滑って転んで突き刺して

とえ

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第2章

出発と逼迫

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 日はまだ顔を見せず、やや雲の多い早朝。空気は
少しひんやりと肌を冷やし、広場に灯る明かりだけ
が景色に温度を与えていた。

 僕はカイル、ルアさんと共にスコイルの寝床を抜け
荷積みの為、広場に到着した。

 既に隊長であるガンドさんと、その横にルッソさん
が立っていた。広場には馬車が4台停まっており、
それぞれの荷台には幌が張られている。

 昨日の説明によれば、第1馬車にはガンド隊長、
第2馬車はルアさんとカイル。第3馬車には僕と、
名前を知らない男性、最後尾の第4馬車は副隊長で
あるルッソさんと、氏名不詳の女性が乗るらしい。
……いや、流石に2人も名前知らないままはまずい。
商人さん達と違い、場合によっては直接連携を取る
必要があるわけで。

 そんなことを考えているうち、ちょうど護衛の人が
全員集まったので、僕は荷物の積込みがてら昨日
詳しく話せなかった2人と恐る恐る接触を試みてみる
事にした。まずは名も知らぬ護衛男性。

「あの、すみません、今日はよろしくお願いします」

 昨日の時点では"どうせ雑用"とバッサリ切り捨て
られている。1度あしらわれているこの状況で話し
かけるのは、かなり精神が削れる。

「ああ、雑用の……」

「同じ馬車に乗らせていただきます。お名前はなんと
お呼びすればよろしいですか?」

「別にいらんやろ、そんなん」

 訛りのある言葉。服装や昨日の立ち位置、会話から
この人ともう1人の名前不明な女性は多分、元々仲間
同士だろう。ちょうど視界に入った女性は、第4馬車
に食料を載せている。

 僕は彼と女性の顔を交互に見る。その様子を見て
いた彼は、訝しげな顔をしつつ、大きな舌打ちの後に
言った。

「……サグロや。向こうの女がヴィリ。めんどくさい
から、有事んなったら隅で縮こまっとき」

「ありがとうございます!改めまして、デニスです。
よろしくお願い致します」

「昨日聞いたて。しつこいわ」

 サグロさんは少し不機嫌気味に応えた。

 荷物の積み込みが終わり、商人達が集まってくる。
その中の1人がガンドさんに握手を求め、彼も応じて
いた。

「頼みますね、我ら無力なもんで」

「ええ。任せてください、トリトンさん。安全に
向こうまで辿り着きましょう」

 トリトンと呼ばれた彼が、おそらく今回の商隊に
おける代表商人なのだろう。彼らが挨拶を交わす
傍ら、ルッソさんが僕に気づきつかつかと距離を
詰めてくる。何か、怒ってる……?

「おい荷積み。オマエその格好で行くのか?ナメてん
のか?」

 言われて周りを見渡してみると、昨日の服装と
違い、カイル、ルアさんの2人以外は軽装の防具を
所々身にまとっている。確かに、僕の普段着はこの
中では浮いているかもしれない。

「ご、ごめんなさい、これしかなくて……」

 言い終わる前にルッソさんの手が僕の頭を叩く。
思わず目を閉じてしまった。しかし、げんこつを
食らったような感触ではなく頭の上に何かが乗って
いるのを感じた。

「解散時に返せよ!」

 触ってみると、それは革製の頑丈な帽子だった。
よく使い込まれ柔らかいのに、分厚くて頼もしい。
僕は雑に乗った帽子を被り直し、既に背を向けている
ルッソさんに、お礼を言った。

 空が白んで、各馬車に商人と護衛が乗り込んだ頃。
僕も第3馬車に乗り込み、出発の時を待つ。目の前
には視線を合わせないサグロさん。荷物が馬車中央に
積まれ、それを挟んで商人が2人座っている。大きな
荷馬車に見えたが、こうなるとあまり余裕は無い。

 まだ薄暗い石畳の道から4人の人影が近づいて
きた。ジークさん含むスコイルの面々。まさか、
こんな朝早くに?ジークさんなんて昨日の夕方に
ハディマルへ帰ったはずなのに、そこからまた
このリサイドまで来てくれたのだろうか。

「デニスー。頑張ってこいよー」

 やや眠そうなジークさんと、欠伸をするグナエ
さん。ヴェスパーさんなんか目が開いてない。
カザットさんは相変わらず、前髪の隙間から少し
ギョロついた目が覗いている。それぞれの姿が
しっかり確認できる距離まで近づくと、グナエさんが
何かを僕に向け放り投げた。

「なんかに使えんだろ。持ってけ。使わないなら
売ればそれなりの路銀になるはずだ。頑張れよ」

 それは小さな箱だった。開けてみると、ちいさな
石が2つ入っている。

「……相対石……」

 ジークさんの言葉を思い出す。

 一対の相対石は片方が割れると必ずもう片方も
同時に割れる性質を持ってるんだと。
"最も時価に差のある石"なんて言われてるらしいぜ。

 道具としても良し、価値もある。そんな良い物を、
僕に……?

「ぐ、グナエさん!?こんないい物貰えませんよ!」

 彼はカラカラ笑いながら、言った。

「ばーか。今この周辺に、需要はねぇよ!」

 安い物、と言いたいのだろうか。でも商人である
彼が、時と場所さえ選べば高額になる物をくれる
なんて。僕は箱を握りしめ、手を振った。

「ありがとう、ございます!行ってきます」

 4人が控えめに手を振ると同時に、キャラバン出発
を合図する角笛の音が高々と響いた。





 眠気や出発の緊張、旅立ちの高揚感で昂っていた
神経は、馬車が動き出して少しすると徐々に落ち
着いてきた。麻のような荒々しい幌は使い込まれ
ほんの僅かに匂いが漂う。これは……なんの匂い
だったか。前世で嗅いだことのある……ああ、墨汁だ。
不快ではないがやや気になる香り空間に、積荷の
金属音や果物の揺れる音が響く。

 揺れはそこそこ大きく、時々おしりが浮くのを
感じた。護衛や雑用は商人より先に馬車を降りる機会
が多い為、馬側から1番離れた後端に座る形になる。
リサイドの壁が遠のいて行くのを見つめつつ、知人の
いない旅の始まりを実感していた。

 目の前のサグロさんを観察してみると、腕を組み
下を向いて寝ているような姿勢。簡易な革の鎧を
つけ、腰からは短めの剣を提げている。ふと見ると、
彼のつま先がさり気なく積荷の端についている。
揺れに合わせて荷がずり下がらぬよう、抑えている
ように見えた。僕も真似して反対側から木箱の端に
足を添えてみた。

 説明されていたプランは、2泊によるザバン到達。
地図を見た時にも気になっていた森がやはり危険の
中心らしく、1日目は森の入口で野営。2日目の昼間に
森を超え、森出口でもう1泊。3日目の夕方には
ザバンに到着する予定との事。距離的には1日フルに
移動しなければならない程ではないが、ある程度の
ゆとりが無ければトラブルに対処できない。それも
加味した日程だそうだ。

「……なぁ雑用」

 油断しているところに、サグロさんが声をかけて
きた。体勢は変わらず居眠りの姿勢だが、目だけは
こちらに向いている。

「ガンドはお前のこと評価しとったみたいやけど、
俺にはその理由がようわからん」

 ガンドさんが見抜いて、サグロさんが分からない
こと……いや、それは心当たりがない。何より僕は
ガンドさんがなぜあそこまであっさり認めてくれた
のかを自分でもわかっていないのだ。

(ダガー、何か分かりますか?)

 2度の加重。ダガーにもわかってはいないようだ。
僕は素直に「理由は分かりません」と応えた。

「そうか、まぁええ」

 サグロさんはまた顔を伏す。彼の姿を見ていると、
急に眠気が襲ってきた。これは、いつもの、力を
使った後に来る疲労感……僕は睡魔と戦いつつ、徐々
に船を漕ぎ始めてしまった。サグロさんがその様子に
気づき、声をかけてきた。

「眠いか。別に寝たらええ。雑用は移動中、荷物と
変わらへん」

「すみません、力を使ってると、ちょっと……」

「なんや、大して便利ちゃうやん。荷物は寝とき」

 僕はその言葉を聞き終える頃には、意識を保つ術を
ほぼ失っていた……





 腰を強く引く重量に目を覚ます。ただの肯定では
ない、尋常でない引きの強さ。ダガーの警告は睡魔
を退治するには十分だった。

 突然飛び起きた僕に、サグロさんが少し眉をひそ
める。周りを見回すと、空は黒く曇っていた。馬車は
変わらず一定の揺れを続けていたが、僕はダガーを
信じて腰の柄に手をかけた。

「なんや、急に。船漕ぎは飽きたか」

 その瞬間、鋭く大きな角笛の音が響く。御者が
叫び、馬車の速度が落ちていく。程なくしてほぼ
停止した馬車から、サグロさんが大きな舌打ちと共に
飛び降りた。あわあわと狼狽える商人達を横目に、
僕も反射的に幌をくぐり地に降り立った。ダガーを
構え、辺りを見渡す。

「進行方向注目!第3第4隊は後方、側方警戒、安全
確認後、第1第2隊に合流しろ!」

 隊長の声が響く。既に前に居たサグロさんは、
第1馬車方面に走りながら言った。

「阿呆!荷物は荷台や!戻れ!」

 お荷物。足手まといとして認識されているのは
わかっている。でもここは、僕が荷運び以外にも
有用だと証明出来るチャンスだ。周りの迷惑になら
ないことを最優先、その前提で、僕だって……!

「邪魔はしません!」

 後方や側方に目を配る。見晴らしのいい平原には
影ひとつない。前方には遠くに森が見えている。そこ
からわらわらと小さな影が向かってくるのが、
かろうじて目視できた。サグロさんの後に続き……
気づく。

 何かがおかしい。理屈よりも違和感が先に来た。
何がおかしい?僕は何に引っかかった?角笛が
響き、馬車が止まり、前方を見て、第1馬車の遥か
前方に敵影……理屈が遅れて着いてきた。僕は叫ぶ。

「周りにも潜んでます!!」

「なんやと!?」

 おかしいのは順序だった。ダガーの警告は、危険を
示す角笛より前・・・・・。今見えている敵影は第1
馬車より遥か向こう。ダガーの魂の眼は会話可能距離
と同等、という事はせいぜい僕の足で30歩程度まで
の距離しか把握できない。僕のいた第3馬車から
先頭までで既に僕の30歩と同等かそれ以上。つまり、
前方の敵がダガーに見えてるわけが無い。なら
どうなる?答えは、"周りにも既に潜んでる"だ!

 ダガーの力強い"肯定"が、僕を後押しする。走り
出した足を止め、目を凝らして辺りを見る。平原の
所々にある長い草。その隙間に、何かが見えた。

「ゴブリン!!周り中にいるぞ!!」

 ルッソさんが叫ぶ。第4馬車の横につき、剣を
構え防衛に徹する。もう1人の護衛ヴィリさんは
姿が見えない。おそらく馬車の反対側についている。
隊長の号令が響く。

「合流撤回!第3、第4は周囲警戒を続行しろ!」

 第2隊のルアさんとカイルが左右に展開、カイルは
馬車の陰になりすぐ見えなくなってしまった。

「雑用!出しゃばるな!」

 サグロさんは僕と反対側面に進路変更した。防衛の
陣形が形成され伏撃が不発と見ると、ゴブリンは
一斉に姿を現し特攻してきた。

 僕の眼前に見えるのは3匹。緑の薄汚れた肌を
ややテカらせ、ボロきれを乱雑に纏った容姿。尖った
耳はツンと後ろを指し、手には太い枝や刃がボロボロ
に欠けた斧を持っている。ドタドタと跳ねるような
荒っぽい走行フォーム。時折腕も使って四足のような
動きも含まれ、前世で見た猿山の猿を彷彿とさせる。

 落ち着け。今までに対峙した人間より遥かに単純な
動きだ。先頭の個体が斧を振りかぶり、振り下ろそう
とした瞬間、斧に向かい《滑れ》と念じる。勢いよく
振った手からは斧はすっぽ抜け、あらぬ方向に飛んで
いく。腕から荷重が抜けたゴブリンは、僅かに体勢を
崩した。その隙に合わせ、ダガーを胸元目掛け突き
出す。肉を裂く感触。その一撃でその個体は動きが
止まった。……よし、できる。僕にだって、できる。

 仕留められたゴブリンの姿を見て、後続の2匹が
たじろぐ。ダガーが声の範囲を絞り、言った。

『散開すれば声が出しやすいわい。馬車を背に、敵に
囲まれ、何やら初戦を思い出すのう!』

 僕はダガーに付いたゴブリンの体液を振り飛ばし、
逆手に構え直して言った。

「あの頃とは、違います……!」
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