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【宝石少年と2つの国】
不死への誘い
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広い空間にしては少しだけ薄暗い。それは集中力を高めるため、余計な灯りを消しているためだ。仕事の際、コランはいらない情報を遮断するためにこうしている。まとめた資料を机の上で揃え、カバンにしまう。
柱時計を見れば、まだ塔へ行くまで時間があった。もっと遅くに終わると思っていたため、思わぬ時間ができた。
深く吐かれた息が響いた静かな部屋に、ノックが混ざった。使用人かと思って部屋へ促すと、ドアを開けた向こう側に居たはルルだった。
コランは想定していなかった客に、思わず急いで席を立った。
『突然、ごめんね。今、時間ある?』
「ええ。いかがなさいましたか?」
『話したい事、あるの』
「分かりました。どうぞお席に」
ルルは彼が居る場所の気配を辿る。向かい合う形にある、客人用の1人がけソファに座った。
目の前のテーブルに、紅茶と茶菓子が用意される。しかしルルは紅茶をひと口飲んでから、赤い色をしたクッキーを食べずに首をかしげた。
『これ、何?』
「薔薇ジャムのクッキーです」
『お菓子なんて、できるんだね』
薔薇の香りがするものは初めてだったため、どうやら彼は食べ物だと判断できなかったらしい。
2枚あるうちの1枚を、物珍しそうに手にして見つめる。小さく齧ると濃厚な香りに添える様な静かな味がした。濃い味をした菓子も好きだが、こういった香りに特化したのも美味しい。
ルルは深い赤茶色をした水面に視線を落とし、少しの間黙り込んだ。コランはクッキーが口に合わないのかと思い、不安に首をかしげる。すると透き通った虹の瞳が、すっとこちらを真っ直ぐ見つめてきた。その目は、普段あるどこか幼ない雰囲気が消えている。
『コラン、その体……きっととても、苦労したよね』
「え? 苦労……ええ、まあ確かに」
『健康を、羨んだ?』
「もちろん、幼い頃は特に。急にどうなさったのですか?」
『欲しい? 心臓』
通話石が飾る胸元に置かれた薄青い手に、コランは目を丸くした。
なんて事を問うのだろう。しかしそう叫びそうになった口を思わず閉じた。虹の瞳は一瞬も逸らされない。盲目の瞳はこちらを確かに見つめている。冗談でも遊びでもない真剣な問いかけに、解以外の言葉が失われた。
考えてみる。時折りまともに呼吸する事すら危うくなる、この体。歩けるだけマシだが、充分不良品と言っていい。更に影響を与えたのは自分だけではない。
思い出せば出すほどに、現在に至るまで様々な障壁があった。しかしコランは逡巡する事なく、口を再び開く。
「いいえ」
『何故?』
「私は人でありたい」
人のまま足掻き、この体で精一杯生き抜きたい。体が病弱であろうとも、それを覆す毅然さを手にしていたいのだ。この人生、いくら他人が蔑み哀れんでも、愚かな畜生では終わらせない。
「それに」
「?」
コランは目を閉じる。もう1つ理由があった。それは、目の裏に浮かぶ娘の姿。
「娘が……あの子が見る私の姿が、私欲の血に塗れてはならないでしょう?」
ルルはその微笑みながらの言葉に目をパチクリさせる。すぐに虹の目は優しく細められ、自然と漂っていた緊張感が解れた。
突然こんな事を尋ねたのは、彼には悪いが単なる好奇心だった。必死に死を回避し続けるアダマスを見て、ふとコランを重なった。その時、死に近いと言える体を持つ彼は何を言うのかと、気になったのだ。
ルルは半分になった紅茶へクッキーの欠片を混ぜる。真剣に答えてくれたことに礼を言い、紅茶を一口飲んで本題に入った。
『行方不明者の、居場所が分かったよ』
「本当ですか?!」
『うん。コロシアムの、地下。そこに1人、行方不明だった、少女が……閉じ込められていた』
ルルは昨晩の出来事を、一通り語った。だがコロシアムに地下室があるなど、五大柱になって初めて知った。歴が浅い訳ではないし、国の情景は熟知しているつもりだったが。
彼の言葉によって、驚くべき情報が次々と飛び込んでくる。ヘリオスの店主が、その行方不明の食糧を運ぶため、操られていた事。女神像の内部。アダマスはやはり、人の意識を自在に操れるという事実。
しかしそれよりも、コランの顔をより一層青ざめさせる事に、彼は叫んだ。
「まさか、1人で乗り込んだのですか……?!」
コクリと平然と頷かれ、目眩を感じた。いくら影響を受けない可能性がある王とは言え、なんて無茶をするのだろう。
「ご無事で、良かった……本当に」
『大丈夫だよ。変に動く事は、しないから。むやみに命は、捨てないよ。イタズラをしただけ』
「いたず…………心臓が持ちません……」
そういう声は不安と安堵に揺れていて、ルルはクスクスと笑った。
確かに大胆に動いたため、無茶をしたとは思っている。しかし別に無謀な事をしたとは思っていなかった。逃げる手段はいくらでも持っているし、大きく動ける立場だったから、ギリギリまで行動しただけだ。
『そうだ……彼が持っている、ブラックダイヤモンド。あれに注意して』
「ブラックダイヤ?」
コランは復唱しながら、改めてアダマスを思い出す。胸元に下がるダイヤモンド。そう言われ記憶を見れば、彼は国石よりもあの首飾りを大事にしていた。
『あれはただの、宝石ではない。多分だけど……誰かのもの、だった』
「まさか」
答えを言おうとした口が恐ろしさに閉じられる。言葉を作るよりも先に、酷さが想像されてしまった。
ルルも静かに瞬きをし、肯定を示す。
『あれから、血の香りもする。出来るだけ2人きりに、ならないで』
ルルは少しの間言葉を止め、コランは首をかしげた。虹の目が僅かに伏せられ、どこか発言に迷っている様子だ。言葉を待っていると、ドアが廊下からノックされる。
「旦那様、そろそろお時間です」
それに促されて時計を見れば、もう塔へ向かう時刻だった。ルルはそれにハッとし、目を閉じると両手を胸の前で祈る様に握る。
指の合間から小さな輝きが漏れ、こちらを伺う彼に手の中を見せた。薄青い手に収まっているのは、奇妙な丸い宝石。よく見ればそれは、ムーンストーンとサンストーンが半分ずつくっ付いているのだと分かった。驚いているコランの手を取って握らせる。
『彼はもう人ではない。これ、お守り。貴方に、国宝の加護が……ありますように』
ルルはそっと、彼の拳をそっと両手で包んだ。
理由が定かではないため、断言するのを迷った。力を手に入れたのはオリクトの民を食べたからだろう。しかし彼からは、人でありながら人ではない、もっと他に異なる力を感じるのだ。力を持続させ、更に強くしている何かがある。
思い出されるのは、彼が身にまとう血生臭さ。精霊の加護で守られたのは数年前。今はそれを覆す力となっているはずだ。それに、ただでさえコランは狙われやすいだろう。あの力は心身の隙をつく。体が弱い相手はいい餌だ。
コランは拳をゆっくり開き、2つが合わさった国石を見つめる。通常ならばありえない代物。しかしそれからは熱を感じる。それも優しいぬくもりを。
彼は国石を胸にし、静かに跪くと何も言わずにルルの指先に口付けをした。
~ ** ~ ** ~
女神像の足元に嵌められた機械仕掛けの時計が、夕刻の音を鳴らす。コランは音に紛れる様に、普段出入りする扉への道を外れた。
分厚い鉄で作られた壁を慎重に撫でる。探しているのは、ルルから聞いた地下牢への入り口だ。しかしじっくり見つめて1周したが、虫が入れそうな穴すら無かった。
空を見上げる。太陽が地上を見下ろしている時間帯は、目に見えず触れられないのだろうか。聞いた話では誘う様な甘い香りもするそうだが、それも嗅いだ事が無い。
「夜……それまでこの体が持てばいいのだが」
「こんな場所でどうなされた?」
その穏やかな声に、不思議と心臓を握るような乱暴さを感じた。
振り返った後ろには、変わらぬ笑みを向けるアダマスが居た。気配を全く感じなかった。頭の中で繰り返されるのは、『もう人ではない』という言葉。
焦るな。落ち着け。その黒い瞳は内側を探ってくる。平然を装って、いつも通りに背筋を正す。
「ええ、少し様子を見に」
「様子?」
「この塔も随分古いですから、傷でも付いていないかと。ここは大切な場です。見つけたら早急に対処せねば」
そう言って、コランの手は擦り傷の無い壁を撫でる。アダマスは彼にではなく、その手をジッと見つめてから淡い赤の目を見やった。
漆黒の目はまさぐるように見つめてくる。コランは逸らす事なく見つめ返した。
「そちらは?」
「珍しく貴方の姿を拝もうとしたが、このようなへんぴな場所に来ていたものだから……いったいどうしたのかと」
つまりは2人きりになるチャンスだと思ったという事か。それとも、見えない出入り口を見つけられると危ぶんだか。
「あまり無駄に歩かれては、体に悪いのでは? 間もなく大事な宴の日だ」
「そうですね、貴方もハメを外しすぎないように。失礼します」
長い間2人きりになるのはあまり得策ではない。
淡く微笑む彼の横を通り過ぎる際、コランはちらりと胸元を見た。服の隙間から見えるブラックダイヤモンド。小さく欠けているが、確かに普通の石とは異なると分かった。
するとアダマスは何か思い出したのか、コランの背中を呼び止める。
「その体、やはり不便だろう? もうすぐ宴。私の体は生まれ変わる」
「……それが?」
訝しそうに、不愉快そうに顔だけを振り向かせる彼に、アダマスは慈悲深そうな笑みを作る。
「分けて差し上げようか。王の血を」
付け加えられた一言で、コランはアダマスに捕らえられるシェーンの姿を思い出す。彼女の微笑んだ表情を。その瞬間、心臓が強く脈打ち全身が熱くなるのを感じた。
グッと握った拳を振りかざしそうになるのを耐え、心を一定に保つ。彼の目の前で感情を大きく動かされてはいけない。
「結構。忠告をした筈です。神は見ていると」
コランはそれだけを言い残し、その場を去った。
柱時計を見れば、まだ塔へ行くまで時間があった。もっと遅くに終わると思っていたため、思わぬ時間ができた。
深く吐かれた息が響いた静かな部屋に、ノックが混ざった。使用人かと思って部屋へ促すと、ドアを開けた向こう側に居たはルルだった。
コランは想定していなかった客に、思わず急いで席を立った。
『突然、ごめんね。今、時間ある?』
「ええ。いかがなさいましたか?」
『話したい事、あるの』
「分かりました。どうぞお席に」
ルルは彼が居る場所の気配を辿る。向かい合う形にある、客人用の1人がけソファに座った。
目の前のテーブルに、紅茶と茶菓子が用意される。しかしルルは紅茶をひと口飲んでから、赤い色をしたクッキーを食べずに首をかしげた。
『これ、何?』
「薔薇ジャムのクッキーです」
『お菓子なんて、できるんだね』
薔薇の香りがするものは初めてだったため、どうやら彼は食べ物だと判断できなかったらしい。
2枚あるうちの1枚を、物珍しそうに手にして見つめる。小さく齧ると濃厚な香りに添える様な静かな味がした。濃い味をした菓子も好きだが、こういった香りに特化したのも美味しい。
ルルは深い赤茶色をした水面に視線を落とし、少しの間黙り込んだ。コランはクッキーが口に合わないのかと思い、不安に首をかしげる。すると透き通った虹の瞳が、すっとこちらを真っ直ぐ見つめてきた。その目は、普段あるどこか幼ない雰囲気が消えている。
『コラン、その体……きっととても、苦労したよね』
「え? 苦労……ええ、まあ確かに」
『健康を、羨んだ?』
「もちろん、幼い頃は特に。急にどうなさったのですか?」
『欲しい? 心臓』
通話石が飾る胸元に置かれた薄青い手に、コランは目を丸くした。
なんて事を問うのだろう。しかしそう叫びそうになった口を思わず閉じた。虹の瞳は一瞬も逸らされない。盲目の瞳はこちらを確かに見つめている。冗談でも遊びでもない真剣な問いかけに、解以外の言葉が失われた。
考えてみる。時折りまともに呼吸する事すら危うくなる、この体。歩けるだけマシだが、充分不良品と言っていい。更に影響を与えたのは自分だけではない。
思い出せば出すほどに、現在に至るまで様々な障壁があった。しかしコランは逡巡する事なく、口を再び開く。
「いいえ」
『何故?』
「私は人でありたい」
人のまま足掻き、この体で精一杯生き抜きたい。体が病弱であろうとも、それを覆す毅然さを手にしていたいのだ。この人生、いくら他人が蔑み哀れんでも、愚かな畜生では終わらせない。
「それに」
「?」
コランは目を閉じる。もう1つ理由があった。それは、目の裏に浮かぶ娘の姿。
「娘が……あの子が見る私の姿が、私欲の血に塗れてはならないでしょう?」
ルルはその微笑みながらの言葉に目をパチクリさせる。すぐに虹の目は優しく細められ、自然と漂っていた緊張感が解れた。
突然こんな事を尋ねたのは、彼には悪いが単なる好奇心だった。必死に死を回避し続けるアダマスを見て、ふとコランを重なった。その時、死に近いと言える体を持つ彼は何を言うのかと、気になったのだ。
ルルは半分になった紅茶へクッキーの欠片を混ぜる。真剣に答えてくれたことに礼を言い、紅茶を一口飲んで本題に入った。
『行方不明者の、居場所が分かったよ』
「本当ですか?!」
『うん。コロシアムの、地下。そこに1人、行方不明だった、少女が……閉じ込められていた』
ルルは昨晩の出来事を、一通り語った。だがコロシアムに地下室があるなど、五大柱になって初めて知った。歴が浅い訳ではないし、国の情景は熟知しているつもりだったが。
彼の言葉によって、驚くべき情報が次々と飛び込んでくる。ヘリオスの店主が、その行方不明の食糧を運ぶため、操られていた事。女神像の内部。アダマスはやはり、人の意識を自在に操れるという事実。
しかしそれよりも、コランの顔をより一層青ざめさせる事に、彼は叫んだ。
「まさか、1人で乗り込んだのですか……?!」
コクリと平然と頷かれ、目眩を感じた。いくら影響を受けない可能性がある王とは言え、なんて無茶をするのだろう。
「ご無事で、良かった……本当に」
『大丈夫だよ。変に動く事は、しないから。むやみに命は、捨てないよ。イタズラをしただけ』
「いたず…………心臓が持ちません……」
そういう声は不安と安堵に揺れていて、ルルはクスクスと笑った。
確かに大胆に動いたため、無茶をしたとは思っている。しかし別に無謀な事をしたとは思っていなかった。逃げる手段はいくらでも持っているし、大きく動ける立場だったから、ギリギリまで行動しただけだ。
『そうだ……彼が持っている、ブラックダイヤモンド。あれに注意して』
「ブラックダイヤ?」
コランは復唱しながら、改めてアダマスを思い出す。胸元に下がるダイヤモンド。そう言われ記憶を見れば、彼は国石よりもあの首飾りを大事にしていた。
『あれはただの、宝石ではない。多分だけど……誰かのもの、だった』
「まさか」
答えを言おうとした口が恐ろしさに閉じられる。言葉を作るよりも先に、酷さが想像されてしまった。
ルルも静かに瞬きをし、肯定を示す。
『あれから、血の香りもする。出来るだけ2人きりに、ならないで』
ルルは少しの間言葉を止め、コランは首をかしげた。虹の目が僅かに伏せられ、どこか発言に迷っている様子だ。言葉を待っていると、ドアが廊下からノックされる。
「旦那様、そろそろお時間です」
それに促されて時計を見れば、もう塔へ向かう時刻だった。ルルはそれにハッとし、目を閉じると両手を胸の前で祈る様に握る。
指の合間から小さな輝きが漏れ、こちらを伺う彼に手の中を見せた。薄青い手に収まっているのは、奇妙な丸い宝石。よく見ればそれは、ムーンストーンとサンストーンが半分ずつくっ付いているのだと分かった。驚いているコランの手を取って握らせる。
『彼はもう人ではない。これ、お守り。貴方に、国宝の加護が……ありますように』
ルルはそっと、彼の拳をそっと両手で包んだ。
理由が定かではないため、断言するのを迷った。力を手に入れたのはオリクトの民を食べたからだろう。しかし彼からは、人でありながら人ではない、もっと他に異なる力を感じるのだ。力を持続させ、更に強くしている何かがある。
思い出されるのは、彼が身にまとう血生臭さ。精霊の加護で守られたのは数年前。今はそれを覆す力となっているはずだ。それに、ただでさえコランは狙われやすいだろう。あの力は心身の隙をつく。体が弱い相手はいい餌だ。
コランは拳をゆっくり開き、2つが合わさった国石を見つめる。通常ならばありえない代物。しかしそれからは熱を感じる。それも優しいぬくもりを。
彼は国石を胸にし、静かに跪くと何も言わずにルルの指先に口付けをした。
~ ** ~ ** ~
女神像の足元に嵌められた機械仕掛けの時計が、夕刻の音を鳴らす。コランは音に紛れる様に、普段出入りする扉への道を外れた。
分厚い鉄で作られた壁を慎重に撫でる。探しているのは、ルルから聞いた地下牢への入り口だ。しかしじっくり見つめて1周したが、虫が入れそうな穴すら無かった。
空を見上げる。太陽が地上を見下ろしている時間帯は、目に見えず触れられないのだろうか。聞いた話では誘う様な甘い香りもするそうだが、それも嗅いだ事が無い。
「夜……それまでこの体が持てばいいのだが」
「こんな場所でどうなされた?」
その穏やかな声に、不思議と心臓を握るような乱暴さを感じた。
振り返った後ろには、変わらぬ笑みを向けるアダマスが居た。気配を全く感じなかった。頭の中で繰り返されるのは、『もう人ではない』という言葉。
焦るな。落ち着け。その黒い瞳は内側を探ってくる。平然を装って、いつも通りに背筋を正す。
「ええ、少し様子を見に」
「様子?」
「この塔も随分古いですから、傷でも付いていないかと。ここは大切な場です。見つけたら早急に対処せねば」
そう言って、コランの手は擦り傷の無い壁を撫でる。アダマスは彼にではなく、その手をジッと見つめてから淡い赤の目を見やった。
漆黒の目はまさぐるように見つめてくる。コランは逸らす事なく見つめ返した。
「そちらは?」
「珍しく貴方の姿を拝もうとしたが、このようなへんぴな場所に来ていたものだから……いったいどうしたのかと」
つまりは2人きりになるチャンスだと思ったという事か。それとも、見えない出入り口を見つけられると危ぶんだか。
「あまり無駄に歩かれては、体に悪いのでは? 間もなく大事な宴の日だ」
「そうですね、貴方もハメを外しすぎないように。失礼します」
長い間2人きりになるのはあまり得策ではない。
淡く微笑む彼の横を通り過ぎる際、コランはちらりと胸元を見た。服の隙間から見えるブラックダイヤモンド。小さく欠けているが、確かに普通の石とは異なると分かった。
するとアダマスは何か思い出したのか、コランの背中を呼び止める。
「その体、やはり不便だろう? もうすぐ宴。私の体は生まれ変わる」
「……それが?」
訝しそうに、不愉快そうに顔だけを振り向かせる彼に、アダマスは慈悲深そうな笑みを作る。
「分けて差し上げようか。王の血を」
付け加えられた一言で、コランはアダマスに捕らえられるシェーンの姿を思い出す。彼女の微笑んだ表情を。その瞬間、心臓が強く脈打ち全身が熱くなるのを感じた。
グッと握った拳を振りかざしそうになるのを耐え、心を一定に保つ。彼の目の前で感情を大きく動かされてはいけない。
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