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本編
35-2
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すとんと丸太に腰をおろし、自分の左手とグレンの右手を交互に眺める。
(わたくしの手のほうが少しだけ大きい)
「……僕の母は……」
ぽつり、グレンが独り言のように呟く。
マシェリはそっと包み込むようにその手をつないだ。
「……。はい」
「母は、幼い頃から病弱で、十歳くらいまでしか生きられないと言われていたらしいんだ」
「まあ……奇跡みたいですわね。だって、皇妃様がお亡くなりになられたのは」
「三十一歳だった。葬儀ではまだ若いのにと嘆いてる人たちが多かったけど、親戚連中は……特に母方の親族は誰も悲しんでる様子がなかった。君が言うように、その歳まで生きていたのが奇跡と思われていたみたいだから」
背中を丸めて淡々と話すグレンの横顔に、マシェリは胸を突かれた。
奇跡で生きながらえた命だからといって、死が辛くないはずがない。本人も、そして家族も。
まだ年端のいかない子どもなら、なおのこと。
「母が余命を告げられたのは、八歳になったばかりのころだったらしい。安静にしてなきゃいけない時期だったのに、陛下のーー当時王太子だった父の誕生パーティーがあって、断れずに出席した、その夜」
『ひと目見た時、君を妻にしたいと思った』
王太子から突然の求婚を受け、本人はもちろん、共に出席していた両親も親戚もひっくり返った。
コーネリアの実家はフランジアでも指折りの、由緒正しき侯爵家。身分的に問題はないものの、余命宣告を受けた娘を王太子妃候補にはさせられない。コーネリアの両親は誠心誠意、心を尽くしてその申し出を断った。その後国王陛下が何とか理解をしめし、ホッとしながら帰り支度を始めた矢先ーー娘の姿が見えないことに気付く。
「ふたりは城を抜け出して、テアドラ湖へ遊びに出かけてたんだ。……母はそのとき、ここで神様に会ったと言っていた」
「神様?」
「うん。寝物語で聞いた話だから詳しくは覚えてないけど、とても綺麗な男の人だったらしい。……で、ここからが問題の話なんだけど」
問題の話、とマシェリは繰り返した。
てっきり母親の思い出話を語っているものだとばかり思っていたのだが。
「……もしかして、今までの殿下のお話ってぜんぶ前置きだったんですの?」
「もちろんそうだよ。いきなり核心を話しても君が理解しづらいかと思って」
けろりとしたグレンの顔に、母を亡くして悲しむ息子の憂いはかけらも感じられない。
(なんだか、騙された気分ですわ)
息を吐きつつ、つないだ手を離す。ーーと、手首を掴まれた。
「何で離すの? せっかく、はじめて君のほうからつないでくれたのに」
「だ、だって。殿下はしっかりしてらっしゃいますし、ひとりでも寂しくないのでしょう? 別にわたくしとくっついていなくともーー」
「それは違う。僕が今寂しくないのは……君がそばにいてくれるからだ」
掴んだマシェリの左手の上に、グレンが左手を重ねる。
「君がいるから強くいられる。だから、母上のことも平然と話せるんだよ。もしも僕ひとりだけだったら……思い出すのも辛かった」
「殿下……」
「僕は絶対に消えたりしない。神か悪魔かしらないが、必ず打ち負かして君のもとへ帰ってみせる」
(わたくしの手のほうが少しだけ大きい)
「……僕の母は……」
ぽつり、グレンが独り言のように呟く。
マシェリはそっと包み込むようにその手をつないだ。
「……。はい」
「母は、幼い頃から病弱で、十歳くらいまでしか生きられないと言われていたらしいんだ」
「まあ……奇跡みたいですわね。だって、皇妃様がお亡くなりになられたのは」
「三十一歳だった。葬儀ではまだ若いのにと嘆いてる人たちが多かったけど、親戚連中は……特に母方の親族は誰も悲しんでる様子がなかった。君が言うように、その歳まで生きていたのが奇跡と思われていたみたいだから」
背中を丸めて淡々と話すグレンの横顔に、マシェリは胸を突かれた。
奇跡で生きながらえた命だからといって、死が辛くないはずがない。本人も、そして家族も。
まだ年端のいかない子どもなら、なおのこと。
「母が余命を告げられたのは、八歳になったばかりのころだったらしい。安静にしてなきゃいけない時期だったのに、陛下のーー当時王太子だった父の誕生パーティーがあって、断れずに出席した、その夜」
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「ふたりは城を抜け出して、テアドラ湖へ遊びに出かけてたんだ。……母はそのとき、ここで神様に会ったと言っていた」
「神様?」
「うん。寝物語で聞いた話だから詳しくは覚えてないけど、とても綺麗な男の人だったらしい。……で、ここからが問題の話なんだけど」
問題の話、とマシェリは繰り返した。
てっきり母親の思い出話を語っているものだとばかり思っていたのだが。
「……もしかして、今までの殿下のお話ってぜんぶ前置きだったんですの?」
「もちろんそうだよ。いきなり核心を話しても君が理解しづらいかと思って」
けろりとしたグレンの顔に、母を亡くして悲しむ息子の憂いはかけらも感じられない。
(なんだか、騙された気分ですわ)
息を吐きつつ、つないだ手を離す。ーーと、手首を掴まれた。
「何で離すの? せっかく、はじめて君のほうからつないでくれたのに」
「だ、だって。殿下はしっかりしてらっしゃいますし、ひとりでも寂しくないのでしょう? 別にわたくしとくっついていなくともーー」
「それは違う。僕が今寂しくないのは……君がそばにいてくれるからだ」
掴んだマシェリの左手の上に、グレンが左手を重ねる。
「君がいるから強くいられる。だから、母上のことも平然と話せるんだよ。もしも僕ひとりだけだったら……思い出すのも辛かった」
「殿下……」
「僕は絶対に消えたりしない。神か悪魔かしらないが、必ず打ち負かして君のもとへ帰ってみせる」
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