食い道楽のお父さん

鹿熊織座

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懐かしき恋心

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 この前ね、一番上の孫から私達の馴れ初めはどうだったのかって聞かれたわ。

 そんな事、こんなお婆ちゃんに聞いて楽しいのかしらね。

 きっと……あの子は何も言ってなかったけど、多分好きな子でも出来たんじゃないかしら?



 お父さんとの出会いね……。

 えっ? 大丈夫ですよ、忘れちゃったって誤魔化しておきましたから。

 お父さん、今焦ったでしょ?

 昔はお見合いが殆どでしたから、若い子が求める様な馴れ初め話とは少し違いますしね。



 でもしっかり覚えてますよ。丁度紅葉がはしりの時期、お父さん家のお店の奥を借りて顔合わせしたのよね。

 庭から見えるお庭がすごく綺麗だったのだけど、それ以上に流石呉服屋さんだけあって、お父さんもお義母さんも見事なお着物でね。私、びっくりしちゃった。

 私も精一杯着飾って行ったのだけど、着物は母の一張羅を借りた物だったから、正直恥ずかしくてもうすぐにでも帰りたいって思ったわ。

 使い古したお下がりの着物を着て来る様な私が、あんな立派な呉服屋さんと良い御縁が結べるわけが無い。ただ恥をかくだけだって思ったの。

 それで挨拶もそこそこにお庭ばかり眺めていたの。

 それなのにお父さんったら、急に立ち上がったかと思えば綺麗な紺藍の羽織をいかにも邪魔そうに投げ捨てちゃって。そのまま何も言わず、お義母さんそっちのけで私の手を引いて庭まで歩き出すんですもの。

 確かに見事なお庭で見とれてはいたけど、連れ出されても履き物なんて準備してなかったからどうしようか気が気じゃ無かったわ。

 でもお父さんったら、縁側に置いてあった自分の履き物を私に押し付けたかと思ったら、自分は何も履かずそのまま外に出ちゃうんですもの。

 後にも先にも、あんなに目をつり上げたお義母さん見た事なかったわよ。

 そして呆然とする私を置いて一人、紅葉の下まで歩いて行くと、振り返って手を差し伸べて……。

 あの時ね、その絵に描いた様なお父さんの姿があまりにも素敵過ぎて、私、思わず何も履かず飛び出しちゃったの。

 あの手を捕まえるのは今しかないって思って。

 案の定、私が近付いたらお父さんったら手を下げちゃったものね。



 そのまま何も言わず紅葉を見上げて、いつの間にかいい時間になっちゃってそのまま帰ったのよね。

 思い起こせば、結局あの日言葉を交わしたのは最初の挨拶だけだったのね。

 家に帰ってお布団に潜り込んで寝ようと目を瞑ってもね、もうお父さんの姿が焼き付いて離れないの。

 鉄紺色で亀甲柄の、ちょっと着崩しちゃった着流し姿で紅葉を見上げるお父さんの横顔。

 その姿を見たらね、私、あぁこの人と結婚するんだろうなって、何故か唐突に思ったの。

 着物の色と紅葉の鮮やかな色合いが一枚の絵みたいに私の目の裏に貼り付いちゃって、目を開けても閉じてもお父さんの姿が見えるの。



 それからしばらくお互いお返事をしなかったのだけど、突然お父さんがうちに来て結婚しようなんて言い出すものだから、両親とも目を回して倒れちゃったの覚えてる?

 あの後、いくら何でも突然過ぎたとお義母さんが血相を欠いて謝りに来てね。本当に目まぐるしい一日だったわ。



 でもね、私は縁側を飛び出した時もう決めちゃってたの。お父さんと一緒になるって。

 後日デートだって金魚屋さんに行ったでしょ? あれ、凄く心が弾んで楽しかったのだけど、正直もどかしくて仕方が無かった。

 だってお互いそのつもりなのに、後何回デートを重ねたら結婚出来るんだろうって。



 お父さんはあの時からずっと変わらないわよね。口数は多くないのにここぞと言う時は我を通すところとかね。

 ……あの着物が忘れられなくて、お父さんの写真、無理言って鉄紺色の着物で撮って貰ったのよ。

 相変わらず着物を着るとすっと背筋が伸びて、帯を締め直す艶っぽい後ろ姿なんて、いくら説明しても今の子達には伝わらないわよね。



 出会いはお見合いだったけど、私はしっかり恋愛して結婚したんですよ。











 全く。茶の間でうたた寝なんかして、もう年寄りなんだから、風邪でも引いたらどうするんだ。

 さっきまで楽しそうに昔話をしてたと思ったのに。相変わらず寝付きが良いんだから。

 ほら、寝るならちゃんと布団で寝なさい。

 おい、おい。俺が夢枕に立ったら気付くんじゃ無かったのか?

 こんな事なら鳥になって来れば良かったな。そうすれば歌って引っ張ってお前を起こせたのに。失敗したな。



 俺より十も歳が下だったのに、もうすぐ追い越されちまうな。

 さっき人の事を散々何か言ってたが、お前こそ昔と変わらんな。体は小さくても芯が強くてそれ以上に忍耐強い。

 味噌も出汁も、もうお前の好きにしたら良いのに、俺が怒るからとか言って未だに昔のままを貫いて。

 もうお前も歳なんだから、少しは楽を覚えろ。だが、楽のし過ぎでボケて、俺の事まで忘れられちゃかなわんから程々にだぞ。



 俺の着物なんかもう処分してしまえよ。

 そんな物後生大事に取っておいても仕方が無いだろう。

 お前は丁寧に丁寧に手入れをしてるつもりかも知れないが、いつまで経っても着物の扱いは下手くそなんだから。



 俺の物より自分の物を整えなさい。

 物持ちが良いのがお前の取り柄だろうが、また真新しい着物を着て嬉しそうに笑うお前が見たいんだ。

 呉服屋の息子のくせに、今はもう着物の一つもあげられない自分が情けない。

 着物の似合うお前に、たくさん渡したい物があったんだ。

 きっちり纏め上げた髪が綺麗でな。かんざしなんかつけた日には、一等上質な着物でもただの引き立て役になっちまうんだから。



 ほら、もう起きなさい。もうすぐ可愛い孫が生まれそうだぞ。

 なんだ。本当に起きたのか。

 なんだなんだどこに行く? お前、まさか病院に着物を着ていくんじゃないだろうな?

 ……そうだな。産気付いたからってすぐ生まれるわけでもない。焦らずゆっくり、慌てふためくどら息子の背中でもすました顔で叩いてやるが良い。



 ああこらこら。そう走るんじゃ無い。お前はそそっかしいんだから、何処かに服を引っかけて転んだらどうするんだ。

 この前もそれで尻餅をついて痛かったとか何とか言ってただろうに。



 本当に危なっかしくて見てられない。

 こら、折角作った手袋を忘れてるぞ。戸締まりもしっかり確認しろ。ガスの元栓は閉めたのか? ほら、線香の火も消して。

 全く。心配で心配で、おちおち休んでいられないじゃないか。

 ほらまた忘れ物だ。ちゃんと俺も持って行くんだぞ。

 一人で孫の誕生を楽しむつもりだったのか?

 折角ならかんざしをつけていけ。ほら、俺が昔渡したあれだよあれ。色白のお前に良く映える、良いかんざしがあったじゃないか。

 凜としたお前の艶姿で、あのどら息子を躾直して来い。
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感想 4

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みんなの感想(4件)

九藤 朋
2020.07.15 九藤 朋

懐かしき恋心の感想です。読みながらにまにましてしまいました。何だのろけじゃないか~!そして何気にお父さん初登場(?)。お似合いの夫婦だったんですね。和風情緒漂う馴れ初め、とても素敵でした。

2020.07.16 鹿熊織座

全話読了ありがとでーす!!そう、結局のろけなのです!!孫に直接のろけたりなんて恥ずかしいことはしないけど、やっぱりのろけなのです!!w 着物が似合う、ピシッとした大人になりたかった。

解除
九藤 朋
2020.07.11 九藤 朋

夏祭りの感想です。色恋沙汰になるのかなと思いきや、色気とは無縁の、ほのぼのする作品でした。文章の一つ一つが丁寧で、祭りに自分も加わっているような気持ちになります。チョコバナナが食べたくなりました笑
いつか彼も、食い気より色気になる日が来るのでしょうか。

2020.07.13 鹿熊織座

感想ありがとうございますー!!色恋なんてまだ分からない、食い気優先の血行ですw 屋台のご飯ってなぜか美味しいんですよねー。作者は地元の祭りに行くって言うと、毎回甘栗を買ってこいと祖母に言われておりましたw 甘栗、屋台の中では高級飯。

解除
九藤 朋
2020.07.08 九藤 朋

贈り物の感想です。生まれてくる孫のことを考える、愛情深い作品。最近の赤ちゃんってそうなのかと思うようなこともしばしば書かれてありへええと思いました。お父さんと二人で、待ってるんですね。お父さんのくだりではおみおつけと同じく、胸がきゅうとしました。

2020.07.08 鹿熊織座

ありがとうございますありがとうございます!!昔の子育ても知らないし今の子育ても知らないしで、調べれば調べるほど違いが浮き彫りになりどこまで書くかの加減が難しかったです…。初孫ではないにせよ、たぶん二人もそんな手探りな感じだろうなと。感想ありがとうございますー!!

解除

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