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第2章
嵐は風を残して去る
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昨日までの嵐は、まだ厚く残る雲を残し、その勢力
を大幅に控えていた。所々、雲の切れ間から朝の日が
エンジェルラダーを時化の残る海面に降ろしている。
諸々の事件と依頼を経て、あまりにも密度の高い
数日間が幕を閉じようとしている。今日はその締め
として、ピエラの依頼報酬を受け取る約束を取り付け
てある。
アルフの暴れた酒場は外から見てもやや破壊の痕跡
が刻まれており、ジバル会を中心に近隣の住人が損傷
箇所を確認している。僕らの宿からピエラの家に
向かう導線上にこの建物があるため、嫌でも様子が
目に入った。こちらに気づき、腕を吊ったラード
ラッドが笑顔でこちらに軽く手を振った。
ピエラの後に続き歩いていると、先日彼女と喧嘩、
いや、彼女を誘っていた子供達とすれ違う。彼らは
僕達をじっと観察し、その後ピエラに視線を移す。
また、厄介な事にならなければ良いのだが。
ピエラの家はザバンの端、周囲に建物の少ない場所
に建っていた。少女1人で住むにはあまりにも立派な
佇まい。周りと同じくレンガ作りで、窓の下部には
綺麗な植木が並んでいた。手入れの行き届いた庭木、
控えめな高さの煙突。彼女の住居は、周りと比べても
頭ひとつ抜けて"丁寧な暮らし"を醸し出していた。
「どうぞ、お入りください」
彼女は玄関の扉を開き、僕達を招き入れた。そこ
には、物の少ない、落ち着いた空間が広がっていた。
綺麗に整った居住空間を通り抜け、奥の薄暗い部屋
に案内される。居住空間よりもはるかに広いその部屋
には、壁面の全てが床から天井まで何段もの本棚が
据え付けられており、更に人1人が通過できる程度
の隙間を開けて配置された設置型の本棚がいくつも
立ち並んでいる。前世で見た、個人経営の小さな
古書店を彷彿とさせた。
圧巻の冊数。乾燥した室内。空気が停止したような
厳かな空間。微かに草の匂いがして、やや神聖な
雰囲気すら漂っている。
「これが、報酬となります。ご自由にご覧下さい。
もし特定の区分やお目当ての部門があれば、遠慮なく
ご質問ください」
魔法のインクによる簡易写本の表紙は、もちろん
肉眼では何も確認できない。やや黄色味を帯びた
無地の背表紙がひたすら並ぶ様子は、何かが欠如した
ような不思議な印象を覚えた。
「俺は鳥の本が良い!字あんま読めないけどな!」
「お前じゃねぇよ」
元気よく手を上げるカイルの頭を、ルアさんが
叩いていた。ピエラが僕に、胸の眼鏡を差し出す。
僕はそれを受け取りレンズを通して本棚を眺める。
……凄まじい。ただその一言だった。びっしりと
浮かび上がる背表紙の文字。1人の男の手により
写本されたとてつもない数のタイトル達。物語の
ような物から錬金術、聖書、魔物記、植物記、歴史、
伝説、ありとあらゆるジャンルを網羅した見出しが
整然と並んでいた。
「見ていいのは、1冊という事でよろしいですか?」
僕の問いにピエラが軽く笑い首を横に振る。
「まさか。いくらでも、お好きなだけご覧下さい」
ありがたい話ながら、これは目的の情報を得るには
骨が折れそうだ。素直に彼女の検索能力に頼る事に
した方が良さそうだ。
「……魂と肉体に関する記述がある本は、ありますか」
それを聞いてルアさんがピクリと眉を動かす。
すかさずダガーが声で語りかけた。
『ルア。……今はデニスに任せてやってくれんか』
その瞬間、ピエラが「きゃっ」と小さく声を上げる。
口元を抑え、驚いた表情。……ああ、そうか。ピエラ
も"聞こえる側"だったのだな。ダガーの声を初めて
聞いたのなら、当然の反応だ。むしろ驚かないルア
さんやガンドが異常なのだ。そしてダガーの言葉の
意味がよく分からない。彼女はルアさんに何を……?
いや、それより驚いているピエラへのフォローが
先だ。
「ダガーといいます。僕の短刀には、魂に似たものが
宿っています。彼女は……僕の最大の理解者です」
ダガーを簡単に紹介すると、目が泳ぐピエラ。すぐ
に平静を取り繕い、言う。
「そ、そうなんですね。失礼しました。あ、魂と肉体
についてでしたね。いくつかありますので、少々
お待ちください」
僕は眼鏡をピエラに返そうとすると、彼女は笑って
言った。
「大丈夫です。覚えていますので」
何も見えないはずの本棚から、白紙の背表紙を
テキパキと抜き出すピエラ。……冗談でしょ。この
大量の本を、全て……?ルアさんが耳を掻きながら
ダガーに言った。
「……悪いな、ダガー。……アタシは自分の寿命に
ついて、こう見えて敏感でな。つい反応しちまった」
『……じゃろうな。無理もなかろう』
そっぽを向くルアさんに、ピエラが言う。
「あの……眼鏡は1つしかないので、順番にはなり
ますが、ルアさんもお望みの本があれば、もちろん
ご覧になってくださいね」
「ああ、ありがとよ。後で見せてもらうぜ」
ルアさんとのやり取りの後、ピエラが数冊の本を
僕に手渡してきた。これだけの中から取り出したに
しては、思いのほか少ない。
「この中には、いわゆる禁書と呼ばれる物も含まれ
ます。デニスさんの中の宗教観を揺るがしかねない
内容もあるかと思います。ご注意ください」
禁書、か。言い方からして、一般的な神の信仰とは
異なる視点から記述された本、という事なのだろう。
そして、僕の宗教観がこの世界のものと少々異なって
いることなど、ピエラが知る由もない。ある意味僕に
とっては、とても有意義な内容だと想像できる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
僕は自分の手に収まった数冊の簡易写本の重みを
改めて感じ取った。
「本の持ち出しはお断りさせて頂きたいのですが、
その代わり、いつでも読みに来てください。船が来る
まで、あと2日くらいあるんですよね?うちの居間、
日が当たって読書には最適なんです」
「承知致しました。早速、少し拝見します」
通された居間には観葉植物や木製の家具。小さな
ガラス片を幾重にも嵌め合わせて作られた大きな
採光窓は、外の光を柔らかく取り込み、部屋全体に
豊かな明るさを与えている。落ち着いた空間の中で、
窓の傍に置かれた揺り椅子が目立つ。その横には
小さなサイドテーブルも設置してあり、普段から
ここが彼女の定位置であることが伺えた。
促されるままに揺り椅子を借り、ルアさんやカイル
はテーブルの椅子に着くことになった。ピエラが紅茶
を淹れて来るまでの間、カイルは不思議そうに、僕の
座る椅子をゆらゆらさせていた。……ああ、きっと、
船の旅はこの揺れが日常になるのだろう。不安だ。
「ダガー。めぼしい部分は共有しますね」
『うむ、任せた』
改めて本を捲ると、筆跡自体はそこまで整った物
では無い。可読性を保ちつつ、写本の速度を限界まで
高めた印象。ある種の焦りに似た感情を読み取れた。
確かにピエラの言う通り、この世界でよく耳にする
宗教観とは少し異なった知見が多く散見した。中には
錬金術と魂の関連などを示唆する項目もある。本来
神への冒涜と見なされる事、自然界の法則を逸脱する
事などを禁忌とみなす錬金術において、魂や肉体に
ついての記載があるのが興味深い。故に"禁書"、か。
ふと文中に、目を引く文字列を発見した。
「……そもそも"錬金術の始祖"は別名、"魂の魔術師"
とも呼ばれ、人々から疎まれており…………?」
思わずそのまま文章を音読してしまった。
『……ほう、聞き覚えのある単語が出てきたのう』
ハディマルの主祭さんに聞いた、魂の魔術師。当初
得た手掛かりのひとつに、意外な所で再会した。適度
に読み飛ばし、必要と思われる箇所を抜粋していく。
「……始祖は肉体を"魂の宿る器"と定義しており、……
役目を終えた肉体を抜け出した魂が、どこへ向かうの
かを研究していた。元来からの神の元へ向かうと考え
に懐疑心を抱いており、これが異端として……」
これは……僕が事務員さんから聞いた、転生の
仕組み、そのものではないか。魂は、空の器である
肉体に封入される。要約すれば、そのように説明され
た。この魔術師?錬金術師?は、錬金術の黎明期、
今より遥か昔の時代に、そこまで思考の枝を伸ばして
いたということになる。
カイルをちらりと見ると、既に飽きたようで、植木
を相手にファイティングポーズを取っている。僕は
一旦本を閉じ、眼鏡をピエラに返した。
「ありがとうございます。今は、ここまでにします。
後ほど、もう少し拝見させて頂きます」
ピエラは軽く笑い、「はい、お待ちしております」
と、眼鏡を受け取った。
・
・
・
ピエラと共に玄関を出ると、例の子供たちが家の
門の前に集まっていた。僕はルアさんの方を見ると、
彼女は面倒くさそうな顔で首を横に振った。少年の
1人が、少し威圧的に言う。
「ピエラ!……今日、宿の手伝い休みだろ!いい加減
一緒に遊べ!」
その言葉に、ピエラが一瞬驚く。あわあわと
可愛らしく狼狽えながら、僕らの顔を見回してきた。
「それと……!」
少年はなおも続ける。少し顔を赤らめ、見てる方が
微笑ましくなるような態度で、
「……気が向いた時、字、教えてくれよ。お前の本、
おれも、読んでみてぇんだ」
と言った。ピエラの顔が明るくなる。彼女は笑って
言葉を返した。
「ええ、喜んで!」
僕らとピエラ、子供達が合流する。ピエラを誘った
少年は、続けて僕に話しかけてくる。
「……おれんち、昨日ぶっ壊れた酒場なんだよ」
「あ、ああ、そうなんだ……大変な事になって
しまって、ごめんね……」
「聞いたぜ。あんたがバケモノを止めてくれたんだろ。
そうじゃなきゃ、もっと街が壊れてたって、親父が
言ってた」
彼は小さな布袋を取り出し、僕に差し出した。
「悪かったよ。あんたの財布スって」
僕の掌に置かれる財布。街に入ってすぐに腰から
消えた手応えが、帰ってきた。……君だったのかい。
「……悪い事すると、ジバル会にぶん殴られちまう
もんな!か、返したんだから、チクらないでくれ
よ!約束だかんな!」
僕はどんな顔をしていいか分からず、少し引き
つった笑顔で、「うん。ありがと」と返事した。
・
・
・
子供達と走っていったピエラを見送り、僕らは
宿に向かって歩き出した。途中、壊れた酒場の近くで
ルッソさんとガンドが立ち話をしていた。こちらに
気づくと、すぐにルッソさんは声を張り上げる。
「てっめぇら、バカみてぇにおかしな事しやがって!
なんなんだこの有様は!」
酒場を指さし怒鳴り散らす。横からガンドが、
「まぁまぁ」と宥めていた。
「ルッソさん、ごめんなさい。だいぶ建物壊れちゃい
ました」
「ごめんで済むか!」
壊れてから1日2日程度では、大した復旧は出来
ない。破壊の爪痕が強く残る建物からは、壊れた
テーブルや椅子、諸々の内装などが外に運び出された
程度の様子である。
「お疲れ。昨日1日、ゆっくりできたか?」
ガンドの穏やかな労いを受け、なんだかこそばゆい
気持ちになった。暴走アルフの件で1番の功績者は
彼なのに、当の本人はまるで何事も無かったかのよう
に言う。そりゃ微妙な気分になってしまう。
「お陰様で疲れも取れました。それに、その、アルフ
さんの件、ありがとうございました」
「何言ってんだ。決定打は君の力だろ。俺はした事
なんて結果的に何も残っちゃいないんだから」
この人は……一体どこまでマイペースなのか。そも
そも途中でガンドが割って入らなければ、おそらく
僕は重症で戦闘不能、あるいはそのまま亡き者に
なっていてもおかしくなかった。にもかかわらず、
それを"何も残っちゃいない"、と言うのか。
そして、助けに入ってくれただけでなく、いつも
ならしばらく姿を消すと言われていた彼が、何故
街に戻っていたのかも気になる。ダガーの魂の眼に
よる目撃を考えれば、姿を消した翌日には街に戻って
来ていたことになるのだ。
「ガンドさんは、何故戻ってきたのですか?休暇だと
聞いていましたが」
「ああ、別に大した理由は無いんだが……強いて
言えば、君だよ。デニス君」
僕が、彼の戻ってきた理由?何を言っているのか、
よく分からない。商隊が解散した瞬間に、僕らは
大した繋がりは無かったはずだ。
「君が直接の理由というのは、少し飛躍したな。街を
出た日、何処で暇を楽しむか考えながら足を進めて
たら、妙な奴に喧嘩を売られてな」
……ガンドに喧嘩を売ったと聞いて、ご愁傷さまと
思ってしまった。彼の圧倒的な戦闘技術を目にした
身からすれば、相手が不憫でならない。
「そいつは言ったよ。"あんたが今出てきた街に、短刀
をブラ提げた冴えないガキが居なかったか"ってな。
あー、まったく、隅に置けないなデニス君。あんな
イイ女に追い掛けられるなんて」
…………待て。今、ものすごく嫌な顔が脳裏に
浮かんだ。女?確かにガンドはそう言った。なら、
そんなの、該当するのは1人しか居ないじゃないか。
「とりあえずやたら強かったから、ある程度戦闘不能
にして放っといたんだけどね。ちょっと気になって
戻ってきたんだよ。何が起きるのか、自分の目で
見てみたかったしね」
ああ、確実だ。ガンドが強いと評価する実力、女、
正確に僕と思われる人物を追う人。そんなのは、
「セリカ……ですね」
「お、やっぱり知り合いか。あまり歳上を誑かすなよ」
ガンドは、感情が籠ってるのか否かよく分からない
「はっはっは」という声を発した。僕は背中には
じとり嫌な汗が滲み、ベッタリと衣服が貼り付いた。
を大幅に控えていた。所々、雲の切れ間から朝の日が
エンジェルラダーを時化の残る海面に降ろしている。
諸々の事件と依頼を経て、あまりにも密度の高い
数日間が幕を閉じようとしている。今日はその締め
として、ピエラの依頼報酬を受け取る約束を取り付け
てある。
アルフの暴れた酒場は外から見てもやや破壊の痕跡
が刻まれており、ジバル会を中心に近隣の住人が損傷
箇所を確認している。僕らの宿からピエラの家に
向かう導線上にこの建物があるため、嫌でも様子が
目に入った。こちらに気づき、腕を吊ったラード
ラッドが笑顔でこちらに軽く手を振った。
ピエラの後に続き歩いていると、先日彼女と喧嘩、
いや、彼女を誘っていた子供達とすれ違う。彼らは
僕達をじっと観察し、その後ピエラに視線を移す。
また、厄介な事にならなければ良いのだが。
ピエラの家はザバンの端、周囲に建物の少ない場所
に建っていた。少女1人で住むにはあまりにも立派な
佇まい。周りと同じくレンガ作りで、窓の下部には
綺麗な植木が並んでいた。手入れの行き届いた庭木、
控えめな高さの煙突。彼女の住居は、周りと比べても
頭ひとつ抜けて"丁寧な暮らし"を醸し出していた。
「どうぞ、お入りください」
彼女は玄関の扉を開き、僕達を招き入れた。そこ
には、物の少ない、落ち着いた空間が広がっていた。
綺麗に整った居住空間を通り抜け、奥の薄暗い部屋
に案内される。居住空間よりもはるかに広いその部屋
には、壁面の全てが床から天井まで何段もの本棚が
据え付けられており、更に人1人が通過できる程度
の隙間を開けて配置された設置型の本棚がいくつも
立ち並んでいる。前世で見た、個人経営の小さな
古書店を彷彿とさせた。
圧巻の冊数。乾燥した室内。空気が停止したような
厳かな空間。微かに草の匂いがして、やや神聖な
雰囲気すら漂っている。
「これが、報酬となります。ご自由にご覧下さい。
もし特定の区分やお目当ての部門があれば、遠慮なく
ご質問ください」
魔法のインクによる簡易写本の表紙は、もちろん
肉眼では何も確認できない。やや黄色味を帯びた
無地の背表紙がひたすら並ぶ様子は、何かが欠如した
ような不思議な印象を覚えた。
「俺は鳥の本が良い!字あんま読めないけどな!」
「お前じゃねぇよ」
元気よく手を上げるカイルの頭を、ルアさんが
叩いていた。ピエラが僕に、胸の眼鏡を差し出す。
僕はそれを受け取りレンズを通して本棚を眺める。
……凄まじい。ただその一言だった。びっしりと
浮かび上がる背表紙の文字。1人の男の手により
写本されたとてつもない数のタイトル達。物語の
ような物から錬金術、聖書、魔物記、植物記、歴史、
伝説、ありとあらゆるジャンルを網羅した見出しが
整然と並んでいた。
「見ていいのは、1冊という事でよろしいですか?」
僕の問いにピエラが軽く笑い首を横に振る。
「まさか。いくらでも、お好きなだけご覧下さい」
ありがたい話ながら、これは目的の情報を得るには
骨が折れそうだ。素直に彼女の検索能力に頼る事に
した方が良さそうだ。
「……魂と肉体に関する記述がある本は、ありますか」
それを聞いてルアさんがピクリと眉を動かす。
すかさずダガーが声で語りかけた。
『ルア。……今はデニスに任せてやってくれんか』
その瞬間、ピエラが「きゃっ」と小さく声を上げる。
口元を抑え、驚いた表情。……ああ、そうか。ピエラ
も"聞こえる側"だったのだな。ダガーの声を初めて
聞いたのなら、当然の反応だ。むしろ驚かないルア
さんやガンドが異常なのだ。そしてダガーの言葉の
意味がよく分からない。彼女はルアさんに何を……?
いや、それより驚いているピエラへのフォローが
先だ。
「ダガーといいます。僕の短刀には、魂に似たものが
宿っています。彼女は……僕の最大の理解者です」
ダガーを簡単に紹介すると、目が泳ぐピエラ。すぐ
に平静を取り繕い、言う。
「そ、そうなんですね。失礼しました。あ、魂と肉体
についてでしたね。いくつかありますので、少々
お待ちください」
僕は眼鏡をピエラに返そうとすると、彼女は笑って
言った。
「大丈夫です。覚えていますので」
何も見えないはずの本棚から、白紙の背表紙を
テキパキと抜き出すピエラ。……冗談でしょ。この
大量の本を、全て……?ルアさんが耳を掻きながら
ダガーに言った。
「……悪いな、ダガー。……アタシは自分の寿命に
ついて、こう見えて敏感でな。つい反応しちまった」
『……じゃろうな。無理もなかろう』
そっぽを向くルアさんに、ピエラが言う。
「あの……眼鏡は1つしかないので、順番にはなり
ますが、ルアさんもお望みの本があれば、もちろん
ご覧になってくださいね」
「ああ、ありがとよ。後で見せてもらうぜ」
ルアさんとのやり取りの後、ピエラが数冊の本を
僕に手渡してきた。これだけの中から取り出したに
しては、思いのほか少ない。
「この中には、いわゆる禁書と呼ばれる物も含まれ
ます。デニスさんの中の宗教観を揺るがしかねない
内容もあるかと思います。ご注意ください」
禁書、か。言い方からして、一般的な神の信仰とは
異なる視点から記述された本、という事なのだろう。
そして、僕の宗教観がこの世界のものと少々異なって
いることなど、ピエラが知る由もない。ある意味僕に
とっては、とても有意義な内容だと想像できる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
僕は自分の手に収まった数冊の簡易写本の重みを
改めて感じ取った。
「本の持ち出しはお断りさせて頂きたいのですが、
その代わり、いつでも読みに来てください。船が来る
まで、あと2日くらいあるんですよね?うちの居間、
日が当たって読書には最適なんです」
「承知致しました。早速、少し拝見します」
通された居間には観葉植物や木製の家具。小さな
ガラス片を幾重にも嵌め合わせて作られた大きな
採光窓は、外の光を柔らかく取り込み、部屋全体に
豊かな明るさを与えている。落ち着いた空間の中で、
窓の傍に置かれた揺り椅子が目立つ。その横には
小さなサイドテーブルも設置してあり、普段から
ここが彼女の定位置であることが伺えた。
促されるままに揺り椅子を借り、ルアさんやカイル
はテーブルの椅子に着くことになった。ピエラが紅茶
を淹れて来るまでの間、カイルは不思議そうに、僕の
座る椅子をゆらゆらさせていた。……ああ、きっと、
船の旅はこの揺れが日常になるのだろう。不安だ。
「ダガー。めぼしい部分は共有しますね」
『うむ、任せた』
改めて本を捲ると、筆跡自体はそこまで整った物
では無い。可読性を保ちつつ、写本の速度を限界まで
高めた印象。ある種の焦りに似た感情を読み取れた。
確かにピエラの言う通り、この世界でよく耳にする
宗教観とは少し異なった知見が多く散見した。中には
錬金術と魂の関連などを示唆する項目もある。本来
神への冒涜と見なされる事、自然界の法則を逸脱する
事などを禁忌とみなす錬金術において、魂や肉体に
ついての記載があるのが興味深い。故に"禁書"、か。
ふと文中に、目を引く文字列を発見した。
「……そもそも"錬金術の始祖"は別名、"魂の魔術師"
とも呼ばれ、人々から疎まれており…………?」
思わずそのまま文章を音読してしまった。
『……ほう、聞き覚えのある単語が出てきたのう』
ハディマルの主祭さんに聞いた、魂の魔術師。当初
得た手掛かりのひとつに、意外な所で再会した。適度
に読み飛ばし、必要と思われる箇所を抜粋していく。
「……始祖は肉体を"魂の宿る器"と定義しており、……
役目を終えた肉体を抜け出した魂が、どこへ向かうの
かを研究していた。元来からの神の元へ向かうと考え
に懐疑心を抱いており、これが異端として……」
これは……僕が事務員さんから聞いた、転生の
仕組み、そのものではないか。魂は、空の器である
肉体に封入される。要約すれば、そのように説明され
た。この魔術師?錬金術師?は、錬金術の黎明期、
今より遥か昔の時代に、そこまで思考の枝を伸ばして
いたということになる。
カイルをちらりと見ると、既に飽きたようで、植木
を相手にファイティングポーズを取っている。僕は
一旦本を閉じ、眼鏡をピエラに返した。
「ありがとうございます。今は、ここまでにします。
後ほど、もう少し拝見させて頂きます」
ピエラは軽く笑い、「はい、お待ちしております」
と、眼鏡を受け取った。
・
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ピエラと共に玄関を出ると、例の子供たちが家の
門の前に集まっていた。僕はルアさんの方を見ると、
彼女は面倒くさそうな顔で首を横に振った。少年の
1人が、少し威圧的に言う。
「ピエラ!……今日、宿の手伝い休みだろ!いい加減
一緒に遊べ!」
その言葉に、ピエラが一瞬驚く。あわあわと
可愛らしく狼狽えながら、僕らの顔を見回してきた。
「それと……!」
少年はなおも続ける。少し顔を赤らめ、見てる方が
微笑ましくなるような態度で、
「……気が向いた時、字、教えてくれよ。お前の本、
おれも、読んでみてぇんだ」
と言った。ピエラの顔が明るくなる。彼女は笑って
言葉を返した。
「ええ、喜んで!」
僕らとピエラ、子供達が合流する。ピエラを誘った
少年は、続けて僕に話しかけてくる。
「……おれんち、昨日ぶっ壊れた酒場なんだよ」
「あ、ああ、そうなんだ……大変な事になって
しまって、ごめんね……」
「聞いたぜ。あんたがバケモノを止めてくれたんだろ。
そうじゃなきゃ、もっと街が壊れてたって、親父が
言ってた」
彼は小さな布袋を取り出し、僕に差し出した。
「悪かったよ。あんたの財布スって」
僕の掌に置かれる財布。街に入ってすぐに腰から
消えた手応えが、帰ってきた。……君だったのかい。
「……悪い事すると、ジバル会にぶん殴られちまう
もんな!か、返したんだから、チクらないでくれ
よ!約束だかんな!」
僕はどんな顔をしていいか分からず、少し引き
つった笑顔で、「うん。ありがと」と返事した。
・
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子供達と走っていったピエラを見送り、僕らは
宿に向かって歩き出した。途中、壊れた酒場の近くで
ルッソさんとガンドが立ち話をしていた。こちらに
気づくと、すぐにルッソさんは声を張り上げる。
「てっめぇら、バカみてぇにおかしな事しやがって!
なんなんだこの有様は!」
酒場を指さし怒鳴り散らす。横からガンドが、
「まぁまぁ」と宥めていた。
「ルッソさん、ごめんなさい。だいぶ建物壊れちゃい
ました」
「ごめんで済むか!」
壊れてから1日2日程度では、大した復旧は出来
ない。破壊の爪痕が強く残る建物からは、壊れた
テーブルや椅子、諸々の内装などが外に運び出された
程度の様子である。
「お疲れ。昨日1日、ゆっくりできたか?」
ガンドの穏やかな労いを受け、なんだかこそばゆい
気持ちになった。暴走アルフの件で1番の功績者は
彼なのに、当の本人はまるで何事も無かったかのよう
に言う。そりゃ微妙な気分になってしまう。
「お陰様で疲れも取れました。それに、その、アルフ
さんの件、ありがとうございました」
「何言ってんだ。決定打は君の力だろ。俺はした事
なんて結果的に何も残っちゃいないんだから」
この人は……一体どこまでマイペースなのか。そも
そも途中でガンドが割って入らなければ、おそらく
僕は重症で戦闘不能、あるいはそのまま亡き者に
なっていてもおかしくなかった。にもかかわらず、
それを"何も残っちゃいない"、と言うのか。
そして、助けに入ってくれただけでなく、いつも
ならしばらく姿を消すと言われていた彼が、何故
街に戻っていたのかも気になる。ダガーの魂の眼に
よる目撃を考えれば、姿を消した翌日には街に戻って
来ていたことになるのだ。
「ガンドさんは、何故戻ってきたのですか?休暇だと
聞いていましたが」
「ああ、別に大した理由は無いんだが……強いて
言えば、君だよ。デニス君」
僕が、彼の戻ってきた理由?何を言っているのか、
よく分からない。商隊が解散した瞬間に、僕らは
大した繋がりは無かったはずだ。
「君が直接の理由というのは、少し飛躍したな。街を
出た日、何処で暇を楽しむか考えながら足を進めて
たら、妙な奴に喧嘩を売られてな」
……ガンドに喧嘩を売ったと聞いて、ご愁傷さまと
思ってしまった。彼の圧倒的な戦闘技術を目にした
身からすれば、相手が不憫でならない。
「そいつは言ったよ。"あんたが今出てきた街に、短刀
をブラ提げた冴えないガキが居なかったか"ってな。
あー、まったく、隅に置けないなデニス君。あんな
イイ女に追い掛けられるなんて」
…………待て。今、ものすごく嫌な顔が脳裏に
浮かんだ。女?確かにガンドはそう言った。なら、
そんなの、該当するのは1人しか居ないじゃないか。
「とりあえずやたら強かったから、ある程度戦闘不能
にして放っといたんだけどね。ちょっと気になって
戻ってきたんだよ。何が起きるのか、自分の目で
見てみたかったしね」
ああ、確実だ。ガンドが強いと評価する実力、女、
正確に僕と思われる人物を追う人。そんなのは、
「セリカ……ですね」
「お、やっぱり知り合いか。あまり歳上を誑かすなよ」
ガンドは、感情が籠ってるのか否かよく分からない
「はっはっは」という声を発した。僕は背中には
じとり嫌な汗が滲み、ベッタリと衣服が貼り付いた。
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そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
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いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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