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4試す気持ち
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「そんなに必死にならなくても。ハナはハナのペースで頑張ればいいんだよ」
日曜日。
テストの結果が悪かった波奈は、一緒に水族館へ行く予定をキャンセルし、彩人に勉強を見てもらっていた。
「今のペースだと、落ちちゃうよ」
彩人と同じ大学に通うのは、どう頑張っても無理だった。
近くにある女子大を志望校にしていたのだけど、このままだとそこすらあやうい。
「落ちたら、結婚を早めればいい」
彩人は冗談なのか本気なのか、そんなことを口にする。
「……アヤにふられたら?アヤに捨てられたら、もっと勉強しておけば良かったってならない?」
彩人と結婚できなかったとしても、波奈には両親がいる。
何不自由のない生活はこれからも続くだろうし、大学に落ちたからといって、人生は終わったりはしないけれど。
波奈は簡単に将来のことを言う彩人に少し苛立って、口を尖らせる。
波奈の問いに、彩人は笑みを深くした。
「ふったりしない。それに捨てもしないよ」
彩人は微笑んだままだ。
声色もいつもと同じで穏やかだったが、波奈は彼が苛立っていることに気づく。
彩人は機嫌が悪くなっても、声や動作が荒くなったりはしない。
普通なら気づかない些細な変化だったけれど、長い付き合いなのもあって、波奈は声の微妙なトーンで、彼の心の動きを察した。
彩人の機嫌をこれ以上損ねたくはなかったけれど、波奈は先日、耳にして、ずっと気になっていたとがあった。
せっかくだし、と心の中で言い訳をしなら口にする。
「そんなの、わかんないでしょ。……一年生のスゴイ美少女に、付き合ってくれって言われてたって聞いたけど」
彩人はふっと笑顔を消し、眉を顰めた。
「どうして知ってるの?……陸か」
陸は彩人の二歳と年下の弟だった。
顔立ちも似ていたし、陸もイケメンであったが、優しげで誠実そうな彩人とは雰囲気が違う。
天真爛漫で無邪気で……少しばかり軽薄気なところがあった。
「アヤ兄さんに、狙っていた女子をとられたって、嘆いてた」
「狙ってたって。陸、彼女出来たばかりなのに。……確かに告白はされたけど、その場で断ったよ」
「……どうして?雑誌モデルもやってる子で、めったにいないくらいの美少女だって陸くん言ってたよ」
「ハナ。ハナこそ、どうして、そういう僕を試すようなこと言うの?」
彩人の呆れた顔に、波奈は俯いた。
どうして――。
婚約しているけれど、親同士の口約束の延長線上にある婚約で、強制力などない。
波奈は両親から、好きな相手が出来れば婚約を破棄すればよいと言われていたし、それは彩人も同じだろう。
いつか彩人にふられる日が来るんじゃないかと、不安に思っている。
不安だから、確かめないと落ちつかない。
それもあったけれど――。
「僕はハナのことが好きだよ。ハナがいるのに他の女の子と付き合ったりしない」
波奈が俯いて黙っていると、小さなため息のあと、彩人がそう言った。
この時以外にも、波奈は試すようなことを言っては、彩人を困らせていた。
そのたびに、彩人は「好きだ」と、臆面もなく言ってくれる。
彼に好きだと言われると、不安も薄まったし、大した取り柄のない自分が、特別に思えた。
けれど、それ以上に――。
好きだ、と告げる時の彼の柔らかな眼差しが、波奈は見たかった。
好きだ、と告げる時の柔らかな声を、波奈は聞きたくて、だから、試すようなことをしていた。
「ハナは?僕のこと、どう思っているの?」
「……どう、って……大事だよ」
波奈の方はというと……好き、と言うのが恥ずかしくて、どうしても口にすることはできなかったけれど。
日曜日。
テストの結果が悪かった波奈は、一緒に水族館へ行く予定をキャンセルし、彩人に勉強を見てもらっていた。
「今のペースだと、落ちちゃうよ」
彩人と同じ大学に通うのは、どう頑張っても無理だった。
近くにある女子大を志望校にしていたのだけど、このままだとそこすらあやうい。
「落ちたら、結婚を早めればいい」
彩人は冗談なのか本気なのか、そんなことを口にする。
「……アヤにふられたら?アヤに捨てられたら、もっと勉強しておけば良かったってならない?」
彩人と結婚できなかったとしても、波奈には両親がいる。
何不自由のない生活はこれからも続くだろうし、大学に落ちたからといって、人生は終わったりはしないけれど。
波奈は簡単に将来のことを言う彩人に少し苛立って、口を尖らせる。
波奈の問いに、彩人は笑みを深くした。
「ふったりしない。それに捨てもしないよ」
彩人は微笑んだままだ。
声色もいつもと同じで穏やかだったが、波奈は彼が苛立っていることに気づく。
彩人は機嫌が悪くなっても、声や動作が荒くなったりはしない。
普通なら気づかない些細な変化だったけれど、長い付き合いなのもあって、波奈は声の微妙なトーンで、彼の心の動きを察した。
彩人の機嫌をこれ以上損ねたくはなかったけれど、波奈は先日、耳にして、ずっと気になっていたとがあった。
せっかくだし、と心の中で言い訳をしなら口にする。
「そんなの、わかんないでしょ。……一年生のスゴイ美少女に、付き合ってくれって言われてたって聞いたけど」
彩人はふっと笑顔を消し、眉を顰めた。
「どうして知ってるの?……陸か」
陸は彩人の二歳と年下の弟だった。
顔立ちも似ていたし、陸もイケメンであったが、優しげで誠実そうな彩人とは雰囲気が違う。
天真爛漫で無邪気で……少しばかり軽薄気なところがあった。
「アヤ兄さんに、狙っていた女子をとられたって、嘆いてた」
「狙ってたって。陸、彼女出来たばかりなのに。……確かに告白はされたけど、その場で断ったよ」
「……どうして?雑誌モデルもやってる子で、めったにいないくらいの美少女だって陸くん言ってたよ」
「ハナ。ハナこそ、どうして、そういう僕を試すようなこと言うの?」
彩人の呆れた顔に、波奈は俯いた。
どうして――。
婚約しているけれど、親同士の口約束の延長線上にある婚約で、強制力などない。
波奈は両親から、好きな相手が出来れば婚約を破棄すればよいと言われていたし、それは彩人も同じだろう。
いつか彩人にふられる日が来るんじゃないかと、不安に思っている。
不安だから、確かめないと落ちつかない。
それもあったけれど――。
「僕はハナのことが好きだよ。ハナがいるのに他の女の子と付き合ったりしない」
波奈が俯いて黙っていると、小さなため息のあと、彩人がそう言った。
この時以外にも、波奈は試すようなことを言っては、彩人を困らせていた。
そのたびに、彩人は「好きだ」と、臆面もなく言ってくれる。
彼に好きだと言われると、不安も薄まったし、大した取り柄のない自分が、特別に思えた。
けれど、それ以上に――。
好きだ、と告げる時の彼の柔らかな眼差しが、波奈は見たかった。
好きだ、と告げる時の柔らかな声を、波奈は聞きたくて、だから、試すようなことをしていた。
「ハナは?僕のこと、どう思っているの?」
「……どう、って……大事だよ」
波奈の方はというと……好き、と言うのが恥ずかしくて、どうしても口にすることはできなかったけれど。
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