ショートショートつめ

夏酉

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友人

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私の部屋には、窓がある。大きな窓。私の部屋は二階にあるので、本当なら近くの果樹園が見下ろせるくらい見晴らしがよいーそれでは、ここが田舎だということに他ならないがー今の時間では外もかなり暗くて、特別何が見えるというわけでもない。
スマホの上に指をすべらせ、気になるニュースをタップする。通知として送り出された、友人のたわいない言葉に返事をする。そんな意味のない時間を繰り返していた、そのとき。

​ガン!と、窓の方から大きな音がした。
小石か、枝かなにかが飛ばされてきてしまったのだろうか。しかし、今日は風も強くなかったはず​──。嫌な予感がして、窓の方を振り返る。
予感は、より悪いかたちで的中した。
「ひっ……!」
カラスが、飛び込んできていた。べっとりとガラスに付いた赤がずるりと窓を伝って下がる。その色が嫌に鮮明で、周りから浮いて見えたから、一瞬なにかの間違いなんじゃないかと思ってしまう。夢であれと願ってしまう。
頭が働かないのに、体だけはガタガタと震える。動きが緩慢になった手を震えさせながら口元に当て、揺らぐ眼の奥からあふれる熱を抑えようとする。
少しだけ後ずさって、机にぶつかった。
そのささいな衝撃にも体が過剰に反応して、とぎれとぎれの息が一瞬、ひゅ、と大きな空気の塊を吸い込んだ。それは上手く肺に取り込まれず、ますます呼吸は短く浅くなっていく。
まだ死んでいないのか、ぐげ、ぇ、と苦しそうな鳴き声をあげて羽をわずかに痙攣させるそれを見て、やっと理性的な考えを取り戻すと、すぐに部屋を出てトイレに逃げ込んだ。ドアを勢いよく閉めて何とか呼吸をすると、体を立ったままに保てず、そのままへたりと座り込んでしまった。
カラスの苦しそうなうめき声と血の赤が脳にこびりついていて、吐き気がする。気持ち悪い。あわ立った肌を汗がぬるりと伝って、それがより気持ちを悪く感じさせる。
「っは、おぇ、え」
息がうまくできなくて、大きな空気の塊を吸い込んでしまった。思わずむせる。酸が口を溶かして、酸っぱいような、とげとげしい感じがする。涙が少し頬に滲んで、ドアの隙間から流れた空気がゆっくりと乾かしていった。
時間にしてしまえば、五分だってたってはいなかっただろう。しかし、あまりに情報が多すぎて、時間の流れが自分の周りだけ違っているかのようにさえ感じる。どうすることも出来ない無力感と倦怠感を、血の気の引いた頭で押さえつけていた。
じわじわと正気が削られながらも、恐怖に支配された脳は少しずつ回り始めていく。
冷えた汗は着実に私の不安をあおっていった。
「いっかい、一階に降りよう。そうしたら、みんながいるはずだし……」
頬にたれた汗か涙かなにかをぬぐって、ゆっくりと立ち上がり、扉を開く。そろそろと足を持ち上げて階段を降りる。
心臓がばくばくと音をたてて止まない。リビングに繋がる扉の隙間から梔子色の光が漏れ出ていて、やっと少し安心することができた。
私がドアノブを捻って押すとキィ、と小さな音がなってドアが開いた。
「あぁいた!よかったぁ、ねぇ聞いてよ​──あれ、めずらしいな。こんなところで寝ているなんて」
友人が、ダイニングテーブルの脇の椅子に腰掛けたまま眠っている。明るい性格の彼女は、普段だったらこの時間は夜食でも食べながらドラマを見ていただろう。ケラケラ笑うか、失恋したと涙を流して。その彼女が、今は死んだように生気のない顔でまぶたを閉じている。
「あぁ、どうしよう。とりあえず朝になってからどうにかしようかなぁ……あー、憂鬱」
多少は気分が晴れて落ち着いた。ぶつぶつとつぶやきながらソファに座り、クッションを抱き上げてテレビに向かってリモコンのボタンを押し込んだ。アイドルの甲高い声や毒舌芸人の不躾な言葉を聞き流して、チャンネルをいくつもいくつも変えていく。
その中にひとつ、昔好きだった心霊番組が流れ出した。
ひとを呪い続ける女の幽霊。廃工場に閉じ込められた夢を見続ける男。夜の静けさに連れられて、だんだんと眠気がやってくると、話の内容が入ってこなくなる。何を聞いても右の耳から左の耳へ、音がすりぬける。こくり、こくりと振り子のように頭が揺れて、夢とうつつをさまよいゆく。テレビから流れる音がこだまする。
薄れる意識の中で、なにかが私の方に向かってくる気がした。友人だったか、それともテレビの中からか。

次の日の朝、首の痛みで目が覚めた。
テレビは流れ続け、朝のニュース番組に変わっていた。
友人はいなくなっていた。いや、そもそもなぜ私の家に彼女がいたのだろうか。私はよく彼女を家にあげる。しかし、昨日はそんなことしていなかったはずだ。恐怖が幻覚を見せたにしては、やけに生々しい友人の姿に息が止まる。

次の瞬間、スマホが机の上で震えて通知を知らせた。急いで手に取ると、件の友人からだった。どきどきしながら通話を始めると、彼女の母の声だった。
「あ、あぁ……あのね、落ち着いて聞いてね。実は​──あの、あの子のことなんだけれど」
ところどころにすすり泣く声がまじる。
「……いや、でも……あのね、し、死んで、しまって、それで​──」

どくんと心臓がなる。息がとぎれる。蒼白になってくちびるが震える。

「あ、あの……。いつ、ですか……亡くなった、のは」
「……昨日の、夜らしいの」

あ、と思わず声が出た。

そのあと、何が起こったか細かくは覚えていない。気がついたころには電話は切れていた。
身体中の血液がひっくり返ったような心地がする。自分の、せいだと言われたような気がした。からっぽの胃がかき回されて気持ち悪い。
体が重い。葬式に出るには、体も心も整理がついていなかった。
カラスの鳴き声がする。
自分の部屋の惨事を思い出していっそう気分は悪くなる。


じくり。


「……っ、はぁ……?え、ぇ……い、いや!体が、勝手、に……?!」
どくんどくんと心臓が勢いを増して早くなる。荒くなる息とともに体は動き、ずるずると二階の、自室に吸い込まれていく。
「いやだ、いや、いや、いや、いや、いやいやいやいやいや……!わたし、私はそんな……!」
思考に相反し、気付かぬうちに開いていた扉に這いずるように連れられていく。

「いやだ、ねぇ……死にたくない……」






カラスの鳴き声がする。

少女と友人が、少女の自室でくすくすと小鳥のさえずりのように喋りあっている。
「あぁ、死んじゃったあの子の友達だったんだっけ?かわいそうだよね、首吊って自殺なんてさぁ」
「そうだよね、自分が殺したとか言って取り乱して。家、めっちゃ荒れてたらしいよ」
「えー、まじで?かわいそー!ウチらと大違いじゃん 」
「何よそれ!」
「あははは​は──​──」
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.14 花雨

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