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本編
18-1
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「何てもったいないことを……!」
「本当ですね。……ああ、保管庫の中はルシンキ産の果物でいっぱいだわ」
ユーリィが大きな保管庫の扉を開け、ため息を吐く。
(……入りきらずに捨てるくらいなら、受け取らなければいいのに)
マシェリは、怒りに肩を震わせていた。
ドレスの試着を終え、フローラのお説教からもようやく解放された夕方。グレンの分のクッキーを取りに向かったキッチンでマシェリが目にしたのは、保管庫の前に山と詰まれた果物の箱だった。
廃棄予定だというそれらは、パーティー用に仕入れられていたもので、乾季の今、貴族ですら入手するのが困難な葡萄や柑橘類、苺まで取り揃えられている。
食材を取りにきた二人の料理人が、マシェリに気付くとぺこりと頭を下げた。
「これでもずいぶん減ったんだよ。殿下の指示で、水竜の捧げ物にする分は選り分けておいたし、使用人用の居城にも結構な量を運んで行ったからな」
「……殿下の指示?」
「はい。最初にビビアン様が来た時は全部捨てるように言われたんですけど、あとから殿下がいらっしゃって、できる限り使い切れと仰られたんです。ーー陛下には、ちゃんと話をつけてあるからと」
マシェリは目をまばたかせた。
十四歳の、しかも帝国の皇太子が、まさかそんな堅実な台詞を吐くなんて。
(意外と気が合うかもしれませんわ)
にっ、と口端を上げ、一度はずしたエプロンを着け直すと、マシェリは苺の入った箱をひとつ持ち上げた。
「その苺、どうするんですか? マシェリ様」
「色々と加工します。ユーリィ様も手伝っていただけないかしら。人手は多ければ多いほどいいので」
「加工?」
「苺はジャムとソース、柑橘類はマーマレード。葡萄は果実水にして瓶に詰めます。できるだけ手間をかけずにやるつもりですけれど、ジャムを煮詰める時に鍋の見張りが最低ひとり必要だから」
「まさか、全部使い切るつもりか? 姫。とんでもねえ量になるぞ」
肉の包みを抱えた料理人が振り返り、からかうように言う。よく見れば、こめかみに傷が一筋ついていた。
「忠告ついでに、砂糖の在庫がどこにあるか教えてくださらない? 大量に使うから、キッチンにある分だけじゃ足りなくて」
「へいへい、かしこまりました。ーーこっちだよ、姫様」
「口を慎みなさい、ガレス。ーーマシェリ様、私はちょっと人手を探して来ます」
「ええ、お願いするわ」
白銀の髪を揺らしながらユーリィが去っていくと、ガレスと呼ばれた料理人がぺろりと舌を出した。
「あの司書様も、黙ってりゃいい女なんだけどな」
「……! さっきから随分と失礼な方ね。もう、結構ですわ。砂糖はわたくしだけで探します」
マシェリはそう言い捨て、テーブルに苺を置くと踵を返した。テラナ公国の実家では、食料の在庫は大抵、一番奥の保管庫にしまってある。
確信をもって扉を開くと、小麦粉や調味料の袋が棚に積まれていた。
「なかなか勘がいいな、姫」
「姫じゃありません。ーーすごいわ、砂糖だけで三種類もある」
「運ぶの手伝ってやろうか?」
「結構よ。貴方のその言い方、何か邪なんだもの。……あっ」
「何?」
ガレスが怪訝な顔で近づいてくると、マシェリは掴んだ物を後ろ手に隠した。
「なんでもありませんわ。それより、お菓子用の砂糖ってこの袋で合ってたかしら」
「遠すぎて見えねえな」
「……では、あと半歩くらいなら近付いてもよろしくってよ」
「半歩⁉︎ ーーあのな、そんなんで見えるわけないだろ」
ずかずかと保管庫の前に来ると、ガレスは棚の赤い袋を指で示した。
「コレが菓子用の砂糖だ。何袋いる? 運んでやるから」
「あ、ありがとう。……ええと、三袋お願い」
「了解。ーー心配しなくても、姫に手を出したりしないって。殿下に剣で斬り捨てられちまう」
ガレスはそう言って笑いながら、砂糖三袋を軽々と持ち上げた。
「殿下って、剣の名手なのかしら。随分昔から鍛錬なさってたみたいだけど」
「フランジアでは負け無しだって聞いてる。だいぶ昔に一回ボロ負けしたらしいけどな。しかも女の子に」
「女の子?」
「ブルーナ公国の第二公女、アズミ姫。……って、しまった。これ禁句だったんだよな」
テーブルに砂糖をおろすと、ガレスはぽりぽりと頭をかいた。
ブルーナ公国、と繰り返す。
確か、城の夜会で何度か噂を聞いたことがある。アズミは狩猟と剣が得意な男勝りで、夜会やお茶会にはほとんど参加しない、変わり者の姫君として有名だった。マシェリと同じ十六歳で、年齢的にもグレンと大きな差はない。
(見つけたわ……! 初恋のお姫様)
「本当ですね。……ああ、保管庫の中はルシンキ産の果物でいっぱいだわ」
ユーリィが大きな保管庫の扉を開け、ため息を吐く。
(……入りきらずに捨てるくらいなら、受け取らなければいいのに)
マシェリは、怒りに肩を震わせていた。
ドレスの試着を終え、フローラのお説教からもようやく解放された夕方。グレンの分のクッキーを取りに向かったキッチンでマシェリが目にしたのは、保管庫の前に山と詰まれた果物の箱だった。
廃棄予定だというそれらは、パーティー用に仕入れられていたもので、乾季の今、貴族ですら入手するのが困難な葡萄や柑橘類、苺まで取り揃えられている。
食材を取りにきた二人の料理人が、マシェリに気付くとぺこりと頭を下げた。
「これでもずいぶん減ったんだよ。殿下の指示で、水竜の捧げ物にする分は選り分けておいたし、使用人用の居城にも結構な量を運んで行ったからな」
「……殿下の指示?」
「はい。最初にビビアン様が来た時は全部捨てるように言われたんですけど、あとから殿下がいらっしゃって、できる限り使い切れと仰られたんです。ーー陛下には、ちゃんと話をつけてあるからと」
マシェリは目をまばたかせた。
十四歳の、しかも帝国の皇太子が、まさかそんな堅実な台詞を吐くなんて。
(意外と気が合うかもしれませんわ)
にっ、と口端を上げ、一度はずしたエプロンを着け直すと、マシェリは苺の入った箱をひとつ持ち上げた。
「その苺、どうするんですか? マシェリ様」
「色々と加工します。ユーリィ様も手伝っていただけないかしら。人手は多ければ多いほどいいので」
「加工?」
「苺はジャムとソース、柑橘類はマーマレード。葡萄は果実水にして瓶に詰めます。できるだけ手間をかけずにやるつもりですけれど、ジャムを煮詰める時に鍋の見張りが最低ひとり必要だから」
「まさか、全部使い切るつもりか? 姫。とんでもねえ量になるぞ」
肉の包みを抱えた料理人が振り返り、からかうように言う。よく見れば、こめかみに傷が一筋ついていた。
「忠告ついでに、砂糖の在庫がどこにあるか教えてくださらない? 大量に使うから、キッチンにある分だけじゃ足りなくて」
「へいへい、かしこまりました。ーーこっちだよ、姫様」
「口を慎みなさい、ガレス。ーーマシェリ様、私はちょっと人手を探して来ます」
「ええ、お願いするわ」
白銀の髪を揺らしながらユーリィが去っていくと、ガレスと呼ばれた料理人がぺろりと舌を出した。
「あの司書様も、黙ってりゃいい女なんだけどな」
「……! さっきから随分と失礼な方ね。もう、結構ですわ。砂糖はわたくしだけで探します」
マシェリはそう言い捨て、テーブルに苺を置くと踵を返した。テラナ公国の実家では、食料の在庫は大抵、一番奥の保管庫にしまってある。
確信をもって扉を開くと、小麦粉や調味料の袋が棚に積まれていた。
「なかなか勘がいいな、姫」
「姫じゃありません。ーーすごいわ、砂糖だけで三種類もある」
「運ぶの手伝ってやろうか?」
「結構よ。貴方のその言い方、何か邪なんだもの。……あっ」
「何?」
ガレスが怪訝な顔で近づいてくると、マシェリは掴んだ物を後ろ手に隠した。
「なんでもありませんわ。それより、お菓子用の砂糖ってこの袋で合ってたかしら」
「遠すぎて見えねえな」
「……では、あと半歩くらいなら近付いてもよろしくってよ」
「半歩⁉︎ ーーあのな、そんなんで見えるわけないだろ」
ずかずかと保管庫の前に来ると、ガレスは棚の赤い袋を指で示した。
「コレが菓子用の砂糖だ。何袋いる? 運んでやるから」
「あ、ありがとう。……ええと、三袋お願い」
「了解。ーー心配しなくても、姫に手を出したりしないって。殿下に剣で斬り捨てられちまう」
ガレスはそう言って笑いながら、砂糖三袋を軽々と持ち上げた。
「殿下って、剣の名手なのかしら。随分昔から鍛錬なさってたみたいだけど」
「フランジアでは負け無しだって聞いてる。だいぶ昔に一回ボロ負けしたらしいけどな。しかも女の子に」
「女の子?」
「ブルーナ公国の第二公女、アズミ姫。……って、しまった。これ禁句だったんだよな」
テーブルに砂糖をおろすと、ガレスはぽりぽりと頭をかいた。
ブルーナ公国、と繰り返す。
確か、城の夜会で何度か噂を聞いたことがある。アズミは狩猟と剣が得意な男勝りで、夜会やお茶会にはほとんど参加しない、変わり者の姫君として有名だった。マシェリと同じ十六歳で、年齢的にもグレンと大きな差はない。
(見つけたわ……! 初恋のお姫様)
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