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本編
30-1
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「これで最後だ。そっちが終わったら署名してくれ」
くちばしで咥えた書類をぺらりと下げ、白フクロウがしれっと言う。
切り株の上で書面に羽根ペンを走らせていたグレンが、半眼で振り返った。
「本当に最後なんだろうな。いったい何枚の書類にサインさせれば気が済むんだ? お前の主様は」
「たったの十二枚くらいで文句を言うな。人の子が魔界に入るのも、滞在させるのにも色々と面倒な手続きが必要なんだ。それでも、お前さんたちは少なく済んだほうなんだぞ。水竜の身内だからと魔王が気を利かせてくださったから」
「……『気を利かせて』? それは、まるっきり同じ内容の書類に五枚もサインさせたことか? それとも、アレのことについてか?」
グレンが眉間に目一杯しわを寄せ、指差した先でぽん、と心地よい音が響いた。
「今度は、ケーキが届きましたわ。……どうしましょう? 殿下」
いちごがのった小さなケーキを受け止めたマシェリが、頬を染めてグレンを振り返る。草原の上にぺたんと座った愛らしい赤髪の少女は、空間から突然現れた『プレゼント』にぐるりと囲まれてしまっていた。
赤い花の花束から始まり、大きなくまのぬいぐるみ、レースが豪華なドレスやリボン、ブローチにペンダント。終いにはいちごのケーキだ。
疑いようがないほど分かりやすい、魔王からの熱いアプローチ。ついでのようにグレンに送られてきたのは、間違いだらけの書類だけ。
魔王とはどうやら、随分と偏った優しさをお持ちのようだ。
「もしかして、魔王は幼女好きなのか? もしそうなら知り合いの姫君でも何でも、紹介してさしあげるけど」
「馬鹿なことを言うな。我が主はそんな節操なしではない」
「……幼女趣味の否定はしないんですのね」
グレンに気遣い、マシェリはケーキに手を付けず、隣にすとんと腰を下ろした。
切り株に置かれた罪のないケーキを、殺意に満ちた目でグレンがぎろりと睨む。それを見て、いっそぺろりと食べてあげれば良かったな、と、マシェリは申し訳ない気持ちになった。
「ふむ。書類はこれで全部揃ったな。ご苦労さん。……あとはここへふたりの左手を重ねろ。印がわりだ」
書類の束に二人で左手を重ねると、フランジアの紋章が手の甲に蒼く光り、一瞬で消える。
手をよけると、全ての書類に紋章が捺されていた。
「これを魔王に届けて手続き終了だ。すぐに戻って来るからここでもう少し待っておれ。くれぐれも、勝手にあちこち行くんじゃないぞ」
丸めた書類を筒に入れ、首に下げたウィズリーが羽根を広げる。
飛び立とうとした正にその時、マシェリはあっ、と声を上げてウィズリーの足を掴んだ。
「ーー待ってください!」
「なっ、なんじゃ? いきなり」
「魔王に、その……ありがとう、と。わたくしが言っていたと、お伝えいただけますか?」
一方的に送りつけられてきたものに、本来礼など必要ないのかもしれない。けれども、贈り主は魔界の王だ。そうそう無碍にはできない。
「なかなか礼儀正しい人の子じゃないか。気にいったぞ、小娘。その言伝、このウィズリーがしかと魔王へ伝えてやろう」
「お願いします。……気をつけて行ってらっしゃいませ」
バサバサとウィズリーが夜空へ飛び立って行く。マシェリは手を振りながら、しばらくそれを見送っていた。
知らず知らず、冷や汗が背中に流れていく。振り返り、後ろで腕組みをしているグレンと目を合わせるのが怖い。
「……ケーキ、殿下がお食べになりますか?」
「いらない。君も食べるのはやめたほうがいいよ。何が入ってるか分からないから」
さらりと言われ、思わずこくんと喉が鳴る。言われてみれば、ふわふわとしたクリームが魅惑的すぎて、確かに怪しい。
宝石のような、つやつやしたいちごの真っ赤な輝きも、怪しい。
「もしかして毒、とか……?」
「好きな女の子を死なせてどうするの。それに、平和条約違反でしょ」
「でも、魔王は小さな女の子が好きなだけでしょう? 魔力でわたくしの姿は見えているのかもしれませんけど、一度もお話した事がありませんもの。……それで、わたくしを好きになるだなんて」
「絶対に、ないと思う?」
「ええ。だからせいぜい毒殺して、剥製にするくらいかなと思ってましたの」
くちばしで咥えた書類をぺらりと下げ、白フクロウがしれっと言う。
切り株の上で書面に羽根ペンを走らせていたグレンが、半眼で振り返った。
「本当に最後なんだろうな。いったい何枚の書類にサインさせれば気が済むんだ? お前の主様は」
「たったの十二枚くらいで文句を言うな。人の子が魔界に入るのも、滞在させるのにも色々と面倒な手続きが必要なんだ。それでも、お前さんたちは少なく済んだほうなんだぞ。水竜の身内だからと魔王が気を利かせてくださったから」
「……『気を利かせて』? それは、まるっきり同じ内容の書類に五枚もサインさせたことか? それとも、アレのことについてか?」
グレンが眉間に目一杯しわを寄せ、指差した先でぽん、と心地よい音が響いた。
「今度は、ケーキが届きましたわ。……どうしましょう? 殿下」
いちごがのった小さなケーキを受け止めたマシェリが、頬を染めてグレンを振り返る。草原の上にぺたんと座った愛らしい赤髪の少女は、空間から突然現れた『プレゼント』にぐるりと囲まれてしまっていた。
赤い花の花束から始まり、大きなくまのぬいぐるみ、レースが豪華なドレスやリボン、ブローチにペンダント。終いにはいちごのケーキだ。
疑いようがないほど分かりやすい、魔王からの熱いアプローチ。ついでのようにグレンに送られてきたのは、間違いだらけの書類だけ。
魔王とはどうやら、随分と偏った優しさをお持ちのようだ。
「もしかして、魔王は幼女好きなのか? もしそうなら知り合いの姫君でも何でも、紹介してさしあげるけど」
「馬鹿なことを言うな。我が主はそんな節操なしではない」
「……幼女趣味の否定はしないんですのね」
グレンに気遣い、マシェリはケーキに手を付けず、隣にすとんと腰を下ろした。
切り株に置かれた罪のないケーキを、殺意に満ちた目でグレンがぎろりと睨む。それを見て、いっそぺろりと食べてあげれば良かったな、と、マシェリは申し訳ない気持ちになった。
「ふむ。書類はこれで全部揃ったな。ご苦労さん。……あとはここへふたりの左手を重ねろ。印がわりだ」
書類の束に二人で左手を重ねると、フランジアの紋章が手の甲に蒼く光り、一瞬で消える。
手をよけると、全ての書類に紋章が捺されていた。
「これを魔王に届けて手続き終了だ。すぐに戻って来るからここでもう少し待っておれ。くれぐれも、勝手にあちこち行くんじゃないぞ」
丸めた書類を筒に入れ、首に下げたウィズリーが羽根を広げる。
飛び立とうとした正にその時、マシェリはあっ、と声を上げてウィズリーの足を掴んだ。
「ーー待ってください!」
「なっ、なんじゃ? いきなり」
「魔王に、その……ありがとう、と。わたくしが言っていたと、お伝えいただけますか?」
一方的に送りつけられてきたものに、本来礼など必要ないのかもしれない。けれども、贈り主は魔界の王だ。そうそう無碍にはできない。
「なかなか礼儀正しい人の子じゃないか。気にいったぞ、小娘。その言伝、このウィズリーがしかと魔王へ伝えてやろう」
「お願いします。……気をつけて行ってらっしゃいませ」
バサバサとウィズリーが夜空へ飛び立って行く。マシェリは手を振りながら、しばらくそれを見送っていた。
知らず知らず、冷や汗が背中に流れていく。振り返り、後ろで腕組みをしているグレンと目を合わせるのが怖い。
「……ケーキ、殿下がお食べになりますか?」
「いらない。君も食べるのはやめたほうがいいよ。何が入ってるか分からないから」
さらりと言われ、思わずこくんと喉が鳴る。言われてみれば、ふわふわとしたクリームが魅惑的すぎて、確かに怪しい。
宝石のような、つやつやしたいちごの真っ赤な輝きも、怪しい。
「もしかして毒、とか……?」
「好きな女の子を死なせてどうするの。それに、平和条約違反でしょ」
「でも、魔王は小さな女の子が好きなだけでしょう? 魔力でわたくしの姿は見えているのかもしれませんけど、一度もお話した事がありませんもの。……それで、わたくしを好きになるだなんて」
「絶対に、ないと思う?」
「ええ。だからせいぜい毒殺して、剥製にするくらいかなと思ってましたの」
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