[改稿版]奴隷落ち予定の令嬢は公爵家に飼われました

茗裡

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第一部第一章

1 よくある話

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 ──転生したら、悪役令嬢だった。

 悪役令嬢になった少女が、破滅フラグを回避する。
 あるいは破滅を受け入れ、国外追放されたり、平民に落とされたりする。

 物語ではよくある展開だ。
 誰もが一度は目にしたことのある、ありふれた物語。

 ……だが。

 そんな出来事が、まさか自分の身に起こるなどとは思ってもいなかった。

 ましてや──自分が悪役令嬢側だなんて。

 ◇

 人気のない校舎裏。
 石造りの学園の壁に囲まれたその場所には、緊張した空気が漂っていた。

 一人の少女が、数人の令嬢たちに囲まれている。

 中央に立つ少女は、淡い金の髪を揺らしながら小さく震えていた。
 守ってあげたくなるような、可憐な顔立ち。まるで物語のヒロインそのものだ。

 そして──

 その少女の目の前に立っているのは、一人の令嬢。

 アメジスト色の長い髪が、柔らかな波を描きながら背中へ流れている。
 光を受けるたび紫水晶のように淡く輝くその髪は、見る者の目を奪うほど美しかった。

 そしてその瞳は、翡翠を思わせる深い緑。

 気品あるドレスを纏い、令嬢たちの中心に立つその姿は、否応なく周囲の視線を集めていた。

 彼女の名は──

 ルナリア・アングラード。

 ……いや。

 正確には、ルナリアの身体に入ってしまった“誰か”だった。

(は? 何これ。どういう状況……?)

 ルナリアの中で、別の意識が困惑していた。

 突然目の前に広がった光景。
 豪華な制服。
 カラフルな髪色の少女たち。
 そして、西洋の貴族のような空気。

 どこをどう見ても、日本ではない。

(待って。校舎裏? 令嬢に囲まれた女の子? この状況って……)

 脳裏に、ある記憶が浮かぶ。

 乙女ゲームのワンシーン。

 悪役令嬢がヒロインを取り囲み、嫌がらせをする──
 プレイヤーなら誰でも知っている、定番イベント。

(いやいやいやいや……)

 そんなはずがない。
 そんなことが、現実に起きるわけがない。

 だが。

 状況はあまりにも、そのイベントと一致していた。

 そして──

 自分が立っている位置が問題だった。

 ヒロインの目の前。
 令嬢たちの中心。
 つまり──

 悪役令嬢のポジション。

(ちょっと待って。これ、完全に私が悪役じゃん!?)

 思考が追いつかない。
 頭の中がぐるぐると回り始める。

 他人事だったから楽しめた物語。
 ゲームの中だから赦せた展開。

 それが──

 自分の身に起きている。

 思考回路がショートするのも無理はなかった。

 次の瞬間。

「きゃあああ!」

 甲高い悲鳴が響いた。

「ルナリア様!」

 複数の令嬢が叫ぶ。

 だが、その声はどこか遠くに聞こえた。

 ぐらり、と。

 ルナリアの身体が大きく揺れる。

 そして──

 そのまま地面に倒れ込んだ。

 ◇

 彼女は、かつて日本という小さな島国に住んでいた。

 普通の生活を送り、普通に会社へ勤めて、普通にゲームを楽しんでいた。

 その乙女ゲームの名前も、ちゃんと覚えている。

 だが──

 その記憶は、今や夢のように遠かった。

 倒れて意識を失ったルナリアは、夢を見ていた。

 ひとつ目の夢。

 夜の道路。
 ヘッドライト。
 迫り来る車。

 ブレーキ音。
 衝撃。

 ──そして、死。

 もうひとつの夢。

 豪華な屋敷。
 貴族の両親。
 美しいドレス。

 ルナリア・アングラードとして生まれ、令嬢として育ち、学園へ入学するまでの記憶。

 二つの人生の記憶が、ゆっくりと重なっていく。

 やがて──

 彼女は理解した。

 自分が転生したのだと。

 それも。

 生前にプレイしたことのある、乙女ゲームの世界に​──

 ◇

 ゆっくりと瞼が開いた。

 目を覚ますと、視界に広がったのはふかふかの白いベッドだった。

 天井は高く、淡い装飾が施されている。柔らかな光が差し込み、部屋の中を静かに照らしていた。

 ぼんやりとした意識の中で、少女は小さく呟く。

「……夢じゃない」

 視線を天井から横へと移す。

 すると、視界に映り込んだのは──

 アメジスト色の髪。

 どうやって染めたのかと思うほど鮮やかな紫色の髪が、枕の上に広がっていた。

 深い溜息を一つ零しながら、少女──ルナリアはゆっくりと身体を起こす。

 柔らかな寝具が身体を沈ませる。
 明らかに普通のベッドではない。サイズも、質も、すべてが規格外だ。

 ベッドから降り、周囲を仕切るように掛けられていたカーテンに手を掛ける。

 そして──

 カーテンを開いた。

「起きましたか」

 落ち着いた声が聞こえた。

 カーテンの向こう、部屋の中央にはソファが置かれている。

 そこに座っていたのは、一人の少年だった。

 整った顔立ち。
 長い睫毛。
 冷たい光を宿した瞳。

 まるで映画に出てくる俳優のような、美しい容姿の少年だった。

 ルナリアは思わず固まる。

 ……ここは、確か保健室のはずだ。

 だが、部屋の様子はどう見ても普通ではない。

 ソファがあり、装飾の施された家具が並び、ベッドはキングサイズ。

(ここ、本当に保健室……?)

 まるで城の一室のようだった。

 前世の記憶が蘇ったばかりの頭には、この状況はあまりにも情報量が多すぎる。

 規格外の保健室。
 そして、目の前の美形すぎる男子生徒。

 現実から逃げるように、ルナリアの思考はふわりと逸れていった。

 そのとき。

「……おい。聞いているのか」

 低い声が落ちる。

「ひゃいっ」

 気が付くと、少年はすぐ目の前に立っていた。

 いつの間に近づいたのか分からない。

 頭上から降ってくる冷たい声音に、ルナリアは肩を跳ねさせる。

「えっと……あの……?」

 聞いていなかった。

 完全に。

 少年の冷たい視線が、真っ直ぐに突き刺さる。

 彼の名は──

 ディオン・グラニエ。

 公爵家の嫡男。

 そして学園で密かに呼ばれている異名がある。

 ──氷の貴公子。

 もっとも、それは本人が名乗っているわけではない。
 周囲の人間が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 ルナリアとは、幼い頃からの付き合い。

 つまり──

 彼女の幼馴染でもあった。
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