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本編
17-2
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「どういうおつもりですか、陛下」
宮廷会議が終わった後の広間で、グレンは父親である皇帝に詰め寄っていた。
二十人ほどが一度に座れる長テーブルには、二人の他にもう誰の姿もない。
「仕入れ済みの果物をすべて廃棄しろなどと……保管庫に入りきらないと言うのなら、ルシンキ公国からの果物を受け取らなければ良かったではありませんか」
「あの公国は最近、性能のいい魔石ランプの開発を始めたらしくてな。それを売り込みに来てるんだ。シャンデリアが多い皇城にとっては朗報だし、これくらいの付き合いは必要だろう」
「魔石ランプ……ですか」
「ああ。ただし、それは恐らくついでだろうが。ーー明日のパーティーに、三女を出席させたいそうだ。招待してたのは二男の方だったんだがな」
皇帝は机に頬杖をつくと、にやにやとした顔でグレンを見た。
「ブルーナ公国の招待客が誰かは知りたくないか?」
「……。別に、興味ありません」
「知りたくなったらルディに聞くといい。あいつに招待状を届けさせたからな」
「聞いても答えやしないですよ、きっと。ルディは根っからのサディストですから」
半眼で言うグレンを見て、机から立ち上がった皇帝が薄く微笑む。
「……それについては、私も否定しない」
「そろそろ皇都でも噂になってきてます。この間なんか、荷馬車に隠れて皇城に忍び込もうとした賊を自ら捕縛した挙げ句、塔に引きずっていって折檻したらしいですからね」
「ああ……。うん、それなら私もベルから聞いた。あの子は、城の事にすごく詳しい。本当に頼りになる」
「ベル? ……た、確かに、悪い子ではないですけど」
言い淀むグレンに、きょとんとした顔の皇帝がつつ、と近付いて行く。
頰を赤くした息子の顔を覗き込み、ぽんと手を打った。
「そうか。お前はマシェリにオトされたのを気にしてるんだな? だが恥じる事はない。相手は年上なんだし、迫られたのを拒むなんて女性に対して失礼だろう。むしろ、受け入れたお前を私は誇りに思ってる」
「皇帝なんだから、誇りをそんな安売りしないでください。……あと、それはベルの作り話です」
「何だ、違うのか? ーーそれは良かった」
「え?」
グレンは思わず顔を上げ、窓辺に立つ父の横顔に視線を向けた。金色の瞳が物騒に輝いて見えるのは、気のせいだろうか。
何だか、妙に胸騒ぎがする。
(魔石ランプは、安定した明かりを灯せるものを製作するのが難しい。一般に流通させられるほど大量生産するためには、開発にまだまだ時間がかかるはず)
皇城すべてのシャンデリアに使用できるようになるまで、何年かかるか分からない。ーーその価値など、有って無いようなものだ。
招待する予定だった第二公子は、レオスト公国の公女と結婚した後、新しい工業製品の交易に乗り出したと聞いている。
染色した布を水洗いするための大型の機械。城にある大量のリネンを洗濯するのに丁度良さそうだと思ったグレンは、開発段階から目を付けていたのだ。
(婚約パーティーで話を持ちかけ、ご祝儀価格で手に入れる算段だったのに)
それと引き換えにされたのが、必要のない果物と、可愛らしいだけが取り柄の公女。……最悪だ。
ビビアンは優秀な宰相だが、従順過ぎて皇帝の意見に逆らえないし、側近のルディに関しては、仕事の面では有能でも、人格の方に問題がありすぎる。
自分がこの皇帝の手綱をしっかり握っておかなくては。
「今回招待を取り消した第二公子への詫び状は僕に送らせてください。それと……余った果物なんですが、捧げ物として使いませんか? 水竜の」
「それはお前に任せる。残りのものも、廃棄するなり何なり好きにしろ。フローラにもそう言っておけ」
「分かりました。ーーでは、僕はこれで下がらせていただきます」
(何も仕掛けてこない)
杞憂だったか。グレンは内心ホッとしながら頭を下げると、廊下に出る扉に向かって足を踏み出した。
「私も、そろそろ後添えが欲しい」
ーー振り向かなければ良かった。
グレンは固く拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「……僕は別に構いません。ひとりでフラフラされるより、そうしていただいた方が安心ですから」
「では、賛成してくれるのか? その割に、剣の切っ先みたいな目で睨んでるけど」
「この目は生まれつきです」
「そうだな。……お前の目は、コーネリアそっくりだ」
呟くように言って目を逸らした皇帝は、窓の外を眩しげに見上げた。
宮廷会議が終わった後の広間で、グレンは父親である皇帝に詰め寄っていた。
二十人ほどが一度に座れる長テーブルには、二人の他にもう誰の姿もない。
「仕入れ済みの果物をすべて廃棄しろなどと……保管庫に入りきらないと言うのなら、ルシンキ公国からの果物を受け取らなければ良かったではありませんか」
「あの公国は最近、性能のいい魔石ランプの開発を始めたらしくてな。それを売り込みに来てるんだ。シャンデリアが多い皇城にとっては朗報だし、これくらいの付き合いは必要だろう」
「魔石ランプ……ですか」
「ああ。ただし、それは恐らくついでだろうが。ーー明日のパーティーに、三女を出席させたいそうだ。招待してたのは二男の方だったんだがな」
皇帝は机に頬杖をつくと、にやにやとした顔でグレンを見た。
「ブルーナ公国の招待客が誰かは知りたくないか?」
「……。別に、興味ありません」
「知りたくなったらルディに聞くといい。あいつに招待状を届けさせたからな」
「聞いても答えやしないですよ、きっと。ルディは根っからのサディストですから」
半眼で言うグレンを見て、机から立ち上がった皇帝が薄く微笑む。
「……それについては、私も否定しない」
「そろそろ皇都でも噂になってきてます。この間なんか、荷馬車に隠れて皇城に忍び込もうとした賊を自ら捕縛した挙げ句、塔に引きずっていって折檻したらしいですからね」
「ああ……。うん、それなら私もベルから聞いた。あの子は、城の事にすごく詳しい。本当に頼りになる」
「ベル? ……た、確かに、悪い子ではないですけど」
言い淀むグレンに、きょとんとした顔の皇帝がつつ、と近付いて行く。
頰を赤くした息子の顔を覗き込み、ぽんと手を打った。
「そうか。お前はマシェリにオトされたのを気にしてるんだな? だが恥じる事はない。相手は年上なんだし、迫られたのを拒むなんて女性に対して失礼だろう。むしろ、受け入れたお前を私は誇りに思ってる」
「皇帝なんだから、誇りをそんな安売りしないでください。……あと、それはベルの作り話です」
「何だ、違うのか? ーーそれは良かった」
「え?」
グレンは思わず顔を上げ、窓辺に立つ父の横顔に視線を向けた。金色の瞳が物騒に輝いて見えるのは、気のせいだろうか。
何だか、妙に胸騒ぎがする。
(魔石ランプは、安定した明かりを灯せるものを製作するのが難しい。一般に流通させられるほど大量生産するためには、開発にまだまだ時間がかかるはず)
皇城すべてのシャンデリアに使用できるようになるまで、何年かかるか分からない。ーーその価値など、有って無いようなものだ。
招待する予定だった第二公子は、レオスト公国の公女と結婚した後、新しい工業製品の交易に乗り出したと聞いている。
染色した布を水洗いするための大型の機械。城にある大量のリネンを洗濯するのに丁度良さそうだと思ったグレンは、開発段階から目を付けていたのだ。
(婚約パーティーで話を持ちかけ、ご祝儀価格で手に入れる算段だったのに)
それと引き換えにされたのが、必要のない果物と、可愛らしいだけが取り柄の公女。……最悪だ。
ビビアンは優秀な宰相だが、従順過ぎて皇帝の意見に逆らえないし、側近のルディに関しては、仕事の面では有能でも、人格の方に問題がありすぎる。
自分がこの皇帝の手綱をしっかり握っておかなくては。
「今回招待を取り消した第二公子への詫び状は僕に送らせてください。それと……余った果物なんですが、捧げ物として使いませんか? 水竜の」
「それはお前に任せる。残りのものも、廃棄するなり何なり好きにしろ。フローラにもそう言っておけ」
「分かりました。ーーでは、僕はこれで下がらせていただきます」
(何も仕掛けてこない)
杞憂だったか。グレンは内心ホッとしながら頭を下げると、廊下に出る扉に向かって足を踏み出した。
「私も、そろそろ後添えが欲しい」
ーー振り向かなければ良かった。
グレンは固く拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「……僕は別に構いません。ひとりでフラフラされるより、そうしていただいた方が安心ですから」
「では、賛成してくれるのか? その割に、剣の切っ先みたいな目で睨んでるけど」
「この目は生まれつきです」
「そうだな。……お前の目は、コーネリアそっくりだ」
呟くように言って目を逸らした皇帝は、窓の外を眩しげに見上げた。
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