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第三章
犬猿の仲
しおりを挟む呂日将が騎乗すると、タクナンは隣に馬を寄せる。そのまま並んで歩を進めた。
「去年、オレは南方の守りにいて、京師の攻略には参加出来なかった。もしも参戦していたら、みすみす日将どのに夜襲などさせなかったぞ」
「機会がございましたら、是非お手合わせ願いたいものです」
「おう、よく言った。覚悟しておけ」
その自信が決して過剰ではないのは、昨今の剣南での彼の戦いぶりからうかがえる。いかにも豪傑といったタクナンの態度に、呂日将の不安は吹き飛んだ。
しかしニャムサンが口を開けば言い争いになる。言葉のわからない呂日将には、ふたりがなにを争っているのかすら理解出来なかった。タクナンの家来も、タクも、困った顔をして眺めるだけで口出ししようとはしない。ニャムサンは、タクナンのことを「狂犬みたいに噛みつく」と言っていたが、一歩も引かないニャムサンもいい勝負だ。そんな口論が数回繰り返された後、ニャムサンはプイッと一行から離れてしまった。つい不憫に思って、呂日将は憮然としているニャムサンを慰めに行く。
タクナンのもとに戻ると、彼は苦笑いを浮かべた。
「日将どのもゲルシクどのと同じく、あやつに甘いのだな。みな、あの見た目にコロリとやられてしまう。顔だけは天女のように可憐だから、思わず庇ってやりたくなる気持ちはわからんではないが、そう甘やかすから目上の者をないがしろにする、ふざけた態度をとるのだ。少しはあの高慢な鼻柱をへし折ってやったほうが本人のためだぞ」
「しかしニャムサンどのも一族の中で孤立してご苦労されたようですし、そこをゲルシクどのはお認めになられているのではありませんか」
「ご苦労?」
意外なことを言う、というように、タクナンは目を丸くした。
「飛ぶ鳥を落とす勢いのナナムのボンボンに、苦労があるものか」
タクナンはナナム家の内情を知らないのか。だが、そのことを部外者の自分が話すのははばかれて、それ以上弁護することは出来なかった。
翌日も、飽きずにふたりは口論に終始した。自分に関係ないこととはいえ、常に争いを見せられて、気疲れがしてならない。
ありがたいことに、三日でタクナンのほうが折れた。これ以上ニャムサンとは一緒にいられないから、先に行くと言う。
「日将どのもご一緒にどうか」
タクナンの誘いに、ニャムサンをつけてくれた賛普のおこころづかいに背くわけにはいかないと断ると、「お坊ちゃまのおもりは大変だな。では、あちらでお会いしよう」と去って行った。
名残惜しく見送る呂日将に、ニャムサンは子どものように膨れた。
「おもりはいらない。必ず一緒にいろなんて命令はないのだから、あいつと行けばいい。いくさバカ同士、話が合うのだろう」
「そうつれないことをおっしゃらないでください」
呂日将が笑うと、ニャムサンは大きく息を吐いた。
「すまない。八つ当たり」
「それにしても、争いごとがお嫌いとおっしゃるニャムサンどのらしくない。なぜタクナンどのとは争われるのだ」
「ケンカを売って来るのはあいつだ」
それからはニャムサンの機嫌も直り、三人は無事に調練の地に到着した。見張りの兵はニャムサンの顔を見ると深々と礼をして、なにも言わずに通す。
やがて、土煙をあげて走り回る騎馬隊の姿が見えてきた。
思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり日将どのもいくさバカだ。わたしはぜんぜん面白くない」
文句を言いながらグズグズとしているニャムサンを置いて、呂日将はもっとよく見ようと近づいて行った。
ひとりの騎馬武者が、演習している隊を迂回して、向かってくる。
タクナンだ。
「ゲルシクどのもルコンどのもお待ちしている。こちらにいらっしゃれ」
タクナンは馬蹄の響きに負けぬよう怒鳴った。ニャムサンは、と振り向くと、はるか後方で凶悪な顔をしてタクナンを睨んでいる。タクナンはそれを無視して颯爽と呂日将に駆け寄ると轡を並べた。
ゲルシクとルコンは並んで調練を監督していた。ゲルシクが笑顔で呂日将を迎えると、ルコンはあとからゆっくりと向かってくるニャムサンを見て眉をひそめた。
「どうしたかな。いつにも増してご機嫌斜めのようだが」
呂日将が答える前に、タクナンが言った。
「甘ったれているのだ。放っておかれよ」
唐語を解さないゲルシクは、満面の笑みで身を乗り出してニャムサンに手を振った。
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