滑って転んで突き刺して

とえ

文字の大きさ
38 / 51
第2章

それぞれの胸にあるもの

しおりを挟む
 人々の闊歩する活気ある街並み。波のさざめきと
照りつける陽の光に囲まれ、僕は1人途方に暮れて
いた。

「ダガー……とても困りました」

 YESともNOとも言い切れぬ微妙な加重反応が
帰ってくる。僕の身に一体何が起きたか、彼女はまだ
理解できていない。頭上に広がる空を見上げ、広場の
真ん中で立ち尽くす。海鳥達の声は、果たして慰めか
それとも嘲笑か。

「……財布を……スられました」





 事の発端は少し前。ダガーとの会話を終え、街に
再度足を運ぶ際。無邪気に枝を打ち合って遊ぶ子供達
の一行に遭遇した。彼、彼女らを見て、かつて家の
庭で父さんにつけてもらった稽古を思い出す。僕が
ある程度身体を動かせるのは、ひとえにその時の経験
による物だ。剣術としての心得はなくとも、実戦に
基づいた父さんの指導は、想像以上に有用なもので
あったと、今ならわかる。相手の目論見を読み、そこ
に自分の得意をぶつける。己の手札を理解し、相手の
切り札に対抗しうる"嫌がられる手"を考える。それが
僕をここまで生き残らせた教えだと思う。

 そんな事を考えている時、チャンバラの勢いが
増した子供の1人が、僕にぶつかる。体勢を崩し倒れ
そうになる子を支えた所に、もう1人の子が突撃して
くる。倒れかけた子を狙っていた枝は、見事僕の頭に
綺麗な太刀筋を叩き込んだ。小さな剣士は、自分の
枝が及ぼした影響に狼狽え、「ごめんなさい」と素直に
謝る。観戦者だった女の子も表情を曇らせ、みんなで
場所を変える結論に至ったようだ。

 グナエさんからの教えに従い、僕はまとまったお金
を商人に預けようと商館に向かった。建物の一角には
長机と帳簿を前にした商人と用心棒らしき屈強な人。
そこにはお金をやり取りするために並んだ人々が
何人か並んでいる。その列の最後尾に並び、自分の
順番が来るのを待っていた。

 僕の手元にある旅費は、3つ。1つは、まとまった
お金の入った袋。これは両親が旅立ちに際して渡して
くれた、当面の旅費。そしてもう1つは先程商隊の
報酬として受け取った布袋。このふたつは、手荷物袋
の奥に詰め込んでいる。前世で昔、海外旅行に行く
ならお金は小分けに持つべきだ、のような話を聞いた
事がある。普段使いする為の少額が入った財布袋だけ
を腰に提げ、他はしっかり守る。預けるべきは、この
荷物袋の2つである。

 直前の人が手続きする中、並んでいる僕前にグイ
と大男が横入りしてきた。僕の身体を軽く後ろに
突き飛ばすように、悪びれもせず割り込んで来た。
……まぁ、良いけど。別に待ち時間が少し伸びるだけ
だ。変にトラブルを起こしたら、後ろに並ぶ人に
迷惑になる。幸い、僕の後ろには今のところ誰も
いない。

 及び腰な僕と対照的に、胸を張り自信満々な前の
男。その男に、長机横にいた用心棒のような人が
話しかけた。

「ようこそ、お客さん。ザバンは初めてで?」

 大男は一瞬たじろぐ。「お、おう」という返事を
聞くと、用心棒は僕と大男の顔を交互に眺め、大男に
にっこりと微笑んで言った。

「そうですか。それは結構な事です。しかし、この街
にて横暴は粛清されます。塩気の効いた砂を舐めたく
なければ、お行儀よく観光してほしいのですが、
いかがでしょうか」

 用心棒と大男、ガタイは当然大男の方が屈強に
見える。身の丈もだいぶ違う。「うるせぇ、なんだ
てめぇは」と食ってかかる大男は迫力に満ちている。
今にも殴り掛かる素振りを見せる大男。その拳は
そのまま振り下ろされる、と思っていた。

 だがその瞬間、その熊のような男の体は列の外に
吹き飛んだ。用心棒は軽く掌をかざしているだけ。
何が起きたかは分からないが、吹き飛ばしたとみて
良いのだろうか。

「お引き取りください。貴方のような狼藉者を我々は
見過ごしません。……ああ、"なんだてめぇは"、
とのご質問でしたね。私はザバン自警団ジバル会、
ラードラッドと申します。……さっさと消えろクズが」

 逃げるように立ち去る大男。ラードラッドと
名乗った男は、僕の方を見てにっこりと笑い言った。

「お待たせ致しました、お客様。さ、どうぞ」

 目の前で起きた事にやや心臓を跳ねさせながら、
僕は長机に向かう。荷物袋のお金を渡し、預かり証
を受け取る。列から離れて広場に差し掛かった所で
気づく。腰が、妙に軽い。咄嗟に財布袋があるはずの
場所に手を当てると、その手は虚しく空を切った。
……嘘でしょ……油断した……その時初めて、財布が
スられていた事にようやく気づいた。





「……で、別に全財産を失ったわけじゃねぇものの、
アタシらに昼飯代をたかってる、と」

「すぐ返しますので……ごめんなさい」

 街の食事処でテーブルに頭をぶつけながら謝る。
ルアさんは「うるせぇからやめろ」と言うが、自分の
ミスが情けなくてしかたない。

「まぁ、スられたのが当面の金用財布だけだった、
ってのは不幸中の幸いだな」

「俺も金貰えたから気にするな!しっかり食って筋肉
つけろ!」

 2人のフォローが心に刺さる。……彼らとの合流は
容易だった。子供のようなルアさんと筋肉のカイル。
この組み合わせは街の雑踏でも目立つ。とぼとぼと
2人に近づいていくと、そのままこの食事処に連れ
込まれ、事情を話し、今に至る。レンガ造りの店は
強い陽の光を遮り、目に優しい光量を保っている。
木製の長いテーブルと椅子が並んで、まばらに利用客
が腰掛け、各々食事と会話を楽しんでいるよう
だった。

「あー、それと、一時的な協力だと思ってたから別に
言及しなかったが、デニス。お前後で銀貨1枚返せ」

 え……?それは、一体……

「お前に使った水薬代だ」

 あ……そうか。カイルに吹き飛ばされた後の、治癒
の水薬……なんてことだ。完全に失念していた。あの
時、僕はそのままお礼だけで済ませてしまったが、
考えてみれば当然だ。あれはルアさんの私物で、自分
たちのために用意していた資産だ。それをお礼だけで
済ませるのは虫が良すぎる。

「ごめんなさい!そうですね!当然返します!」

 僕の慌てる顔を見て、ルアさんはゲラゲラ笑い出
す。腹を抱えて一通り笑った後、乱れた呼吸を整え
つつ、言った。

「ばーか、冗談だよ。真に受けんな。馬鹿正直も程々
にしとけ。そこまでアタシはケチじゃねぇよ」

「ししょー!人が悪いぞ!デニスをからかうな!」

 結局、水薬代はどうしたらいいのか曖昧なまま、
話は進む。……今後、何かでさりげなくお返ししたら
良いだろうか。そういうのを器用にこなすのは、少し
苦手だ。テーブルに運ばれてきた豆と野菜のスープ
をつつきながら、ルアさんは言った。

「それよりも、ジバル会、だったか?それってサグロ
が雑に誘ってきた、アレだろ?ちゃんと自警団して
たんだな」

「そう、ですね。良い人とも悪い人とも言いきれない、
微妙な感じの人でしたけど、治安を守ってる雰囲気
はありました。手を出すのが早いけど……」

 ガツガツと顔がつきそうな位置でスープを食らう
カイルを小突き、ルアさんは手に持っていた木の
スプーンでこちらを指す。

「いい事じゃねぇか。半端な優しさで迷惑がデカく
なるより、よっぽどいい。正直サグロを見てても
なんとも思わなかったが、そのラードラッドって奴
には会ってみてぇな」

 手を頭の後ろで組み、天井を見るルアさん。
何かを考えていたようだが、口で弄んでいたスプーン
の動きを止めると、僕をちらりと見て言った。

「……そういや、目的地と目標は聞いたが、最終目的
に関しては聞いてなかったな。当然ダガー関連の事
だとは思うが……お前、旅の末に何を望んでんだ?」

 その言葉に反応し、ダガーが2度の加重を返す。
否定?言うなと言うことか?何故?ルアさんとカイル
は、しばらく仲間として旅をするのだ。それくらい
明かしてもいいのでは……考えているうちに、再度
強めの否定を受けた。……理由は分からないが、一旦
当たり障りのない事を言っておこう。

「……ダガーの事を、しっかり知りたいんです」

 ルアさんの目は鋭い。何かを疑ったような素振りを
すぐに崩すと、彼女は言った。

「……そうかい、まぁ、良い」

 彼女の洞察力、推理力は僕では足元にも及ばない。
おそらく彼女は何かを察し、言葉を呑み込んでくれた
のだろう。しかし、ダガーと違い、普通の人間と同じ
ような時間でここまで感覚を鋭敏に研ぎ澄ませたのは
一体どんなカラクリだろうか。少し気になってし
まった。少し話としては繋がっていないが、思わず
そのまま聞いてしまった。

「ルアさんの観察力や戦いの技術って、どうやって
そこまで磨いたのですか?」

「随分話題がすっ飛ぶな。別に構わねぇけど。お前も
カイルも、アタシの寿命については知ってんだろ。
アタシはすぐ死んでも後悔しないよう、明日消える
つもりで色々取り組んでた。それだけだ」

 つまりは……努力?いや、単なる積み重ねとは質が
違う。大抵の努力とは理想の行き先に辿り着く為の
先行投資。でも彼女の場合、それとは少し違う。今
この瞬間、満足していないことがあればそれを掴む。
明日やろうと思ってもその明日がある保証は無い。
そんな状態で積む研鑽が、普通の努力と同質なはず
がない。"死ぬ気で"の概念が、凡人の抱くそれとは
まるで違うのだろう。

「ししょーはエルフと小人族を足した分だけ生きる、
っていつも俺言ってるのに、真面目に取り合ってくれ
ないんだ!ししょーは前向き筋が足りてない!」

「……うるせぇな、お気楽すぎて自慢の長耳が痛くな
っちまうぜ」

 両親を奪われ、仇の剣を探し出し叩き折って精算
しようとするカイル。自らの命を常に燃やし続け常人
離れした観察力と戦闘技術を得たルアさん。……自分
の弱さを克服したいと願う僕とは、背負っているもの
の重さが違いすぎる。そんな気がした。少し俯く僕の
額に何か衝撃が走った。ぽたぽたと少量の水が垂れ
る。これは、実験の時に見た、ルアさんの水弾か。

「デニス。お前、今くだらねぇこと考えたな。大抵の
奴はアタシの素性を聞くと、同じ反応をするんだ。
"可哀想に"、"のうのうと生きててごめん"みてぇな
クソの役にも立たねぇ同情だよ。ありがてぇこった。
放っときゃわんさか勝手に慰めが降ってくる。……
ふざけんな。アタシの人生を、てめぇらのモンと
比べんじゃねぇ。いつもそう思ってる。……お前も、
自分とアタシを比べたか?」

 また、比べていた。前世の妹、今世のエディ、
優れたもの、大きいものに対し、自分はなんて矮小
なのだろうかと、"また"比べてしまっていた。
過去の一件でようやく"僕は僕だ"と思えた気持ちを
忘れ、また安易な比較により自分の心にネガティブな
防波堤を作っていたんだ。

「……ごめんなさい。失礼でした」

「おう、わかりゃいい」

 カイルは首をかしげ、スープが入っていた木皿を
齧りながら、僕の顔を見ていた。ルアさんの平手が
その頭を張り飛ばす。僕はようやく、少しぬるく
なったスープを口にした。小さく刻まれた塩漬け肉が
僅か浮き沈みし、豆のブチンとした歯ごたえと野菜の
甘みが、優しい塩気の汁に包まれている。商隊での
移動ではとても簡素な食事が多かったので、体と脳に
染み渡るような美味しさだ。

「まぁ、金もスられていい機会だから、依頼のひとつ
でもこなしてみたらどうだ?ルディアダへの定期往復
船が来るまで、まだだいぶ日が空くみたいだからな」

 ルアさんは店内奥の壁を指さす。壁に備え付け
られた掲示板のような木の板には、何かが記載された
紙がいくつも乱雑に貼り付けられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...