探偵日記

夏川 俊

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『 1枚のフォトグラフ 』3、事実

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「 この家が、そうか・・・ 」
 木造2階建て。 シャッターの付いたガレージがある。
 葉山は、お得意のデータ調査で、名前から割り出した住所を頼りに、都心からやや離れた新興住宅地に来ていた。 近隣の生活水準は、やや高めと見受けられる。
 婚約者の杉田 浩二氏・・・ 離婚した後、実家に戻っているのかどうかは、依頼人からも情報は無い。 娘さんからは、何も聞かされていないからだ。 奥さんも実家に戻った可能性があるが、杉田氏の台帳データでこの住所が判明したと言う事は、杉田氏・・ もしくは、別れた奥さんが住んでいる事を示唆する。
 どちらが居住していたとしても、離婚理由など、誰だって語りたくは無いものだ。 触れたくない過去の情報を、どうやって聞き出すか・・・ である。
 小さなため息をした後、葉山は、玄関の方に回った。
「 ? 」
 玄関に回った葉山は、ある事に気付いた。 表札には、『 鈴井 』とある。
( どういう事だ・・? 何で、杉田じゃないんだ? ・・データ調査のミスか? )
 そんなはずは無い。 誕生日が一致する同姓同名者は、県下には、いなかったはずだ。 2つのキーワード検索の一致から得られた情報だけに、間違う可能性は、限りなくゼロに近い。
( 住所の読み違いか? )
 葉山は、もう一度、住所を確かめた。 だが、何度確認しても、この住所である。
( ・・・変だな )
 普通なら『 所在確認不明 』で引き返すところだが、葉山は、いつも『 ダメ元 』を心掛けている。
( 空振りかもしれんが・・ せっかく来たんだから、1件くらい聞き込みをしてから帰るか )
 隣の敷地で、小さな畑を耕している初老の女性がいた。 家庭菜園の延長のような畑だ。葉山は、その女性に声を掛けた。
「 すみませ~ん。 この辺りに杉田さんというお宅、ありませんか? 」
 女性は、小さな大根を抜き取ると、葉山の方は振り返らず、大根の土を払いながら答えた。
「 んん? 杉田・・? 」
「 ええ。 確か、この辺りと聞いてたんですが・・ 」
「 お宅・・ その、杉田さんと知り合いかい? 」
 彼女は大根を、ポンと畑の脇に投げると、葉山に言った。 相変わらず、葉山の方は見ない。 ・・だが、何かを知っているような口調である。
 葉山は答えた。
「 学生時代の友人です。 以前、住所だけは聞いてたんですが、来た事が無くって・・・ 今日は、僕、代休で休みなんですけど・・ 浩二君も時々、平日休みになる事があるって聞いてたもんですから・・・ 」
 彼女は、もう1本、大根を抜くと、『 鈴井 』の表札が掛かっている家を見ながら、吐き捨てるように答えた。
「 ・・前は、そこに住んでたけどね。 今は、もういないよ 」
「 え・・? 」
 やはり、この家は杉田氏の家だったのだ。 しかし・・ どういう事なのだろうか? 表札が・・・
 彼女は、初めて葉山の方に向き直り、言った。
「 お宅、何も聞かされてないみたいだね。 離婚したんだよ 」
「 ・・離婚・・・ 」
 離婚の事実を知っている葉山ではあるが、初めて聞いたような素振りを見せた。
( もしかして・・・ )
 葉山は、直感した。 対象者の杉田は、婿に来たのかもしれない。
 困惑の表情の葉山に、彼女は、少し歩み寄ると言った。
「 真面目な婿だったんだがねえ・・・ あんな人だとは、思わなかったよ。 まあ、友達のお宅を前に言うのも何だケドね・・・ 」
 愚痴っぽい言い方の彼女。
 ・・やはり対象者は、婿に来ていたようだ。 新たな真実である。 想像もしていなかった展開だ。 これは少々、予定のシチュエーションにも、注意する必要がある。
( しかし、ダメ元で聞き込みをして良かった・・・! どうやら、別れた奥さんの母親らしいな )
 葉山は、対象者の義母と思わしき女性に言った。
「 ・・そうなんですか・・ 全然、知りませんでした。 あいつ、何かしたんですか? いいヤツだったんですがねえ・・・ 」
 彼女は、少し曲がった腰に両手を当て、言った。
「 まあ、仕事は、真面目さね・・ だけど、他で女、作っちまってね。 ウチの主人も、きっぱり別れるなら水に流す、って言ったんだけど、ガンとして譲らないのさ 」
 引き抜いた大根をまとめ、コンビニのビニール袋に入れながら、彼女は続ける。
「 お宅も友達なら、今度会ったら言っておいておくれよ。 子供を勝手に作っておいて、大切な人がいるからソッチに行く、ってのは、あまりに身勝手過ぎるだろ? ってね 」
「 ・・はあ 」
 尚も、彼女は独り言のように続けた。
「 辛い結婚生活送ってる人だから、放っておけない・・ なんて言い訳、通じるとでも思ってんのかねえ。 ウチの娘だって、おかげで辛い生活、送らされてるよ、まったく。 確かに、払うモンは毎月、停滞無く振り込んでもらってるケド・・・ 金さえ払えば済む、ってモンじゃないよ 」
 積もった鬱憤を、一気に吐き出したような彼女。 かなり、込み入った内容までを暴露している。 普通は他人に、ここまで話す事は無いだろう。 感情的になっているのが、幸いしている。
 葉山は言った。
「 何にも、聞いてなかったなあ・・ 久しく、浩二君にも会ってないし・・ その、浮気相手の女性ってのは、まさか僕らの知ってる仲の人・・ じゃ、ないでしょうね? 」
「 さあ、どうかね。 市内の人だって聞いてるよ。 確か、東区辺りに住んでて・・ 佐伯って人だよ 」
( は・・? 佐伯? )
「 実は、その人も、出来ちゃった結婚らしいさね。 ダンナさんは、ヤクザらしくてさ・・・! 何で、最近の若いモンは、こうなんだろうね。 ウチの娘もそうだから大きなコト言えないけど、もうちっと節操を持たなくちゃいけないよ、ホント・・ 」

 参った・・・!
 こんな展開、誰が予想しただろうか。
 葉山は、車に戻り、タバコをふかしながら、知り得た情報の収拾を始めた。
 導き出された結果に、葉山は苦慮する。
( ・・つまり、対象者の杉田氏の離婚理由は、依頼者の娘さん・・ ってコトか・・! )
 東区の佐伯。 ヤクザ関係者らしき男と、出来ちゃった結婚・・・ この情報に当てはまるのは、依頼者の娘さんだ。 絶対であるとは言い切れないが、その確率は極めて高い。 その女性と浮気をし、対象者は、離婚した・・・ 少なくとも、鈴井家では、そういう経緯となっている。
( 報告書に、何て書きゃいいんだよ・・! ドコを、どう遠回りして書いたって、まんまじゃないか )
 真実を追究し、依頼者の希望に則する情報を入手するのが、我々、探偵の仕事だ。 報告書には、ありのままを書くしかない。 対象者である杉田氏の離婚理由は、市内東区に住む『 佐伯 』という女性と一緒になる為、だったのだ。
( ・・まてよ? 対象者の杉田氏と依頼者の娘さんは、以前から顔見知り・・ いや、付き合っていたのかもしれないぞ・・・? 杉田氏は、若気の至りで妊娠させてしまった鈴井さんの娘さんと、結婚はしたが・・ やはり、佐伯さんの娘さんと暮らしたいと考えて・・・ )
 杉田氏の、離婚に関わる理由・行動が、それなら理解出来なくもない。 もっとも、最善の選択だったとは言えないが・・・
 では、依頼者である佐伯さんの娘さんについてはどうか? 働きもしない男性、と見抜く前に、どうして関係を結んでしまったのか・・・?
 葉山は、とある仮説を立ててみた。
( 杉田氏と、佐伯さんの娘さんが付き合っていた、とするならば・・・ 好意を持っていた杉田氏が結婚してしまい、自暴自棄になって、ヤクザとは知らずに、行きずりの関係を結んでしまった・・・? )
 煙をくゆらせながら、思案を続ける葉山。
( 依頼者の家で見た、あの写真立ての中に、杉田氏も写っていたんじゃないだろうか・・・? そんな予感がする )
 短くなったタバコを、車内の灰皿で揉み消す葉山。 想像は限りなく膨らみ、行き着く先は見当すらつかない。
( こりゃ、依頼者である佐伯さんの娘さんの身辺調査もしなくちゃならんな・・・ )
 葉山はエンジンを掛けると、市内にある事務所へと向かった。

『 葉山さん、さっき、娘の友人が自宅に来まして・・ 2時間ほど、娘と話をしていましたが・・ 今、帰って行きました。 娘も、コンビニのバイトに出掛けました 』
 数日後の夜、依頼者から連絡があった。
「 分かりました。 すぐにそちらへ向かいますので、この電話を切った後、元通りに発信機のスイッチは戻しておいて下さい 」
 先日の聞き込み調査で判明した杉田氏の情報は、あえて伝えなかった。 変に動かれても困る。 どのみち、報告書で知る事となるのだ。 今は、盗聴器の電波発信確認の方が優先課題である。

 依頼者の家の前に着くと、葉山は受信機のスイッチを入れた。
( チューナーのレベルが反応している・・・! )
 アンテナを、依頼者の家の方角とは反対の方へ外すと、レベルは落ちた。 今度は、アンテナを家の方へ向ける。 レベルは、振り切れてしまった。 間違いない。 盗聴電波が、依頼者の家から再発信されている・・・!
 葉山は携帯を出すと、依頼者宅に電話を掛けた。
『 はい、佐伯です 』
 ほどなくして、依頼者が電話口に出た。
「 葉山です。 はい、いいえ、のみで答えて下さい。 ご主人は、仕事からお帰りですか? 」
『 いいえ 』
「 奥様以外、どなたかご在宅ですか? 」
『 いいえ 』
「 今から、ご自宅に上がらせて頂きますが、ひと言も喋らないで下さい。 呼び鈴も押しません。 この電話は『 どうも 』と言って、お切り下さい 」
『 どうも 』
 玄関を開ける、葉山。 依頼者の婦人が、心配顔で出迎えた。 葉山は、片手で軽く会釈をすると、まっすぐ応接室に向かい、ラック下の発信機を外すと、電源を切った。
「 もう、喋っても大丈夫ですよ 」
 葉山が、婦人に言った。
「 ・・どうでしたか・・? 」
「 電波が、発信されています・・! 」
 裏蓋を開け、電池を確認する。
「 絶縁のゴムがない・・ やっぱり新品に換えてあるな・・! 」
 携帯を出し、先日、撮影した電池の映像を、パネルに再生する。
「 傷が無い・・ 違う電池ですね・・! ほら、見て下さい 」
 盗聴器に入っていた電池を取り出し、映像の電池と比べる葉山。
 婦人は、口元を両手で押さえ、言った。
「 ・・と言う事は、さっき来ていた娘の友人の子が・・! 」
「 そうなりますね・・・ 」
 新たに入れられていた電池を、携帯のカメラで撮影しながら、葉山は続けた。
「 この発信機は、撤収しましょう。もう必要ありませんしね。 来ていたのは、娘さんの友達に間違いありませんか? 」
「 ええ、そうです・・・ でも・・ あの、大人しそうな子が、まさか・・・ 」
「 名前は、判りますか? 」
「 はい。 確か、横井・・ 君です。 下の名前は知らないですが、娘は、ケンイチって呼んでます。この子ですよ・・! 」
 婦人はそう言うと、幾つかある写真立ての中から1つを手にとり、葉山に指差して見せた。 依頼者の娘さんを中心に、校庭らしき場所で写っている写真だ。 婦人が指差した人物は、写真に向かって一番右端に立っている、大人しそうな雰囲気の男性だった。
「 高校時代からの友人ですが・・・ どうしてあの子が・・・! 」
 婦人は、思いがけない事実に、困惑しているようだ。
 葉山は尋ねた。
「 その、横井って子の連絡先は、ご存知ないですか? 」
「 電話帳に確か・・ 娘の携帯がつながらないと、よくこの電話にかけて来るので、返信用に聞いていまして・・・ 」
 ソファー横の、テーブルの上に備え付けてあるアドレス帳をめくる婦人。
「 あ、これです 」
 自宅らしき電話番号の他に、携帯電話の番号も書いてある。 葉山は、それらを自分の携帯にメモリーすると、婦人に言った。
「 彼には、何も聞かないで下さい。 こんな事をする裏には、何か必ず、事情があるはずです。 私が接触して聞いてみますので、問い詰めるような事は、差し控えて下さい。 すべては、報告書にてご説明致します 」
 葉山は、依頼者宅を後にした。

 車を走らせ、思案する。
( 犯人は、横井ケンイチという、高校時代からの親友か・・・ 動機は、何だろうな。 やっぱり、男女間の絡みかな? あの写真は、仲良さそうな友達とのスナップ、という感じだ。 友情が愛情に変わり、それに独占欲が生じたか・・・ )
 軽率な想像は、調査の基本を邪魔する。 しかし葉山には、そんな雰囲気を感じ取る事が出来た。 男女のしがらみは、嫌と言う程、見て来ている。 つくづく、探偵とは因果な商売なのである・・・
 本案件の主調査は、もう終了していると言っても過言ではないだろう。 たった1人からの聞き込み証言のみだが、実の母親からの情報である。 まず、間違いないだろう。 後は、盗聴器を仕掛けた横井という青年の対処だけだ。
( ・・コッチの方が、難しいかもな・・! )
 ため息をつく、葉山。
 現実は、ドラマのようにはいかないものだ。
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