ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

文字の大きさ
54 / 66
第三章 ドワーフ国編

帰る場所

しおりを挟む
 いつの間にか夕陽は落ち、辺りは夜の帳に包まれていた。

「──そろそろ戻ろうか」

 ジークハルトが静かに言い、御者に戻るよう指示を出す。馬車が動き出し、揺れる車内にはしばし沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのはジークハルトだった。

「ドワーフ国の復興に力を貸したい気持ちはある。だが、魔族が動いていると分かった今、一刻も早く国へ戻り、報告しなければならない」

 帰国の準備などで、あと三日はこの地に滞在するという。そして──

「君が商隊を離れると決めたら、いつでも来てくれて構わない」

 ジークハルトは真っ直ぐティアを見て、そう告げた。

 その言葉が胸に染み入るのを感じながら、気付けば馬車は病院の前に到着していた。

 馬車が止まり、ジークハルトが先に降りる。続けてティアも外へ出ると、ジークハルトが自然に手を差し出した。

 乗り込むときには戸惑いと緊張があった。しかし今は違う。ティアはその手を素直に取り、エスコートを受け入れた。

 そしてちょうどその時、病院の入口から声が響いた。

「ティア!」

 顔を向けると、エリー、ノア、ルゥナがティアの帰りを心配して外で待っていた。
 夜風に髪を揺らしながら、不安そうにこちらを見つめている。

 そして──その傍らには、見慣れた二人の姿があった。

「……カイ!レイ!」

 声が震えた。けれど、涙が込み上げるのを止められなかった。

「治ったのね……!」

 駆け出そうとしたティアに、隣のジークハルトがやわらかく声をかける。

「見たところ後遺症もないようだね。良かったじゃないか」

 その一言に、ティアは双眸に涙を滲ませ、ジークハルトへ深く頭を下げた。

「……彼らを治してくださり、本当に……ありがとうございます」

 顔を上げると、瞳から涙が一筋、頬を伝った。

「殿下のおかげです……!」

 それは、初めてジークハルトに向けて見せた、安堵と感謝が混じる心からの笑顔だった。

 ジークハルトは一瞬、瞠目した。

 ──こんな顔をする子だったんだな……

 すぐに柔らかく微笑むと、指先でそっとティアの涙を拭い、ポンと頭を撫でた。

「君の笑顔が見られて……私も嬉しいよ」

 温かな手のひらに、幼い頃憧れた人の面影が重なる。
 ティアは驚きと照れで目を丸くし、胸が熱くなるのを感じた。

「行っておいで」

 そう言われ、ティアは力強く頷き、待っていた仲間たちの元へと駆け出した。

 ジークハルトはその後ろ姿を、静かに見送った。

 ティアが駆け寄ると、カイとレイは少し驚いた表情を見せたが、ティアは迷うことなく二人に飛びついた。

「……良かった、本当に良かった……私……何もできなくて……!目が覚めたら二人とも重症で、生きた心地がしなかった……もし二人が死んじゃったらって……!」

 涙声で震えながら、必死に言葉を紡ぐティア。
 カイとレイはそんなティアを強く抱きしめ、優しく頭を撫でた。

「……心配かけたな」

 低く、安心させるような声でカイが言い、レイもまた無言のままティアを支えた。

 カイはティアを抱きしめながら、ふと視線を上げ、ジークハルトを鋭い瞳で見つめる。

 ──あんたがティアを泣かせたことも、助けたことも、全部忘れてはいない。

 そんな複雑な感情が、その瞳に宿っていた。

 だが、カイはほんのわずかに顔を下げ、ぺこりと頭を下げた。

 それは敵意を捨てたわけではない。
 ただ、ティアを救ってくれたことへの礼だった。

 夜の空気の中、ティアは仲間たちの温もりに包まれ、ようやく張りつめていたものがほどけていくのを感じていた。

 それでも、その胸にはまだ話さねばならないことがあった。

「カイ、レイ……話があるの。それと、団長にも……」

 ティアは真剣な面持ちで言った。

 カイとレイ、そして団長とともに、ティアに与えられていた病室へと場所を移す。

 扉が閉まり、静寂が落ちる中、ティアは小さく息を吸い込むと、三人をまっすぐに見つめて言った。

「……私、商隊を抜けます」

 カイとレイが驚いたように目を見張る。
 団長は動じず、けれども真意を探るようにティアを見据え、静かに問いかけた。

「理由を聞かせてくれるか」

 ティアは視線を落とし、少し唇を噛んでから過去や生い立ちについて語り出した。

「……今日、ジークハルト殿下と話したことで、ある疑いが浮かびました。私の実父は、もしかしたら魔族に近しい存在かもしれない……そう考えています」

 声が少し震える。

「このまま商隊にいれば、私のせいでみんなを巻き込んでしまうかもしれません。だから……」

 団長は少し黙ってから、低く、けれどもはっきりと問いかけた。

「──で、お前自身はどうしたいんだ?」

 ティアは言葉に詰まった。
 “迷惑をかけたくない”、それが本心だと思っていた。だが、それは本当に自分の想いなのか。

「……私は……」

 ゆっくりと顔を上げる。

「みんなと一緒にいたい。それが本音です」

 すると団長は静かに頷き、微笑んだ。

「ならば、いればいい」

 その一言は、とてもあたたかく、重みがあった。

「しかし……」

 ティアが言い淀むと、今度はカイが前に出た。

「……俺は国を出て、こうして自由にさせてもらってるが、一つだけ任務を言い渡されてる」

 ティアは驚いてカイを見る。

「それが──魔族の調査だ」

 カイの声は落ち着いていて、しかし確かな覚悟が感じられた。

「世界のダンジョンを巡りながら、魔族の動向を探ってる。お前が魔族に狙われてるなら、それは俺の任務としても意味があるし……何より、お前を魔族から守ることが出来る」

 ティアの胸が強く打つ。
 団長は腕を組んだまま、ゆっくりと言った。

「自分の意志で抜ける者を引き止めるつもりはない。だが、本当は抜けたくないと思ってる者を──一度仲間として迎え入れた者を、儂らは放っておいたり、突き放したりはしない」

 ティアは目頭が熱くなるのを感じた。

 ──私は……本当に、一人じゃないんだ。

 胸の奥で、強くそう思った。


 #

「明日、この国を発つのか」

 低く、石壁に反響するような声が玉座の間に響いた。

 襲撃からひと月。崩れた城壁や倒壊した街並みには修復の手が入り、王都は徐々に活気を取り戻しつつあった。

 ティアたち商隊は、翌日にはドワーフ国を発つ予定で、再び王宮へと招かれていた。

 玉座に座るのは、新たに国を治めることとなった次期国王──ベルデガル・ハルヴィン。
 前王・ボルグラムの息子である。
 齢八十を数えるとはいえ、その体躯はなお頑健で、鍛えられた腕や深い声からは衰えを感じさせない。老齢ながら、その瞳には鋭い光が宿り、厳かさと威厳を纏っていた。

「はい。明朝には王都を離れる予定でございます」

 団長が落ち着いた声で答える。

 ベルデガルは大きくうなずき、目を細めると、しばし商隊の面々を見渡した。

「もう少し、ゆっくりしていっても良いのだぞ。この国で根を張り、商売を広げるのも悪くあるまい。場所ならいくらでも用意してやれる」

 老王の声音には真心が滲んでいた。
 商隊のこれまでの功績を思えば、その言葉はただの外交辞令ではないのだと、誰もが感じ取っていた。

 しかし、団長は静かに微笑み、首を横に振る。

「ありがたいお言葉でございます。ですが、我々はひと所に留まらずに旅を続ける流れ者。放浪こそが性分に合っておりますので……」

 その言葉には、長い歳月の中で育まれた旅商としての誇りがあった。

「次に向かう先も、既に決まっておりますゆえ」

 ベルデガルはわずかに息を吐き、深い瞳を細めた。

 「……そうか」

 名残惜しさを隠しきれない声で、だがその決断を尊重するように頷く。

「二度もこの国を救ってくれたこと、国を代表して礼を言おう」

 その言葉と共に、玉座から立ち上がったベルデガルの背はまっすぐで、鍛え上げられた腕には今も揺るぎない力強さがあった。

「ささやかだが、感謝の宴を用意した。今宵はどうか、余計なことは考えず心ゆくまで楽しんでくれ」

 言葉と共に、王の瞳にはわずかに優しい光が宿る。
 団長もまた深く一礼し、ティアたち商隊の面々も頭を下げた。

 厳かな玉座の間に、温かな空気が漂う。

 そして、王宮での宴……否、送別の宴は、この夜開かれることとなった。

 王宮の大広間では、夜が更けてもなお賑わいが続いていた。

 宴が開かれると聞きつけた国民たちが、国を救った英雄たちに少しでも英気を養ってもらおうと、次々に食料や酒を差し入れてくれた。まだ街には戦いの爪痕が残っているというのに、豪勢と言っていいほどの料理や酒がテーブルに並べられている。

 ティアは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 ──自分たちは本当に、この国の人々の役に立てたのだろうか。

 商隊の仲間たちは笑顔で杯を掲げ合い、男たちは大声で乾杯を交わし、女性たちも華やかな料理を味わいながら談笑している。

 ティアはエリー、ノア、ルゥナと一緒に、目の前に並べられた料理を口に運びながらも、ふと団長の言葉を思い出した。
 次の行き先がもう決まっていると言っていたけれど、自分はその行き先を聞いていない。

「ねえ、次ってどこに行くのか知ってる?」

 ティアが小さく問いかけると、ルゥナもエリーもノアも顔を見合わせてから首を振った。

「ううん、聞いてないよ」
「私も知らないなあ」
「団長、何も言ってなかったからね」

 少し肩を落としつつも、ティアは近くにいた年上の商隊の女性に声をかけた。

「あの……次の行き先って、どこなんでしょうか?」
「え?聞いてなかったの?水の都・澄幻国ちょうげんこくに行くんじゃないの?」

 意外そうに答えた女性に、すぐ隣の別の女性が首をかしげる。

「えー?でもフォルセリア帝国だって聞いたけど?」
「フォルセリア?この間行ったばっかりじゃない?」
「でもフォルセリアはお得意様だし、定期的に顔を出してるんだよ。それに新しい商品も入ったから、予定を変えてまたフォルセリアに行くんじゃない?」

 そんな会話を耳にしながら、ティアは少し笑みをこぼした。

 ──本当に、この商隊は風のように行き先が変わるんだな。

 それでも、不思議と不安はなかった。

 どこに行くとしても、自分には帰る場所があり、一緒に笑い合える仲間がいる。

 そんな当たり前のことに、あらためて胸が温かくなるのを感じていた。


​───────
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます!
次回から新章突入です。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...