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夜を照らす

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「イヤだった?」
「いやとかそういう問題じゃなく、急だろ」
「そうかな?流れとしては、アリだと思ったけど……」
 言いながら、星原はどこか高揚していた。をしても、佐々は嫌悪感のようなものは見せない。そのことだけでも、星原の心は晴れていく。これまでの星原にとって、軽い冗談のようなノリで佐々に対して使えるものではなかった話題が、拒絶されなかった。それが純粋に、嬉しい。
「流れとか、そういう問題じゃないんだって」
「そっか、残念」
 隠すでも取り繕うでもなく素直に出た自身の言葉に、星原は苦笑した。そして今までそんな些細なことまで押し込めて、普通の友達としていようとしていたことに気づく。受け入れられないことを恐れて、いずれは身動きがとれなくなるところだったかもしれない。今回のことがなければ。
 少し心の重荷が軽くなった星原は、改めて佐々を眺める。強い自分を持っていそうな黒い瞳、決して賑やかではないけれど好きなことに対しては饒舌な口、少しあるクセを力づくで整えた髪。
 全部好き。
 そう思うと、自然と顔が緩む。そうしてじっと見つめていると、佐々は照れたのか星原の目に掌を覆い被せた。
「だからやめろって、その目」
「だって好きだから、ずっと見ていたい」
 どこまで許されるのか、試してみたい気持ちも星原の中にあった。駆け引きなんてわからない。それでも、もしいずれ、付き合いきれないと言われる日が来るのだとしたら、もう少しだけ素直に、自分をさらけ出してみたい。
 星原は視界を覆う佐々の手を外そうとする。しかし、佐々はその気配を感じて手に力を込め抵抗した。
「おまえちょっと、調子乗りすぎだろ」
「そう?なんだかわかんなくなっちゃって」
「しっかりしてくれよ、俺までわけがわからなくなるだろ」
「それどういうこと」
「知らん」
 言いながら、視界を巡る攻防を先に諦めたのは佐々だった。息を吐いて、星原の視線を避けてか斜め下を向き、小さく笑う。
「でも、豊が思い直してくれて、良かった」
 そこは目を見ていって欲しかったなと思いながら、星原も笑顔で応じた。
「オレの方こそ。変なこと言い出してごめん」
 すると思いが通じたのか、佐々はすっと顔を上げて星原の目を見る。微笑は消えて、真面目な顔つきになっている。
「俺は確かに、豊の繊細な気持ちとか、わからないかもしれないけど。でも、一人で考えて悩んでるくらいなら、話してほしいと思うからさ。今回みたいに、いきなり最後通告みたいなのは、もうやめてくれよ?」
 落ち着いた口調の佐々に、星原は頷くしかない。
「そうする。ありがとう、理」
 星原の答えに満足したのか、佐々はよし、と立ち上がる。
「じゃ、とりあえず帰ろう。もう遅いし」
 そうして、手を差し伸べてくる佐々。星原は自然とその手を取った。
「なんか、帰り難い気もするな」
「帰ったって、寮の部屋は同じなんだから、一緒だろ」
「そうなんだけどさ、なんだか、帰ったら、またいつものように戻っちゃうかと思うと、ね」
 苦笑する星原に、佐々は、真面目な顔のまま再び手を差し出す。
「繋ぐか?……手」
 思いもよらなかった佐々の提案に、星原はすぐに答えられなかった。身体中の血が一気に駆け巡り、顔に集まってきたかのように熱った。暗くて、佐々にはわからなかっただろうけれど。
「……いいの?」
 これまでを振り返って、死んでもいいくらいに幸せだと思ったあの時、本当に死んでしまわなくてよかったと星原は心の底から思った。それ以上の幸せを感じることが、まだ、自分にあったなんて。
「裏通りの間だけな。寮の近くは、……やめておこう」
 そう言いながら、佐々はおずおずと近づく星原の手を待ちきれずに掴みに来る。指と指を絡め合うと、まるで電流が走ったかのような感覚が星原を襲った。
 これまでと同じようでどこか違う空気感に胸をざわめかせながら、二人は言葉少なに帰途についた。
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