滑って転んで突き刺して

とえ

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第2章

32・半月の港街

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 鬱蒼とした森は次第にその背丈を縮め、遠のいて
行った。

 僕は昨日のルアさんの実験と結論を思い返し、改め
て彼女の洞察力に感謝していた。一旦わかったことを
自分なりにまとめてみる。

 僕の滑らせる力は、実際には接触の拒絶。物体同士
の接触自体を無効化し、基本的にはその作用として
摩擦を無視して滑らせる。今まで漠然としていた
狙いの付け方も1段明確化し、触れ合う物のどちらに
付与するかで微妙に現象が変わる。また、これは
後で実際に試してみる必要があるが、滑らせる力を
与える面積や有効時間によっておそらく疲労の度合い
が変わると思う。今まで地面の滑走を使った時は、
力を使った回数の割に疲労が激しかった気がする。
これは多分、自分の両足が滑って行けるだけの広い
面積を能力の対象としていたからだと推測できる。

 そして、本質として暴かれた接触の拒絶。ルアさん
の放った小さな水弾は、滑れと念じた面に当たると
同時に衝撃もなく弾け飛んだ。だが、力を付与した
掌をカイルに殴ってもらった時、手自体へのダメージ
はほぼ無いものの、その質量や運動エネルギーに
よって体ごと吹き飛ばされてしまった。"接触しない"
のは"威力をゼロにして受け止める"とは違うらしい。
打面自体の保護には有用だが、それを絶対防御と
勘違いしていると大怪我をしそうだ。壊れない盾を
持ったところで吹き飛ばされれば確実に怪我をする。
……今考えれば、ダガーに巻かれた藁紐の鞘が解け
落ちたのは、結び目自体の接触が拒絶された影響だ
ろうか。考えれば考えるほど整合性が取れている。

 ゴブリン襲撃の1日目、蜘蛛とトレントの2日目に
比べ、本日は平穏安寧。ダガーの警告も角笛も無く、
ただひたすらに馬車は往く。日が真上を位置取る頃
には、既に街が遠くに見えてきた。ここに来て一層
潮の香りが濃くなり、海鳥のような鳴き声がはるか
遠くから聞こえ始めた。

 平坦だった道が、下りに差し掛かる。やや小高い
現在地からは、海に面した港街が一望できた。
海岸線はほぼ一直線となっており、街はその海辺に
隣接して半月型に広がっていた。半月の中央付近
には太い桟橋が伸びており、いくつか船が停泊して
いる。リサイドよりも建物の密度がやや低く、
くすんだ色のレンガでできた平屋の建物が目立つ。
転生して初めての海。前世でも海は見た。しかし
この景色は僕の知るそれとは別物で、壮観だ。街の
周囲は開けており、視界を塞ぐ物がない。その
水平線は空と海面を美しく一刀両断していた。

 リサイドのような街を囲む塀はないが、低い木が
街の周りを囲むように密集している。2日目に超えた
帯状の森のような嫌な閉塞感は無い。そこを超えると
すぐに街に到着した。

 馬車が停り、僕らは荷台から降りる。幌で覆われて
いた視界が一気に開け、青い空と紺碧の海に支配さ
れた。波の音に混じり人々の声が耳を刺激する。少し
前からずっと香っていた海の匂いは、既に鼻に馴染み
あまり気にならなくなっていた。

 ここが、"港街ザバン"……見慣れたどの景色とも
違う土地に、僕は言葉を失っていた。

 簡素な木柵が連なる中、簡単な門のようなものが
あり、トリトンが見張りと思われる人と何かを話し、
それが済むと馬車はゆっくり街の中に入る。その横に
つきながら歩き、辺りを見回してみた。前世のように
身分証を見せる訳でもなく、緩い印象を受ける検問。
日によく焼けた門番は軽く欠伸をしたあと、腕を
組んで商隊を見守っている。少し入り込んだところは
やはり広場のように開けており、馬を停める厩舎や
少し大きめな建物が並んでいた。

 馬車が完全に止まり、御者が馬を厩舎に繋ぐのを
横目に、ガンドが指示を飛ばす。

「各自商人の指示に従い荷物を商館に運べ。デニスは
第2が終わり次第、第3を手伝え」

 商人の誘導に従い、今見た大きな建物に荷物を
運び込む。"商館"というらしく、荷物の一時保管庫
兼商人達の滞在時住居として機能するらしい。僕が
商隊初参加であると知った商人のひとりが、気さくに
教えてくれた。荷物の量はそこそこ多かったが、
《滑らせる力》の実験がてら、少し張り切ってみた。

 第2の荷台から商館倉庫まで、地面を一気に滑面化
してしまうのが1番楽だと思うが、その導線を人が
横切ると足を滑らせて危ない。僕は多くの荷物を
詰んだ山の"底面のみ"を滑らせて、押し運ぶ。周りの
商人が大移動する荷物タワーを目にして驚いていた。
早々に第2馬車の荷台を片付け、第3に移る。カイル
が荷物をひょいと持ち上げるも、商人が「丁寧に運ん
でくれ!」と慌てていた。

 一通りの荷物が片付き、この2日間枕になっていた
自らの荷物を肩に担ぐ。最低限の荷物と、まとまった
お金の入れてあるこれを忘れるわけにはいかない。
ガンドが皆を集め、商隊の完了を宣言した。

「お疲れさん。皆よくやってくれた。危険はあったが
何事もない。解散前に報酬の確認をしてくれ」

 各自ガンドから金銭を受け取る中、僕は副隊長の
ルッソさんを探す。旅の中やや頭に馴染んだ帽子を
ぬぎ、彼に差し出しながら言った。

「ルッソさん、これ、ありがとうございました。
お返しします」

「お、おう。そんなもん、忘れてたぜ」

 帽子を受け取るルッソさんは、微妙に目を逸らして
いる。粗暴な口ぶりに反して、この帽子は彼の優しさ
そのものだ。心配したから口汚く注意する。きっと
そういう人なのだろう。でなければ、自ら夜警を
引き受ける隊長に暖かい飲み物を、なんて気遣いは
生まれない筈だ。今では彼の態度が不器用な心配性
に見えて、微笑ましかった。

「……お前、今回の馬車商隊の報酬、辞退してたん
だってな。隊長から聞いたぞ」

「あ、はい。僕の目的は、ここザバンにたどり着く
事でしたから」

 目にも止まらぬ速度でルッソさんのデコピンが炸裂
する。一瞬目の前に星が見えた。おでこを押えながら
彼に疑問の顔を向ける。なんで今デコピンされたの?

「生意気言ってんじゃねぇ間抜けが。お前は今回十分
役に立ってんだよ。くだらねぇこと言ってねぇで
隊長んトコ行ってこい、馬鹿野郎」

 背中に軽くルッソさんの蹴りを受け、ガンドの元に
近寄る。彼は当然のように布袋を僕に差し出し、
「お疲れさん」と言った。ずしりとした重みを感じる。
腰に提げている財布袋と、大差ない重さだ。

「あの、受け取って良いんでしょうか?」

 思わず聞いてしまった。不思議そうにガンドが
答える。

「別に良いだろ。何を躊躇う?仕事に対する正当な
報酬だ。あー、お前が欲しいか否かは関係ない」

 頭を下げ、お礼言うと、ガンドはヒラヒラと手を
振った。……タダ働きと聞いていたルアさんとカイル
にも、なんだかんだ報酬が支払われていた。

「みんな受け取ったな。じゃ、解散」

 ガンドの号令で護衛組は各々自由に動き始める。
サグロは「お前らの事、諦めへんからな。なんか
あったらジバル会訪ねや」とだけ言い残し、去って
いった。……うん。場所、知りませんけど。

 ガンドはルッソさんと何か話した後、街の門の方向
にひとりさっさと歩いていき、姿を消した。彼は疲労
という言葉を知らないのだろうか。少なくともガンド
はこの2夜、不眠で見張りをしていたはずだ。その上
商隊を率いて約3日間の旅。些かタフ過ぎないだろ
うか。商隊を解散したのなら、一旦街でゆっくり一息
つきそうなものだが、そんな様子すらない。彼の後ろ
姿を気にしていたのは、僕と代表商人トリトンだけ
だった。

 ガンドの事をルッソさんに聞くと、彼は頭を
掻きながら言った。

「ああ、あの人、商隊の時いつもああなんだよ。夜間
の見張りは全部自分で引き受けて、終わると"休暇だ"
とか言ってふらっと姿を消しちまう。しばらく経つと
ケロッとまた街に来る。まぁそういう習慣なんだろ」

 先程話していたのも、「いつも通り休暇だ」という旨
を話していたようだ。僕はルッソさんに「お世話に
なりました」とお礼を言い、別れる。どこまでも掴め
ないガンドの事は置いておき、僕はルアさんとカイル
に話を聞いた。

「お2人はこれからどうするのですか?」

「アタシはカイルの子守りだからな。こいつの旅に
付き合うよ」

「シンガって街を目指してるぞ!」

 シンガ……フーじいさんの地図を確認すると、海を
渡った先にある山の麓の街のようだ。僕の目的地で
あるエイシスとは、ザバンの対岸港ルディアダを
挟んで逆方向に位置している。2人の目的は、カイル
の仇である黒い剣の捜索、だとは思うが、そこに
手掛かりがあるのだろうか。

「僕はエイシスに向かう予定です。海を越えるまでは
進路は同じですね」

 それを聞いてルアさんはカイルに言う。

「……だってよ?アタシらもエイシスはシンガの後に
行く予定だったろ。行く順番取っ替えるか?」

「石は逃げない!デニスと行くのは楽しそうだ!」

「石……?」

 カイルの一足飛びの情報に、ルアさんが補足を
入れる。

「カイルの話にあったろ。黒い剣の柄に宝石が
埋まってたって。それに似た石が採掘されるのが、
シンガの傍にある鉱山らしいんだよ」

 それは……こちらとしても目的地に設定すべき土地
なのではないだろうか。そもそも人形村エイシスに
向かう理由もその宝石だ。ダガーの鍔に埋め込まれた
紫色の宝石。それに似たものをエイシスで見たという
フーじいさんの情報から決めた目的地だ。……そう
言う意味では、ダガーとカイルの仇の剣、共通点が
いくらかある事を考えると、自ずと目的地は被るの
かもしれない。

「待ってください。僕としても宝石は目的地を決めた
理由なので、差し支えなければご一緒させて頂ければ
嬉しいです。でもそれなら、そちらの当初の予定に
僕が合わせる形の方が自然で……」

「別にどっちでも良いだろ。じゃ、しばらく一緒に
行くか。まずはエイシス。……そっちの子守りは
ダガーに任せりゃ良いか?」

 ダガーの肯定の意思を、ルアさんに伝える。簡単に
予定を曲げてこちらに合わせてくれる2人に申し訳
なさを覚えつつ、その判断の早さに感心する。カイル
が僕の手を掴みブンブンと振った。おそらく本人の中
では握手のつもりなのだろうが、手ではなく脳が
シェイクされる程の勢いを感じた。

「では、ちょっとダガーと話をしてきます。商隊の中
ではあまり話せてなかったので」

「アタシらは適当に宿でも見とくか。じゃ、後でな」

 見渡した印象として街自体はそこまで広くはない。
後で落ち合う事は難しくないだろう。僕は入口の門
近くまで戻ってきた。

(ダガー、門番の人に声は通りますか)

『安心せい。聞こえんよ』

 マナーモードの返事前提で話しかけた心の声に、
ダガーの声で返答があると少しだけ驚く。先程通過
したばかりの僕が戻ってきた事にやや怪訝な顔をする
門番だが、すぐに興味を無くしたようでそっぽを向い
ていた。柵の傍らに腰を下ろす。

(……ようやく、着きましたね)

『お前にとって、なかなかにしんどかったじゃろ。
大人の世界と関わるのはのう』

 ハディマルでの生活は、自分にとってあまりにも
心地よい全肯定による承認だったのだと、改めて実感
した。キャラバンを通じて、他人からの印象や評価は
多様な形があると理解した。あまりにも当たり前で
気づかない方がおかしい、信頼の形。社会経験少なさ
だけでなく、己の他人との関わり方そのものの未熟さ
を思い知らされた。……要するに、甘ったれていた。

(もっと、色々知って色々学ばないと、って、思いま
した。ダガーの肉体ついても、僕自身についても)

『ワシももう少し支えてやれれば良かったんじゃがな。
お前の精神的打たれ弱さは理解しておる。徐々に
鍛えねばならん事もな。……しかし、ちと階段が急
じゃった』

(いえ、必要な修練だったと思います)

『カイルみたいな事を言うのう』

(はは、伝染しましたかね)

『無害な病の種は抵抗力の促進剤じゃ。悪くない』

 キャラバン移動の振り返りもそこそこにして、これ
からの事もダガーと認識共有しておく必要がある。
目的地はエイシスで変更なし。ただし、もしそこで
結論が出なければ、次の目的地が確定している。
シンガ。ルアさんの話では鉱山の近くに位置する
街との事。シンガとエイシスはルディアダを挟んで
いるとはいえ、地図で見る限り距離としては
ハディマルとリサイド程度しか離れていない。2つの
土地で存在が示唆される石が、果たして同じものなの
かまでは分からないが、関連はあると見てもいい
気がする。

(答えが得られるか否かに関わらず、シンガまでは
行きましょう。カイル達の力にもなりたいです)

『それでよい。既にワシとしても、あの2人をただの
行きずりとは思えんからな』

 意見の共有を済ませ、僕らは街に戻るため、立ち
上がる。草間に溜まった砂で臀が汚れていた事に
気づいたのは、歩き始めてすぐの事だった。
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