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第2章 『最高の縁談』を求めていた完璧公爵令嬢が気づいたこと。
【2-3.私の考えは間違っているのかもしれない】
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すでに会場はたくさんの招待された貴族でにぎわっていた。
招待客たちはめいめいでグループを作り、楽しそうに談笑しているが、一部の人たちはケイトを見るなり意地悪な視線を投げかけてきた。「マーシェル王子の婚約者候補に選ばれてさぞ鼻が高かったろうに、別の女に取られて残念ね」「ざまぁないわね」といった視線だ。
しかし、同時に好奇な視線も感じた。
ケイトは、ポールやギルバートという、独身のそれなりにしゅっとした高位貴族男性を二人も引き連れているので、「まあ、さすがね。あのイケメン男性をどうどうと従わせている風情をごらんなさい」「もう別の男性を確保しているの? マーシェル王子のことは引きずっていないのね」といった声がこっそり聞こえてきた。
ケイトは噂話の『どうどうと』とは裏腹に周囲の視線が痛くてすぐにも逃げ帰ってしまいたい気持ちになっていたが、ポールとギルバートはどんどん前を歩いて行くし、メルディアーナを紹介してもらえるというので一応着いて行く。
すると周囲の視線に勘付いていたのか、ポールがそっと歩みを緩めてケイトのすぐ隣、肩が触れるところまで来た。そして耳元にそっと口を近づけると、
「気にしなくていいんじゃない? あの人たちまさか俺たちがメルディアーナのとこ行くなんて思ってないでしょ。しょせんあの人たちの頭の中に浮かぶレベルのことしか噂できないんだから放っておきなよ」
とこそっと囁いた。
ケイトはハッとしてポールの顔を見つめた。
ポールはケイトの目を見返す。そして、ちょっと微笑んだ。
ポールとギルバートは、品評会会場の正面の方へケイトを連れて行った。
正面の特等席なので招待客がたくさん座っている。ここは特に高位の貴族や古くからの名門貴族といった、名の通った家の貴族が前の方を陣取っていた。
貴族の中でも特に礼儀作法に厳しい家の者たちであるので、賑わっている会場の中でもここだけは空気が凛としていて、選ばれし者だけが近寄ることを許される雰囲気だった。
もちろんケイトの両親ブライルド公爵夫妻も正面の一番前の席に座り、隣に座る国王の従妹君とおしゃべりしていた。
ブライルド公爵夫妻は娘に気づいて「こっちよ」と手を振ったが、ケイトは無視する。今日はこんな針のむしろには座りたくない。
すると、ポールとギルバートが前方の席に背を向けて、周囲にキョロキョロと目を向けてから後列の方へケイトをいざなった。
「後ろ?」
とケイトが聞くとギルバートは無言で肯いた。
「マーシェル王子の婚約者とはいえ、成金コルウェル伯爵家では前の方の席は無理か……。まあそうよね、結婚前だし、成金伯爵家の分際で、ここで出しゃばって公爵家の横に座ろうものなら反感買うものね……」
と、ケイトがそんな風に思っていたら、ポールとギルバートはどんどん後ろへ歩いて行き、ついに貴族の輪から抜け出てしまった。
「え? どこへ?」
とケイトが驚いて聞くと、ポールが笑いをかみ殺しながら指を差した。
そこには、何やら奇妙な動きをしている令嬢が一人いたのだ。
ギルバートは頭を抱えた。
「メルディアーナ、何をしているのかな?」
すると声をかけられたメルディアーナは、
「ああ、椅子をね、積んでるの。マーシェル王子が馬に乗って来るところなんて絶対かっこいいじゃない? 高いところからならきっとよく見えるわ!」
そう、メルディアーナは近くに椅子を6個も7個も持ってきており、それを一生懸命高く積もうとしているのだった。今は5つ目の椅子を積んでいる最中だった。
「なんで後ろにいるの。マーシェル王子が見たいなら前の方に行きなよ」
とギルバートが呆れながら言うと、メルディアーナは唇を尖らせた。
「だめよ、あんなお母さまが座るような中途半端な場所じゃよく見えないじゃない。名門公爵家とかが前の方に座ってるから、人の頭が見えるだけよ。そんなのマーシェル王子のかっこいい姿が見えないじゃない!」
「だから一番後ろの方にいるわけ?」
「そうよ、ここなら椅子を積んでも文句言われないでしょ?」
「椅子を積んで、まさか乗る気?」
「そうよ、悪い? 上から見るのよ」
「やめなよ、危ないよ! 落ちたらどうするの」
「私運動神経いいから大丈夫」
「そういう問題じゃないだろ、仮にも貴族の令嬢なんだよ、メルディアーナは……。おとなしくご両親と一緒に見なよ。また怒られるよ」
そうギルバートがメルディアーナを窘めると、
「え、怒られる? もしかしてギルバート、お母さまに何か言ったの?」
とメルディアーナはぎくっとしてギルバートの顔を見ようと振り返った。メルディアーナは厳しい母が怖いのだ。
その瞬間、積んだ椅子のバランスがぐらぐら崩れて、一番上の椅子がメルディアーナの方に落ちてきた。ごちんっ!
「痛っ!」
メルディアーナは額を押さえながら呻いた。
「だ、大丈夫……?」
とギルバートが血相を変えてメルディアーナに駆け寄ると、そのとき品評会開始のアナウンスが聞こえてきた。
王妃が品評会開催の挨拶のために人々の前に立っており、ジェームスとマーシェル両王子がその横ににこやかに立っている。
「あっ! マーシェル王子! かっこいい王子の姿を見なくっちゃ……」
メルディアーナは駆け寄ったギルバートをどんっと突き飛ばすと、転がっていた近くの椅子の上に上ってすっくと立ち、オペラグラスを取り出して一心不乱に王子を観察しはじめた。その動きはなんだかキモイ。
メルディアーナとギルバートのやり取りを呆気に取られて見ていたケイトだが、メルディアーナに突き飛ばされたギルバートをふと見ると、一瞬少しつらそうに唇を歪めているのが見えた。
あれ? 何か違和感。もしかして? ギルバートはメルディアーナが好きなのかな……? なんかよく分からないけど。女の勘がそう言ってる。
でもメルディアーナはマーシェル王子一筋でそれしか眼中にない様子。実際メルディアーナはマーシェル王子の婚約者だ。
そう思うと、温和な印象を与えるギルバートがほんの少し荒んだ空気を纏っていたのもなんだか納得できた。失恋、なのかな。
「そうか、私だけじゃない」とケイトは思った。
他にもマーシェル王子とメルディアーナの婚約にこっそり傷ついている人がいるんだ。
しかもこの人は、私がマーシェル王子を想っているよりずっと強くメルディアーナのことを想っていたに違いないのだ。
ケイトはほんの少し自分が恥ずかしくなった。
そのときギルバートはケイトを振り返った。
「あ、えーっと。ケイト嬢。こちらがメルディアーナ。当のメルディアーナはマーシェル王子に忙しくてケイト嬢のことは目に入ってないでしょうが」
と紹介した。
すると聞こえていたのかメルディアーナがぱっとこっちを見る。
「ケイト嬢?」
「ええ、ブライルド公爵家のケイトですわ」
ケイトはなんだか吹っ切れた気持ちになりかけていて、少し余裕をもって朗らかに名乗ることができた。
するとメルディアーナの目が驚きで見開かれた。
「え?」とケイトは思う。そしてドキッとする。
私がマーシェル王子の婚約者候補の3人に選ばれてたことに気づいたのかしら。
そりゃメルディアーナからしたら、いい気分にはならないわよね……。こんなにマーシェル王子のことが好きなら、一時的でも婚約者候補に挙げられた令嬢なんか……。
しかし、突然メルディアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「なんでブライルド公爵家の方がこんな後ろの方にいるの? ブライルド公爵家っていったら最前列でしょ? あなた見ないなら私に席代わってよ!」
ケイトはぽかんとした。
「え、それ?」
メルディアーナは、ケイトがマーシェル王子の婚約者候補だったことなど、すっかり忘れているかもしれなかった。いや、そもそも名前も覚えられてなかった可能性も……?
「えーっと?」
ケイトは戸惑ってうまく返事ができなかった。
するとポールが腹を抱えて笑い出した。
「ね? ケイト嬢。これがメルディアーナです。こんな女と張り合おうとか思います? ただのアホなんですよ、こいつ。これでマーシェル王子がずっと探し求めてた女だって言うんですから。真正面から張り合うなんてアホらしいとか思いません?」
「え、ええ、そうね……」
確かにケイトはもうマーシェル王子のことはどうでもよくなっていた。
ポールとギルバートが『変な生き物』『どうしようもないもの』と言っていた意味が分かるような気がした。私にはメルディアーナのようなあんな要素は残念ながらない……。
そしてメルディアーナを心配そうに見つめるギルバートのせつない眼差しがケイトの胸を抉る。
私は結婚をどうやら勘違いをしていたようだ。
「王家なら誰でも」「私に相応しい相手」という考え方はちょっと違うのかもしれない。
メルディアーナが不満そうにポールに言った。
「なんか私の悪口言ってる? 張り合うって何?」
「いいんだよメルディアーナ。君は何も知らないままで」
ポールが苦笑し、それからケイトに向かってこっそりウインクした。
ケイトはポールのウインクがあまりに自然だったので思わず見とれたが、ふと我に返ると慌てて空を見上げた。
招待客たちはめいめいでグループを作り、楽しそうに談笑しているが、一部の人たちはケイトを見るなり意地悪な視線を投げかけてきた。「マーシェル王子の婚約者候補に選ばれてさぞ鼻が高かったろうに、別の女に取られて残念ね」「ざまぁないわね」といった視線だ。
しかし、同時に好奇な視線も感じた。
ケイトは、ポールやギルバートという、独身のそれなりにしゅっとした高位貴族男性を二人も引き連れているので、「まあ、さすがね。あのイケメン男性をどうどうと従わせている風情をごらんなさい」「もう別の男性を確保しているの? マーシェル王子のことは引きずっていないのね」といった声がこっそり聞こえてきた。
ケイトは噂話の『どうどうと』とは裏腹に周囲の視線が痛くてすぐにも逃げ帰ってしまいたい気持ちになっていたが、ポールとギルバートはどんどん前を歩いて行くし、メルディアーナを紹介してもらえるというので一応着いて行く。
すると周囲の視線に勘付いていたのか、ポールがそっと歩みを緩めてケイトのすぐ隣、肩が触れるところまで来た。そして耳元にそっと口を近づけると、
「気にしなくていいんじゃない? あの人たちまさか俺たちがメルディアーナのとこ行くなんて思ってないでしょ。しょせんあの人たちの頭の中に浮かぶレベルのことしか噂できないんだから放っておきなよ」
とこそっと囁いた。
ケイトはハッとしてポールの顔を見つめた。
ポールはケイトの目を見返す。そして、ちょっと微笑んだ。
ポールとギルバートは、品評会会場の正面の方へケイトを連れて行った。
正面の特等席なので招待客がたくさん座っている。ここは特に高位の貴族や古くからの名門貴族といった、名の通った家の貴族が前の方を陣取っていた。
貴族の中でも特に礼儀作法に厳しい家の者たちであるので、賑わっている会場の中でもここだけは空気が凛としていて、選ばれし者だけが近寄ることを許される雰囲気だった。
もちろんケイトの両親ブライルド公爵夫妻も正面の一番前の席に座り、隣に座る国王の従妹君とおしゃべりしていた。
ブライルド公爵夫妻は娘に気づいて「こっちよ」と手を振ったが、ケイトは無視する。今日はこんな針のむしろには座りたくない。
すると、ポールとギルバートが前方の席に背を向けて、周囲にキョロキョロと目を向けてから後列の方へケイトをいざなった。
「後ろ?」
とケイトが聞くとギルバートは無言で肯いた。
「マーシェル王子の婚約者とはいえ、成金コルウェル伯爵家では前の方の席は無理か……。まあそうよね、結婚前だし、成金伯爵家の分際で、ここで出しゃばって公爵家の横に座ろうものなら反感買うものね……」
と、ケイトがそんな風に思っていたら、ポールとギルバートはどんどん後ろへ歩いて行き、ついに貴族の輪から抜け出てしまった。
「え? どこへ?」
とケイトが驚いて聞くと、ポールが笑いをかみ殺しながら指を差した。
そこには、何やら奇妙な動きをしている令嬢が一人いたのだ。
ギルバートは頭を抱えた。
「メルディアーナ、何をしているのかな?」
すると声をかけられたメルディアーナは、
「ああ、椅子をね、積んでるの。マーシェル王子が馬に乗って来るところなんて絶対かっこいいじゃない? 高いところからならきっとよく見えるわ!」
そう、メルディアーナは近くに椅子を6個も7個も持ってきており、それを一生懸命高く積もうとしているのだった。今は5つ目の椅子を積んでいる最中だった。
「なんで後ろにいるの。マーシェル王子が見たいなら前の方に行きなよ」
とギルバートが呆れながら言うと、メルディアーナは唇を尖らせた。
「だめよ、あんなお母さまが座るような中途半端な場所じゃよく見えないじゃない。名門公爵家とかが前の方に座ってるから、人の頭が見えるだけよ。そんなのマーシェル王子のかっこいい姿が見えないじゃない!」
「だから一番後ろの方にいるわけ?」
「そうよ、ここなら椅子を積んでも文句言われないでしょ?」
「椅子を積んで、まさか乗る気?」
「そうよ、悪い? 上から見るのよ」
「やめなよ、危ないよ! 落ちたらどうするの」
「私運動神経いいから大丈夫」
「そういう問題じゃないだろ、仮にも貴族の令嬢なんだよ、メルディアーナは……。おとなしくご両親と一緒に見なよ。また怒られるよ」
そうギルバートがメルディアーナを窘めると、
「え、怒られる? もしかしてギルバート、お母さまに何か言ったの?」
とメルディアーナはぎくっとしてギルバートの顔を見ようと振り返った。メルディアーナは厳しい母が怖いのだ。
その瞬間、積んだ椅子のバランスがぐらぐら崩れて、一番上の椅子がメルディアーナの方に落ちてきた。ごちんっ!
「痛っ!」
メルディアーナは額を押さえながら呻いた。
「だ、大丈夫……?」
とギルバートが血相を変えてメルディアーナに駆け寄ると、そのとき品評会開始のアナウンスが聞こえてきた。
王妃が品評会開催の挨拶のために人々の前に立っており、ジェームスとマーシェル両王子がその横ににこやかに立っている。
「あっ! マーシェル王子! かっこいい王子の姿を見なくっちゃ……」
メルディアーナは駆け寄ったギルバートをどんっと突き飛ばすと、転がっていた近くの椅子の上に上ってすっくと立ち、オペラグラスを取り出して一心不乱に王子を観察しはじめた。その動きはなんだかキモイ。
メルディアーナとギルバートのやり取りを呆気に取られて見ていたケイトだが、メルディアーナに突き飛ばされたギルバートをふと見ると、一瞬少しつらそうに唇を歪めているのが見えた。
あれ? 何か違和感。もしかして? ギルバートはメルディアーナが好きなのかな……? なんかよく分からないけど。女の勘がそう言ってる。
でもメルディアーナはマーシェル王子一筋でそれしか眼中にない様子。実際メルディアーナはマーシェル王子の婚約者だ。
そう思うと、温和な印象を与えるギルバートがほんの少し荒んだ空気を纏っていたのもなんだか納得できた。失恋、なのかな。
「そうか、私だけじゃない」とケイトは思った。
他にもマーシェル王子とメルディアーナの婚約にこっそり傷ついている人がいるんだ。
しかもこの人は、私がマーシェル王子を想っているよりずっと強くメルディアーナのことを想っていたに違いないのだ。
ケイトはほんの少し自分が恥ずかしくなった。
そのときギルバートはケイトを振り返った。
「あ、えーっと。ケイト嬢。こちらがメルディアーナ。当のメルディアーナはマーシェル王子に忙しくてケイト嬢のことは目に入ってないでしょうが」
と紹介した。
すると聞こえていたのかメルディアーナがぱっとこっちを見る。
「ケイト嬢?」
「ええ、ブライルド公爵家のケイトですわ」
ケイトはなんだか吹っ切れた気持ちになりかけていて、少し余裕をもって朗らかに名乗ることができた。
するとメルディアーナの目が驚きで見開かれた。
「え?」とケイトは思う。そしてドキッとする。
私がマーシェル王子の婚約者候補の3人に選ばれてたことに気づいたのかしら。
そりゃメルディアーナからしたら、いい気分にはならないわよね……。こんなにマーシェル王子のことが好きなら、一時的でも婚約者候補に挙げられた令嬢なんか……。
しかし、突然メルディアーナは素っ頓狂な声を上げた。
「なんでブライルド公爵家の方がこんな後ろの方にいるの? ブライルド公爵家っていったら最前列でしょ? あなた見ないなら私に席代わってよ!」
ケイトはぽかんとした。
「え、それ?」
メルディアーナは、ケイトがマーシェル王子の婚約者候補だったことなど、すっかり忘れているかもしれなかった。いや、そもそも名前も覚えられてなかった可能性も……?
「えーっと?」
ケイトは戸惑ってうまく返事ができなかった。
するとポールが腹を抱えて笑い出した。
「ね? ケイト嬢。これがメルディアーナです。こんな女と張り合おうとか思います? ただのアホなんですよ、こいつ。これでマーシェル王子がずっと探し求めてた女だって言うんですから。真正面から張り合うなんてアホらしいとか思いません?」
「え、ええ、そうね……」
確かにケイトはもうマーシェル王子のことはどうでもよくなっていた。
ポールとギルバートが『変な生き物』『どうしようもないもの』と言っていた意味が分かるような気がした。私にはメルディアーナのようなあんな要素は残念ながらない……。
そしてメルディアーナを心配そうに見つめるギルバートのせつない眼差しがケイトの胸を抉る。
私は結婚をどうやら勘違いをしていたようだ。
「王家なら誰でも」「私に相応しい相手」という考え方はちょっと違うのかもしれない。
メルディアーナが不満そうにポールに言った。
「なんか私の悪口言ってる? 張り合うって何?」
「いいんだよメルディアーナ。君は何も知らないままで」
ポールが苦笑し、それからケイトに向かってこっそりウインクした。
ケイトはポールのウインクがあまりに自然だったので思わず見とれたが、ふと我に返ると慌てて空を見上げた。
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