強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

32-1

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「……なんで……」

 まるで溢れた水のように、ルディの唇から呟きが落ちた。

 しんと静まりかえった会議室の隅には、猿ぐつわを噛まされ、縄でぐるぐる巻きにされた皇帝陛下が椅子に座っている。
 先ほどまで皇帝と歓談していたルシンキとカイヤニの大公たちは、ルディの手によってすでに魔本に封印され、テーブルの上に放置されていた。

「会場にいた客たちにはパーティーの中止を伝えて来ました。……どうかなさったんですか? ルディ様」

 抑揚のない声に振り返れば、いつの間にか一仕事終えて戻って来た宰相が、ドアの前に立っている。

(……今入って来ました、という顔をしているな。相変わらず、食えない男だ)

 しかしだからこそ信頼できる。フランジア帝国の若き宰相ビビアンは、表面上いくらにこにこしていても、内心で人に媚びへつらう事がない。

「確認しよう。ビビアン、マシェリはただの人間だよな? 魔女とか魔法使いの類じゃなく」

 背を向けたまま、ルディがテーブルを指差す。
 何のことかと覗いて見れば、平置きにされた小さな魔鏡にふたりの子どもが写し出されている。ビビアンは、思わず眉をひそめた。

「……おそれながら、ルディ様。確かに愛らしい赤毛の女の子ですが、マシェリ様にしてはその……少々年齢が」
「いや、間違いなく彼女だ。それにこっちの少年も、私と同じ魔力を纏っている」
「同じ魔力? ……それでは、このふたりはまさか」
「グレンとマシェリだ。どうやら偶然神殿の鍵を開け、魔界に入ってしまったらしい」
「ーー魔界⁉︎」

 ビビアンの声に、縛られていた皇帝が目を見開く。

「んー! んー!」
「……呑気に息子の心配をしてる場合か。賄賂を受け取り、ルシンキとカイヤニの大公の所業に目を瞑ってきたお前にも罪はある。奴らの裁きが終わったら、お前には私自ら罰を下してやるからな」

 グレンと同じ鞭打ちか、それとも水責めにしてやるか……ああ、ダメだ。こいつには一応私の、水竜の血が流れている。
 いっそ火で焼き殺してしまおうか。だけどそんな事をすれば、ユーリィがきっと悲しむ。また、私のせいで泣かせてしまう。

(マシェリがしあわせになって、笑顔になればユーリィもきっと笑ってくれる)

 今度は決して間違えないよう、慎重にことを運んでいかなければ。六年間ずっと苛まれてきた罪の重さと痛みを、二度とこの身に背負うことがないように。

 偽物の左目がずきり、と痛む。

「……許さない、って言われているみたいだな」
「ルディ様?」
「何でもない。ーー森の管理者が案内役を付けてくれたようだから、たぶん大丈夫だとは思うが……もし危険があるようなら、私が行ってグレンとマシェリを連れ帰ってくる。その時はビビアン、お前にここの後始末を頼みたい」
「御意、と言いたいところですが……その危険とはいったい」

 扉をコンと叩く音に、言葉を切って振り返る。

「その話、私も混ぜてもらおうか」
「……! 貴方は」

 上質な夜会服に身を包み、扉の前で腕組みをしていた初老の男性を見て、ビビアンが息を呑む。
 指先でかちゃりと眼鏡を掛け直し、顔を上げたのはーーマシェリの父親であり、テラナ公国の元財務官でもあるゲイル・クロフォードだった。

 一見穏やかそうな見た目だが、財務官時代、彼は不正に対してだけはとことん非情に、熱く闘う男だった。
 彼にやりこめられ、テラナ公国の前宰相が失脚したという話はあまりにも有名で、当時宰相になりたてだったビビアンも、思わず身震いしたものである。
 ……が。今日はそれとは違う意味で、雰囲気が色々と怖い。

「久しぶりだねビビアン宰相」
「お久しぶりです、クロフォード卿。……本日は、欠席されるものとばかり思っておりましたが」
「まさか。娘の晴れの舞台に出席しない父親などいやしないよ。事業の方でどうしても外せない用事があって、少しだけ遅れるからとマシェリには前もって手紙で知らせてあったはず……なんだが」

 縄で縛られ、椅子におとなしく座っている皇帝を、横目でちらりと見る。

「いったいこれはどういう状況なのか詳しく説明してもらおうか、ビビアン宰相。それと……そちらは?」

 ゲイルがテーブルに向かって足を踏み出したとたんーールディはローブの帽子を被り、顔を伏せた。

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