ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第三章 ドワーフ国編

ティアの気持ち

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「髪色だけの問題ならば、アーデン公爵家の血を引いていないとも限らない」

 ジークハルトが低い声で言った。
 ティアは黙って耳を傾ける。

「しかし──」

 言葉を口ごもる彼を見て、ティアははっとしたように顔を上げた。

「……母が公爵家に嫁いでから、私を産むまでの時期が……合わないのですね?」

 ティアの問いに、ジークハルトは静かに頷いた。

「それと、君の母の瞳は青に近い色だった。だが君の瞳は……淡い紫だ」

 言われてみれば、その差は明確だった。
 そして魔族の「自分たちのもの」という発言。そこから導き出されるのは──魔族はティアの父親を知っているのではないかということ。そして、その父親が魔族に近しい存在である可能性。

 ティアの出生の秘密、本当の父親の正体。
 一つの可能性が、二人の間で浮かび上がった。

 だが、それを口にすることははばかられた。
 車内に、重い沈黙が落ちる。

 先に口を開いたのはジークハルトだった。

「君はこれからも魔族に狙われる可能性が高い。……一般人ばかりの商隊に帯同し続けるのは、君にとっても、商隊の人々にとっても危険だ」

 その言葉に、ティアもまた思い至っていた。
 みんなと離れたくない。しかし、もし考え至った可能性が事実であれば、商隊を巻き込むのはあまりにも危うい。

 ティアは唇を引き結び、迷いの色を滲ませた。

 その様子を見て、ジークハルトが口を開いた。

「私たちと来るか?」

 思いもよらない一言に、ティアは目を見開いた。

 ──なぜ、そんなことを言うのだろう。

 自分は追放された身であり、今でも顔も見たくないほど嫌われていてもおかしくない人物。
 実際、再会した当初、ジークハルトは隠さぬ嫌悪感をぶつけてきた。

 驚きに言葉を失うティアに、ジークハルトが続けた。

「君がマリエルにしたことは、本来なら許されない。……だが、それをさせた原因を作ったのは私だと……今なら分かる」

 苦しげに吐き出すような声だった。

「母上──女王陛下も、君と同じことをマリエルによく注意していた。私は、君がマリエルを嫌っているからだと思い込んでいた……だが違ったんだな」

 天真爛漫で快活なマリエル。物怖じしない振る舞いは、令息たちの心を魅了したが、貴族社会では無知ゆえの軽率さとして疎まれることも多かった。
 だからこそ、レティシアは嫌われ役を買ってでもマリエルを諌めていた。

 レティシアを追放したあと、ジークハルトはマリエルと結ばれるかと思われていた。
 国王陛下は何も言わなかったが、女王陛下はそれを許さなかった。

 厳しい方だったが、偏見に満ちた周囲と違い、ティアを人として見てくれた唯一の人。
 レティシアが努力を重ねれば、その姿をちゃんと見て評価してくれた。

 ティアの心に、遠い日の女王陛下の面影がよみがえる。

 ジークハルトの声が、現実へと引き戻した。

「女王陛下はマリエルを認めなかった」

 その声には、苦味と哀しみが滲んでいた。

「そして……狭い世界でしか物事を見られないならば、一度外の世界を見てこいと──私たちを国外に出すことを決めたのも、女王陛下だった。使節団として、ドワーフ国へ向かわせたのは……そのためだ」

 ジークハルトはそこで少し言葉を切り、視線をティアに向けた。

「ドワーフ国に来るまでに、私たちは多くの人々と出会い、様々なことを学んだ。そして……この地で、追放された君が“英雄”と呼ばれ、幾度も人々を救ってきたことを初めて知ったんだ」

 その声は、どこか悔いを滲ませながらも、確かな敬意を含んでいた。

「外に出なければ、私自身も何も知らないままだっただろう。そして……自分自身を省みることもなかったと思う」

 その視線に、ティアはわずかにたじろぐ。

「過去は変えられない。しかし、私がもっと視野を広く持っていれば……ティア、君をあんなにも悲しませることはなかった。……未熟だったばかりに、君には酷いことをした。申し訳──」
「やめてください!」

 謝罪の言葉を飲み込むように、ティアは強い声で遮った。

「マリエル様を快く思っていなかったのは事実です。……私は自分の意思で一線を越えてしまった。そんな私を、どうか許さないでください」

 理由はどうあれ、マリエルに殺意を抱き、手にかけようとしたのは消えない事実。
 それだけは許されるはずがない。

 あの時、ジークハルトがもっと自分を見てくれていたら。マリエルへの注意が彼女を守るためのものだと気づいてくれていたら。
 しかし、そんな「もしも」を口にしたところで、過去は変わらない。罪は消えない。

 ティアは一生、自分がミレナ王国で取った行動を許さないだろう。
 そして、自分の罪に対して謝罪されることも望んではいなかった。

 ティアの覚悟を悟ったジークハルトは、言葉を止め、「……わかった」とだけ小さく告げた。

 少しの間、重い沈黙が落ちた後、ジークハルトが話題を変えた。

「使節団が組まれた経緯を話しておこう。隣国のフォルセリア帝国で、不穏な動きがあった。戦の準備を進めているという情報があり、武器を調達するために我々はドワーフ国へ来たんだ」

 しかし──とジークハルトは目を伏せる。

「だが、実際に魔族が現れ、被害が出た今となっては、国同士で争っている場合ではない。私は国へ戻ったら、魔族との戦が起こる可能性を陛下や兄上に進言し、そして──魔法都市と呼ばれるほど魔法に優れたフォルセリア帝国と協力すべきだと説くつもりだ」

 そして、少しだけ口元を緩めて付け加える。

「……今の私じゃ、君より弱い奴に言われても説得力はないかもしれないが、それでも一般人ばかりの商隊にいるより、武の心得がある私たちと一緒にいる方が安全だと思う。それに……追放処分も、何とかできるよう働きかける」

 だが、ティアの表情は晴れなかった。

 自分では知り得ぬこととはいえ、本当に魔族と自分の間に何かしらの因縁があるなら……商隊から離れるべきだという考えも、ティア自身の中にあった。

 だがもし、商隊を離れるとしても、ミレナ王国に戻るつもりはない。
 ティアは顔を上げ、丁寧に、しかしはっきりと言った。

「お申し出は……本当にありがとうございます。ですが、一緒には行きません」

 ジークハルトが、ではどうするつもりだ、と問う。

 ティアは答えられず、視線を伏せる。

 目を閉じると、ルゥナ、エリー、ノア──そして団長や商隊のみんなの顔が次々に浮かんだ。そして、何よりも頼もしく、いつも支えてくれたカイとレイの姿。

 「ずっといたい」と願える居場所が、そこにあった。

「……ずっといたいと思える居場所が、できたんだな」

 ジークハルトの穏やかな声に、ティアはゆっくりと目を開いた。

 その言葉は、ストンと胸の奥に落ちた。

 商隊は──ティアにとって、ただの旅の仲間ではなかった。
 彼らは「家族」だと皆は言っていた。でも、ティアはずっと一歩引いて聞いていた。自分はそこには含まれないと思っていた。

 けれど、気づかぬうちに、商隊はティアにとってかけがえのない家になっていた。
 そのことに気づいた瞬間、ティアの瞳から、知らず知らずのうちに涙が零れ落ちた。

 ──みんなと離れたくない。一緒にいたい。

 その強い想いが、ティアの胸の中を満たしていた。

 不意にティアの頬を伝った涙を見て、ジークハルトは目を瞬かせた。

「……どうした?」

 驚いたように問いかける彼に、ティアは慌てて袖で涙を拭い取り、俯いたまま謝った。

「す、すみません……」

 しかし、ジークハルトはそんなティアを見つめ、ふっと柔らかく笑みを見せた。

「君は……そうやって、感情を表に出せるようになったんだな」

 その言葉にティアはきょとんとして顔を上げる。

 ジークハルトは視線を外さず、少し迷うように息を吐き──そして静かに言った。

「……私は、君のことが好きだったんだ」

 その言葉にティアは目を見開いた。驚きと戸惑いで声も出ない。

「君の境遇は知っていた。そして、誰よりも完璧でいなければと、気を張り詰めていることも……分かっていた。本当なら……私が君を支えてやるべきだったんだ」

 低く苦い声で、悔いるように続ける。

「……なのに、私は君から……逃げ出した」

 ティアは息を詰め、何も言えずにただ耳を傾けていた。

「再会した時──君は友人たちの前で、心からの笑顔を向けていた。あんな安心した顔を……私には一度も見せてくれなかったのにね」

 淡々とした声の奥に、深い後悔と切なさが滲んでいた。

「ああ。責めてるわけじゃないよ。……本当は、私が君にそういう表情をさせたかったんだ」

 打ち明けられる言葉に、ティアの胸が静かに痛む。

「……彼らの前では、君は本当の顔をさらけ出せるんだな。……もっと早く、君のことを分かってあげられていたら……きっと違った未来があったのかもしれないな」

 ジークハルトの声は、どこか遠くを見つめるように淡く、寂しげだった。

 もっと自分をさらけ出し、ジークハルトと向き合って話をしていれば──彼の言うように、違った未来があったのかもしれない。

 しかし、過去に戻ることはできない。

「……殿下、初めてお会いした日のことを、覚えていらっしゃいますか?」

 ティアがそっと問いかけると、ジークハルトは少しだけ目を細めた。

「初めて……私の痛みに気付き、私という存在を……見つけてくれたのは、殿下だったのです」

 ティアの声はかすかに震えていた。

「殿下のおかげで……異物でしかない、何者でもなかった私が……何者かになれた気がしました。誰かのために頑張ろうって……そう思えたのです」

 視線を落としながらも、はっきりと伝える。

「私……殿下に救われたんです」

 その言葉に、ジークハルトは一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべ、そっと視線を逸らした。

 しばらくの沈黙が流れる。
 そして、ジークハルトがわざとらしく声を上げた。

「……カイとかいう男は、君の恋人か?」

 その問いに、ティアは大きく目を見開き、顔を真っ赤にして慌てふためく。

「なっ……ちちち違います!そんな、そんな関係じゃ……!」

 あまりの狼狽ぶりに、ジークハルトは小さく笑いながらも、すぐに悟った。

 ──君は彼に想いを抱いているんだな……。

 そして、ジークハルトは思い返した。あの時、気を失ったティアを抱きかかえたカイの手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように優しく、ティアへ向ける瞳には隠しきれない想いがにじんでいた。

 ──恐らく、彼もまたレティシアを想っている。両想いでありながら……互いに気付いていないとは。

 だが、それを言うつもりはなかった。
 代わりに、少しだけ意地悪そうに口角を上げて問いかける。

「では……君は彼のことをどう思っているんだ?」

 ティアは一瞬、息を呑み、言葉を失った。

 やがて、小さく息を整え、わずかに微笑を浮かべる。

「……大切な仲間です」

 それは嘘ではなかった。
 いつも隣にいてくれて、困ったときには手を差し伸べてくれる。迷わずに支えてくれる。
 そんな彼の存在に、仲間以上の感情を抱き始めていることをティア自身もどこかで感じていた。

 ──でも……彼はフォルセリアの王子で、私は罪人……結ばれるはずがない。

 その想いは叶うものではない。だからこそ、心の奥深くに閉じ込めておこうと決めていた。

 ──この気持ちは、一生、心の中にしまっておこう。

 そう心に言い聞かせるように、ティアはそっと視線を落とした。
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