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楽園へのプロローグ
狩人たち
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都心部であるここは、日が落ちてしばらくした今もまだ賑わい続けている。リーベは慌ただしく賑やかな街を、物珍しそうに見た。はぐれないように繋いだ手を引かれるがままに、歩みを進めていく。
門のような物の下を潜ると、不思議な感覚を覚えた。同じ飲み屋街なのに、賑やかさに不穏を感じる。他人か友人か分からないが、酒を片手に殴り合う怒号が響き、リーベは驚いて身をすくめた。彼にとっては訳の分からない状況だろうが、ここではこれが日常茶飯事だ。
「ワタシと一緒に居る時以外、特に夜はここに来てはいけない。約束できるね? 元気がいいのは悪い事ではないが、その分流れ弾も多い」
「うん……」
「安心したまえ。これから行く場所は安全だ」
リーラは身を寄せる小さな肩に腕を回し、角を曲がった。賑やかさが、眩いネオンの光と共に遠ざかる。そこで彼女は足を止め、リーベと顔を合わせるためにしゃがんだ。
「リーベ、これから大事な話をするから、よくお聞き。難しいだろうから、理解まではしなくていい」
「分かった」
「オマエは自分が大天使である事を理解しているね?」
「? うん」
「そして、楽園が嫌だとも言ったね?」
「うん、いやだ」
リーベはそう言いながらムッとする。リーラはその顔に安心したようにクスッと笑い、今日の出来事と、これからするべき事を語った。
心臓でもある核が様々な場所に飛び散り、今集まったのは二つの欠片だけという事。大天使の核は、人間にも天使にも悪影響を及ぼす事。それをいち早く手に入れ、リーベに戻さないといけない事。そして、核を敵の手に渡らせれば、楽園化計画が進行する恐れがあるという事も。
「敵って誰だ?」
「楽園化計画を最初に考えた人だ」
リーベの耳が、低く優しい声を思い出させる。恐ろしいと思える楽園を望む彼は、確実に悪。それなのに、どうして『悪い人』と思えないのだろうか。だからと言って、その楽園化に反対なのには変わらないのだが。
「やっぱりわたしが居たら、迷惑なのか……?」
「何バカな事を言ってるんだね。むしろ、オマエの存在が、我々には必要だ」
彼が居るからこそ、希望の未来が存在する。こちら側にいさえすれば、まだどうにでもなるんだ。より希望の未来に近づけるためには、彼に人を愛させる必要がある。
「じゃあ、わたしは何ができるんだ? リーラはぎゅってしてくれたから、なんでもする!」
リーベは意気込むように、両手で拳を作る。リーラはその言葉にキョトンとした。抱きしめるという、簡単な行動でずいぶんと懐かれたものだ。しかしバカにするような事を彼女はしない。
可愛らしい大きな瞳が、緑から黄色に変わった。その力強さから、冗談ではなく本気であるのが分かるのだ。彼は生まれながらに、愛の対価の重さを知っている。
「これからオマエは、ワタシのパートナーとなってもらう」
「パートナー?」
「人間に悪影響となるテンシを狩る仕事を、ワタシと組んでやるんだ。人間がひどい目に遭うのは嫌だろう? 一緒に、やってくれるね?」
「うんっ!」
「いい子だ。もちろん、ワタシたちだけじゃないぞ? 仲間がいる」
リーラは立ち上がり、握り潰せそうな小さく白い手を引いて再び歩き出した。
ゴミ箱のせいで余計に狭くなった路地が終わりを告げる。その先にはまるで身を隠すかのように、一軒のBARが建っていた。店名を掲げる看板には『Rose』と書かれている。内装は見えないが、ドアの隙間から漏れる光が賑やかさを想像させた。リーラはそんな焦げ茶色の扉を開ける。暗さに慣れた目に、眩しい光が突き刺さった。
何度も瞬きをし、ようやくリーベの視界は慣れた。鮮明になった光景に、思わずリーラの後ろに隠れた。十数人が二人を見ているのだ。だが彼が気付かないだけで、皆楽しそうな表情をしている。
カウンター内に居る男が、リーラを見て穏やかな笑顔を作った。
「あら、いらっしゃい」
「やっと来た~!」
「リーラさんお疲れさまです」
「やあみんな、楽しんでいるかい? リーベ、おいで」
隠れた小さな体に腕を回し、空いている席に座らせる。
「何か甘いノンアルカクテルと──」
注文しながら、リーベの隣に座ろうとしたリーラの目の前に、鮮やかな黄色をした飲み物が出される。それはアースクエイクという、よく頼むカクテルだ。隣を見ると、若干黒を残した金髪を一つに束ねた男が、面白そうに笑っていた。親しいのか、彼女も気さくな笑みを返す。
「おや、生き霊も参加しているな?」
「ひどい言い草やわあ。せっかくいつもの先に頼んでやったのに」
「はは、ありがたく飲むよ。観光かね?」
「知り合いの舞台観に来とったんよ。久々にローズちゃんとこ行こ思ったら、東京の歓迎会や言うから。代表なのに遅かっやん」
「色々あってね」
「そのかわい子ちゃんも新人ちゃん?」
二人のやりとりをなんとなく眺めていたリーベは、急に話題が向いた事に体を固めた。強張りを解くように、リーラの手が肩を撫でる。
「自己紹介はもう済んでるのかい?」
「んや、リーラ待ちよ」
「そうだったのか。みんな、盛り上がっているところ申し訳ない!」
リーラは立ち上がり、注目を自分に向けさせる。一時間も過ぎたが、自己紹介の場は大事だ。
普段の活躍を労う飲み会でもあるが、あくまでメインは新人歓迎会。一人でも心が打ち解けられる相手や、入れる輪を探すきっかけになる重要な時間だ。ただ飲み食いするだけではもったいない。
「名前や戦い方など、それぞれオリジナルで言ってくれ」
「はいはい! せやったら俺から行くわ」
ハルとリーラが呼んだ男が、陽気に手をあげて立ち上がった。
「オマエは東京じゃないだろ」
「ええやん、見本見本。俺は那和 春人って言います。ハルとかハル兄って呼んでな~! 戦い方は物理で、代表が言った通り普段は大阪に居るんよ。せやから、大阪出張に来た時はよろしゅうな。遠慮せんで絡んでくれな? ボッチにされると泣いちゃうから!」
春人はすがるように両手を胸の前で絡ませ、泣き真似をする。彼のおかげで、場にあった僅かな緊張がほぐれたようだ。そのあとは、新人が空気を重く感じさせない配慮か、狩人として経験のある者たちが自己紹介を続ける。
「は~い、じゃあ次俺ね?」
そう言って立ち上がったのはミア。華のある彼女に、顔を染める青年たちが何人か見える。
「俺はミア! 念のため言っておくと、俺、男だからね」
一瞬でもときめいた者たちは目を疑った。そう、ミアは彼女ではなく彼。正真正銘、男だ。しかし彼が着る服は女性物。ミアは可愛い服や物が大好きなのだ。
「武器は銃。基本的には足のホルダーをスカートで隠してるけど……見せると思った? すけべ」
彼の指が触れる、膝よりも少し短いスカート。誘われるように視線を落としていた男たちは、全員慌てたように顔を逸らした。
性別を発表されてもそうしてしまうのは、彼の努力の賜物というもの。可愛い物を身に付けても違和感のないよう、相当な努力を積んだのだ。その結果、どこから見ても可憐な少女が誕生した。
ミアの自己紹介が終わると、隣に居る翡翠が立ち上がる。彼とは違い、どこか自信なさげに見えた。
「翡翠です。えっと……武器は刀です。三年目で……あ、最近、ボクシングを少し。よ、よろしくお願いします」
彼女は長身でタトゥーが目立つ。だがその見た目の派手さとは裏腹に、少し内気なのだ。それでも身体能力に優れ、三年という浅い歴でも狩人として優秀な人材だ。
「忠徳だ。今はねえが、剣で戦う。年寄りだが邪険にしないでくれ? まだまだ隠居はしないつもりだからよろしくなぁ」
彼は人間の中では最年長だろう。だが最近の健康診断では身体年齢が30代と、実年齢の倍の若さを叩き出した。
「高崎 律と言います。僕の戦い方は……えっと、なんと言ったらいいかな。簡単に言うと、機械系でみなさんをサポートします。あ、壊れたパソコンとかがあったら言ってください。粉々じゃない限り直せますので!」
律は幼さの残る顔を懐っこそうに微笑んだ。彼は、例えばハッキングや、難解なパスワードなどを解くのが得意だ。謙遜しているが、もちろん現場での戦いも手慣れていて、歴が浅いながらに頼りになる。
隣に座っていた青年が、律の自己紹介が終わった事に数秒遅れで気付く。自分の番だと視線で分かると、少し気怠げに立ち上がった。
「紾。あー……毒を使います。そーいう罠系があったら俺に言って。基本どの毒も、オリジナル系も分かるから」
紾は人間だが、様々な毒に耐性がある。派手な戦い方ができないからこそ、静かに動かなければならない作戦を成功に導ける数少ない存在だ。クールな性格のせいか、あまり人を寄せ付けないのが難だが。
それぞれ個性ある自己紹介が続き、ちらほら新人も立ち始める。しかしそのうち、立ち上がった少女が戸惑いを見せた。彼女は室内だが黒いマスクを取ろうとせず、スマホを握りしめている。
それまで見守っていたリーラが理由に気付いて口を開いた。
「彼女はアゲハ。戦い方がだいぶ特殊でね、迂闊に喋れないんだ。そうだね?」
「……っ!」
アゲハは涙目になりながらコクコクと大きく頷いた。そして急いでスマホを指で叩くと、勢いよく画面を全員へ見せた。
『私の声は音波となって、敵に攻撃をします。人にも影響があるので、喋れません。普段はこうやって会話をします』
メモ帳に打たれた文字を、感情の無い女性の声が読み上げる。
皆それにすんなり納得した。狩人の中には、リーラ以外に人外が多く居る。現代に融け込むため、己の力を存分に発揮させられる狩人となるのだ。
アゲハは歓迎する空気に慣れないのか、大きな身振りで頭を下げて、縮こまるように座った。
「清水 澄と申します! 自分は銃などで主にサポート系を務めさせて頂くかと思います。ふ、不束者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします……!」
「ごべんたつってなんだい?」
リーラは聞き慣れない日本語を、春人に小さく尋ねる。
「鼓舞……んあ~……励ましの言葉みたいな感じやね」
「なるほど。日本の社会人は、やはり礼儀が凄いな」
誰よりもかしこまった態度の彼は、背筋を整えてきっちり会釈すると静かに座った。するとその間は呼吸を止めていたのか、大きく息を吐く。澄の礼儀は、リーラが言った通り会社員だった頃の名残だろう。しかしもう少し砕けてもいいと思ってしまうのは、国の違いだろうか。
澄の銃は、敵の僅かな隙間を狙うスキルに長けている。リーラが直々に狩人へ誘った人材なのもあって、その力は保障されている。
新人の自己紹介も最後に近づいてきた。残りはリーベを含めて二人。遠くの席に居る男が立ち上がり、リーラを鋭く見つけた。
「独。俺は……代表になる」
低く、囁くように宣言された一言に、既に数年の暦を重ねた狩人が隣同士で視線を合わせる。ずいぶんと大胆な宣言だ。代表になるという事は、リーラを超えるというのと同義だ。
彼女本人は面白そうに目を細める。独はそれ以上語る気は無いのか、席に腰を下ろした。最後に残されたリーベが、リーラに手で指示をされて立ち上がる。
「えっと、リーベだ! わたしは……わたしができる事で、いっぱい頑張りたい。あと、みんなと仲良くしたい!」
リーベはまだどう戦えばいいのか、自分がどんな戦力になるのか分かっていない。だから言えるのはこれだけだ。まるで子供の自己紹介だが、彼の目が誰よりもキラキラとしていて、皆それに微笑んだ。
何か他に言うべき事はあるか、必死に言葉を探していると、肩にリーラの手が置かれる。振り返ると、彼女が「座っていい」と言いながら立ち上がった。
門のような物の下を潜ると、不思議な感覚を覚えた。同じ飲み屋街なのに、賑やかさに不穏を感じる。他人か友人か分からないが、酒を片手に殴り合う怒号が響き、リーベは驚いて身をすくめた。彼にとっては訳の分からない状況だろうが、ここではこれが日常茶飯事だ。
「ワタシと一緒に居る時以外、特に夜はここに来てはいけない。約束できるね? 元気がいいのは悪い事ではないが、その分流れ弾も多い」
「うん……」
「安心したまえ。これから行く場所は安全だ」
リーラは身を寄せる小さな肩に腕を回し、角を曲がった。賑やかさが、眩いネオンの光と共に遠ざかる。そこで彼女は足を止め、リーベと顔を合わせるためにしゃがんだ。
「リーベ、これから大事な話をするから、よくお聞き。難しいだろうから、理解まではしなくていい」
「分かった」
「オマエは自分が大天使である事を理解しているね?」
「? うん」
「そして、楽園が嫌だとも言ったね?」
「うん、いやだ」
リーベはそう言いながらムッとする。リーラはその顔に安心したようにクスッと笑い、今日の出来事と、これからするべき事を語った。
心臓でもある核が様々な場所に飛び散り、今集まったのは二つの欠片だけという事。大天使の核は、人間にも天使にも悪影響を及ぼす事。それをいち早く手に入れ、リーベに戻さないといけない事。そして、核を敵の手に渡らせれば、楽園化計画が進行する恐れがあるという事も。
「敵って誰だ?」
「楽園化計画を最初に考えた人だ」
リーベの耳が、低く優しい声を思い出させる。恐ろしいと思える楽園を望む彼は、確実に悪。それなのに、どうして『悪い人』と思えないのだろうか。だからと言って、その楽園化に反対なのには変わらないのだが。
「やっぱりわたしが居たら、迷惑なのか……?」
「何バカな事を言ってるんだね。むしろ、オマエの存在が、我々には必要だ」
彼が居るからこそ、希望の未来が存在する。こちら側にいさえすれば、まだどうにでもなるんだ。より希望の未来に近づけるためには、彼に人を愛させる必要がある。
「じゃあ、わたしは何ができるんだ? リーラはぎゅってしてくれたから、なんでもする!」
リーベは意気込むように、両手で拳を作る。リーラはその言葉にキョトンとした。抱きしめるという、簡単な行動でずいぶんと懐かれたものだ。しかしバカにするような事を彼女はしない。
可愛らしい大きな瞳が、緑から黄色に変わった。その力強さから、冗談ではなく本気であるのが分かるのだ。彼は生まれながらに、愛の対価の重さを知っている。
「これからオマエは、ワタシのパートナーとなってもらう」
「パートナー?」
「人間に悪影響となるテンシを狩る仕事を、ワタシと組んでやるんだ。人間がひどい目に遭うのは嫌だろう? 一緒に、やってくれるね?」
「うんっ!」
「いい子だ。もちろん、ワタシたちだけじゃないぞ? 仲間がいる」
リーラは立ち上がり、握り潰せそうな小さく白い手を引いて再び歩き出した。
ゴミ箱のせいで余計に狭くなった路地が終わりを告げる。その先にはまるで身を隠すかのように、一軒のBARが建っていた。店名を掲げる看板には『Rose』と書かれている。内装は見えないが、ドアの隙間から漏れる光が賑やかさを想像させた。リーラはそんな焦げ茶色の扉を開ける。暗さに慣れた目に、眩しい光が突き刺さった。
何度も瞬きをし、ようやくリーベの視界は慣れた。鮮明になった光景に、思わずリーラの後ろに隠れた。十数人が二人を見ているのだ。だが彼が気付かないだけで、皆楽しそうな表情をしている。
カウンター内に居る男が、リーラを見て穏やかな笑顔を作った。
「あら、いらっしゃい」
「やっと来た~!」
「リーラさんお疲れさまです」
「やあみんな、楽しんでいるかい? リーベ、おいで」
隠れた小さな体に腕を回し、空いている席に座らせる。
「何か甘いノンアルカクテルと──」
注文しながら、リーベの隣に座ろうとしたリーラの目の前に、鮮やかな黄色をした飲み物が出される。それはアースクエイクという、よく頼むカクテルだ。隣を見ると、若干黒を残した金髪を一つに束ねた男が、面白そうに笑っていた。親しいのか、彼女も気さくな笑みを返す。
「おや、生き霊も参加しているな?」
「ひどい言い草やわあ。せっかくいつもの先に頼んでやったのに」
「はは、ありがたく飲むよ。観光かね?」
「知り合いの舞台観に来とったんよ。久々にローズちゃんとこ行こ思ったら、東京の歓迎会や言うから。代表なのに遅かっやん」
「色々あってね」
「そのかわい子ちゃんも新人ちゃん?」
二人のやりとりをなんとなく眺めていたリーベは、急に話題が向いた事に体を固めた。強張りを解くように、リーラの手が肩を撫でる。
「自己紹介はもう済んでるのかい?」
「んや、リーラ待ちよ」
「そうだったのか。みんな、盛り上がっているところ申し訳ない!」
リーラは立ち上がり、注目を自分に向けさせる。一時間も過ぎたが、自己紹介の場は大事だ。
普段の活躍を労う飲み会でもあるが、あくまでメインは新人歓迎会。一人でも心が打ち解けられる相手や、入れる輪を探すきっかけになる重要な時間だ。ただ飲み食いするだけではもったいない。
「名前や戦い方など、それぞれオリジナルで言ってくれ」
「はいはい! せやったら俺から行くわ」
ハルとリーラが呼んだ男が、陽気に手をあげて立ち上がった。
「オマエは東京じゃないだろ」
「ええやん、見本見本。俺は那和 春人って言います。ハルとかハル兄って呼んでな~! 戦い方は物理で、代表が言った通り普段は大阪に居るんよ。せやから、大阪出張に来た時はよろしゅうな。遠慮せんで絡んでくれな? ボッチにされると泣いちゃうから!」
春人はすがるように両手を胸の前で絡ませ、泣き真似をする。彼のおかげで、場にあった僅かな緊張がほぐれたようだ。そのあとは、新人が空気を重く感じさせない配慮か、狩人として経験のある者たちが自己紹介を続ける。
「は~い、じゃあ次俺ね?」
そう言って立ち上がったのはミア。華のある彼女に、顔を染める青年たちが何人か見える。
「俺はミア! 念のため言っておくと、俺、男だからね」
一瞬でもときめいた者たちは目を疑った。そう、ミアは彼女ではなく彼。正真正銘、男だ。しかし彼が着る服は女性物。ミアは可愛い服や物が大好きなのだ。
「武器は銃。基本的には足のホルダーをスカートで隠してるけど……見せると思った? すけべ」
彼の指が触れる、膝よりも少し短いスカート。誘われるように視線を落としていた男たちは、全員慌てたように顔を逸らした。
性別を発表されてもそうしてしまうのは、彼の努力の賜物というもの。可愛い物を身に付けても違和感のないよう、相当な努力を積んだのだ。その結果、どこから見ても可憐な少女が誕生した。
ミアの自己紹介が終わると、隣に居る翡翠が立ち上がる。彼とは違い、どこか自信なさげに見えた。
「翡翠です。えっと……武器は刀です。三年目で……あ、最近、ボクシングを少し。よ、よろしくお願いします」
彼女は長身でタトゥーが目立つ。だがその見た目の派手さとは裏腹に、少し内気なのだ。それでも身体能力に優れ、三年という浅い歴でも狩人として優秀な人材だ。
「忠徳だ。今はねえが、剣で戦う。年寄りだが邪険にしないでくれ? まだまだ隠居はしないつもりだからよろしくなぁ」
彼は人間の中では最年長だろう。だが最近の健康診断では身体年齢が30代と、実年齢の倍の若さを叩き出した。
「高崎 律と言います。僕の戦い方は……えっと、なんと言ったらいいかな。簡単に言うと、機械系でみなさんをサポートします。あ、壊れたパソコンとかがあったら言ってください。粉々じゃない限り直せますので!」
律は幼さの残る顔を懐っこそうに微笑んだ。彼は、例えばハッキングや、難解なパスワードなどを解くのが得意だ。謙遜しているが、もちろん現場での戦いも手慣れていて、歴が浅いながらに頼りになる。
隣に座っていた青年が、律の自己紹介が終わった事に数秒遅れで気付く。自分の番だと視線で分かると、少し気怠げに立ち上がった。
「紾。あー……毒を使います。そーいう罠系があったら俺に言って。基本どの毒も、オリジナル系も分かるから」
紾は人間だが、様々な毒に耐性がある。派手な戦い方ができないからこそ、静かに動かなければならない作戦を成功に導ける数少ない存在だ。クールな性格のせいか、あまり人を寄せ付けないのが難だが。
それぞれ個性ある自己紹介が続き、ちらほら新人も立ち始める。しかしそのうち、立ち上がった少女が戸惑いを見せた。彼女は室内だが黒いマスクを取ろうとせず、スマホを握りしめている。
それまで見守っていたリーラが理由に気付いて口を開いた。
「彼女はアゲハ。戦い方がだいぶ特殊でね、迂闊に喋れないんだ。そうだね?」
「……っ!」
アゲハは涙目になりながらコクコクと大きく頷いた。そして急いでスマホを指で叩くと、勢いよく画面を全員へ見せた。
『私の声は音波となって、敵に攻撃をします。人にも影響があるので、喋れません。普段はこうやって会話をします』
メモ帳に打たれた文字を、感情の無い女性の声が読み上げる。
皆それにすんなり納得した。狩人の中には、リーラ以外に人外が多く居る。現代に融け込むため、己の力を存分に発揮させられる狩人となるのだ。
アゲハは歓迎する空気に慣れないのか、大きな身振りで頭を下げて、縮こまるように座った。
「清水 澄と申します! 自分は銃などで主にサポート系を務めさせて頂くかと思います。ふ、不束者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします……!」
「ごべんたつってなんだい?」
リーラは聞き慣れない日本語を、春人に小さく尋ねる。
「鼓舞……んあ~……励ましの言葉みたいな感じやね」
「なるほど。日本の社会人は、やはり礼儀が凄いな」
誰よりもかしこまった態度の彼は、背筋を整えてきっちり会釈すると静かに座った。するとその間は呼吸を止めていたのか、大きく息を吐く。澄の礼儀は、リーラが言った通り会社員だった頃の名残だろう。しかしもう少し砕けてもいいと思ってしまうのは、国の違いだろうか。
澄の銃は、敵の僅かな隙間を狙うスキルに長けている。リーラが直々に狩人へ誘った人材なのもあって、その力は保障されている。
新人の自己紹介も最後に近づいてきた。残りはリーベを含めて二人。遠くの席に居る男が立ち上がり、リーラを鋭く見つけた。
「独。俺は……代表になる」
低く、囁くように宣言された一言に、既に数年の暦を重ねた狩人が隣同士で視線を合わせる。ずいぶんと大胆な宣言だ。代表になるという事は、リーラを超えるというのと同義だ。
彼女本人は面白そうに目を細める。独はそれ以上語る気は無いのか、席に腰を下ろした。最後に残されたリーベが、リーラに手で指示をされて立ち上がる。
「えっと、リーベだ! わたしは……わたしができる事で、いっぱい頑張りたい。あと、みんなと仲良くしたい!」
リーベはまだどう戦えばいいのか、自分がどんな戦力になるのか分かっていない。だから言えるのはこれだけだ。まるで子供の自己紹介だが、彼の目が誰よりもキラキラとしていて、皆それに微笑んだ。
何か他に言うべき事はあるか、必死に言葉を探していると、肩にリーラの手が置かれる。振り返ると、彼女が「座っていい」と言いながら立ち上がった。
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