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第一章
21 ルナリアとの出会い ディオンside
しおりを挟む───これが「恋」だと気付いたのはいつからだっただろうか。
気が付けば目で追っていた。
他の奴と楽しそうに話し、笑顔を向けていることに嫉妬して胸が傷んだ。
僕だけを見て欲しい。
彼女の視線を独占したい。
僕に向ける笑顔が眩しくて、まともに顔を見ることも出来なくなった八歳の夏───
俺が彼女と出会ったのは七歳の頃だった。
王宮で行われたお茶会。
そこで俺達三人は出会った。
この日のお茶会は第二王子であるパトリス殿下のお披露目と彼の側近や婚約者を見定める為に行われたものだった。
その為、七歳以上の歳が近い者達が集められていた。
「初めまして。アングラード侯爵家が長女、ルナリア・アングラードと申します」
この集まりの中で一人異彩を放つ者がいた。
それが彼女。
ルナリアとの初めての出会いだった。
齢七歳にして既に整った顔立ちに落ち着いた態度。
彼女は俺達と"同類"だった。
俺は幼少の頃から宰相である父上の元厳しい教育がなされた。
それもこれも、何れ第二王子の側近として務める為。
彼女もまた、俺達とは形は違えど英才教育を受けた身であった。
彼女の場合は、パトリス殿下に気に入られ王子妃となる為。
だが、俺達と一つ違っていたのはそこに彼女の意思とルナリアという存在が既に消えてしまっていた事だった。
俺もパトリス殿下も他よりは秀でて群を抜いていたが、それでもまだ子供らしさや「心」というものを持っていた。
「なあ、何で君はいつも笑ってるんだ。笑いたくないなら無理して笑わなくてもいいんじゃないか」
人形のように笑い続ける彼女に初めは不気味な奴だと思っていた。
だから、思わずあの時あんな事を言ってしまった。
「え?」
彼女は一瞬驚いた表情をして直ぐに少しだけ困ったように笑った。
「いえ、わたくしは無理などしておりませんわ。」
「何だルナリア。お前面白くもないのにいつも笑っていたのか?」
「い、いえ。殿下、そのような事は」
「あんたの笑顔作り物みたいで気持ち悪い」
「おい、ディオン!それは流石に言い過ぎだろ!」
あの頃は俺もまだまだ子供だった。
無神経な言葉はどれだけ彼女を傷付けただろうか。
ルナリアは俺の言葉に顔を俯かせてしまった。
「わっ…わたくし…だって。笑いたくて笑っているわけじゃ…。だけど、笑ってなさいって…ただ、笑っているだけでいいんだって…それがっ、わたくしの存在意義だから。そんな簡単なことも出来ないわたしは要らな──」
「もういい!ごめん。言い過ぎた」
彼女もまた侯爵家の令嬢として生まれた義務を背負った犠牲者だった。
顔を俯かせて涙を堪えながら口にする、初めて彼女の本音を聞いて酷く罪悪感に襲われた。
俺の考え無しの発言にも彼女は頭も振って許してくれた。
「なら、僕の前では無理して笑わなくていい。ルナリアが笑いたい時だけ笑えばいい」
「そういうことなら、私の前でも無理して笑わなくていいぞ。私達の前では本当のルナリアのままでいればいい」
「し、しかし」
「これは命令だ。ディオンもルナリアもこの三人でいる時はありのままの自分でいること!いいな」
「承知致しました。──だそうだ。殿下の命令とあらば従うしか無いな」
「パトリス殿下…ディオン様…」
いつも笑顔を絶やさないルナリアが泣いた。
この日、初めて俺達は彼女の心に触れ違う表情を見た。
俺達はこの三人でよく遊ぶようになった。
大体はパトリス殿下に遊び相手として呼ばれてなのだが。
遊ぶ回数が増える毎にルナリアも色んな表情を見せるようになった。
初めは戸惑っていた彼女だが、慣れと共に本当の彼女が表に出てくるようになった。
彼女の作り物の笑顔ではなく、年頃の少女らしい笑みは俺の心を惹き付けた。
だが、惹き付けたのは俺だけでは無かった。
顔を合わせる回数を重ねる毎にパトリス殿下もまた、ルナリアに惹かれていた。
時は過ぎ、俺達三人は八歳になった。
ルナリアは一年前、出会ったばかりの頃とは見違えるように感情を表に出すようになった。
コロコロと変わるその百面相に俺は何時しか目を離せなくなっていた。
夏の暑い日。
俺達三人は薔薇園の奥にある池の畔で遊んでいた。
遊び疲れた俺達は近くの芝生に寝転ぶ。
こんな場面大人に見られれば叱責は免れないだろうが、そよぐ風が気持ち良くてルナリアを真ん中に三人で川の字になって平民の子供達がするように寝転がった。
「ふふっ」
唐突にルナリアが笑う。
「わたくし、今とっても楽しいです。一年前まではこんな風に笑ってパトリス様やディオン様と遊び疲れて芝生に寝転がるなんて思っても見ませんでしたわ」
「それは私も同じだ。こんなにも心の置ける友人に出会えるとは思わなかった」
「僕もです。厳しい教育が当たり前の世界でこのような安らぎを得られるのも殿下とルナリアに出会えたからですね」
「ずっと…この時間が続けばいいのに。パトリス様とディオン様とわたくしの三人で何時までも仲良く遊んでいたいですわ」
ルナリアは青い空を見つめながら言う。
だが、俺とパトリス殿下は最後の言葉には答えなかった。
この関係が何時までも続くものでは無い。
それを知っていたから。
気が付いたらいつの間にか三人とも眠っていた。
目を開けると真ん中にいたルナリアが俺の方に寄って此方を向いて眠っていた。
首を起こして殿下を確認すると、パトリス殿下も目を閉じて眠っていた。
俺は再び横になると目の前で眠る少女へと手を伸ばす。
「久し振りだ…」
小さく呟いた。
こうして確りと彼女の顔を見るのは久し振りだった。
彼女の顔をまともに見られない程に俺はルナリアに恋をしていた。
触れた髪の毛先がサラリと俺の手から逃げる。
長い睫毛に白い肌。
息を呑むほどの整った顔立ち。
触れれば崩れてしまいそうだ…
「んっ」
彼女は身動ぎして四肢を折り丸くなる。
ねえ、ルナリア。
僕と殿下どちらが一番好き?
そう聞ければ楽なのに。
何度もそう思った。
だけど、きっと望む答えは返って来ない。
彼女を困らせてしまうだけだろう。
「ルナリア…」
何度も呼んだ名前。
少しでも君が特別なんだって気付いて欲しくて。
知っていたかい。
呼び捨てで呼ぶ令嬢はルナリア、君一人だけだってこと。
芝生の上に落ちる彼女の掌にそっと手を重ねる。
身体を寄せてじっ、と眠る彼女の顔を見つめた。
無防備に眠る彼女の唇が目に入る。
他の男にルナリアを奪われる未来がもし、あるならば。
今、彼女の唇を奪っても誰も気付かないだろう。
焦燥感にも似た感覚が俺を襲い眠るルナリアへと顔を寄せる。
──ダメ…だ。
何とか、理性で行動を制す。
「ルナリアの瞳に映るのが僕だけだったらいいのに…」
せめて、彼女が目を覚ました時の一瞬だけでも君の視線を独り占め出来ればいい。
そう願って、額をコツンと合わせた。
数日後。
俺はパトリス殿下に呼ばれ王宮に来ていた。
パトリス殿下に呼ばれる時は決まってルナリアもいる。
俺の瞳は自然と彼女の姿を探した。
だが、茶会の席には彼女の姿は無かった。
「今日はルナリアは呼んでない」
その言葉に殿下に顔を向ける。
「今日はディオン、お前だけに話があったからな」
「話…ですか?」
「ああ。」
殿下は用意された紅茶に口を付ける。
一息置いてから彼は再び口を開いた。
「単刀直入に言おう。ルナリアを譲れ」
「なっ…にを」
「お前がルナリアを好いていることは知っている。お前も私がルナリアを好きなことは知っているのだろう」
瞠目する俺を置き去りに殿下は続けた。
殿下の言葉に俯いて、下唇を軽く噛んだ。
いつかはこうなる。そう理解していた。
彼はこの国の王子だ。
そして、彼女自身もまた王子妃となる為に育てられた。
頭では理解していても心は追いつかない。
「何故、僕に言うんですか…。ルナリアは誰の物でも無い。殿下が望めば彼女を婚約者にする事など簡単でしょう…」
膝の上で作った握り拳を力一杯握って、笑顔で殿下に答える。
「私は何れルナリアと結婚する。ルナリアもそれを望んでいることは私も知っている。私と婚姻すれば彼女の両親も喜ぶからな。」
「それなら」
「だが、ルナリアは私だけじゃなくお前の事も私と同じくらい好きだと言ったのだ」
初耳だ。
殿下はずっと聞けずにいた言葉を既に彼女に聞いていた。
「お前がいるとルナリアは私を選ぶ事が出来ない」
「要するに、僕が邪魔ということですね…」
「流石、察しがいいな。だが、私は何れ私の側近となるお前と不仲にはなりたくない」
「分かりました。ルナリアとは出来るだけ会わないように致します」
「すまないな。」
「いえ…」
「それと、今後ルナリアは私の婚約者となる」
「心得ております。これからはルナリア嬢とお呼び致します…」
パトリス殿下は満足そうに頷くと席を立つ。
「殿下。一つだけ…宜しいでしょうか」
「なんだ?」
彼が戻る前に呼び止め、殿下は振り返る。
「彼女を傷付けないと約束して下さい。」
「ああ、約束しよう。ディオンの分まで私がルナリアを幸せにする」
殿下はそう言うと王宮内へと戻って行った。
「その約束を破らない限り僕は殿下に一生を捧げましょう」
誰にも聞こえない小さな声で誓った。
殿下は本気でルナリアに惚れていた。
この約束に答えてくれた殿下を信じて、俺はルナリアへの想いを諦めることにしたのだった。
だが、七年後殿下は約束を破った。
それも、大きな裏切りと共に。
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