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【6.マリア夫人の真実】
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「しかし、この手紙。どこから誰が集めてきたんだ……」
散々怒鳴り散らしておいて、ウィリアムは少々バツが悪そうに下に散らばった手紙に目をやった。
アイリーンは、散らばっていた手紙を丁寧に拾って、ウィリアムに手渡す。
「ふんっ」
ウィリアムはぞんざいな態度で手紙を受け取ると、重ねたまま一気に真っ二つに破ろうとした。
しかしそのとき、一番上の紙が自分の手紙ではないことに気づいた。
「ん? なんだこの楽譜……」
すると楽譜と聞いてマリア夫人が飛び上がった。
ウィリアムに駆け寄ると、ひったくるように楽譜を奪う。
楽譜に目を落してから、恐れていたとおりだったと宙を仰いだ。
「ああ、これは! なぜここに? 誰が一体持ち出したというの!? 奥に大事にしまっておいたはずなのに!」
金切り声のマリア夫人のそばに近寄ると、アイリーンはそっと横から楽譜を覗き込んだ。
「まあ。『愛しのマリアへ』という題の曲ですか。素敵ですね。どなたの作曲でしょう」
それを聞いてホーランド伯爵が眉を吊り上げた。
「おまえ! まだあの音楽家と切れてなかったのか!」
「旦那様!」
マリア夫人が怯えたように縮こまった。
「マリア、おまえ、まだあの男のことを――!?」
「いいえ、いいえ、別れていますわ! これは思い出です、ただの――」
しかし伯爵はマリア夫人の言い訳を鵜吞みにせず、マリア夫人に手を振り上げるとバチンっと平手打ちした。
「父上、何をするのです!」
ウィリアムが驚いて止めに入った。
「止めるなウィリアム! この女は本当は私のことなど愛していないのだ! ずっとずっとあの音楽家のことを!」
伯爵は、手に掴んだグラスをマリア夫人に投げつける。
母を庇ったウィリアムの額にグラスが当たり、血が流れた。
「あの音楽家? 誰のことですか?」
「音楽家だ! おまえのその金髪によく似た色の――」
そこまで言って、伯爵はハッとした。思いついてしまった疑惑に自分で戸惑っている。
「金髪。よく似た。もしや――!?」
伯爵は狂った目をウィリアムに向けた。
「もしやおまえは……」
声が震えて真っすぐに出ていない。
伯爵はペーパーナイフを引っ掴みウィリアムに向かって振り下ろした。迷いなく刺そうとする。
きゃーっとマリア夫人の金切り声が響いた。
「やめて! ウィリアムに手を出さないでーっ!」
「ウィリアムはあの音楽家の子か!?」
伯爵は憤怒の形相でマリア夫人を問い質す。
「あ……」
マリア夫人は答えられない。
「そうなんだなっ!?」
伯爵の目は血走っており、こめかみには太い血管が何本も浮き出ていた。
「う……」
「私の子だとばかり思っていた! ウィリアムの金髪は曾祖父譲りの金髪と思っていたのに。それ以外は全て私の性質を受け継いでいるではないか! 私の目の色を受け継ぎ、私によく似て背が高く、私によく似て肩幅が広い。私によく似て賢く、私によく似て思慮深く、すべてが私に瓜二つの――」
「ちがうわ、音楽家の彼に似たのよ!」
我慢ができなくなってマリア夫人が叫んだ。
「!」
伯爵の顔が怒りで歪む。
「あなたに似てるんじゃないわ。あなたとなんか結婚したくなかった! 私には恋人がいたのに、家のために仕方なく! 父に売られたのよ私は!」
「それであの男と会い続けていたのか? 妙に馴れ馴れしい音楽家だと思ったんだ! おまえの手を握っているのを見た。だから私はあいつを二度とうちの領内に入れないと誓ったんだ! もう二度とおまえの前に姿を現わせないと思っていたのに!」
伯爵は怒鳴った。
「ええ。彼が私の手を握っているのを見て、それであなたは彼の腕を切りつけたんだわ。彼はそれでピアノが弾けなくなってしまった。彼の左手は動かない。彼はもう音楽家として暮らしていけなくなってしまった。今どんな暮らしを強いられているのかご存じ?」
「知るもんか! なぜ私が悪いことになっているのだ! 悪いのはあの音楽家だろう! まさかまだ会っているのか?」
伯爵は激昂して、腰に差していた細い剣をすらりと抜いた。脅すようにその剣をマリア夫人に向ける。
しかしマリア夫人は、剣を向けられても怯まなかった。腹を括って言いたいことを言うことにしたのかもしれない。
「私が今もあなたの妻でいたのは、彼に援助するためだわ。音楽を、仕事を失った彼を陰ながら支えるの。彼には経済的にサポートする人が必要なのだから」
「おまえ! 我が家の金であのクズ音楽家を養っていたと言うのか!?」
「ええ。美しい男よ。ウィリアムの金髪によく似た――」
「貴様、黙れっ! それ以上喋ると本当に刺すぞ」
伯爵は剣をマリア夫人の喉元に突きつけた。
その横で、呆けた表情のウィリアムが低い声で呟いた。
「俺の父は音楽家だったのか……。だから母上は俺を貴族と結婚させたくなかったのでか。俺が父上の子でないから……」
「そうよ」
剣を突きつけられたまま、マリア夫人はウィリアムに答えた。
伯爵は今度はその剣をウィリアムの方に向ける。
「当たり前だ! 私の子のフリをしてどこぞの良家の令嬢と結ばれるなど許されない! 信用問題だ!しかしそんなことより、そんなことより、おまえがあの音楽家の息子というのが許せぬ! 殺してやりたい! マリア、おまえは今日から一歩も外には出さん。あの音楽家も殺してやる!」
すると、アイリーンがそっとホーランド伯爵のそばにすり寄った。
「まあ、殺してやるだなんて。あ、それなら、いいものがありますよ、伯爵」
アイリーンは伯爵にそっと小瓶を差し出した。
伯爵は訝し気にその小瓶を手に取った。まじまじと眺める。
「何だねこれは」
その小瓶を見てウィリアムが真っ青になった。
アイリーンはふふっと笑って見せた。
「毒なんですって。ね? ウィリアム?」
伯爵はハッとしてアイリーンとウィリアムを見た。
「は? なぜウィリアムに? まさか、これはウィリアムのもの?」
するとガタンっとマリア夫人が倒れこむ音がした。
「!」
クレイトンがすぐさまマリア夫人の体を支えてやった。
ふらふらしながらマリア夫人が呻く。
「私を殺そうとしていたのはウィリアムだったの?」
「そ、そうだ、母上が俺の結婚を許してくれないから。俺から貴族の地位を奪ってしまおうとする母上が憎くて……」
ウィリアムは言い訳はうわごとのようだ。
伯爵がまたカーっとなった。
「マリアを殺す気だっただと? ウィリアム、貴様! 赦さん! 私がおまえを殺してやる!」
そのとき、
「執事さん」
とアイリーンはホーランド伯爵家の執事を呼んだ。
「はい、アイリーン様」
「伯爵に例の薬を差し上げて」
「はい、畏まりました」
執事が胸ポケットから小さなケースを取り出し、その中に入っていた植物片をホーランド伯爵に手際よく嗅がせると、しばらくして伯爵は気分がだいぶ鎮まったように、見るからに落ち着きを取り戻した。
植物片には何かの薬が沁み込ませてあったらしい。
「ああ、ありがとう」
と伯爵が救われたように礼を言うと、
「持病ですものね。強すぎる感情に曝されると、押さえつけが利かなくなるんですよね」
とアイリーンは同情するように言った。
「ああすまない。久しぶりにこの薬を使った。しばらく落ち着いていたのに。またこの薬に頼ることになるとは。あの音楽家に切りつけたとき以来か……」
伯爵が少し自分を恥じるように言うと、横にいた執事が使用した植物片を片づけながら、
「はい。あのとき以来、奥様はびくびくして伯爵の気分を逆撫でするような言動は一切しなくなりましたので、伯爵もここのところずいぶん落ち着いておられましたね。奥様のふるまいの賜物でございましょう」
と勿体ぶって言う。
「ああ。この性質ばっかりはどうにかならんものか。愛を踏みにじられると攻撃的になってしまう」
伯爵は嘆いた。
アイリーンはそっと宥めるように言った。
「マリア夫人はきっともう裏切りませんよ、伯爵。謹慎させるなり、離縁するなり、きちんと話し合うのがいいんじゃないですか? それから、ウィリアムはマリア夫人のこと、懲らしめてやろうとは思っていたのでしょうけど、本気で毒で殺そうとしていたわけじゃないかなって思いますよ。さっきだって伯爵が暴力を振るおうとしたとき、ウィリアムはマリア夫人を守ろうとしたではありませんか。令嬢たちに手紙を送りまくっていたところとか決して褒められた人ではありませんけどね。彼自身も音楽家の息子ということは知らなかったようですから、ウィリアムはホーランド家から除籍し、適当に罪を償わせれば」
「そうだな」
伯爵は冷静さを取り戻していたようで、少し考えてから同意するように大きく頷いた。
散々怒鳴り散らしておいて、ウィリアムは少々バツが悪そうに下に散らばった手紙に目をやった。
アイリーンは、散らばっていた手紙を丁寧に拾って、ウィリアムに手渡す。
「ふんっ」
ウィリアムはぞんざいな態度で手紙を受け取ると、重ねたまま一気に真っ二つに破ろうとした。
しかしそのとき、一番上の紙が自分の手紙ではないことに気づいた。
「ん? なんだこの楽譜……」
すると楽譜と聞いてマリア夫人が飛び上がった。
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楽譜に目を落してから、恐れていたとおりだったと宙を仰いだ。
「ああ、これは! なぜここに? 誰が一体持ち出したというの!? 奥に大事にしまっておいたはずなのに!」
金切り声のマリア夫人のそばに近寄ると、アイリーンはそっと横から楽譜を覗き込んだ。
「まあ。『愛しのマリアへ』という題の曲ですか。素敵ですね。どなたの作曲でしょう」
それを聞いてホーランド伯爵が眉を吊り上げた。
「おまえ! まだあの音楽家と切れてなかったのか!」
「旦那様!」
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「いいえ、いいえ、別れていますわ! これは思い出です、ただの――」
しかし伯爵はマリア夫人の言い訳を鵜吞みにせず、マリア夫人に手を振り上げるとバチンっと平手打ちした。
「父上、何をするのです!」
ウィリアムが驚いて止めに入った。
「止めるなウィリアム! この女は本当は私のことなど愛していないのだ! ずっとずっとあの音楽家のことを!」
伯爵は、手に掴んだグラスをマリア夫人に投げつける。
母を庇ったウィリアムの額にグラスが当たり、血が流れた。
「あの音楽家? 誰のことですか?」
「音楽家だ! おまえのその金髪によく似た色の――」
そこまで言って、伯爵はハッとした。思いついてしまった疑惑に自分で戸惑っている。
「金髪。よく似た。もしや――!?」
伯爵は狂った目をウィリアムに向けた。
「もしやおまえは……」
声が震えて真っすぐに出ていない。
伯爵はペーパーナイフを引っ掴みウィリアムに向かって振り下ろした。迷いなく刺そうとする。
きゃーっとマリア夫人の金切り声が響いた。
「やめて! ウィリアムに手を出さないでーっ!」
「ウィリアムはあの音楽家の子か!?」
伯爵は憤怒の形相でマリア夫人を問い質す。
「あ……」
マリア夫人は答えられない。
「そうなんだなっ!?」
伯爵の目は血走っており、こめかみには太い血管が何本も浮き出ていた。
「う……」
「私の子だとばかり思っていた! ウィリアムの金髪は曾祖父譲りの金髪と思っていたのに。それ以外は全て私の性質を受け継いでいるではないか! 私の目の色を受け継ぎ、私によく似て背が高く、私によく似て肩幅が広い。私によく似て賢く、私によく似て思慮深く、すべてが私に瓜二つの――」
「ちがうわ、音楽家の彼に似たのよ!」
我慢ができなくなってマリア夫人が叫んだ。
「!」
伯爵の顔が怒りで歪む。
「あなたに似てるんじゃないわ。あなたとなんか結婚したくなかった! 私には恋人がいたのに、家のために仕方なく! 父に売られたのよ私は!」
「それであの男と会い続けていたのか? 妙に馴れ馴れしい音楽家だと思ったんだ! おまえの手を握っているのを見た。だから私はあいつを二度とうちの領内に入れないと誓ったんだ! もう二度とおまえの前に姿を現わせないと思っていたのに!」
伯爵は怒鳴った。
「ええ。彼が私の手を握っているのを見て、それであなたは彼の腕を切りつけたんだわ。彼はそれでピアノが弾けなくなってしまった。彼の左手は動かない。彼はもう音楽家として暮らしていけなくなってしまった。今どんな暮らしを強いられているのかご存じ?」
「知るもんか! なぜ私が悪いことになっているのだ! 悪いのはあの音楽家だろう! まさかまだ会っているのか?」
伯爵は激昂して、腰に差していた細い剣をすらりと抜いた。脅すようにその剣をマリア夫人に向ける。
しかしマリア夫人は、剣を向けられても怯まなかった。腹を括って言いたいことを言うことにしたのかもしれない。
「私が今もあなたの妻でいたのは、彼に援助するためだわ。音楽を、仕事を失った彼を陰ながら支えるの。彼には経済的にサポートする人が必要なのだから」
「おまえ! 我が家の金であのクズ音楽家を養っていたと言うのか!?」
「ええ。美しい男よ。ウィリアムの金髪によく似た――」
「貴様、黙れっ! それ以上喋ると本当に刺すぞ」
伯爵は剣をマリア夫人の喉元に突きつけた。
その横で、呆けた表情のウィリアムが低い声で呟いた。
「俺の父は音楽家だったのか……。だから母上は俺を貴族と結婚させたくなかったのでか。俺が父上の子でないから……」
「そうよ」
剣を突きつけられたまま、マリア夫人はウィリアムに答えた。
伯爵は今度はその剣をウィリアムの方に向ける。
「当たり前だ! 私の子のフリをしてどこぞの良家の令嬢と結ばれるなど許されない! 信用問題だ!しかしそんなことより、そんなことより、おまえがあの音楽家の息子というのが許せぬ! 殺してやりたい! マリア、おまえは今日から一歩も外には出さん。あの音楽家も殺してやる!」
すると、アイリーンがそっとホーランド伯爵のそばにすり寄った。
「まあ、殺してやるだなんて。あ、それなら、いいものがありますよ、伯爵」
アイリーンは伯爵にそっと小瓶を差し出した。
伯爵は訝し気にその小瓶を手に取った。まじまじと眺める。
「何だねこれは」
その小瓶を見てウィリアムが真っ青になった。
アイリーンはふふっと笑って見せた。
「毒なんですって。ね? ウィリアム?」
伯爵はハッとしてアイリーンとウィリアムを見た。
「は? なぜウィリアムに? まさか、これはウィリアムのもの?」
するとガタンっとマリア夫人が倒れこむ音がした。
「!」
クレイトンがすぐさまマリア夫人の体を支えてやった。
ふらふらしながらマリア夫人が呻く。
「私を殺そうとしていたのはウィリアムだったの?」
「そ、そうだ、母上が俺の結婚を許してくれないから。俺から貴族の地位を奪ってしまおうとする母上が憎くて……」
ウィリアムは言い訳はうわごとのようだ。
伯爵がまたカーっとなった。
「マリアを殺す気だっただと? ウィリアム、貴様! 赦さん! 私がおまえを殺してやる!」
そのとき、
「執事さん」
とアイリーンはホーランド伯爵家の執事を呼んだ。
「はい、アイリーン様」
「伯爵に例の薬を差し上げて」
「はい、畏まりました」
執事が胸ポケットから小さなケースを取り出し、その中に入っていた植物片をホーランド伯爵に手際よく嗅がせると、しばらくして伯爵は気分がだいぶ鎮まったように、見るからに落ち着きを取り戻した。
植物片には何かの薬が沁み込ませてあったらしい。
「ああ、ありがとう」
と伯爵が救われたように礼を言うと、
「持病ですものね。強すぎる感情に曝されると、押さえつけが利かなくなるんですよね」
とアイリーンは同情するように言った。
「ああすまない。久しぶりにこの薬を使った。しばらく落ち着いていたのに。またこの薬に頼ることになるとは。あの音楽家に切りつけたとき以来か……」
伯爵が少し自分を恥じるように言うと、横にいた執事が使用した植物片を片づけながら、
「はい。あのとき以来、奥様はびくびくして伯爵の気分を逆撫でするような言動は一切しなくなりましたので、伯爵もここのところずいぶん落ち着いておられましたね。奥様のふるまいの賜物でございましょう」
と勿体ぶって言う。
「ああ。この性質ばっかりはどうにかならんものか。愛を踏みにじられると攻撃的になってしまう」
伯爵は嘆いた。
アイリーンはそっと宥めるように言った。
「マリア夫人はきっともう裏切りませんよ、伯爵。謹慎させるなり、離縁するなり、きちんと話し合うのがいいんじゃないですか? それから、ウィリアムはマリア夫人のこと、懲らしめてやろうとは思っていたのでしょうけど、本気で毒で殺そうとしていたわけじゃないかなって思いますよ。さっきだって伯爵が暴力を振るおうとしたとき、ウィリアムはマリア夫人を守ろうとしたではありませんか。令嬢たちに手紙を送りまくっていたところとか決して褒められた人ではありませんけどね。彼自身も音楽家の息子ということは知らなかったようですから、ウィリアムはホーランド家から除籍し、適当に罪を償わせれば」
「そうだな」
伯爵は冷静さを取り戻していたようで、少し考えてから同意するように大きく頷いた。
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