天空の国

りゅ・りくらむ

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第三章

精鋭騎馬隊

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 呂日将の目から見ても、精鋭騎馬隊の動きは決して唐の軽騎兵に劣るものではなかった。彼らとともに祖国を侵略することになるかもしれない、という罪の意識は、早く彼らとともに馬を走らせてみたいという熱情に飲み込まれて行く。
 調練が終了すると、将校たちがルコンとゲルシクの講評を受けるために整列した。曹可華と年の変わらぬような十代半ばの少年もいる。他の兵士たちは夕食の準備に取り掛かっていた。
 将校たちが散ると、ルコンが目配せをして、ひとの群れを離れる。呂日将はその背に続いた。
 ふたりだけになると、なんだか落ち着かない。ゲルシクに対しては、なんらわだかまるものを感じることはないのに、ルコンにだけは、胸になにかがつかえるような不快な気分が抜けなかった。
 ルコンは小さく笑んだ。
「タクナンどのとニャムサンとの諍いに巻き込んでいるようですな。申し訳ない」
「別に気にしておりません。しかし、なにがふたりを争わせるのでしょう」
「タクナンどのの部下になることを、軍事を嫌うニャムサンが拒否したことがあるのだ。あの性格だから他意があったわけではないのだが、タクナンどのは宣戦布告と取ってしまった。それからは会えばケンカばかりしている。ニャムサンは早く帰してやろう。見たくもないものを見せてもかわいそうだ」
「本当にニャムサンどのはここに来たくなかったのでしょうか。 タクナンどのとともにいるとき以外ははむしろ機嫌がよかったようなのですが」
 ルコンは空を睨んで考える顔をしていたが、フッと笑みを浮かべた。
「本当はわたしやゲルシクどのに会いたかったのかな。久しぶりにゆっくりと話しを聞いてやろう」
 賛普はそれがわかっていてニャムサンを同道させたのだろう。年若いながら目端の利く君主を羨む気持ちがわいてきて、呂日将はため息をついた。ルコンがそのようすをじっとうかがっていたのに気が付いて、また居心地の悪い気分になる。
「お話がお済みでしたら……」
 言いかけた言葉に、ルコンが割り込んだ。
「無理をされてはおられぬか。どのような結果になるにしろ、ケリが着いたら唐にお帰りになるだろう。いずれまた敵対することもあるに違いない」
 反発の火が胸に灯る。この男にそんな配慮をされたくはない。
「ご心配は無用です。自分の行動には自分で責任を持ちます」
 そっけない返答に笑顔のままうなずいたルコンは踵を返す。その背中を睨みながら、呂日将は唇を噛んでいた。

 対戦したときには千数百騎だったルコンの設立した精鋭騎馬隊は、王の意向によって二倍以上増加され三千騎になっている。かつての敵将から学んでやろうと貪欲に喰らいついてくる兵士たちに、呂日将の指導も熱が入った。
 夕食時はゲルシクの幕舎で尚論たちとともに議論し合う。通訳のはずのニャムサンはいつも不参加だったが、ルコンとタクナンが唐語を解するので不便はない。対唐戦略も話し合われるが、呂日将が聞いていることに懸念を示す者はなかった。その後はタクナンの幕舎に招かれ、夜が更けるまで語り合うのが習慣となっている。
「陛下はオレを次の唐攻略に参戦させるために、ここに来るよう命じたのだ」
「しかしルコンどのが和睦を主張されているうちは出兵が難しいのでは?」
「本当にルコンどのが和睦を望んでおられるかどうかは怪しいな。あのひとの腹は誰にも読めんのだ」
 タクナンは苦笑いを浮かべた。
「オレはいくさを望んでいる。日将どのには悪いが、わが一族は唐に恨みがあるのだ。バー家は先の陛下の御代に三人の大相を出した。だが、この国の君臣のあいだに不和を起こそうとした唐の謀略によって反逆を疑われた大相タクラ・コンロェが処刑され、力を落とした。そんなことがなければナナムにでかい顔などさせぬ。今の大相もバー家の人間ではあるがナナムの先代家長が立てた傀儡なのだ。オレは誰もが認める大功を立て、一族の本当の再興を成し遂げるつもりだ」
「ニャムサンどのは政治に色気がないようですが」
「ふん、それがあやつの数少ない長所のひとつだな。しかしナナムの家長はおとなしい顔をしてはいるが、何を考えているのかわからんやつだから油断ならん」
 タクナンは、焦れたように剣の柄をたたいた。

 自軍へタクナンが去った後、呂日将はルコンに実践演習の相手を願った。ここに来てからルコンが騎馬隊の指揮を執るのを見ていない。模擬戦闘でもいいから、一度はルコンを打ち負かしてみたかった。しかしルコンは首を振る。
「もうわたしは年だからやらないよ」
「しかしこの騎馬隊の指揮官はルコンどのでしょう」
「今後はシャン・ゲルツェンに任せるつもりだ」
 賛普の離宮で、うつむいて最後まで顔を見せることがなかった若者。鳳翔では背後を突かれたが、ニャムサンが言うにはたまたま駆け下りていてぶつかっただけだという。だが、タクナンは『油断ならん』と言っていた……。
 ニャムサンは「ナナムのヤツらとは会いたくない」と引き留める間もなく帰ってしまったので、ラナンの為人を聞くことはできなかった。
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