強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

12-2

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マシェリの新緑色の瞳が、大きく見開く。 

「あれは特殊な魔本なんです。いったん解放が始まれば、本を閉じたところで止められない」
「そ、そんな。では、どうしたらいいんですか?」
「とりあえず、魔物が出てきたところをとっ捕まえて封印し直します。大して危険な魔物じゃないはずなので、マシェリ様もご協力を」
「危険じゃないって、それでも魔物は魔物でしょう? 護衛を呼んだ方が……」
「そんな暇はありません」

 ユーリィに手を引かれ、壁際へ逃げた途端ーー高く巻き上がった渦のてっぺんから、光の粒を纏った何かが勢いよく飛び出してきた。

「気を付けて! ーー今のがたぶん魔物です!」
「……分かりました。こうなれば、徹底的に戦って差し上げますわ」

 夜会でのダンスは今ひとつなマシェリだが、市場でひったくりを捕まえるために鍛えた足技には自信がある。
 ドレスの裾を掴んで身構えれば、衝撃音とともに何かが床へと落ちてきた。ーー鋭い眼差しを向けたマシェリの口が、ぽかんと開けっぱなしになる。

 それは、『卵』だった。

 鮮やかな青と緑のまだら模様で、鶏の卵より数倍大きい。
 卵は床の上でころん、ころんと惰性にしては不規則な動きを数回繰り返したあと、ピタリと止まった。

(……っ。なんで、卵なのに直立不動?)

 マシェリの頰が引きつる。それはなかなかに不気味な姿だった。

「今です、マシェリ様。ちゃちゃっと捕まえちゃってください!」
「心の準備が先ですわ。それと深呼吸」

 大雑把に煽るユーリィの声に、マシェリは半眼で言い返した。
 腕まくりして身をかがめ、そろそろと卵に近づいていく。色や動きは気味悪いものの、殻に毒でもない限りは触っても平気だろう。
 マシェリはガシッと卵を両手で掴むと、持ち上げた。
 ーーその瞬間、殻の一部が弾け飛ぶ。

「えっ⁉︎」

 卵の下部を突き破って出てきたのは、水掻き付きの足っぽいもの二本。
 驚き、マシェリは思わず卵から手を離した。
 卵は足から床に着地すると、呆気に取られる二人の間を走ってすり抜け、本のある机の上に飛び乗った。
 そのまま、開いていた窓から外に出て行ってしまう。

「ああっ、待って!」
「大変、水竜の卵が逃げ出したわ!」

 ユーリィがシャツの胸元に手を突っ込み、棒状のペンダントヘッドを取り出す。

「その本を持って私と一緒に来てください、マシェリ様!」

 駆け出すユーリィを、慌てて本を手にしたマシェリが追いかける。ドアを開け、急いで外に飛び出すと、中庭を突っ切って行く卵の姿が見えた。

「まずいわ。卵の逃げ足が思ったよりも早い」
「あれって水竜の卵なんでしょう? だとすれば、魔力を使ってるんじゃありません? 殻を被ったままで真っ直ぐ移動しているし、ほんのり蒼く光ってますもの」

 殻のせいで前は見えないはずなのに、迷う様子が一切ない。噴水を難なく避けつつ、飛ぶような速さで出口に向かって走って行く。ーーこのままでは、城の外に出て行くのも時間の問題だ。

「っ、きゃあっ!」
「ユーリィ⁉︎」

 前を走っていたユーリィが悲鳴をあげ、見事にすっ転んだ。見れば、ハイヒールのかかとが折れてしまっている。
 慌てて手を貸し体を起こすと、ユーリィは手にしていたペンダントを首から外し、マシェリに差し出してきた。

「マシェリ様ごめんなさい。……実は、腰が抜けてしまって動けないの。私の代わりにイヌルを呼び出してもらえないかしら?」
「……イヌル?」
「皇族に古くから仕えてる水の精霊です。犬と似た姿をしていて、追跡能力にとても優れているんですよ。噴水の所へ行って、この笛を吹けば出て来ますから」

 差し出されたのは、銀で出来た細長い笛。
 領地の牧羊犬に使う、呼び笛に似てなくもないような。マシェリは少々戸惑いながらも、それを受け取り首に掛けた。

「分かりましたわ。そのイヌルはわたくしがちゃんと呼び出します。ーーだから、貴女はここで大人しく休んでなさい」
「……! はい」

 何故か頰を赤らめるユーリィを残し、マシェリは噴水に向かって駆け出した。
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