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一章
3話目
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可愛い可愛い仔犬だったはずのルドルフは、いつの間にか立派な狼さんになってしまった。本人が言うように、とても格好良く育ったと思う。本当なら育ての親として、誇りに思うべきことだろう。それなのにメアリーは喜べない。ルドルフの成長を喜ぶことができない。
「どこで育て方を間違ったのかしら……」
台所で包丁を握りながら、大きなため息をつく。育ち盛り――は過ぎてしまったかもしれないけれど、食欲旺盛な子供のために腕を振るおうと、じゃが芋相手に奮闘しているところだった。
「どこも間違わなかったからこんなに立派に育ったんだろ」
「っ!? ……っ、……!?」
「分かった。悪かったから止めろ」
突然腰を抱き寄せられ、声も出せないほど驚いた。急いで包丁を手放して、後ろに立つ人――ルドルフの胸をぽこぽこと叩く。ルドルフは「止めろ」と言いながら、全然痛そうには見えない。むしろどこか嬉しそうにメアリーの拳を受け止めている。
「ただいまメアリー。だらだらしてろって言ったのに、何してんだよ」
メアリーの両手をなんなく絡め取ったルドルフが、無防備になった額に口づける。額へのキスは、ルドルフがまだ仔犬だった頃から続いている挨拶だ。子供の戯れと微笑ましい気持ちで受け止めていたはずなのに、最近なんだか心臓がおかしい。
「……おかえりのキスはないの?」
「~~もう大人になったんだから、必要ないでしょう?」
「大人だからこそ、挨拶はきちんとするべきだろ?」
催促するように、もう一度額に口づけられる。それでも目を逸らしていたら、今度は頬に口づけられた。頬だけではない。目尻に、瞼に、鼻先に。顔中にキスの雨を降らされて、堪らず声を上げる。
「分かった! 分かったから、やめて……」
顔の前で両手を交差させ、真っ赤になった顔を背ける。メアリーを揶揄うのが楽しいのか、ルドルフが得意気に自身の頬を指先で指し示す。示された場所――右の頬にちょこんと口づけ、メアリーはその場から逃げ出した。
ベッドに潜り込み、頭から毛布を被ってしまう。こんな時ばかりは、部屋が狭くて良かったと思う。そうじゃなければ、ベッドに辿り着く前に何度転んでいたか分からない。ベッドが軋んだ音を立てて、メアリーのものじゃない体重で安物のマットが沈む。毛布の上から包み込むように抱き締められ、じわりと伝わる体温に心臓がおかしな音を立てる。
「メアリー。メイ、……俺の可愛い人」
少し掠れた、低い声。胸の底まで痺れるような、甘い声。こんな声は知らないと、ちっぽけな脳みそが悲鳴を上げている。
「御託はいいから、早く俺の物になってくれよ」
毛布越しの口づけが、首筋に触れる。その唇の甘さを、メアリーは知らない。知る日が来てはいけないのだと、必死に自分に言い聞かせることしか出来ない。身体はもう、燃えるように熱くなっているというのに。
「どこで育て方を間違ったのかしら……」
台所で包丁を握りながら、大きなため息をつく。育ち盛り――は過ぎてしまったかもしれないけれど、食欲旺盛な子供のために腕を振るおうと、じゃが芋相手に奮闘しているところだった。
「どこも間違わなかったからこんなに立派に育ったんだろ」
「っ!? ……っ、……!?」
「分かった。悪かったから止めろ」
突然腰を抱き寄せられ、声も出せないほど驚いた。急いで包丁を手放して、後ろに立つ人――ルドルフの胸をぽこぽこと叩く。ルドルフは「止めろ」と言いながら、全然痛そうには見えない。むしろどこか嬉しそうにメアリーの拳を受け止めている。
「ただいまメアリー。だらだらしてろって言ったのに、何してんだよ」
メアリーの両手をなんなく絡め取ったルドルフが、無防備になった額に口づける。額へのキスは、ルドルフがまだ仔犬だった頃から続いている挨拶だ。子供の戯れと微笑ましい気持ちで受け止めていたはずなのに、最近なんだか心臓がおかしい。
「……おかえりのキスはないの?」
「~~もう大人になったんだから、必要ないでしょう?」
「大人だからこそ、挨拶はきちんとするべきだろ?」
催促するように、もう一度額に口づけられる。それでも目を逸らしていたら、今度は頬に口づけられた。頬だけではない。目尻に、瞼に、鼻先に。顔中にキスの雨を降らされて、堪らず声を上げる。
「分かった! 分かったから、やめて……」
顔の前で両手を交差させ、真っ赤になった顔を背ける。メアリーを揶揄うのが楽しいのか、ルドルフが得意気に自身の頬を指先で指し示す。示された場所――右の頬にちょこんと口づけ、メアリーはその場から逃げ出した。
ベッドに潜り込み、頭から毛布を被ってしまう。こんな時ばかりは、部屋が狭くて良かったと思う。そうじゃなければ、ベッドに辿り着く前に何度転んでいたか分からない。ベッドが軋んだ音を立てて、メアリーのものじゃない体重で安物のマットが沈む。毛布の上から包み込むように抱き締められ、じわりと伝わる体温に心臓がおかしな音を立てる。
「メアリー。メイ、……俺の可愛い人」
少し掠れた、低い声。胸の底まで痺れるような、甘い声。こんな声は知らないと、ちっぽけな脳みそが悲鳴を上げている。
「御託はいいから、早く俺の物になってくれよ」
毛布越しの口づけが、首筋に触れる。その唇の甘さを、メアリーは知らない。知る日が来てはいけないのだと、必死に自分に言い聞かせることしか出来ない。身体はもう、燃えるように熱くなっているというのに。
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