瞳は、ノワールただ一人を射抜いていた。

「レイをバカにして、私たちを笑ったそのツケ……!」

 地面が砕ける。ティアが地を蹴り、閃光のようにノワールへと迫る。

「その身体に、刻み込んであげるッ!!」

 魔力が爆ぜる。音すら置き去りにして、ティアの姿が消える。
 残ったのは、猛獣のような殺気と、咆哮のような魔力のうねりだけだった。
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