63 / 94
本編
32-1
しおりを挟む
「……なんで……」
まるで溢れた水のように、ルディの唇から呟きが落ちた。
しんと静まりかえった会議室の隅には、猿ぐつわを噛まされ、縄でぐるぐる巻きにされた皇帝陛下が椅子に座っている。
先ほどまで皇帝と歓談していたルシンキとカイヤニの大公たちは、ルディの手によってすでに魔本に封印され、テーブルの上に放置されていた。
「会場にいた客たちにはパーティーの中止を伝えて来ました。……どうかなさったんですか? ルディ様」
抑揚のない声に振り返れば、いつの間にか一仕事終えて戻って来た宰相が、ドアの前に立っている。
(……今入って来ました、という顔をしているな。相変わらず、食えない男だ)
しかしだからこそ信頼できる。フランジア帝国の若き宰相ビビアンは、表面上いくらにこにこしていても、内心で人に媚びへつらう事がない。
「確認しよう。ビビアン、マシェリはただの人間だよな? 魔女とか魔法使いの類じゃなく」
背を向けたまま、ルディがテーブルを指差す。
何のことかと覗いて見れば、平置きにされた小さな魔鏡にふたりの子どもが写し出されている。ビビアンは、思わず眉をひそめた。
「……おそれながら、ルディ様。確かに愛らしい赤毛の女の子ですが、マシェリ様にしてはその……少々年齢が」
「いや、間違いなく彼女だ。それにこっちの少年も、私と同じ魔力を纏っている」
「同じ魔力? ……それでは、このふたりはまさか」
「グレンとマシェリだ。どうやら偶然神殿の鍵を開け、魔界に入ってしまったらしい」
「ーー魔界⁉︎」
ビビアンの声に、縛られていた皇帝が目を見開く。
「んー! んー!」
「……呑気に息子の心配をしてる場合か。賄賂を受け取り、ルシンキとカイヤニの大公の所業に目を瞑ってきたお前にも罪はある。奴らの裁きが終わったら、お前には私自ら罰を下してやるからな」
グレンと同じ鞭打ちか、それとも水責めにしてやるか……ああ、ダメだ。こいつには一応私の、水竜の血が流れている。
いっそ火で焼き殺してしまおうか。だけどそんな事をすれば、ユーリィがきっと悲しむ。また、私のせいで泣かせてしまう。
(マシェリがしあわせになって、笑顔になればユーリィもきっと笑ってくれる)
今度は決して間違えないよう、慎重にことを運んでいかなければ。六年間ずっと苛まれてきた罪の重さと痛みを、二度とこの身に背負うことがないように。
偽物の左目がずきり、と痛む。
「……許さない、って言われているみたいだな」
「ルディ様?」
「何でもない。ーー森の管理者が案内役を付けてくれたようだから、たぶん大丈夫だとは思うが……もし危険があるようなら、私が行ってグレンとマシェリを連れ帰ってくる。その時はビビアン、お前にここの後始末を頼みたい」
「御意、と言いたいところですが……その危険とはいったい」
扉をコンと叩く音に、言葉を切って振り返る。
「その話、私も混ぜてもらおうか」
「……! 貴方は」
上質な夜会服に身を包み、扉の前で腕組みをしていた初老の男性を見て、ビビアンが息を呑む。
指先でかちゃりと眼鏡を掛け直し、顔を上げたのはーーマシェリの父親であり、テラナ公国の元財務官でもあるゲイル・クロフォードだった。
一見穏やかそうな見た目だが、財務官時代、彼は不正に対してだけはとことん非情に、熱く闘う男だった。
彼にやりこめられ、テラナ公国の前宰相が失脚したという話はあまりにも有名で、当時宰相になりたてだったビビアンも、思わず身震いしたものである。
……が。今日はそれとは違う意味で、雰囲気が色々と怖い。
「久しぶりだねビビアン宰相」
「お久しぶりです、クロフォード卿。……本日は、欠席されるものとばかり思っておりましたが」
「まさか。娘の晴れの舞台に出席しない父親などいやしないよ。事業の方でどうしても外せない用事があって、少しだけ遅れるからとマシェリには前もって手紙で知らせてあったはず……なんだが」
縄で縛られ、椅子におとなしく座っている皇帝を、横目でちらりと見る。
「いったいこれはどういう状況なのか詳しく説明してもらおうか、ビビアン宰相。それと……そちらは?」
ゲイルがテーブルに向かって足を踏み出したとたんーールディはローブの帽子を被り、顔を伏せた。
まるで溢れた水のように、ルディの唇から呟きが落ちた。
しんと静まりかえった会議室の隅には、猿ぐつわを噛まされ、縄でぐるぐる巻きにされた皇帝陛下が椅子に座っている。
先ほどまで皇帝と歓談していたルシンキとカイヤニの大公たちは、ルディの手によってすでに魔本に封印され、テーブルの上に放置されていた。
「会場にいた客たちにはパーティーの中止を伝えて来ました。……どうかなさったんですか? ルディ様」
抑揚のない声に振り返れば、いつの間にか一仕事終えて戻って来た宰相が、ドアの前に立っている。
(……今入って来ました、という顔をしているな。相変わらず、食えない男だ)
しかしだからこそ信頼できる。フランジア帝国の若き宰相ビビアンは、表面上いくらにこにこしていても、内心で人に媚びへつらう事がない。
「確認しよう。ビビアン、マシェリはただの人間だよな? 魔女とか魔法使いの類じゃなく」
背を向けたまま、ルディがテーブルを指差す。
何のことかと覗いて見れば、平置きにされた小さな魔鏡にふたりの子どもが写し出されている。ビビアンは、思わず眉をひそめた。
「……おそれながら、ルディ様。確かに愛らしい赤毛の女の子ですが、マシェリ様にしてはその……少々年齢が」
「いや、間違いなく彼女だ。それにこっちの少年も、私と同じ魔力を纏っている」
「同じ魔力? ……それでは、このふたりはまさか」
「グレンとマシェリだ。どうやら偶然神殿の鍵を開け、魔界に入ってしまったらしい」
「ーー魔界⁉︎」
ビビアンの声に、縛られていた皇帝が目を見開く。
「んー! んー!」
「……呑気に息子の心配をしてる場合か。賄賂を受け取り、ルシンキとカイヤニの大公の所業に目を瞑ってきたお前にも罪はある。奴らの裁きが終わったら、お前には私自ら罰を下してやるからな」
グレンと同じ鞭打ちか、それとも水責めにしてやるか……ああ、ダメだ。こいつには一応私の、水竜の血が流れている。
いっそ火で焼き殺してしまおうか。だけどそんな事をすれば、ユーリィがきっと悲しむ。また、私のせいで泣かせてしまう。
(マシェリがしあわせになって、笑顔になればユーリィもきっと笑ってくれる)
今度は決して間違えないよう、慎重にことを運んでいかなければ。六年間ずっと苛まれてきた罪の重さと痛みを、二度とこの身に背負うことがないように。
偽物の左目がずきり、と痛む。
「……許さない、って言われているみたいだな」
「ルディ様?」
「何でもない。ーー森の管理者が案内役を付けてくれたようだから、たぶん大丈夫だとは思うが……もし危険があるようなら、私が行ってグレンとマシェリを連れ帰ってくる。その時はビビアン、お前にここの後始末を頼みたい」
「御意、と言いたいところですが……その危険とはいったい」
扉をコンと叩く音に、言葉を切って振り返る。
「その話、私も混ぜてもらおうか」
「……! 貴方は」
上質な夜会服に身を包み、扉の前で腕組みをしていた初老の男性を見て、ビビアンが息を呑む。
指先でかちゃりと眼鏡を掛け直し、顔を上げたのはーーマシェリの父親であり、テラナ公国の元財務官でもあるゲイル・クロフォードだった。
一見穏やかそうな見た目だが、財務官時代、彼は不正に対してだけはとことん非情に、熱く闘う男だった。
彼にやりこめられ、テラナ公国の前宰相が失脚したという話はあまりにも有名で、当時宰相になりたてだったビビアンも、思わず身震いしたものである。
……が。今日はそれとは違う意味で、雰囲気が色々と怖い。
「久しぶりだねビビアン宰相」
「お久しぶりです、クロフォード卿。……本日は、欠席されるものとばかり思っておりましたが」
「まさか。娘の晴れの舞台に出席しない父親などいやしないよ。事業の方でどうしても外せない用事があって、少しだけ遅れるからとマシェリには前もって手紙で知らせてあったはず……なんだが」
縄で縛られ、椅子におとなしく座っている皇帝を、横目でちらりと見る。
「いったいこれはどういう状況なのか詳しく説明してもらおうか、ビビアン宰相。それと……そちらは?」
ゲイルがテーブルに向かって足を踏み出したとたんーールディはローブの帽子を被り、顔を伏せた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
初夜の床で「愛はない」と言った自分に返ってきたのは「愛はいらない食はくれ」と言う新妻の言葉だった。
いさき遊雨
恋愛
「僕に君への愛はない。」
初夜の床でそう言った僕に、
「愛はいらないから食事はください。」
そう言ってきた妻。
そんな風に始まった二人の夫婦生活のお話。
※設定はとてもふんわり
※1話完結 の予定
※時系列はバラバラ
※不定期更新
矛盾があったらすみません。
小説家になろうさまにも登録しています。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる