滑って転んで突き刺して

とえ

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第2章

見つけた

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 目を覚ますと、そこにはルアさんの顔があった。
いや、それだけではない。虚ろなカイル、サグロ、
ヴィリ、ラードラッド、ケヴィオ、そして、ガンド。

 重い頭を無理やり起こす。場所は……崩れた酒場、
そのままだった。

「心配させやがって、馬鹿野郎」

 ルアさんが言う。無事、終わったのか……?どれ
くらい時間が経ったのだろう。みな口々に心配の
言葉をかけてくれる。

「君の功績は大きい。大きな借りが出来てしまったな、
うん。……情けないな、戦う力の無い大将というのは」

 ケヴィオが自嘲気味に言う。彼は真の意味で組織の
"頭"なんだな、なんて事を思った。

「鼻血が出ておりましたので、あまり動かない方が
いいかと思ったのですが……大丈夫そうですね」

 ラードラッドが言う。鼻血……?ああ、アルフの
腕が掠った時か。僕よりはるかに重症なあなたが、
言うことでもないでしょう。……そういえば、アルフ
は。アルフはどうなった……?僕がキョロキョロする
のを見て、サグロが言う。

「アルフ達3人は、俺らで一旦確保しとる。処遇に
ついて、商人ギルドとの話し合いもあるさかい。あと
は、こっちに任せえ。」

 僕の考えてること、この人よく分かったな。状況が
知れてとてもありがたい。

「……ご心配、おかけしました」

『全くじゃ、大馬鹿者。突然狂戦士化しおって』

 狂戦士……確かにそうだったかもしれない。妙に
気分が高揚して、なんでも出来る気になって……

「……って、ダガー、人前で喋って……」

「あんたが寝てる間に、全部、彼女……ダガーが話して
くれたわ。ここにいる人間には共有済みよ」

 ヴィリがそう言うと、笑顔のラードラッドが不満
そうに言う。

「私以外、ですがね」

 「すみません」と謝るヴィリ。確かにダガーの声、戦闘中に隠すのやめたしな。……ああ、本当に、まだ
頭が回っていない。

「…………デニス……ごめん、俺……」

 完全に消沈しているカイル。黒い剣を見てから
ずっと様子がおかしいのはわかっている。仕方が
ない。僕が今の彼にかけられる言葉は、これくらい
だ。

「大丈夫だよ、カイル。心配してくれて、ありがとう」





 表に出て、既に夜だと初めて気づく。相変わらず
嵐のような悪天候。酒場では各々解散し、僕はカイル
に背負われて、自分達の宿に向かっていた。

 海を見る。荒れに荒れた海面に、船がゆらゆらと
揺れていた。停泊する1番大きな帆船の帆の上、何か
が見える。紫色の、朧気な光。

 ……セント・エルモの火。雷雨の日、上空の尖った
部分に発生する、電位差による放電現象。この世界
でなんて呼ばれているのかは知らないが、その神秘的
な光は、僕の目を釘付けにした。上を見上げる僕に
気づき、ルアさんもつられてそれを見る。

「ああ、……久しぶりに見たな、あれ」

 彼女はそれを、「精霊灯せいれいとう」と呼んだ。

 次の瞬間、僕はありえないモノを見た。ルアさん
も同じものを見て、「なんだ、ありゃ」と目を見開く。
それはあまりに不思議で、そしてあまりに美しくて。
僕の止まりかけた思考が、記憶をガチャガチャと
漁っていく。

 大抵は塩漬けにして近隣の街に
   流したりするんだけど……

 海に船で漕ぎ出して
   松明を燃やすと……

 だいぶ前に大きめな地震があって
   それ以来全く見てないって……

 別にこいつら人間食わんさかい
   でっかなんなったら手ぇつけられへんけど……

 …………なるほど。そういうことだったんだ。嵐は
まだ続きそうだ。明日しっかり確認して、ピエラに
報告しに行こう。





 次の日。カイルはまだ本調子ではないようなので、
僕1人でまたあの洞穴を訪れていた。浜辺には
レヴィアタンの幼体達が、美味しそうに小魚を食べて
いる。刺激をしないよう気をつけて通過し、洞穴の
池を確認してみる。案の定、そこにはあるべきものが
しっかりと、あった。これだけ確認出来れば十分だ。
嵐もしっかり続いている。……今夜、きっと。

「ダガー、ようやく見つけました。"水龍"を」

 彼女は一言『でかした』と返した。





 宿に戻り、僕はこんな日にも宿の手伝いをする
ピエラに、今夜、依頼を達成できるかもしれないと
伝えた。

「本当に……?あ、いえ、本当、ですか?」

 その目は僅かな疑いと、それをはるかに上回る
期待に満ち溢れていた。

 夜になるのを待ち、ピエラ、ルアさん、カイルと
共に、ザバン到着当日の夜にダガーと話した高台に
登っている。滑る足元に気をつけながら、ひとつ
ひとつ足をかけて、慎重に、焦らず。

 高台に着くと、濡れるのも気にせず全員で地べたに
座り込んだ。ピエラの鱗に、雨粒が流れる。天候は
最悪で、最高だ。気を揉む様子のピエラの頭を、僕は
撫でた。彼女の孤独、彼女の容姿。それらを、彼女
自身が否定しないように。与えられた物を、不幸
だなんて思わないように。僕はその瞬間が来るのを、
緊張に体を強ばらせながら待ち続けた。

 その時は、突然来た。昨日と同じ、セント・エルモ
の火。青紫の光が帆柱に灯る。ピエラは座ったまま、
少し身を乗り出した。僕は、見つけた水龍の説明を
始めた。

「精霊灯、っていうらしいですね。嵐の日、ああいう
高い所で見られる発光現象です。昼間でも発生は
していますが、夜でないとあまり見えません」

 海面を打ち付ける波が、より高くなる。遠くの
稲光がしばしば目を突き刺すが、ピエラはそんな事、
気にもしていない。

「浜辺の断崖に、小さな池があります。池の底は
そのまま海へと繋がっているみたいですね」

 池の傍にあったのは、多くの打ち上げられた、
"トビウオのような魚"。

「レヴィアタンなどの大型生物に追われた小魚は、
細い隙間に逃げ込みます。この時期、あの羽の
ようなヒレを持つ小魚は、余るほど捕れるらしい
ですね。宿の女将さんが言っていました。あの様な
魚は外敵から逃げるため、海面から空中へ飛び立ち
ます」

 一際大きな波が立ち、一瞬の後。

「そしてもうひとつ。その小魚は、"灯りを目指す"」
 
 断崖の洞穴から、"水龍"が、出現した。

 大量のトビウオが洞穴の亀裂を通り、そのまま
池から天へと飛び立つ。その数え切れない小魚の群れ
は、一筋の龍のように、帆柱の精霊灯を目指して
滑空する。その1匹1匹が僅かな光を乱反射し、
龍の鱗を形成する。

 ピエラは立ち上がった。ルアさんもカイルも、
その煌びやかな光の道に目を奪われている。
気象現象と自然の地形、それと食物連鎖の生み出した
奇跡の光景。

 その"龍"は、あまりにも美しかった。

 ごく短時間の昇龍現象。暴風雨に晒されながらの
最悪で、最高な鑑賞会。ピエラは僕に抱きつくと、
出会ってから一度も見たことの無い、満面の笑みで
言った。

「ありがとう、ございます!」

 彼女の目からは、鱗と同じく、光るものが
流れていた。彼女は少し照れくさそうに続ける。

「その羽のようなヒレを持つ魚……名前は、
ご存知ですか?」

「え……?」

 悪戯っぽく笑って、彼女は、

「"ピエラ"、です!」

 と言った。





 思えば、あまりに長い数日間だった。色々な事が
積み重なりすぎて、もう僕の頭は完全に回路が
焼き切れている。高台から降りて、宿に戻り、一旦
テーブルに着く。その間、一度たりともピエラの
顔から笑顔が消えることはなかった。カイルも
力無いとはいえ、少し表情が綻んでいた。

「女将さん!私、見れました!父さんと母さんの
見た、水龍を!」

 興奮気味で笑顔を振りまくピエラの姿に、少し
動揺する女将さん。それはそうだろう。鑑賞会の
前と後では、別人のようだ。おそらくこんな無邪気に
はしゃぐ彼女を、女将さんも見たことはないはずだ。

 ずぶ濡れな事も気にせずに、僕らは余韻に浸って
いた。カイルは目付きこそ元に戻ったものの、いつも
ような自由奔放とは言い難い状態。仇の剣の事が、
余程堪えたのだろう。1本見つけました、折りました。
はい終わり、なんて、行くはずがない。あれから
丸1日以上経過している事を考えると、やはり心配だ。

「カイルさんは、どうかなさったんですか?」

 ピエラが、そこに切り込んできた。

「あ、うん。俺さ、……ちょっと、因縁の奴らが
いるんだけどさ。そのうちの1つ……いや、1人を、
ようやく……倒したんだけどさ。なんか、スッキリ
しないんだよな」

 カイルらしからぬ語り口。いや、これは、焚き火の
前で黒い剣と過去の話をしていた彼の口調だ。僅かに
幼児退行したような、少しいじけた小さな子供を彷彿
とさせる喋り方。

「スッキリしない、というか……俺が求めてた事って、
"こんなちっぽけな事"だったのか、って。鍛えて、
鍛えて、鍛えて鍛えて鍛えた先に待ってるコト……
それが、こんなにも"つまんない事だった"のかって、
気づいちゃったら、なんか力抜けちゃって」

 黙って聞く僕達。初めての1本目。それは、掲げて
いた目標の虚しさを肌で感じてしまった1本目。彼は
今、単に疲れたり、気が抜けているのとは違う。人生
をかけて磨き続けてきたものが、"くだらない事"に
塗りつぶされてしまうのを恐れているのだと、そう、
思った。

 以前ルアさんは、カイルの前でダガーを喋らせるな
と言った。キレたら手が付けられない、とも。今なら
本当の意味がわかる気がする。それは決して、頭に
血が上ると、という意味では無い。復讐という"目標
が途絶えて"しまったら。今のカイルを保つ為に、彼
が自身に課した手綱が切れてしまったら、そこから
再度道を示すのがとても困難だ、という意味だった
のだろう。現に彼は今、今まで強力に牽引してくれて
いた復讐という名の導き手に不信を抱き、リードが
切れてしまっている。

 こういうと無情に聞こえるが、実はルアさんは、
カイルが"仇の剣など見つけられなければいい"と、
思っていたのではないだろうか。

 ルアさんはずっと黙って額に手を当てている。
こうなってしまったカイルにかける言葉を探すのが
難しい事を、彼女は誰よりもよく知っているんだ。

 うん、うん、と頷きながら聞いていたピエラが、
口を開いた。

「今までに読んだ簡易写本の一節に、こんな言葉が
ありました。昔の詩人さんの、私が好きな言葉です。
"雛が殻を割るのは、土に還る為だろうか?"」

 カイルはポカンとしている。全く意味がわからない
と、顔に書いてある。

「カイルさんはひとつの目標を達成したんですよね?
なら、次は、"この言葉の答えを探す"のを、目標に
してみては如何でしょうか」

 カイルの顔に、生気が宿る。彼からしたらわけの
分からない言葉だろう。僕としても、言わんとする
意味はわかっても、その"答え"を出すのは難しい。
だが確実に、カイルは次に追うべき細い糸を目にした
のだと思う。ピエラが彼の生きる意味を"繋いだ"。

「……ししょー、やばい。全く意味がわからない!」

 ルアさんは軽くクックッと笑い、カイルの頭を
くしゃくしゃと撫でた。

「……だから、それを探してみろって言われてんだよ」

 カイルは立ち上がって「そうか!」と拳を固めた。
ルアさんはピエラを見た。その慈愛に満ちた目で、
優しく言った。

「……あんた、なかなかに意地悪だな。ありがとよ」

「さて、なんの事でしょうか?私からカイルさんへの、
ただのお礼ですよ」

 ピエラは笑って言った。
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