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一章
2話目
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子育てというものは、想像していた以上に大変なもの――そう覚悟していたのに、拾った仔犬は実に手のかからない子供だった。第一に、既にトイレの躾けが済んでいた。お陰でオムツを替える必要もないし、おねしょをされてシーツが大変――なんて目にあったこともない。
次に、人化がとても早かった。拾って一月経つ頃には、何も教えなくても二足歩行で歩き始めてしまった。そして何も言わなくても、メアリーの手伝いをするようになっていた。
そうしてすくすく育った仔犬のルドルフは、十年も経つ頃には立派な〝狼獣人〟になっていた。
そう、犬獣人ではなく、狼獣人。肉食中の肉食。獣人ヒエラルキーでいうところの、最上級の階層にいる存在。すらりと長い手足に、鋭く整った容姿。未だに角や尻尾を隠せないメアリーと違って、なんでもない顔をして獣人の証を上手に仕舞っている。身長だって、あっという間にメアリーを追い抜いてしまった。
ルドルフの整った顔を間近で見つめることになったメアリーは、むぅと唇を尖らせる。これでは育ての親としての示しがつかないではないか。
「あのね、私お洗濯に行くところなの。遊びたいなら後で時間を作るから、退いてもらっていいかしら?」
ベッドの上に押し倒されたまま、圧し掛かってくるルドルフの顎を両手で押し退ける。――正確には、押し退けようとしたけれどびくともしなかった。メアリーは元々尖らせていた唇をますます尖らせ、ルドルフを睨みつける。
「ルディ! いい加減に……ひゃあぅ!」
叱りつけようとした瞬間に首筋を舐め上げられ、あられもない声が口から漏れた。顔を真っ赤に染め、はしたない声を出す口を両手で押さえる。
「たくっ、間抜けな愛称で呼びやがって」
舌打ちをしたルドルフが、乱れた前髪を搔き上げる。薄く開いた唇の隙間から覗く犬歯に気が付いて、どきりと心臓が跳ねた。
「可愛くていいでしょう?」
平静を装い、首を傾げる。ルドルフはもう一度舌打ちをして、メアリーの額に手を伸ばす。ぎゅっと目を瞑ると、髪に優しく触れられる。大きな手のひらが、前髪をくしゃくしゃに乱していく。
「俺は〝格好良い〟だろう?」
「親にとっては、子供はいつまで経っても可愛いものよ」
「誰が誰の親だって?」
「〝私〟が、〝ルディ〟の母親でしょう?」
「母親なんて思ったこと、一度もねーよ」
身体に圧し掛かっていた重さがようやく消えるのを感じ、目を開ける。ルドルフはベッドの端に腰かけ、黒い尻尾を左右に揺らしていた。すっかり広くなってしまった背中をじっとりした視線で見つめ、メアリーは唇を尖らせる。
「……母の日にカーネーションくれたくせに」
左右に揺れていた黒い尻尾が、ぴたりと動きを止めた。
「何年前のネタ持ち出す気だ?」
「わりとつい最近までくれてたくせに……」
「言っとくけどな、俺は母親に贈る物だって知らずにやってただけだからな」
黒い尻尾がぶわりと膨らみ、広くなった背中を覆い隠す。分かりやすく不貞腐れる姿に、可愛かった仔犬時代を思い出してほっと胸を撫で下ろした。ようやく身体を起こし、ベッドに座り込んだままくすくす笑う。
「これが世に言う反抗期ってやつなのね」
「本気で言ってんならブッ飛ばすぞ」
恐いことを言っても、全然恐くない。だってメアリーは知っている。どんなに身体が大きくなったって、口が悪くなったって、ルドルフが暴力を振るったことは一度もない。
今だってぶっ飛ばすなんて言っておきながら、ルドルフがとったのは全然別の行動だ。後頭部が優しく引き寄せられ、額に唇を寄せられる。ルドルフの唇が触れた場所を、前髪が覆い隠した。
「……洗濯なら俺が行ってくるから、あんたは家でだらだらしてろ」
ルドルフが、大きな洗濯籠を片手で持ち上げる。小さな家だ。ルドルフの長い脚では、数歩足を進めただけで玄関に辿り着いてしまう。閉まるドアの向こうに、仔犬の面影などどこにもない背中が消えていく。
残されたメアリーは、せっかく起こした身体を再びベッドに沈めていた。真っ赤に染まった顔が元に戻るには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
次に、人化がとても早かった。拾って一月経つ頃には、何も教えなくても二足歩行で歩き始めてしまった。そして何も言わなくても、メアリーの手伝いをするようになっていた。
そうしてすくすく育った仔犬のルドルフは、十年も経つ頃には立派な〝狼獣人〟になっていた。
そう、犬獣人ではなく、狼獣人。肉食中の肉食。獣人ヒエラルキーでいうところの、最上級の階層にいる存在。すらりと長い手足に、鋭く整った容姿。未だに角や尻尾を隠せないメアリーと違って、なんでもない顔をして獣人の証を上手に仕舞っている。身長だって、あっという間にメアリーを追い抜いてしまった。
ルドルフの整った顔を間近で見つめることになったメアリーは、むぅと唇を尖らせる。これでは育ての親としての示しがつかないではないか。
「あのね、私お洗濯に行くところなの。遊びたいなら後で時間を作るから、退いてもらっていいかしら?」
ベッドの上に押し倒されたまま、圧し掛かってくるルドルフの顎を両手で押し退ける。――正確には、押し退けようとしたけれどびくともしなかった。メアリーは元々尖らせていた唇をますます尖らせ、ルドルフを睨みつける。
「ルディ! いい加減に……ひゃあぅ!」
叱りつけようとした瞬間に首筋を舐め上げられ、あられもない声が口から漏れた。顔を真っ赤に染め、はしたない声を出す口を両手で押さえる。
「たくっ、間抜けな愛称で呼びやがって」
舌打ちをしたルドルフが、乱れた前髪を搔き上げる。薄く開いた唇の隙間から覗く犬歯に気が付いて、どきりと心臓が跳ねた。
「可愛くていいでしょう?」
平静を装い、首を傾げる。ルドルフはもう一度舌打ちをして、メアリーの額に手を伸ばす。ぎゅっと目を瞑ると、髪に優しく触れられる。大きな手のひらが、前髪をくしゃくしゃに乱していく。
「俺は〝格好良い〟だろう?」
「親にとっては、子供はいつまで経っても可愛いものよ」
「誰が誰の親だって?」
「〝私〟が、〝ルディ〟の母親でしょう?」
「母親なんて思ったこと、一度もねーよ」
身体に圧し掛かっていた重さがようやく消えるのを感じ、目を開ける。ルドルフはベッドの端に腰かけ、黒い尻尾を左右に揺らしていた。すっかり広くなってしまった背中をじっとりした視線で見つめ、メアリーは唇を尖らせる。
「……母の日にカーネーションくれたくせに」
左右に揺れていた黒い尻尾が、ぴたりと動きを止めた。
「何年前のネタ持ち出す気だ?」
「わりとつい最近までくれてたくせに……」
「言っとくけどな、俺は母親に贈る物だって知らずにやってただけだからな」
黒い尻尾がぶわりと膨らみ、広くなった背中を覆い隠す。分かりやすく不貞腐れる姿に、可愛かった仔犬時代を思い出してほっと胸を撫で下ろした。ようやく身体を起こし、ベッドに座り込んだままくすくす笑う。
「これが世に言う反抗期ってやつなのね」
「本気で言ってんならブッ飛ばすぞ」
恐いことを言っても、全然恐くない。だってメアリーは知っている。どんなに身体が大きくなったって、口が悪くなったって、ルドルフが暴力を振るったことは一度もない。
今だってぶっ飛ばすなんて言っておきながら、ルドルフがとったのは全然別の行動だ。後頭部が優しく引き寄せられ、額に唇を寄せられる。ルドルフの唇が触れた場所を、前髪が覆い隠した。
「……洗濯なら俺が行ってくるから、あんたは家でだらだらしてろ」
ルドルフが、大きな洗濯籠を片手で持ち上げる。小さな家だ。ルドルフの長い脚では、数歩足を進めただけで玄関に辿り着いてしまう。閉まるドアの向こうに、仔犬の面影などどこにもない背中が消えていく。
残されたメアリーは、せっかく起こした身体を再びベッドに沈めていた。真っ赤に染まった顔が元に戻るには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
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