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【宝石少年と芸術の国】
商材と目的
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ルルの姿は、再びピンクローズにあった。戻って来た時はファルベも驚いていたが、理由を素直に聞けば、今度は心配そうな表情に変わる。それも無理はない。何故ならルルがここに来たのは、アヴィダンとの商談のために変装するからだ。
「本当に、一人で行くのか? アウィンやお付きが居た方がいいんじゃ」
『それだと、相手に情報が、行きすぎるの。彼はアウィンの事も、知っているから』
ファルベはうぐっと押し黙る。旅に伴う危険な目に遭ってきただけある考えだ。正しいし、きっと相手の出方もいくつか想定している。
ルルはフードと仮面を取り、虹の瞳を微笑んでいるかのように細くさせた。
『大丈夫。下手な事は、しない』
「それは……信用している。でも、それでも不安だ」
『成功させるために、ファルベに、協力してほしい。僕も誰かの、加護が欲しいの』
ファルベは顔をもどかしそうにさせる。守ると豪語して、無理について行ってアヴィダンに会えば、足がすくんで足手纏いになるだろう。ルルはそれも分かっている。そしてこれ以上無駄な恐怖を植え付けたくないのだ。
その恐怖や気遣いが分かってもついて行くというのは、自分のやるべき事ではない。ファルベは悩ましそうに左目を閉じ、手元の布をぎゅっと握りしめた。
「分かった。私ができる最大限の事をする。それに……協力すると言ったばかりだ。けれど、必ず無茶はしないと、約束してほしい」
ルルは穏やかな表情で頷く。ファルベもそれに頷き返し、意気込むように立ち上がった。自分にできるのは、ルルがオリクトの民であるのがバレないようにする事。
ファルベは何枚も重なった衣装の海に紛れ込み、素早く選んでいった。アヴィダンは目利き。ただ似合うだけで選べば、違和感に勘付かれる可能性がある。思えば結構な重役を任された。しかし緊張よりも楽しさが優っている。なにせ人を着飾るのが大好きだからだ。
ファルベにとって、衣装は芸術。色や素材、形などそれぞれで、別人のような印象を与える。何者にもなれるのが、衣装の魅力だ。オリクトの民は服を好まない者が多いが、むしろ、布を纏った事で完璧な美しさが引き立つのだと思っている。
ルルは服にそれほど興味はない。着やすくて動きやすい物ならなんでも良かった。その分何を選ばれても文句は言わない。
用意された紅茶を飲みながら、もぞもぞゴソゴソと衣装が擦れ合う音を聞いていた。
「ルル、私の方に来てくれ」
ファルベの声は、大量の布に吸収されて小さい。しかしルルにはしっかり届き、声をたどって衣装のカーテンをかき分けた。進んだ先、狭い店で比較的開けた場所で、ファルべが待っていた。
円形のカーペットは柔らかい質感で、少し遠くに姿見がある。試着場所だ。靴を脱いで中心に立ち、近くに脱いだ服と荷物を置く。仮面も取った今のルルは、誰が見ても種族が分かる。しかしもちろん誰もお客は来ないよう、少し早いが店は閉めた。
「全体的に、肌が見える部分は全て隠そうと思う」
『顔は?』
「顔布を当てればいい」
太陽のような濃い黄色の裾の広いズボンと、体型が分かりにくいゆったりとした同色の上着。そこにマットな焦げ茶の布を、いつものマント代わりにかぶせる。全体的に細かな模様が入っていて、上品ながらに高級感がある。
そして頭に紐で固定して、顔隠しの布をつけた。黒地に金の刺繍がされている。薄い生地だが、光には透けない作りだ。仕上げに、肘まである長い手袋を着ける。
「できるだけ旅人らしくしよう。この容姿でここに置いた物を売っていると言えば、普段のルル自身は陰に隠れる」
そうすれば、アヴィダンにとってはその商材を売る人物像が、オリクトの民から遠のく。普段の姿でも動きやすくなるだろう。
ルルはその場でクルクル回ってみる。姿見は彼にとって意味がないため、動いて把握するのだ。普段スカート状だから、足の間に仕切りがあるのは新鮮だ。ピッタリしていないから、窮屈さもない。
「うん、とても似合う。あ、髪を縛っておこう。その方が見えにくい」
少しでも隠せるところは隠す。ルルの髪は膝までの長さで、それだけでも目立つ。髪を縛るなんていつぶりだろうか。幼い頃に、今よりも伸びた髪を持て余し、緩く縛ってからしばらく髪をいじっていない。
髪を梳かれるのは相変わらず好きで、ルルは服にしまわれていた髪を、全て外に流す。重力に従ってさらさら落ちていく髪の動きは滑らかで、何故だか動きがゆっくりに見えた。触れても、髪とは思えないほど艶やかで柔らかい。
「何か特別な手入れを?」
『ううん?』
(これが自然……すごいな)
ルル個人が持つものか、世界の王だからか分からないが、こんな質感の髪を触れるのはいい経験だ。しかしさすがに長いから、小さくまとめるのは難しい。簡単にひとつ結びにして、余った髪は上からかぶる布の中にしまえば見えないだろう。
ファルベの指が通る感覚が心地よく、ルルは気持ちよさそうに目を閉じて身を預ける。しかし少しして不思議そうに開いた。なんだか、髪を通じて辿る指の動きが複雑だ。
『ファルベ?』
「!」
ファルベは不思議そうな声で、ハッと我に返る。冷静になった左目が手元を見れば、三つ編みになっていた。
ピンクローズには、衣装を求める以外に髪を整えたくて来るお客もいる。だがこんな綺麗な髪を触った事がないから、無意識に楽しくなってしまった。
「す、すまない」
『似合う?』
ルルは、恥ずかしそうに淡いピンクの肌を赤くするファルベに、その場で回ってみせる。風に流れて揺れる衣装と髪がよく合っている。だが中性な顔が幼いのもあって、普段よりも少女のようだ。ルルはどんな姿でも合うだろうが、どちらかと言えば女性物との相性が良さそうだ。
「ああ、とても綺麗だ。けれど、その」
『じゃあ、これがいい』
「え? いいのか?」
『うん。ファルベの気持ちが、こもってる』
ルルは見えないなりに、衣装を楽しんでいる。着たいかそうじゃないかは、選んでもらって、着て、嬉しいか嬉しくないかで判断した。布の重さが、選んでくれた相手の手を思い出させ、心の支えになる。
『ありがとう、選んでくれて』
「こちらこそ、着てくれてありがとう。それは……私が作った衣装なんだ」
ルルは仮面で目を隠そうとした間際、その言葉に目をパチクリさせた。それは最高だ。より、これからの商談が怖くない。ファルベが護ってくれているような感覚が、より強くなるから。
「ルル」
店の外へ行こうとしたとことを呼び止められ、振り返る。するとファルベはルルの手袋を片方だけ脱がせ、薄青い手をぎゅっと両手で包む。跪き、祈るように額に当てた。
無事でありますように。彼の心に力を与えますように。それを胸の中で、ひたすらに願う。
ルルはそれを理解したのか、顔の布を退かすと、同じ背丈になったファルベの額にキスをする。
『この衣装返しに、また来る』
「……ああ、待ってるよ」
本当は衣装なんて返さなくてもいい。似合っていたから、彼に譲ったっていいんだ。しかしこの会話は、無事帰るという約束。ファルベは外へ出て行くルルの背中が消えても、長い間そこを見ていた。
~ ** ~ ** ~
この国は夕刻から夜までの時間が短い。しかも灯りはあれども街頭が無いから、その分商談の時間が限られる。アヴィダンはその面倒くささに、たった数日だが呆れていた。自然を優先するのは分かるが、もっと住みやすくならないものか。
しかも芸術の国と聞いて商売を期待したが、拍子抜けだ。芸術と言っても、ほとんどが無名。アルティアルでは名が無くとも自分の芸術を続けられ、評価される。それは素晴らしいが、商人としてはルナーにならなければ、ただの子供のお遊びにすぎない。ルナーになりそうな巨匠はジオードくらいだ。
本来ならこんな国には来たくない。だが今回はそうともいかなかった。
(さっさと『目的』を見つけてしまおう。しかし、もっと歯応えがある者はいないのか)
アヴィダンの足は宛てなく彷徨い、祭壇広場で止まる。同盟国となるここの国宝は、ずいぶん大胆な所にあるものだ。だがきっと平和ボケしたここではちょうどいい。
足音がする。一人分の、少し忍び寄るような静かな足取り。ただ通り過ぎるのではなく、こちらに向かっているのが分かる。
振り返ったそこに居たのは、全身を隠すような服装の人物。変装したルルだ。見た事のない衣装で、アヴィダンはアルティアルの国民ではないと判断したようだ。視線が上下し、値踏みしているのが伝わって来る。
「何用ですかな?」
アヴィダンはほんの少し訝しそうな顔をしながらも、丁寧な笑みを崩さず尋ねる。
まだ警戒されているのは、声色で理解できる。ルルは手が届く距離まで歩み寄ると、紺色の本を取り出し、通話石ではなく文字を書いて見せた。
-声が出ないので筆談で。商談をしたい。
「ほう?」
悩ましそうな声だ。まともな品を持っているのか、疑っているのだろう。それを読んだルルは、懐からネックレスを差し出した。
焦茶をした手袋の上にあるのは、一つの石がアクセントになっているネックレス。形は珍しくないのだが、アヴィダンの茶色の目が瞠る。透明度の高い、紫色の宝石。それはピンクローズで置いてあった石と、同じ種類だ。
ルルは商談の材料として、ピンクローズには置かなかったものを出す事にした。そうすれば、よりあの店の商品がこの姿で結びつき、普段の姿で動きやすくなるだろう。
アヴィダンの目が、確かめるようにルルとネックレスを上下する。
「では貴方は旅人ですかな? アタクシはリベルタという国ですが、どちらから?」
ルルは別のネックレスを見せる。それは円盤状のペンダントヘッドの中心に、シトリンが嵌められた物。アヴィダンはそれを知っていた。
「ほう、それはアヴァールの国石! なるほど、良い物を持っているわけだ。あそこでゆっくりお話をいたしましょう」
オリクトの民であるルルは、加護を授かるための国石を必要としない。しかし何かあった時のためにと、クーゥカラットが生前、渡してくれた。国の門では犯罪者を阻止するため、旅人に国石の所持の有無を問う。犯罪者は加護を授かる国石を持てないため、いい判断材料なのだ。
特にアヴァールは、地図の無い世界の中でも有名国。貴重な金を使用しているのが特徴で、一目で分かる。
商談場所に促されたのは、女神像のベンチ。
アヴィダンは念入りに、商材のネックレスを鑑定する。何度見ても上質で、ただの鉱石では出せない美しさだ。何千という種類の宝石を見てきたが、該当するものは一つもない。
「……これはどこで?」
一か八かで尋ねてみるが、手袋で包まれた指が、顔布で隠した口元に添えられる。まあこんな美味しい材料を、そう易々と他人に言わないのは分かる。自分が持っていたとしたら、同じように安売りはしない。
商品にはルナーを、情報には情報という等価交換が必要だ。それをこの旅人は理解している。手を組んで損は無さそうだが……。
(若く見えるが……ずいぶん優秀と見える。アヴァール出身に嘘は無さそうだ)
アヴィダンはシワよった顔で、無害そうな笑顔を作る。
「いやはや失礼いたしました。しかし、この国でこんな良い商談ができるとは……アタクシも運がいい」
ルルは数秒考え、本に「芸術の国ほど、良い商談場所はない」と書き、首をかしげてみせた。物欲はないが、芸術というものの価値が計り知れないのを知っている。オリクトの民だって、芸術として売り出すほどなのだから。
アヴィダンは「ええもちろん」と、大きな仕草で頷いた。
「芸術に良し悪しはない。ただこちらは商売。ここまで言えば、アンタにはお分かりでしょう?」
商売の深い知識が無かったルルは、なるほどと息を零す。あくまで商売となるのは、美しさとは別に「名声」が必要。いくら素晴らしい作品であろうとも、無名であれば価値が劣る。
不思議なものだ。美しさを評価しているはずなのに、それよりも名声が必要だなんて。しかしアルティアルはむしろ名声が無くても、芸術を続けられる国。となればアヴィダンにとって、ここに居る時間は無駄ではないだろうか。
ここを去るのかと尋ねると、彼は意味ありげな笑みを浮かべながら、首を横に振る。そして、身を寄せて小さく囁いた。
「全貌はまだお教えできないが……この国は、お宝を隠し持っている」
ルルは首をかしげたあと、女神像を見上げた。アヴィダンは視線を釣られながらも再び否定する。
「国宝なんかよりも、もぉっといい物ですよ。そうじゃなきゃ、こんなチンケな国にわざわざ来やしない」
まだ訪れて間もないが、アルティアルを軽視する言葉に、ルルは布で遮った顔をムッとさせる。だがいい情報を聞けた。アヴィダンがここに来たのは、商談よりも別の理由がある。無理に来た理由はそこだろう。
「一緒に探るのはどうです? 極上の思いができますぜ?」
ルルは少し迷う仕草をしてから、本に「考えておく」とだけ記した。今はまだ挨拶をしたいだけ。必要以上に探るのはもっとあとだ。
立ち上がったルルに、アヴィダンは商談の終わりを察した。引き際が分かっているのか、少し残念そうな表情を作る。
「いい返事を期待していますよ」
ルルは背中に投げられた言葉に、少しだけ振り返ってみせ、そのまま祭壇広場をあとにした。
「本当に、一人で行くのか? アウィンやお付きが居た方がいいんじゃ」
『それだと、相手に情報が、行きすぎるの。彼はアウィンの事も、知っているから』
ファルベはうぐっと押し黙る。旅に伴う危険な目に遭ってきただけある考えだ。正しいし、きっと相手の出方もいくつか想定している。
ルルはフードと仮面を取り、虹の瞳を微笑んでいるかのように細くさせた。
『大丈夫。下手な事は、しない』
「それは……信用している。でも、それでも不安だ」
『成功させるために、ファルベに、協力してほしい。僕も誰かの、加護が欲しいの』
ファルベは顔をもどかしそうにさせる。守ると豪語して、無理について行ってアヴィダンに会えば、足がすくんで足手纏いになるだろう。ルルはそれも分かっている。そしてこれ以上無駄な恐怖を植え付けたくないのだ。
その恐怖や気遣いが分かってもついて行くというのは、自分のやるべき事ではない。ファルベは悩ましそうに左目を閉じ、手元の布をぎゅっと握りしめた。
「分かった。私ができる最大限の事をする。それに……協力すると言ったばかりだ。けれど、必ず無茶はしないと、約束してほしい」
ルルは穏やかな表情で頷く。ファルベもそれに頷き返し、意気込むように立ち上がった。自分にできるのは、ルルがオリクトの民であるのがバレないようにする事。
ファルベは何枚も重なった衣装の海に紛れ込み、素早く選んでいった。アヴィダンは目利き。ただ似合うだけで選べば、違和感に勘付かれる可能性がある。思えば結構な重役を任された。しかし緊張よりも楽しさが優っている。なにせ人を着飾るのが大好きだからだ。
ファルベにとって、衣装は芸術。色や素材、形などそれぞれで、別人のような印象を与える。何者にもなれるのが、衣装の魅力だ。オリクトの民は服を好まない者が多いが、むしろ、布を纏った事で完璧な美しさが引き立つのだと思っている。
ルルは服にそれほど興味はない。着やすくて動きやすい物ならなんでも良かった。その分何を選ばれても文句は言わない。
用意された紅茶を飲みながら、もぞもぞゴソゴソと衣装が擦れ合う音を聞いていた。
「ルル、私の方に来てくれ」
ファルベの声は、大量の布に吸収されて小さい。しかしルルにはしっかり届き、声をたどって衣装のカーテンをかき分けた。進んだ先、狭い店で比較的開けた場所で、ファルべが待っていた。
円形のカーペットは柔らかい質感で、少し遠くに姿見がある。試着場所だ。靴を脱いで中心に立ち、近くに脱いだ服と荷物を置く。仮面も取った今のルルは、誰が見ても種族が分かる。しかしもちろん誰もお客は来ないよう、少し早いが店は閉めた。
「全体的に、肌が見える部分は全て隠そうと思う」
『顔は?』
「顔布を当てればいい」
太陽のような濃い黄色の裾の広いズボンと、体型が分かりにくいゆったりとした同色の上着。そこにマットな焦げ茶の布を、いつものマント代わりにかぶせる。全体的に細かな模様が入っていて、上品ながらに高級感がある。
そして頭に紐で固定して、顔隠しの布をつけた。黒地に金の刺繍がされている。薄い生地だが、光には透けない作りだ。仕上げに、肘まである長い手袋を着ける。
「できるだけ旅人らしくしよう。この容姿でここに置いた物を売っていると言えば、普段のルル自身は陰に隠れる」
そうすれば、アヴィダンにとってはその商材を売る人物像が、オリクトの民から遠のく。普段の姿でも動きやすくなるだろう。
ルルはその場でクルクル回ってみる。姿見は彼にとって意味がないため、動いて把握するのだ。普段スカート状だから、足の間に仕切りがあるのは新鮮だ。ピッタリしていないから、窮屈さもない。
「うん、とても似合う。あ、髪を縛っておこう。その方が見えにくい」
少しでも隠せるところは隠す。ルルの髪は膝までの長さで、それだけでも目立つ。髪を縛るなんていつぶりだろうか。幼い頃に、今よりも伸びた髪を持て余し、緩く縛ってからしばらく髪をいじっていない。
髪を梳かれるのは相変わらず好きで、ルルは服にしまわれていた髪を、全て外に流す。重力に従ってさらさら落ちていく髪の動きは滑らかで、何故だか動きがゆっくりに見えた。触れても、髪とは思えないほど艶やかで柔らかい。
「何か特別な手入れを?」
『ううん?』
(これが自然……すごいな)
ルル個人が持つものか、世界の王だからか分からないが、こんな質感の髪を触れるのはいい経験だ。しかしさすがに長いから、小さくまとめるのは難しい。簡単にひとつ結びにして、余った髪は上からかぶる布の中にしまえば見えないだろう。
ファルベの指が通る感覚が心地よく、ルルは気持ちよさそうに目を閉じて身を預ける。しかし少しして不思議そうに開いた。なんだか、髪を通じて辿る指の動きが複雑だ。
『ファルベ?』
「!」
ファルベは不思議そうな声で、ハッと我に返る。冷静になった左目が手元を見れば、三つ編みになっていた。
ピンクローズには、衣装を求める以外に髪を整えたくて来るお客もいる。だがこんな綺麗な髪を触った事がないから、無意識に楽しくなってしまった。
「す、すまない」
『似合う?』
ルルは、恥ずかしそうに淡いピンクの肌を赤くするファルベに、その場で回ってみせる。風に流れて揺れる衣装と髪がよく合っている。だが中性な顔が幼いのもあって、普段よりも少女のようだ。ルルはどんな姿でも合うだろうが、どちらかと言えば女性物との相性が良さそうだ。
「ああ、とても綺麗だ。けれど、その」
『じゃあ、これがいい』
「え? いいのか?」
『うん。ファルベの気持ちが、こもってる』
ルルは見えないなりに、衣装を楽しんでいる。着たいかそうじゃないかは、選んでもらって、着て、嬉しいか嬉しくないかで判断した。布の重さが、選んでくれた相手の手を思い出させ、心の支えになる。
『ありがとう、選んでくれて』
「こちらこそ、着てくれてありがとう。それは……私が作った衣装なんだ」
ルルは仮面で目を隠そうとした間際、その言葉に目をパチクリさせた。それは最高だ。より、これからの商談が怖くない。ファルベが護ってくれているような感覚が、より強くなるから。
「ルル」
店の外へ行こうとしたとことを呼び止められ、振り返る。するとファルベはルルの手袋を片方だけ脱がせ、薄青い手をぎゅっと両手で包む。跪き、祈るように額に当てた。
無事でありますように。彼の心に力を与えますように。それを胸の中で、ひたすらに願う。
ルルはそれを理解したのか、顔の布を退かすと、同じ背丈になったファルベの額にキスをする。
『この衣装返しに、また来る』
「……ああ、待ってるよ」
本当は衣装なんて返さなくてもいい。似合っていたから、彼に譲ったっていいんだ。しかしこの会話は、無事帰るという約束。ファルベは外へ出て行くルルの背中が消えても、長い間そこを見ていた。
~ ** ~ ** ~
この国は夕刻から夜までの時間が短い。しかも灯りはあれども街頭が無いから、その分商談の時間が限られる。アヴィダンはその面倒くささに、たった数日だが呆れていた。自然を優先するのは分かるが、もっと住みやすくならないものか。
しかも芸術の国と聞いて商売を期待したが、拍子抜けだ。芸術と言っても、ほとんどが無名。アルティアルでは名が無くとも自分の芸術を続けられ、評価される。それは素晴らしいが、商人としてはルナーにならなければ、ただの子供のお遊びにすぎない。ルナーになりそうな巨匠はジオードくらいだ。
本来ならこんな国には来たくない。だが今回はそうともいかなかった。
(さっさと『目的』を見つけてしまおう。しかし、もっと歯応えがある者はいないのか)
アヴィダンの足は宛てなく彷徨い、祭壇広場で止まる。同盟国となるここの国宝は、ずいぶん大胆な所にあるものだ。だがきっと平和ボケしたここではちょうどいい。
足音がする。一人分の、少し忍び寄るような静かな足取り。ただ通り過ぎるのではなく、こちらに向かっているのが分かる。
振り返ったそこに居たのは、全身を隠すような服装の人物。変装したルルだ。見た事のない衣装で、アヴィダンはアルティアルの国民ではないと判断したようだ。視線が上下し、値踏みしているのが伝わって来る。
「何用ですかな?」
アヴィダンはほんの少し訝しそうな顔をしながらも、丁寧な笑みを崩さず尋ねる。
まだ警戒されているのは、声色で理解できる。ルルは手が届く距離まで歩み寄ると、紺色の本を取り出し、通話石ではなく文字を書いて見せた。
-声が出ないので筆談で。商談をしたい。
「ほう?」
悩ましそうな声だ。まともな品を持っているのか、疑っているのだろう。それを読んだルルは、懐からネックレスを差し出した。
焦茶をした手袋の上にあるのは、一つの石がアクセントになっているネックレス。形は珍しくないのだが、アヴィダンの茶色の目が瞠る。透明度の高い、紫色の宝石。それはピンクローズで置いてあった石と、同じ種類だ。
ルルは商談の材料として、ピンクローズには置かなかったものを出す事にした。そうすれば、よりあの店の商品がこの姿で結びつき、普段の姿で動きやすくなるだろう。
アヴィダンの目が、確かめるようにルルとネックレスを上下する。
「では貴方は旅人ですかな? アタクシはリベルタという国ですが、どちらから?」
ルルは別のネックレスを見せる。それは円盤状のペンダントヘッドの中心に、シトリンが嵌められた物。アヴィダンはそれを知っていた。
「ほう、それはアヴァールの国石! なるほど、良い物を持っているわけだ。あそこでゆっくりお話をいたしましょう」
オリクトの民であるルルは、加護を授かるための国石を必要としない。しかし何かあった時のためにと、クーゥカラットが生前、渡してくれた。国の門では犯罪者を阻止するため、旅人に国石の所持の有無を問う。犯罪者は加護を授かる国石を持てないため、いい判断材料なのだ。
特にアヴァールは、地図の無い世界の中でも有名国。貴重な金を使用しているのが特徴で、一目で分かる。
商談場所に促されたのは、女神像のベンチ。
アヴィダンは念入りに、商材のネックレスを鑑定する。何度見ても上質で、ただの鉱石では出せない美しさだ。何千という種類の宝石を見てきたが、該当するものは一つもない。
「……これはどこで?」
一か八かで尋ねてみるが、手袋で包まれた指が、顔布で隠した口元に添えられる。まあこんな美味しい材料を、そう易々と他人に言わないのは分かる。自分が持っていたとしたら、同じように安売りはしない。
商品にはルナーを、情報には情報という等価交換が必要だ。それをこの旅人は理解している。手を組んで損は無さそうだが……。
(若く見えるが……ずいぶん優秀と見える。アヴァール出身に嘘は無さそうだ)
アヴィダンはシワよった顔で、無害そうな笑顔を作る。
「いやはや失礼いたしました。しかし、この国でこんな良い商談ができるとは……アタクシも運がいい」
ルルは数秒考え、本に「芸術の国ほど、良い商談場所はない」と書き、首をかしげてみせた。物欲はないが、芸術というものの価値が計り知れないのを知っている。オリクトの民だって、芸術として売り出すほどなのだから。
アヴィダンは「ええもちろん」と、大きな仕草で頷いた。
「芸術に良し悪しはない。ただこちらは商売。ここまで言えば、アンタにはお分かりでしょう?」
商売の深い知識が無かったルルは、なるほどと息を零す。あくまで商売となるのは、美しさとは別に「名声」が必要。いくら素晴らしい作品であろうとも、無名であれば価値が劣る。
不思議なものだ。美しさを評価しているはずなのに、それよりも名声が必要だなんて。しかしアルティアルはむしろ名声が無くても、芸術を続けられる国。となればアヴィダンにとって、ここに居る時間は無駄ではないだろうか。
ここを去るのかと尋ねると、彼は意味ありげな笑みを浮かべながら、首を横に振る。そして、身を寄せて小さく囁いた。
「全貌はまだお教えできないが……この国は、お宝を隠し持っている」
ルルは首をかしげたあと、女神像を見上げた。アヴィダンは視線を釣られながらも再び否定する。
「国宝なんかよりも、もぉっといい物ですよ。そうじゃなきゃ、こんなチンケな国にわざわざ来やしない」
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「一緒に探るのはどうです? 極上の思いができますぜ?」
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立ち上がったルルに、アヴィダンは商談の終わりを察した。引き際が分かっているのか、少し残念そうな表情を作る。
「いい返事を期待していますよ」
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