50 / 51
第2章
帆船は風と共に
しおりを挟む
いつの間にやら、ずっと停泊していた大型帆船は
その姿を消し、桟橋付近は少々殺風景になっていた。
宿に戻った僕らが一休みしていると、入口からの珍客
に気づき、一瞬動きが止まった。
「やぁ、デニス君。皆揃っているようだな、うん」
葉巻を咥えたケヴィオと、その後ろには腕を吊った
ラードラッド。意外な事に彼らは女将に「灰皿を貸し
てくれ」と声をかけ、僕らの横に断りもなく座った。
ジバル会の拠点で柔らかい椅子に座っている姿しか
見ていなかった為、木製の椅子に腰掛ける彼は、
妙に不釣り合いに見えた。
女将から灰皿を受け取ったラードラッドはケヴィオ
の前にそれを差し出し、自らも着席する。明らかに
面倒くさそうな顔をするルアさんと、ぽかんとして
いるカイル。僕はおそらく、その中間の表情をして
いた事だろう。
「ケヴィオさん!あれ?私地代払い忘れてたかしら?
ごめんなさいね、てっきり渡したと思ってたの
だけど勘違いかしら。やぁねぇごめんなさいね、最近
物忘れ増えたかしら。ちょっと台帳確認して来ます
から少々お待ちくださいね。あ、それと酒場!大変な
事になってたわね。あれ、すぐ直るのかしら。という
かラードラッドさん、腕どうしたんですか?あなたが
怪我してる姿なんて久しぶりに見ましたわ。神官さん
には診て頂きました?怪我は放置すると怖いですから
ね。私の旦那も以前足を怪我して放っておいたら、
もうすんごい腫れちゃって……」
「ああ、女将。別に今日はその事ではないのだ、うん。
不安にさせてすまない。我々の事は気にしないで
くれたまえ」
女将は「あら、そう?」と言って、奥に引っ込んで
行った。さすが地元人。女将の扱いを心得ている。
「デニス君。私が不甲斐ないばかりに、大変ご迷惑を
おかけ致しました。もはやお客様、などとお呼び
できませんね。……拳を弾かれた事、忘れてねぇ
からな、おい」
笑顔のラードラッドが一転、睨みを効かせて、
いつぞやの因縁をチラつかせる。僕が少し焦ると彼は
またにこりと笑い「冗談ですよ」と続けた。……冗談
なら、そうとわかるように、素の性格とは切り分けて
頂きたい所存です。怖いので。
「……で?ジバル会の大将様方が、なんの用で来たん
だよ。だいたい問題は片付いただろ」
ルアさんが足を組んで言う。ケヴィオは葉巻を置き
両手を組んで言った。
「まさか。本当の解決はこれからなのだよ、うん。君
達は忘れていないかね。商人ギルドの存在を」
……あ。言われてみれば、そうだ。本来商人ギルド
の問題はギルドが率先して片をつける、とケヴィオの
説明にもあった。トリトンの不祥事や、それが露呈
したアルフの一件は、商人ギルドからすれば自分たち
で制裁を加え、面子を保つ流れにしたいはず。彼らが
今回何をどう動いていたのかは知らないが、アルフを
ジバル会が確保している今の状況は、確実に面白く
ないはずだ。
「商人の連中は思った通り、アルフ一行の身柄を
ギルドに渡すよう要求してきました。彼らからすれば
トリトンのしていた事を揉み消し、"犯人への制裁"
という大々的な見せしめで事に終止符を打ちたい
のでしょう」
当然、そうなるか。トリトンが殺された。その犯人
はこいつらだ。処罰して平和が訪れた。商人ギルド
からすればこれ以上なくわかりやすい結末な上に、
自分たちの腹を探られる事も無い。
「……だが君は、その結末は不本意なのではないかね、
デニス君。顔に書いてあるな。"しっくりこない"と」
ジバル会が話のわかる人達である事は、既に重々
わかっている。だからこそ今の言い方は少しだけ
引っかかる。
「……まるで僕だけが駄々をこねる、みたいな言い方
をしますね、ケヴィオさん。あなた達だってそれが
嫌だから、ここに来たんじゃありませんか」
「クックッ、相変わらず可愛げのない。だが、君の
言う通り、我々としてもそれでは面白くないのだ、
うん。ギルドの連中が責任の所在を糾弾し合って
いる間、我々は犯人の確保という、街にとって建設的
な目的を達成した。それを有耶無耶に終わらせてなる
ものか」
それはそうだ。もしギルドの要求をそのまま飲み、
アルフ達を引き渡すという幕引きをジバル会が望む
のなら、わざわざ僕らに顔を見せず、そのまま実行
すればいい。にも関わらず、宿にまで足を運んで
この事を僕らに明かすのなら、彼らにも引渡しを
拒む意思があるという事だ。
「まぁ、そんなに気を張らないでくれたまえ。別に
君達に何かをしてほしいわけでもなければ、難癖を
つけて利用するつもりもない。我が右腕である
ラードラッドには無理を言って怪我をそのままに
してもらっている。ギルドの者達と近日話し合いを
する為にな、うん」
……そういう事か。ラードラッドの腕の傷はアルフ
のつけたものだ。つまりこれで、"ジバル会は無関係だろう"と商人ギルドから一方的に話を進められる
事に対して抑止力となるわけだ。我々も無関係では
ないぞ、と。
「デニス君。私達が今日あなたを尋ねたのは、交渉
の為でも脅しのためでもありません。うちの大将は
人が悪いので、あなたがどんな反応をするのか
見たかっただけなのですよ」
「え……それはどういう……」
言いかけた僕の前に、ザスンと重い音の布袋が
置かれた。ケヴィオが差し出したそれは、おそらく
金の入った袋。
「……約束していたであろう。成果に応じて報酬は
出す、と」
酷いサプライズに、僕は間の抜けた顔をしていた
に違いない。なんとも重苦しい空気を持ち込んで
おきながら、実態は報酬の受け渡しとは。
「あっはっは、一杯食わされたな、デニス。有難く
貰っとけよ」
ルアさんが茶化す。カイルはと言うと、何やら
ラードラッドの吊られた腕をまじまじと見て、姿勢
を真似している。……あ、ご本人に殴られた。
「アルフ達の処遇については我々に任せたまえ。
少なくともそのまま処分という形にはせん。彼らの
名もそこそこ売れている。街にとって利用価値はある
だろう、うん」
再び葉巻を咥えたケヴィオに、僕は言った。
「ありがとうございます。その件については、
よろしくお願いいたします。ただ、少しだけお願い
がありまして……」
・
・
・
ルアさんは頭の後ろで手を組み、天井を見上げて
つくづく呆れた、という顔で言った。
「お前、お人好しもいい加減にしとけよ」
「だって……悪いじゃないですか」
「渡したもん突っぱね返されたら、あいつらだって
面目丸潰れじゃねぇか。ったく、たまたまケヴィオも
街守りバカだったから助かったようなもんだ。3人分
の船代だけ貰って、残りは酒場の修復代に寄付する
とか、相手が相手なら首トバされんぞ」
僕は報酬を、ルアさんが言うように大部分寄付と
いう形でケヴィオに返した。最初はやや不愉快な顔を
していたケヴィオも、僕の目を見るうちに「これも
商人への交渉材になるな、うん」と納得してくれた。
かくして、この街で僕らが巻き込まれた全ての事件
や依頼は決着し、あとは渡海するまでの時間をピエラ
の家で情報集めに費やするのみとなった。僕らの乗る
船が水平線の彼方に見え始めた頃、空は完全に雲を
消し、強い日差しを落とすのみになっていた。
・
・
・
荷物を肩に担ぎ、財布とダガーを腰に提げる。商人
ギルドに確認したところ、ルディアダやエイシスで
あれば払い出しが可能との事で、ただの紙ではない
木製の預り証明に取り替えてもらった。ただしシンガ
は特殊らしく、この木札が通用しないらしい。勿論、
ザバン滞在中のツケに関しては、必要額出金し、ルア
さんにしっかり頭を下げて返却した。
そのルアさんは、宿の女将さんに「世話になったな」
と挨拶し、その後のマシンガントークに撃ち抜かれて
いた。カイルは何に燃えているのか、1人で空を飛ぶ
鳥目掛け、拳を突き上げていた。
桟橋に向かうと、すぐに馴染みの面々が目に入る。
思えば沢山の人と会い、色々なことがあった。出港
当日に見送りに来てくれるくらい、繋がるほどに。
「お前、船は初めてなんだってな。吐くんじゃねぇぞ。
どうしても無理なら海にバラ撒け。乗組員や周りの客
に迷惑かけねぇようにな」
ルッソさん。口は悪いけど誰より面倒見が良いのは
わかっている。貸してくれた帽子は、雨に視界が
塞がれるのを防いでくれた。
「あ、あはは、気をつけます」
「ルッソ、船出の間際に汚い事を言うな。全く」
その横でガンドが腰に手を当て、ルッソさんを
注意していた。この人の謎は多かったが、命の恩人
であり、隊長として人を率いる背中も見せてもらった
気がする。
「……ガンドさん、お世話になりました」
「面白い物見せてもらったからな。あー、世話代は
チャラにしておこうか。2人も気をつけてな」
「ガンド、あんたにそう言われると……なんだかしら
ねえが、くすぐってぇんだが」
ルアさんはそう言ってから、軽く舌を出した。
「ザバンによる時は、うちに顔出しや。茶くらいなら
出したるさかい」
「あんたまた勝手にそういう事を……」
サグロ、ヴィリ。2人にも色々世話になった。彼ら
の言葉がなければ解決しない部分も確実にあった。
「ありがとうございます。……えと、これは、拠点に
お伺いしていいのか否か……」
ラードラッドが笑顔で割り込む。
「もちろんです。歓迎いたします。次は是非とも、
お客様としてでなく、手合わせ相手として」
「はは、遠慮しておきます……」
片手で構えるラードラッドをケヴィオが窘める。
「やめておけ。我々の品性に関わる。ダガーとやら
も、お前の拳を受けて迷惑しているだろう、うん」
『問題ない。次はもっと上手く弾いてやるわい。
のう、デニス』
「ダガー、ラードラッドさんを煽るのはやめてくだ
さい……」
彼の方睨みな笑顔が恐ろしい。ケヴィオが続けて
僕に言う。
「アルフの件、まだ少し長引いているが、おそらく
問題なく着地するだろう。何人かの商人がトリトンの
裏取引を黙認していた為、周りからつつかれている
ようだ。そこまで我々は面倒みる訳にはいかんから
な、うん。あとはギルド内で決めることだ」
「街の連中もな、ああいう思うとこある商人が
減るんやったら、そら喜ぶやろ。……せやけど
トリトンの死を嘆いとった奴らが、実のところ"もう
裏の品が手に入らへん"ゆうて泣いとったっちゅうん
は……なんともまぁ、しょうもないオチやったな」
トリトン……街の人の評判は、基本的に良く
なかったんだな……しかも悲しむ理由が亡くなった
ことでなく、裏商品が手に入らないこと……随分と、
まあ、なんとも言い難い。
「ダンクは!ダンクは死なないか!」
カイルがケヴィオに食ってかかる。この絵面は、
妙に新鮮だ。少し鬱陶しそうにケヴィオは「心配
するな」とだけ言った。ヴィリとラードラッドが、
ケヴィオからカイルを引っペがしている。
騒がしい中、子供達に囲まれて、ピエラが立って
いた。
「大したものはお渡しできませんが……」
そう言って彼女は、ハンカチのような布を手渡して
きた。何かが包まれている。開いてみると、1枚の
大きな鱗が出てきた。
「少し、気色悪いかもしれませんが、人魚種の鱗は
長命の御守りと言われています。私の肩の物で大変
恐縮ですが……」
僕はルアさんと顔を見合わせた。
「はは、……ありがとよ。貰っておくぜ」
ルアさんは照れくさそうに笑う。ハンカチには
綺麗な文字で、あの言葉が縫い記されていた。
"雛が殻を割るのは、土に還る為だろうか?"
カイルはピエラの両手を取り、ブンブンと上下に
振っている。彼女が目を回している事など露知らず。
『ピエラ。お主の両親の宝、確かに譲り受けた』
「あれ……ダガー、さん?今、なんて……」
ピエラの困惑の表情。……これは、ジークさんと
同じ、波長のズレと言うやつか……?何故、また。
『……デニス。お前から伝えてやっておくれ』
少し悲しそうなダガーの言葉を、ピエラに伝えた。
その言葉を受け、彼女は力強く頷いた。周りの子供
達がピエラに近寄り、「長命!?鱗、すげぇ!」と
口々に騒いでいた。
・
・
・
揺れる甲板。眼前にはザバンの人々。乗組員が
各々の仕事に勤しみ、大きな帆が降りる。風を受けた
帆船は陸から離れようとその巨体をさらに揺らす。
各々思い思いの見送りの言葉に、僕らは手を振って
応えた。どこまでも続く青い境界線の誘いに、
胸を大いに躍らせながら。
その姿を消し、桟橋付近は少々殺風景になっていた。
宿に戻った僕らが一休みしていると、入口からの珍客
に気づき、一瞬動きが止まった。
「やぁ、デニス君。皆揃っているようだな、うん」
葉巻を咥えたケヴィオと、その後ろには腕を吊った
ラードラッド。意外な事に彼らは女将に「灰皿を貸し
てくれ」と声をかけ、僕らの横に断りもなく座った。
ジバル会の拠点で柔らかい椅子に座っている姿しか
見ていなかった為、木製の椅子に腰掛ける彼は、
妙に不釣り合いに見えた。
女将から灰皿を受け取ったラードラッドはケヴィオ
の前にそれを差し出し、自らも着席する。明らかに
面倒くさそうな顔をするルアさんと、ぽかんとして
いるカイル。僕はおそらく、その中間の表情をして
いた事だろう。
「ケヴィオさん!あれ?私地代払い忘れてたかしら?
ごめんなさいね、てっきり渡したと思ってたの
だけど勘違いかしら。やぁねぇごめんなさいね、最近
物忘れ増えたかしら。ちょっと台帳確認して来ます
から少々お待ちくださいね。あ、それと酒場!大変な
事になってたわね。あれ、すぐ直るのかしら。という
かラードラッドさん、腕どうしたんですか?あなたが
怪我してる姿なんて久しぶりに見ましたわ。神官さん
には診て頂きました?怪我は放置すると怖いですから
ね。私の旦那も以前足を怪我して放っておいたら、
もうすんごい腫れちゃって……」
「ああ、女将。別に今日はその事ではないのだ、うん。
不安にさせてすまない。我々の事は気にしないで
くれたまえ」
女将は「あら、そう?」と言って、奥に引っ込んで
行った。さすが地元人。女将の扱いを心得ている。
「デニス君。私が不甲斐ないばかりに、大変ご迷惑を
おかけ致しました。もはやお客様、などとお呼び
できませんね。……拳を弾かれた事、忘れてねぇ
からな、おい」
笑顔のラードラッドが一転、睨みを効かせて、
いつぞやの因縁をチラつかせる。僕が少し焦ると彼は
またにこりと笑い「冗談ですよ」と続けた。……冗談
なら、そうとわかるように、素の性格とは切り分けて
頂きたい所存です。怖いので。
「……で?ジバル会の大将様方が、なんの用で来たん
だよ。だいたい問題は片付いただろ」
ルアさんが足を組んで言う。ケヴィオは葉巻を置き
両手を組んで言った。
「まさか。本当の解決はこれからなのだよ、うん。君
達は忘れていないかね。商人ギルドの存在を」
……あ。言われてみれば、そうだ。本来商人ギルド
の問題はギルドが率先して片をつける、とケヴィオの
説明にもあった。トリトンの不祥事や、それが露呈
したアルフの一件は、商人ギルドからすれば自分たち
で制裁を加え、面子を保つ流れにしたいはず。彼らが
今回何をどう動いていたのかは知らないが、アルフを
ジバル会が確保している今の状況は、確実に面白く
ないはずだ。
「商人の連中は思った通り、アルフ一行の身柄を
ギルドに渡すよう要求してきました。彼らからすれば
トリトンのしていた事を揉み消し、"犯人への制裁"
という大々的な見せしめで事に終止符を打ちたい
のでしょう」
当然、そうなるか。トリトンが殺された。その犯人
はこいつらだ。処罰して平和が訪れた。商人ギルド
からすればこれ以上なくわかりやすい結末な上に、
自分たちの腹を探られる事も無い。
「……だが君は、その結末は不本意なのではないかね、
デニス君。顔に書いてあるな。"しっくりこない"と」
ジバル会が話のわかる人達である事は、既に重々
わかっている。だからこそ今の言い方は少しだけ
引っかかる。
「……まるで僕だけが駄々をこねる、みたいな言い方
をしますね、ケヴィオさん。あなた達だってそれが
嫌だから、ここに来たんじゃありませんか」
「クックッ、相変わらず可愛げのない。だが、君の
言う通り、我々としてもそれでは面白くないのだ、
うん。ギルドの連中が責任の所在を糾弾し合って
いる間、我々は犯人の確保という、街にとって建設的
な目的を達成した。それを有耶無耶に終わらせてなる
ものか」
それはそうだ。もしギルドの要求をそのまま飲み、
アルフ達を引き渡すという幕引きをジバル会が望む
のなら、わざわざ僕らに顔を見せず、そのまま実行
すればいい。にも関わらず、宿にまで足を運んで
この事を僕らに明かすのなら、彼らにも引渡しを
拒む意思があるという事だ。
「まぁ、そんなに気を張らないでくれたまえ。別に
君達に何かをしてほしいわけでもなければ、難癖を
つけて利用するつもりもない。我が右腕である
ラードラッドには無理を言って怪我をそのままに
してもらっている。ギルドの者達と近日話し合いを
する為にな、うん」
……そういう事か。ラードラッドの腕の傷はアルフ
のつけたものだ。つまりこれで、"ジバル会は無関係だろう"と商人ギルドから一方的に話を進められる
事に対して抑止力となるわけだ。我々も無関係では
ないぞ、と。
「デニス君。私達が今日あなたを尋ねたのは、交渉
の為でも脅しのためでもありません。うちの大将は
人が悪いので、あなたがどんな反応をするのか
見たかっただけなのですよ」
「え……それはどういう……」
言いかけた僕の前に、ザスンと重い音の布袋が
置かれた。ケヴィオが差し出したそれは、おそらく
金の入った袋。
「……約束していたであろう。成果に応じて報酬は
出す、と」
酷いサプライズに、僕は間の抜けた顔をしていた
に違いない。なんとも重苦しい空気を持ち込んで
おきながら、実態は報酬の受け渡しとは。
「あっはっは、一杯食わされたな、デニス。有難く
貰っとけよ」
ルアさんが茶化す。カイルはと言うと、何やら
ラードラッドの吊られた腕をまじまじと見て、姿勢
を真似している。……あ、ご本人に殴られた。
「アルフ達の処遇については我々に任せたまえ。
少なくともそのまま処分という形にはせん。彼らの
名もそこそこ売れている。街にとって利用価値はある
だろう、うん」
再び葉巻を咥えたケヴィオに、僕は言った。
「ありがとうございます。その件については、
よろしくお願いいたします。ただ、少しだけお願い
がありまして……」
・
・
・
ルアさんは頭の後ろで手を組み、天井を見上げて
つくづく呆れた、という顔で言った。
「お前、お人好しもいい加減にしとけよ」
「だって……悪いじゃないですか」
「渡したもん突っぱね返されたら、あいつらだって
面目丸潰れじゃねぇか。ったく、たまたまケヴィオも
街守りバカだったから助かったようなもんだ。3人分
の船代だけ貰って、残りは酒場の修復代に寄付する
とか、相手が相手なら首トバされんぞ」
僕は報酬を、ルアさんが言うように大部分寄付と
いう形でケヴィオに返した。最初はやや不愉快な顔を
していたケヴィオも、僕の目を見るうちに「これも
商人への交渉材になるな、うん」と納得してくれた。
かくして、この街で僕らが巻き込まれた全ての事件
や依頼は決着し、あとは渡海するまでの時間をピエラ
の家で情報集めに費やするのみとなった。僕らの乗る
船が水平線の彼方に見え始めた頃、空は完全に雲を
消し、強い日差しを落とすのみになっていた。
・
・
・
荷物を肩に担ぎ、財布とダガーを腰に提げる。商人
ギルドに確認したところ、ルディアダやエイシスで
あれば払い出しが可能との事で、ただの紙ではない
木製の預り証明に取り替えてもらった。ただしシンガ
は特殊らしく、この木札が通用しないらしい。勿論、
ザバン滞在中のツケに関しては、必要額出金し、ルア
さんにしっかり頭を下げて返却した。
そのルアさんは、宿の女将さんに「世話になったな」
と挨拶し、その後のマシンガントークに撃ち抜かれて
いた。カイルは何に燃えているのか、1人で空を飛ぶ
鳥目掛け、拳を突き上げていた。
桟橋に向かうと、すぐに馴染みの面々が目に入る。
思えば沢山の人と会い、色々なことがあった。出港
当日に見送りに来てくれるくらい、繋がるほどに。
「お前、船は初めてなんだってな。吐くんじゃねぇぞ。
どうしても無理なら海にバラ撒け。乗組員や周りの客
に迷惑かけねぇようにな」
ルッソさん。口は悪いけど誰より面倒見が良いのは
わかっている。貸してくれた帽子は、雨に視界が
塞がれるのを防いでくれた。
「あ、あはは、気をつけます」
「ルッソ、船出の間際に汚い事を言うな。全く」
その横でガンドが腰に手を当て、ルッソさんを
注意していた。この人の謎は多かったが、命の恩人
であり、隊長として人を率いる背中も見せてもらった
気がする。
「……ガンドさん、お世話になりました」
「面白い物見せてもらったからな。あー、世話代は
チャラにしておこうか。2人も気をつけてな」
「ガンド、あんたにそう言われると……なんだかしら
ねえが、くすぐってぇんだが」
ルアさんはそう言ってから、軽く舌を出した。
「ザバンによる時は、うちに顔出しや。茶くらいなら
出したるさかい」
「あんたまた勝手にそういう事を……」
サグロ、ヴィリ。2人にも色々世話になった。彼ら
の言葉がなければ解決しない部分も確実にあった。
「ありがとうございます。……えと、これは、拠点に
お伺いしていいのか否か……」
ラードラッドが笑顔で割り込む。
「もちろんです。歓迎いたします。次は是非とも、
お客様としてでなく、手合わせ相手として」
「はは、遠慮しておきます……」
片手で構えるラードラッドをケヴィオが窘める。
「やめておけ。我々の品性に関わる。ダガーとやら
も、お前の拳を受けて迷惑しているだろう、うん」
『問題ない。次はもっと上手く弾いてやるわい。
のう、デニス』
「ダガー、ラードラッドさんを煽るのはやめてくだ
さい……」
彼の方睨みな笑顔が恐ろしい。ケヴィオが続けて
僕に言う。
「アルフの件、まだ少し長引いているが、おそらく
問題なく着地するだろう。何人かの商人がトリトンの
裏取引を黙認していた為、周りからつつかれている
ようだ。そこまで我々は面倒みる訳にはいかんから
な、うん。あとはギルド内で決めることだ」
「街の連中もな、ああいう思うとこある商人が
減るんやったら、そら喜ぶやろ。……せやけど
トリトンの死を嘆いとった奴らが、実のところ"もう
裏の品が手に入らへん"ゆうて泣いとったっちゅうん
は……なんともまぁ、しょうもないオチやったな」
トリトン……街の人の評判は、基本的に良く
なかったんだな……しかも悲しむ理由が亡くなった
ことでなく、裏商品が手に入らないこと……随分と、
まあ、なんとも言い難い。
「ダンクは!ダンクは死なないか!」
カイルがケヴィオに食ってかかる。この絵面は、
妙に新鮮だ。少し鬱陶しそうにケヴィオは「心配
するな」とだけ言った。ヴィリとラードラッドが、
ケヴィオからカイルを引っペがしている。
騒がしい中、子供達に囲まれて、ピエラが立って
いた。
「大したものはお渡しできませんが……」
そう言って彼女は、ハンカチのような布を手渡して
きた。何かが包まれている。開いてみると、1枚の
大きな鱗が出てきた。
「少し、気色悪いかもしれませんが、人魚種の鱗は
長命の御守りと言われています。私の肩の物で大変
恐縮ですが……」
僕はルアさんと顔を見合わせた。
「はは、……ありがとよ。貰っておくぜ」
ルアさんは照れくさそうに笑う。ハンカチには
綺麗な文字で、あの言葉が縫い記されていた。
"雛が殻を割るのは、土に還る為だろうか?"
カイルはピエラの両手を取り、ブンブンと上下に
振っている。彼女が目を回している事など露知らず。
『ピエラ。お主の両親の宝、確かに譲り受けた』
「あれ……ダガー、さん?今、なんて……」
ピエラの困惑の表情。……これは、ジークさんと
同じ、波長のズレと言うやつか……?何故、また。
『……デニス。お前から伝えてやっておくれ』
少し悲しそうなダガーの言葉を、ピエラに伝えた。
その言葉を受け、彼女は力強く頷いた。周りの子供
達がピエラに近寄り、「長命!?鱗、すげぇ!」と
口々に騒いでいた。
・
・
・
揺れる甲板。眼前にはザバンの人々。乗組員が
各々の仕事に勤しみ、大きな帆が降りる。風を受けた
帆船は陸から離れようとその巨体をさらに揺らす。
各々思い思いの見送りの言葉に、僕らは手を振って
応えた。どこまでも続く青い境界線の誘いに、
胸を大いに躍らせながら。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~
イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。
ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。
兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。
(だって飛べないから)
そんなある日、気がつけば巣の外にいた。
…人間に攫われました(?)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる