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本編
32-2
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「ルディ様? どうーー」
「……っ。その名で呼ぶな!」
帽子を掴んだ手が震える。
何でだ。何でここまできて、この男と会ってしまったんだ?
今まで何とか隠し通せてきたのに。あと少し。もう少しで、思いを遂げられるというのに。
(そうだ。……いっそ、この男を亡き者にしてしまえば)
ルディの右眼が蒼く光り出す。その肩に、ゲイルが手を伸ばした。
「もう、やめてください。ヴェラド・フォルク様」
真名を呼ぶ声に、はっとして振り返る。
帽子が落ち、露わになった顔を見て、ゲイルは眼鏡の奥の目を見張った。
「お前は……ルディ? まさか、ルディ・ラドクリフか?」
「いいえ。彼はこのフランジアの創始者である水竜のヴェラド・フォルク。ルディは……亡くなった私の兄です」
ゲイルの問いに答えたのは、少し開けたドアから身を滑り込ませ、会議室へ入ってきたユーリィだった。
「ユーリィ……どうして」
「……貴方はどうかもう水竜に戻ってください、ヴェラド・フォルク様。これ以上、兄の姿でいる必要なんてない。六年前のあの時に……私の兄は死んだのだから」
「私のせいだ。助けに入るのが遅すぎて、結局ふたりとも助けられなかった。だからせめて私はお前の望みをーー」
「それならなぜ、殿下とマシェリ様を引き離そうとするんです⁉︎ 私はそんなこと、これっぽっちも望んだりしていないのに」
涙を溜めた目で、ユーリィがルディをーー水竜を静かに見つめる。
「それに、兄が死んだのは貴方のせいなんかじゃない。あれは……私のせいだから」
精霊使いの訓練で訪れた湖。そこで美しい水の魔物と出会い、仲良くなって夢中で遊んでいるうち、家族の姿が見当たらなくなった。
慌てて森に駆け出した時、ちょうど出くわした人さらいに捕まって縄で縛られ、馬車に放りこまれてしまった。後を追ってきた兄は、ユーリィを取り返そうとたったひとりで男たちに立ち向かっていき、そしてーーまるで見せしめのように、剣で何度も斬りつけられて殺された。
それでおさまらなかった男のひとりが、ユーリィにまで手をかける。何度も拳で殴られ、もうだめだと諦めかけたーーその時だった。
『女の子になんて事するの! やめなさい!』
新たに連れて来られた、赤毛の可愛らしい女の子。その子のキレッキレな蹴りが男の顎に見事にヒットし、ユーリィはすんでのところで助かった。
「そうか。君はあの時の……随分と見違えたな」
ゲイルが目を細めて微笑むと、ユーリィは頭を深々と下げた。
「マシェリ様は私の命の恩人です。恩は一生忘れません。……本当なら、あの日にきちんとお礼を言うべきだったんですけど」
「いや、マシェリはどうせ眠りこけてしまっていたし、君は完全に意識を失っていた。そんなに自分を責めることはないよ。……ただ、お兄さんは残念だったね。ご両親もさぞかし悲しんでらっしゃることだろう」
「いえ。……両親は、兄が死んだ事を知りません」
「……。知らない?」
ユーリィの言葉に、ゲイルは眉をひそめた。
はっとしたビビアンが水竜を見る。
「貴方は、ユーリィの兄になりすましていたんですか? ……まさか、平和条約を破って」
「言うな。だからお前は嫌いなんだ。勘がいい上、デリカシーに欠ける事をずけずけと平気で言う」
完璧に彼と入れ替わるためには仕方なかった。
療養所が丁重に葬ってくれたルディの遺体を掘り起こし、そして……。
その味は、とんでもなく苦かった。
苦くて苦くて、嗚咽しながらのみこんだ。
おまけにばれれば魔王に消炭にされる。分かっていたのに、寝台に横たわる少女の、涙跡が残る寝顔を見ていたら……どうしてもやらずにいられなかった。
湖で初めて会った時、きっと私は……ユーリィに恋をしていたのだ。
彼女の笑顔のためなら、そばにいられるのなら、命など惜しくはないと思うほど。
(一番の愚か者は私じゃないか)
水竜は泣き笑いの顔をテーブルの魔鏡に向けた。
「……っ。その名で呼ぶな!」
帽子を掴んだ手が震える。
何でだ。何でここまできて、この男と会ってしまったんだ?
今まで何とか隠し通せてきたのに。あと少し。もう少しで、思いを遂げられるというのに。
(そうだ。……いっそ、この男を亡き者にしてしまえば)
ルディの右眼が蒼く光り出す。その肩に、ゲイルが手を伸ばした。
「もう、やめてください。ヴェラド・フォルク様」
真名を呼ぶ声に、はっとして振り返る。
帽子が落ち、露わになった顔を見て、ゲイルは眼鏡の奥の目を見張った。
「お前は……ルディ? まさか、ルディ・ラドクリフか?」
「いいえ。彼はこのフランジアの創始者である水竜のヴェラド・フォルク。ルディは……亡くなった私の兄です」
ゲイルの問いに答えたのは、少し開けたドアから身を滑り込ませ、会議室へ入ってきたユーリィだった。
「ユーリィ……どうして」
「……貴方はどうかもう水竜に戻ってください、ヴェラド・フォルク様。これ以上、兄の姿でいる必要なんてない。六年前のあの時に……私の兄は死んだのだから」
「私のせいだ。助けに入るのが遅すぎて、結局ふたりとも助けられなかった。だからせめて私はお前の望みをーー」
「それならなぜ、殿下とマシェリ様を引き離そうとするんです⁉︎ 私はそんなこと、これっぽっちも望んだりしていないのに」
涙を溜めた目で、ユーリィがルディをーー水竜を静かに見つめる。
「それに、兄が死んだのは貴方のせいなんかじゃない。あれは……私のせいだから」
精霊使いの訓練で訪れた湖。そこで美しい水の魔物と出会い、仲良くなって夢中で遊んでいるうち、家族の姿が見当たらなくなった。
慌てて森に駆け出した時、ちょうど出くわした人さらいに捕まって縄で縛られ、馬車に放りこまれてしまった。後を追ってきた兄は、ユーリィを取り返そうとたったひとりで男たちに立ち向かっていき、そしてーーまるで見せしめのように、剣で何度も斬りつけられて殺された。
それでおさまらなかった男のひとりが、ユーリィにまで手をかける。何度も拳で殴られ、もうだめだと諦めかけたーーその時だった。
『女の子になんて事するの! やめなさい!』
新たに連れて来られた、赤毛の可愛らしい女の子。その子のキレッキレな蹴りが男の顎に見事にヒットし、ユーリィはすんでのところで助かった。
「そうか。君はあの時の……随分と見違えたな」
ゲイルが目を細めて微笑むと、ユーリィは頭を深々と下げた。
「マシェリ様は私の命の恩人です。恩は一生忘れません。……本当なら、あの日にきちんとお礼を言うべきだったんですけど」
「いや、マシェリはどうせ眠りこけてしまっていたし、君は完全に意識を失っていた。そんなに自分を責めることはないよ。……ただ、お兄さんは残念だったね。ご両親もさぞかし悲しんでらっしゃることだろう」
「いえ。……両親は、兄が死んだ事を知りません」
「……。知らない?」
ユーリィの言葉に、ゲイルは眉をひそめた。
はっとしたビビアンが水竜を見る。
「貴方は、ユーリィの兄になりすましていたんですか? ……まさか、平和条約を破って」
「言うな。だからお前は嫌いなんだ。勘がいい上、デリカシーに欠ける事をずけずけと平気で言う」
完璧に彼と入れ替わるためには仕方なかった。
療養所が丁重に葬ってくれたルディの遺体を掘り起こし、そして……。
その味は、とんでもなく苦かった。
苦くて苦くて、嗚咽しながらのみこんだ。
おまけにばれれば魔王に消炭にされる。分かっていたのに、寝台に横たわる少女の、涙跡が残る寝顔を見ていたら……どうしてもやらずにいられなかった。
湖で初めて会った時、きっと私は……ユーリィに恋をしていたのだ。
彼女の笑顔のためなら、そばにいられるのなら、命など惜しくはないと思うほど。
(一番の愚か者は私じゃないか)
水竜は泣き笑いの顔をテーブルの魔鏡に向けた。
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