宝石少年の旅記録(29日更新)

小枝 唯

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【宝石少年と2つの国】

小型飛行機

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 煙たく冷たい屋根裏部屋は、太陽が眩しくなりはじめても薄暗い。明かりは天井に小さく3つしか付いてなく、少し心許なさを感じる。それでも、すっかり慣れ親しんでいるベリルにとっては充分らしい。
 数回ほどバチンバチンと爆ぜる音と共に、部屋が瞬間的に眩しくなる。手元を見ると火の粉が舞っていた。床に落ちても未だ赤く輝くそれに、紫の爪をした青い指がそっと伸びる。

「こらっ」
「!」

 保護用ゴーグルを着けているため、視界の狭さでバレないと思っていたのだろう。注意された華奢な手は、サッと引っ込んだ。ベリルはゴーグルを外し、ルルに振り返った。彼は逃げるように、抱えた膝に顔を隠している。

「火の粉だって火傷するって言っただろ」
『だって退屈、なんだもん』
「危険な事した時は?」
『……ごめんなさい』
「よし」

 ルルは今日、以前約束していた窓の修理を手伝いに来たのだ。しかし窓を直す大まかな事はベリルにしか出来ず、任されたのは材料となる石を手渡す単純作業だった。
 窓は1枚1枚手作業で修理する。ガラスに使用される石と金属を同時に溶かし、一体化させているのだ。本来は他の工程もあるらしいが、彼独自の手法の方が丈夫なガラスになるのだという。その代わり、透明度が落ちるらしいが。
 粉々になった窓ガラスはもう割れ目が見えず、すっかり元通りになっている。

『僕もやる』
「火の粉の危なさ知らない奴はダ~メ」

 子供をあやす様な言い方に、ルルは唇を小さく尖らせる。もちろん邪魔になるような事はしたくないが、更に手持ち無沙汰となってしまった。
 路頭に迷う手が、ベリルの隣に置かれた綺麗になった窓ガラスをそっと撫でる。すると呆然と眺めていた虹の瞳が、一瞬チカッと明るく輝いた。彼の表情はどこか嬉しそうで、何かを閃いたらしい。

「よし、こんなもんだろ」

 ベリルが満足そうに最後の窓を確かめた時、背後で石が擦れ合う甲高い音を聞いた。振り返って見れば、ルルの指先が通った場所から、ひし形をした宝石が嵌っていた。その透き通る赤い宝石は、レッドベリル。

「無闇に力を使うなって」

 しかしそんな言葉でルルは止まらず、次々と窓が装飾されていく。楽しそうに体を揺らしながらやるものだから、ベリルは溜息を吐きながら、それ以上言わなかった。完成した窓全てを彩り終えると、満足そうに虹の目が細まった。
 最後の仕上げはベリルの役目。あとは窓枠に取り付けるだけだ。太い釘で一本一本丁寧に打っていく。手元を見ようとするとまた注意された。

「あとちょっとだから、大人しく待ってろよ」
『……はぁい』

 ルルは渋々腰を上げ、体を伸ばすと部屋を歩き回った。元々広くない屋根裏部屋は、道具や作りかけの物で余計に狭くなっている。その中で、最も場所を取っている物を見つけた。
 それは4枚の翼を持った、小さなドラゴン。だがそれは本物ではなく、ドラゴンを模した小さめの飛行機だった。古いのか、触れた場所の跡が付くほど埃をかぶっている。

『ねぇベリル、これ』
「ん~?」

 ベリルは最後の釘を打ちながら、間延びした返事をして振り返る。薄暗い部屋の中、ボンヤリ見えた懐かしい飛行機モドキに「あぁ」と、小さな声を漏らした。

「俺が初めて1人で作ったやつだな」
『これが、初めて?』

 ルルは驚いてベリルと飛行機を見比べる。これを幼い頃に作ったのか。彼の挑戦心と技術力に感嘆の息が出る。

『乗れる?』
「そうだなぁ」

 ベリルは何年ぶりかに、飛行機の様子を見回す。1年ほど費やして完成の形には持っていった。しかし初めてと言う事もあったのか、やはりあまり実用性に優れない。隅々まで見た結果、機体自体は今ある道具でどうにかなりそうだった。それでも肝心な燃料である石がボロボロで、飛ぶ事は叶わないだろう。
 ドラゴンの首元にある蓋を開け、薄汚れた宝石を取り出す。試しに水で汚れを取っても、今にも壊れそうには変わりなかった。

『それ、頂戴』
「ボロっちいぞ。何するんだ?」

 石は片手に収まる小ささだった。強く握れば、子供の力でも崩れそうに脆くなっている。しかしこの石はまだ生きていると、ルルは触ってみて確信した。しっかりとした重さがある。何よりも、微かにだが石の音がまだ聞こえるのだ。
 ルルは労う様に、石の表面を親指で撫でる。そして僅かな埃が取れたそれを、何の迷いもなく口へ放り込んだ。彼を不思議そうに眺めているだけだったベリルは、突然の行動にギョッとすると、慌てて背中を叩く。

「バカ、ぺっしろぺっ!」
「……っ」

 ルルはそれでも石を砕くのをやめず、揺れに抵抗しながらゴクリと飲み込む。そしてまだ背中を叩く彼へ、空になった口を開いて見せた。

「あ~ぁ、お前なぁ、いくら宝石だからって、そんな使い古されたやつを食うなよ……」
『まだ、綺麗な石だった』
「それでもだ。で、そんなに腹でも減ってたのか?」

 ルルは首を横に振り、少し体を丸めると胸元で両手の指を組んだ。ぬくもりを感じる腹部で、噛み砕かれた格が再び脈を打ち始める。体の中に溶け込んだそれは、主人の意思によって新しく生まれ変わる。ルルが息を一瞬止めると、心臓の音と石の脈が同化した。
 胸の前で組まれた薄青い指の隙間から、パラパラと真新しい宝石が床に落ち始めるた。手の平いっぱいの宝石の粒を驚くベリルに、ルルは愉快そうに目を細める。

『リサイクル』
「だ、大丈夫なのか? あんなん食ってリサイクルなんて」
『こんなに、出来たんだよ? いい宝石の、証拠』
「まぁルルが言うなら……。それで、何のためのリサイクルなんだ?」

 ベリルは溜息混じりに、ひと粒適当に摘んで太陽へ晒す。確かに小さくとも、全て質のいい宝石だ。ルルは粒を返してきた彼へ、両手いっぱいの宝石全てを「ん」と差し出した。言葉が少なくベリルはキョトンとし、反対にルルは楽しそうに唇の端を微かに上げながら小首をかしげた。

『これで、足りる? 飛ぶの』

 ベリルはその意味を理解したのか、驚いた顔で機体を振り返る。そして、ニヤッとした顔を向けてきた。

「ちょっと待ってろ」

 そう言うとすぐに宝石を入れる用にと、ガラスの器を持って来た。ルルは宝石をそこへ移し、床に落ちた残りを拾う。そうしながらチラリとベリルの様子を伺うと、早速機械と向き合い、こちらに背を見せていた。
 どうやら職人魂に火がついたようだ。ブツブツと言葉をこぼしながら楽しそうに試行錯誤し、修繕に勤しんでいる。もう目の前の飛行機以外、視界には映らなさそうだ。
 ルルは出来るだけ集中を削がないよう、椅子に腰を下ろす。自分は何も出来る事は無い。それでもその背中を見つめる虹の瞳は、とても楽し気だった。


 ルルは1人、ベリルの部屋でグツグツ煮える鍋を混ぜていた。家主はまだ屋根裏部屋で飛行機と格闘している。
 彼は夢中になりすぎて、太陽が真上から少しズレても、自身の空腹に気付かない。それまで大人しく見守ってはいたが、流石にその腹からの音が大きくなり始めたため、何か食べられる物はあるかと下の階に降りて来たのだ。生返事ではあったが、漁る許可は貰っている。そしてキッチンを見つけ、コンロに置いたままだった鍋に火を掛けた。
 鍋の中には、大きく切られた肉と野菜が沢山入ったカレー。スパイスを幾つも使っているのか刺激的な香りはするが、味を見ると不思議と甘かった。

(本当に、何かを作るの……好きなんだ)

 その姿を見るこちらにもそれが伝わって嬉しくなるが、食事を疎かにはしてもらいたくない。体は資本だ。
 口の中でカランコロンと、宝石が歯に当たる音がする。ルルはカレーの香りに触発されてつまみ食いをしてしまわないようにと、少しだけ空腹を紛らわしていた。
 サラサラだったスープをゆっくり煮詰めていく。しばらくしてお玉で掬うと、程良くとろみが出た。
 火を止めて冷めないようにと蓋をし、部屋の隅に付いている小さな戸を開ける。中は少し寒く、棚に食料がズラリと並んでいる。食料庫を占めるのはやはり肉。しかし一応健康に気を遣っているのか、野菜もそれなりに多く感じた。だがルルが探すのはそれらではない。

(カレーに合う主食って……何だっけ?)

 ルルは鼻の記憶を頼りに、食材を辿っていく。芳ばしい香りがした。触ると少しパリッとしながらも柔らかな感触。ルルの目が嬉しそうに輝いた。

(あ、パンだ)

 丸いパンを3つ拝借し、キッチンに戻るとカレーを皿に盛った。ベリルには大盛りに、パンを2つ。自分には少なめで、パンを1つ。
 綺麗に盛れたと満足そうに見て、梯子を器用に登って屋根裏部屋へ向かった。

「だ~!」
「!」

 今までで最も大きな爆発音が部屋に響き、直後に疲れ切った声が聞こえてきた。ルルは突然の音に驚いて、思わず皿を落としそうになる。
 ベリルは深く息を吐きながら、後ろに両手をついた。作業は一旦休憩のようだ。そこでようやく、他の事へ意識が向いた彼は、腹痛を訴えるほどに空腹だった事に気付く。続けて、部屋がいい香りに満たされている事にも。
 匂いに釣られて顔を向けた先に居るルルにキョトンとすると、彼は可笑しそうに目を細めて皿を差し出す。

『ご飯。食べよ?』
「お、おぉ、いつの間に?」
『ずっと夢中……なんだもん。勝手に温めて、来ちゃった。いじっていいか……聞いたよ』
「え、悪い」

 全く記憶に無い。そう言われれば、何かルルに尋ねられた気もする。
 ベリルは苦笑いしながら、礼を言って受け取った。いざ食べようとした時、自分の両手が真っ黒になっている事に目が行く。拭く物を探すと、目の前に丁寧にたたまれたタオルがルルから渡された。

「んぇ?」
『ベリル油臭い』
「げっマジか」

 嗅覚が鋭いルルには、見えなくても彼が汚れている事はよく分かった。念のためにと濡れタオルを用意しておいたのだ。

『いつもより、油臭いの』
「わ、笑うなよ」

 ベリルは格好が付かないと、恥ずかしそうに目を逸らす。紛らわす様に、所々黒くなった顔を乱暴に擦った。


『飛べそう?』

 カレーを半分食べた頃、ルルが機体を見上げながら言った。ベリルはとても楽しそうに口角を引き上げて笑い、彼の頭をワシャワシャと撫で回す。

「明日、またうちへ来いよ。そしたら1番に空へ連れてってやる」

 ルルはその言葉に、これまで以上に目をチカチカと輝かせ、頬を高揚させると力強く頷いた。
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